禁忌
詩織さんは三日後に部室に来た。
条件反射で立ち上がった私だったが、驚いたことに指名されたのは眞帆先輩だった。
「我か…戦の狂乱に興じていたというのに…」
「あ、あはは」
立ち尽くす私、これは恥ずかしい
どういうつもりなんだろう?
タブレットで二人の様子を観察する。
眞帆先輩が指名されるのは珍しい、べつに容姿が悪いというワケではない
いつも眠そうな目は可愛いと思う(三年生だけど)
では何故、指名が少ないかと言うと彼女は取り繕った会話を一切しないからだ
私を含めた他の部員は『お嬢様』に合わせて会話をするが、彼女は自分がしたい話しかしないし、興味がある話題にしか喰いつかない
何度も言っているが、本当に気まぐれな猫のような人なのだ
「突然指名して迷惑だったですか?」
「うむ、戦の狂乱の途中であった」
「ゲームのことですか?私あまりゲームってしないんですけど面白いですか?」
「お主に言ってもしょうがないだろう」
もうちょい取り繕うよ!どっちが客かわかんないよ!
まぁ一部にはこの態度が刺さるコアなファンも居るのだが…
「ナギっちさっきから熱心に見てるけど、もしかして嫉妬してるのカナ?」
「してないわ!」
小鳥遊のちゃちゃにツッコむ
「しっ!もう少し静かにしてあげてね」
陽咲先輩に注意されちゃった。軽く頭を下げてタブレットに視線を戻すと、二人が抱き合っているのが観えた。考えてみれば、詩織さんが別の人と抱き合っているのを見るのは初めてだ
「……………」
心の中の僅かな感情に気付く
これは…嫉妬?小鳥遊の言う通り、私は嫉妬している?
詩織さんのことを拒絶したのに、いざ彼女が別の人と抱き合うと心が落ち着かない
…私ってホントにクズだな
「……………」
長い…会話をあまりしなかったから抱き合う時間が長いんだ
それとも私が長いと感じてるだけ?
「!?」
もしかして…詩織さんは私に嫉妬させる為に眞帆先輩を指名した?
「えっ!」
思わず大きな声が漏れてしまったが、今度は陽咲先輩に注意されなかった。それどころじゃないのだろう
詩織さんが眞帆先輩の髪を優しく撫でているのだ
「あ、あんなの良いんですか?」
「嫌がっていないからセーフね」
そろそろ言っていいか?『禁忌』ってマジでガバガバ過ぎないか?
麗奈先輩がクソ審判なだけなのかもしれないけど
「眞帆先輩の髪、とても可愛いです」
「我は好かぬ…整えてもすぐに崩れてしまう」
「私は好きですよ」
「た、戯言を抜かすな」
眞帆先輩の一瞬の隙を詩織さんは見逃さず、髪を撫でていた手を止める
心地よい感触が途切れた眞帆先輩は思わず顔を上げて詩織さんを見た
「どうしました?」
「…なくて良い」
「すみません、よく聞こえませんでした」
「や…」
「や?」
「止めなくて良いって言った!」
優しく微笑んでから詩織さんは再び眞帆先輩の髪を撫で始める
眞帆先輩がそっぽを向いていたさっきと違ってお互いに見つめ合っている状態だ
「眞帆先輩…キスしたりしないよね?」
「うん、大丈夫だと思う」
小鳥遊が不安になるのも無理はない、彼女達の唇は今にも触れそうだからだ
ただ、流石にキスすることはないと思う。眞帆先輩からキスすれば『禁忌』だし、詩織さんからキスしても三枚目のイエローカードで出禁になる。キスまでの1センチは果てしなく遠い
「…キスしてくれませんか?」
「それはダメ、『禁忌』になっちゃうから…」
私の予想は外れるかもしれない
眞帆先輩の様子がおかしい、いつもの芝居がかった口調じゃなくなっている
「キスして下さい。お互いの気持ちが重なって混ざり合って一緒になるようなキスをしましょう。『禁忌』やゲームなんかどうでも良いじゃないですか」
「わ、わたしも詩織とキスしたい…でも怖いの。わたしがわたしで居られなくなるみたいで」
「大丈夫です。どんな眞帆でも全て受け止めますよ。さぁ…おいで」
「!!!!!」
私の予想は外れるという予想は当たった。彼女達の唇は触れた。
キスをしたのは眞帆先輩からだ
鹿島眞帆は『禁忌』に触れた
自由気ままな猫は飼い主の奴隷になった
「…止めてくるわ」
麗奈先輩が立ち上がってソファーに向かう
私も自然と彼女の後を追ってしまっていた
「眞帆先輩、やめて下さい」
麗奈先輩がカーテンを開いて声をかけても二人は止まる様子を見せない
人生で初めて直接見る他人のキス。それはドラマや漫画のようなドラマチックなキスとは全然違った。
お互いを貪りつくすような舌を絡めた下品なキス。タブレット越しには聞こえなかった卑猥なキス音が耳を犯してくる。
「し、詩織さん、もうやめて」
私の声にようやく反応した詩織さんが舌を眞帆先輩から抜いた
引き抜いた瞬間に彼女達の口元から出た唾液の線から思わず眼を逸らしてしまう
「やめて?眞帆さんからキスされたのですが?」
「ええ…そうね。貴女は不問よ」
部室から出ていく間際、詩織さんは私の顔を見て微かに笑った
その笑顔にどこか言い知れない不安を覚える
「眞帆先輩…申し訳ないのですが」
「心得ている。我は『禁忌』に触れた」
私達は荷物をまとめて出ていく眞帆先輩を見守るしか出来ない
彼女はこれから詩織さんと付き合うのだろう。寂しいけど、それが選んだ道なら仕方ない
「彼女、媚薬を使っているわね…」
「媚薬!?」
「ええ、この香り、テスターで嗅いだ時があるわ。媚薬効果がある非常に高価な香水ね」
そう言って、さっきまで二人が密着していたソファーを麗奈先輩が軽くなぞった
「妙薬なんてズルじゃん!やっぱ出禁にしましょうよ」
「嗅いだ瞬間に惚れさせられる訳じゃないの。シチュエーションと掛け合わせて初めて発揮されるものなのよ。不正ではないわ」
小鳥遊を諫めた麗奈先輩が私に向き直る
「それより奈妓さん、出て行く時の詩織さんの眼を見たわよね」
「はい…」
「彼女…これで終わるとは思えないわ」
さぁここからがほんばんだ




