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【過去話】部長と会長

一年前の夏

授業中にも関わらず、私は屋上で佇んでいた。

生徒会長にあるまじき行為だ。ただ、どうしても授業を受ける気になれなかった


「はぁっ」


溜息を付く、今朝のことを思い出したからだ




「奈妓ちゃん、試合頑張ってね」


玄関でテニスラケットを担いだ妹に声を掛ける

妹はこちらに一瞥もくれない


「良かったらこれ…お弁当」


ここでようやく妹がこちらを見てくれたが、その眼つきは冷たい


「いらない、コンビニで適当に買う」


「な、奈妓ちゃんの好きなものいっぱい入れたよ。食べて欲しい…な」


「そんなので罪滅ぼしのつもり?」


「そんなつもりなんかじゃ…」


妹は視線を足元に移して靴紐を結びだす。もう私の存在なんか眼中にないみたいだ

それでも勇気を出してもう一度声を掛ける


「今日、最後の試合だよね。お姉ちゃん見に行っていいかな?」


「やめて、気が散る」


「あ、あはは…声掛けたりしないよ。こっそり見てるから」


妹が立ち上がる。軽くつま先をトントンと打ち付ける


「気持ち悪い」


そう吐き捨てて妹は去って行った。

私はお弁当を持ったまま暫く立ち尽くしていた。




「はぁっ」


もう一度溜息をつく

緩慢な動作で妹に渡すつもりだったお弁当を広げる

まだお昼には早い時間だが、なにかしていないと耐えられない


お弁当箱を開け、色とりどりのおかずから卵焼きを箸で摘まんで口に入れる


「ふふっ、奈妓ちゃんにあげなくて良かった。この卵焼きしょっぱい」


「あら、生徒会長様が授業をサボって早弁とは感心しないわね」


突然話しかけられたので驚いて振り向く、長身で髪を巻いた生徒の姿が瞳に写る。

倉園麗奈…話した時はないが、目立つ容姿をしているので名前は知っている


「貴女…泣いているの?」


「!!!!!」


反射的に自分の目元を拭う

どうやら気付かない内に泣いていたようだ

授業をサボって早弁していたのは見られてもなんともない、しかし泣いている所を見られたのは別だ

迂闊だった。誰にも弱みは見せないで生きてきたのに…こんな得体の知らない奴に見られるなんて


「…私で良かったら話を聞くわよ」


「えっ?」


脅されると思った。中学、高校で生徒会という政争の中心に身を置いていた私は、ほんのわずかな隙で破滅していった政敵を何度も見てきた。


「……………」


倉園麗奈の瞳を無言で見つめる

彼女の姿がぼやけてきてはっきり見えなくなる。どうやらまた涙が溢れてきたようだ


「隣、座るわね」


ハンカチを広げて隣に座る彼女、微かに香水の香りがした。


もう一度涙を拭ってから私は話始める

今思うとこの時の私はどうかしていた。けれど優しい言葉を掛けられて要塞化していた心が決壊してしまった。




「…今から妹さんの応援に行きなさい」


話終わった私に倉園麗奈は驚きの提案をしてきた


「話聞いてた?「気持ち悪い」って言われたのよ」


半場呆れて却下する。襲ったことは流石に伏せているが、私達姉妹に深い溝があることは伝わったハズだ


「きゃっ!」


いきなり香水を振りかけられた

驚く私に倉園麗奈が語り掛ける


「私ね。気分によって香水を変えているの。香りが変われば別人になったような気分になるの。今の貴女はいつもと香りが違う別人、これで妹さんの応援に行けるわね?」


「こ、香水くらいで別人になるワケない!」


「いいえ、香水にはその力があるわ。古来から香水は変身薬と言われているの」


後で調べたが、どの文献にもそんな記述はどこにも無かった。

でもこの発言は、私に勇気をくれた。

立ち上がりスカートを軽く払う。今から行けばきっと間に合う


「これは『貸し』よ」


「ふふっ生徒会長に貸しを作らせるとは良い度胸ね」


倉園麗奈に笑いかけた私は走り出す。

目的地は勿論、妹の元だ

悩みを打ち明けたからなのか、それとも香水のおかげなのかは分からないが、私の心は幾らか晴れていた。

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