退路の選定
「俺に意見を求めるとなれば、選択肢は1つです」
そう言いながら示したのは、ターミナルとなっている星系から伸びる1つのライン。王国からみても外れた位置にあり、帝国との国境に近づけはするが、開発のされていない星系への道だ。
現時点では帝国が支配しておらず、情報はほとんどない。
その分、王国側から見ても死角となるルート。
「この星系からなら帝国辺境のこの星まで何とか届くと思います」
「しかし……いや、うむ……」
若手士官は俺の出した意見に思案する。頭ごなしに切り捨てるのではなく、その場で思考を巡らせられるのは、まだ頭の柔らかい若手士官なればこそかもしれないな。
王国が退路を絞って網を張っているとするならば、より待ち伏せされていないルートを選ぶ必要がある。
王国軍は宇宙生物を利用することで戦力の差を埋めているが、それは他星系から引っ張っていってぶつけるような運用はできないと見ている。
それができるなら、帝国への侵攻に使うだろうからな。しかし、王国は普通の艦隊のみで侵攻を掛けてきた。
つまり長距離を移動させるほどの運用はできないと判断できるだろう。
その星系内にいる宇宙生物を誘導できる程度の技術。となると、宇宙クジラクラスの移動を阻害する生物がいる星系は多くないかもしれない。
クラゲを群がらせて嫌がらせをする程度なら、旗艦を守りながら対処もできるだろう。
なのでちゃんとルートを選ぶことができれば、意外とすんなりと帰れてしまうかもしれない。
未知の星系を渡って帰るのも当然リスクは伴う。宇宙生物が多い王国領、開発されてない星系には厄介な生物がいる可能性も捨てきれない。
もちろん、立地的に利用価値が低く、資源もないから捨て置かれている可能性の方が高い。
王国は他国から奪って支配するのが常套手段で、開発して発展させるという事はほとんどないので、使いにくいと思えば放置というスタンスだしな。
「こちらで先行偵察を行って、艦隊規模で動けるか確認してきます」
王国側からも放置され気味の星系。行き当たりばったりで艦隊を送り込める訳はないので、自分で探ってみるつもりはある。
侯爵旗艦がやってくるまでにあと2日はあるはずなので、調査して報告するくらいの時間はあるだろう。
「そこを部外者である君に任せるのは更に難しい」
確かにある程度認められていたとは言え、帝国的には指名手配犯。王国の切り札であっただろう呪歌の情報を持っていた俺という存在は、かなり胡散臭い。
逃げ場のない閉所へ軍を誘い入れて殲滅すると考える事もできてしまう。
侯爵軍が信用する情報を得るには配下を偵察に出す必要があるだろう。
「やはり今は確保している星系を通っての帰還を優先させてもらう」
「そうですか……」
思いつきの案を採用してもらうには、信用に足る実績を積み重ねないと無理だな。ここは引いておくとしよう。
国境までは4つのターミナル星系分の移動を行う事になる。ターミナル星系を辿っていけば、臨機応変に次の進路を選ぶ事ができるが、それは相手も分かっているので、率先して抑える星系となるだろう。
その他の星系は転移先が1つとか少なく、その星系に来たことがバレると次の星系が分かってしまって待ち伏せされやすい。
そして国境に近づくほど、ルートは収束していく。帝国は3箇所から三軍に分けて侵攻を行っているのが国境星系、撤退する際にはそこへと収束する事になる。
王国としても待ち伏せるならそこが一番確実だ。ただ帝国に近いそこは戦力が豊富。回り込んで制圧するのは困難。そうなるように帝国は国境線から勢力を広げるように支配領域を広げていった訳だしな。
「国境星系に繋がるターミナル星系へ到達すれば、撤退は成功するだろう」
宙図を見ると各ターミナルから繋がる星系にも暗く表示されている部分がある。これは元々資源が乏しかったりして、王国もほとんど管理していない星系だ。伏兵を置くにも補給がままならない地域と言える。
反撃に備えて兵を置こうにも約半年ほどが経過している現在、食料がもたなかっただろう。
「可能性としては、宇宙生物を潜ませておいて、攻める際に転移門を潜らせる事だが……」
実際、俺は過去にドラゴンを隣の星系まで引っばっていった事がある。タイミングがシビアで何度もやりたくない手段ではあるが、不可能ではない。
しかし、連れていけるのは1つ、2つ隣までだ。宇宙生物に追われた状態で転移門を開く魔力を貯めることはできないからな。
星系を渡った所に別の船を用意しておいて、連鎖的に連れて行くなんて事もできなくはないが、餌となった宇宙船を放っておいて別の転移門を通せるかは不明。
侯爵軍を足止めしている宇宙クジラクラスとなると、必要な転移門は大きくなり、それこそ旗艦クラスの囮が必要となる。輸送船だと宇宙空間で逃げることができず、転移門を潜る前に追いつかれる危険があるだろう。
ドラゴンの様に比較的小型でも戦闘力の高い宇宙生物がいれば、戦略に組み込むこともできるかもしれないが、それを半年近く飼いならして留めておいたとは考えにくい。
そもそもそんな戦力があれば、宇宙クジラで足止めしている所に追加して、その場で殲滅を図る方が、どこを通るか分からないルートに配するより確実だ。
「ドラゴンクラスの便利使いできる宇宙生物は、王国の戦力にはないと思う」
とはいえ宇宙生物だ。色々と厄介なのはいる。帝国で知られていない奴がいてもおかしくはない。大半は戦艦の砲撃で対処できるとは思うが、変な進化をした生き物がいても不思議ではない。
王国の思惑を外して、安全なルートを選べるならそれに越したことはなかった。
「支配した星系でも宇宙生物が潜伏しているリスクは軽視できないんだが……やはり未開のルートを開拓しながらという方がリスクは高いか」
却下された以上、支配してきた星系の中でルートを選定するしかない。襲撃に宇宙生物を使うとするなら、宇宙生物が豊富な星系を使いたいはず。
簡単に駆除できるクラゲが大量に沸く所なら対処が楽か?
いやクラゲを餌にしている生物がいる可能性が高いか。やはり基本路線は、クラゲも少ない星系がベターだろう。
王国の駐留軍が多かった星系は、宇宙生物が少ないようだ。元々の生息数が少なかったのか、軍が処理し続けた結果なのかは分からないが、宇宙生物を避けるという意味では、これらの星系が良さそうだ。
もちろん、基地自体に罠がないかなども入念に調べてあり、情報が豊富な星系でもある。
ただ王国もまた情報を多く持っている星系にはなるのだが、不確定要素が少ない方がリスクは軽減されるだろう。
「このルートを軸に、直前の情報でこの辺やこの辺を迂回ルートにあてておく感じですかね」
「なるほど、なるほど。概ねこちらの想定と重なる部分もあるね」
参謀士官は俺の提示したルートを確認して、それを導き出した理由などを聞き、納得顔で頷いた。
「最終決定は侯爵様がやってきてからになるから、それまでは英気を養っておいてくれ」
「宇宙生物、面白いですね。色々と見てみたいです」
ターミナル星系のステーションで待機を命じられた俺達は、王国が集めていた宇宙生物のデータを眺めていた。
王国が略奪に重きをおいて侵略を繰り返してきた理由は、頑張って開発した星系も宇宙生物に蹂躙されると水泡に帰すという経験から来るものみたいだな。
俺達が開拓していた惑星も、ドラゴンを誘導できずに居座っていたら逃げるしかなかっただろう。前世の記憶にあるイナゴの大発生的な、宇宙生物の大発生で壊滅した記録がかなりあった。
特に王国が興った星系は、宇宙生物による被害が多く、平和を求めて隣国に攻め入っている。
宇宙生物と戦ってきた軍は、周辺諸国よりも強かったみたいだな。
「しかし、王国が版図を広げるごとに、宇宙生物の範囲も広がっている気がするな……」
歌姫の呪歌に気を取られていたが、そもそも王国自体も厄介な国であることは間違いなさそうだった。




