ケーキよりも甘い言葉
で、当日
迎えと言っていたからタクシーでも派遣してくれるのかと思っていたが違った
「なん…だと?」
家の前に停まった車は黒塗りですっごく長い車体だ
お父さんの車の車種も知らない私でも分かる。これってリムジンってヤツでしょ?
アニメの金持ちキャラが持ってる車。実在するんだ…
産気付いたニホンオオカミみたいに威嚇している姉をなんとか抑えて私は急いで乗り込んだ
近所に変な噂流れるから早く出て欲しい
リムジンはいつしか見慣れない道を走っている
ソファが横に二個並べてあるような座席なので、なんか落ち着かない
乗り物酔いはあまりしないタイプなんだけど酔いそう
吐いたら弁償しなきゃならんのかな
途中で拾われた眞帆先輩を見ると可哀想なくらいブルブル震えていた
結婚の申し込みするワケじゃないんだからそんな緊張せんでも…
運転手の初老の男の人が、「もう少しで着きますよ」と教えてくれる
この人は執事の人で、昔から詩織さんの家に仕えているらしい
「詩織お嬢様を遊園地に誘って頂いてありがとうございます。余程楽しかったのか、帰って来てから見違えるように明るくなりました。良い学友を得られて本当に良かったです。」と、涙ぐみながら語ってくれた
明るくなった原因は学友じゃなくて彼女なんだけどね。
その彼女はさっきから炭酸水のボトルを何本も開けている
緊張で喉乾きすぎだろ、漏らしたら一生ガチャ無しだぞ
「おごぉ」
予想はしていたが予想の数倍以上の家だ
いや、正確に言うと家の全貌はまだ全部見えてない
高く聳え立つ門の前でザコキャラがやられた声を出すしか出来ない私
執事さんが守衛さんとやり取りをして門が開かれる
なにこれ?超チュウチュウランド?ここってそこまで田舎じゃないだろ
土地だけでいくらかかるんだよ。健全に稼いでこんなでかい家建てられるの?
「きき今日、塾の日だったような…」
「塾なんて行ってないでしょ、行きますよ」
私以上に呆気に取られていた眞帆先輩の手を引っ張る
今更ながら自分の服装を後悔してきた。ドレスコードで入らないと駄目な所なんじゃないの?ドレスなんて持ってないけど、今着てるのはお父さんが出張のお土産で買ってきた『箱根』って書いてあるTシャツだよ?摘まみだされないかな?
応接間に案内され、そこの高そうなソファに座る
ここに来るまでも凄かった。玄関や廊下の至る所に壺やら甲冑やらが置いてあるんだもん
丈が長いスカートを穿いたリアルメイドさんだって居たし、スネ夫が裸足で逃げ出すレベルの財力だよ。
「眞帆!遅れてすみません」
ボランティア部の出涸らしみたいな紅茶とは明らかに違う高級紅茶に口を付けていると、詩織さんがようやく登場してきた。
「私も居るんだけど」
「『箱根』が好きなんですか?」
「そんなことはないけど…」
Tシャツの文字を読むのはヴェルサイユ条約で決まってるハズなんだけどな
条約違反だぞ
「ほ、ほ、本日はお招きいただだだきます」
「眞帆?どうしたのですか?何か食べたいのですか?」
眞帆先輩の異変を察した詩織さんは、何事かと私を見る
私のせいじゃないぞ、お前の家が脱税してるレベルの豪邸だからだぞ
応接間から詩織さんの部屋に移動する
部屋に入ると私達だけになってほっとしたのか、眞帆先輩はちょっと調子を取り戻した
「詩織らしい可愛い部屋だな。お、このベット天井があってまるでお姫様みたいだ」
「べ、べ、べ、ベット!?」
今度は詩織さんがおかしくなるんかい
普通に褒めてるだけだから!意識すんな!
「詩織さーん、約束のケーキは?」
「厚かましい負け犬ですね」
お前が早くも欲情しそうになってるから助け船出してやってんのになんだその言い草
ちょっと意地悪してやるか
「眞帆先輩ぃぃ~詩織さんが『負け犬』ってずっと呼んできますぅ~」
「なっ!?」
「奈妓は我の盟友だ、詩織も敬意を持って接してくれたら嬉しいぞ」
「は、はい。すみません眞帆」
「謝る相手が違ぇんだよなぁ…」
ここまではまだ楽しいやり取りだったのだが、私の意地悪は思わぬ方向に動く
場が和んだみたいで恋人たちは同じソファに座ってイチャつきだした
スマホの画面を見せながらなにやら熱心に語る眞帆先輩
それを愛おしい眼差しで眺めながら時折、彼女の髪を撫でる詩織さん
向かいのソファで二人を空虚な瞳で見る私
健全だ、全然えっちな雰囲気ではないから私の昨日練習した変顔を繰り出す隙はなさそう
…じゃあ帰ってよくない?麗奈先輩と陽咲先輩の無限観覧車もキツかったけどこれはこれでキツい
眞帆先輩がぷくーっと頬を膨らませて詩織さんを睨んだ
どうやら、眞帆先輩が可愛すぎて話に詩織さんが集中出来ていなかったみたい
詩織さんが両手を揃えて謝ると、眞帆先輩は笑って彼女を抱きしめた
一方、私は空になったケーキの皿を意味もなく眺めるだけ
漫画とかないの?
夕方、いつの間にか詩織さんのベットで寝てしまっていた私を二人が起こす
厚かましいと思った?ベットで寝たのは彼女らがそういうことにならないようにする作戦なのだよ
「え?私の分もあるの?」
「まぁ…奈妓さんも一応友達ですからね」
「やったぁ!詩織さん好きぃ!」
「気持ち悪いです」
「そういう好きじゃない!!」
最後にお土産を渡されて単純な私は一気にテンションが上がった
中身は多分、洋菓子だ
ここで食べたのはみんな服が爆散しそうなくらい美味しかったし、きっとこれも美味しいぞ
姉にも食べさせてあげよう
「眞帆?どうしました?」
当然、眞帆先輩もお土産を渡されたのだが、なんだか浮かない顔をしている
ま、眞帆ちゃん?もしかして…寂しいとか言い出すのか?泊まるのか?そこまでは付き合いきれんぞ
「き、今日は楽しかった…で、でも一つ心残りがある…の」
キスしてないとか言うつもりか?私の前でするなよ?お前らのキスはもう十分なんだよ
徒歩でいいから帰らせて
「折角家に来たんだから詩織の小さい時のアルバムとかあったら見たいな…お土産は勿論嬉しいけど…わ、私は詩織のことをもっと知れる方が嬉しい…な」
「ま、眞帆///私は間違ってました!私ももっともっと眞帆に知って欲しい!!眞帆のことは全部知りたい!!」
「おぇぇぇぇッ!!!」
私はついに吐いた
甘ったるい空気に耐えられなかった
砂糖と一緒に今日ここで食べた高級ケーキやキャビアを添えられたクラッカー等々、あらゆる高級食材が喉を通って足元の純白カーペットにぶちまけられた
「「きゃああああああッ!?」」
カーペットは海外から輸入した手織りの特注品らしい
二人の悲鳴のソプラノを聴きながら私は詩織さんに生涯仕える専属負け犬メイドになることを覚悟した。




