★チーズケーキは誰のもの?
小鳥遊と仲直りした翌日。休日にも関わらず私は朝早くから自宅のキッチンに立っていた。
失敗はしたくない、ちゃんと調べてから始めよう
ユーチューブでチーズケーキの作り方を検索し、動画を再生する
『はいどーも、今日はチーズケーキを作ってみようと思います。チーズケーキと言えばですね。昔好きな子が…』
ふむふむ
『で、その子の好物がチーズケーキなんですけど、ここからが面白くてですね…』
うんうん
『ってことがあったんですよ~僕は大笑いしちゃいましてねー!』
手動かせや!!
なんなのコイツ!30分の料理動画で20分喋り倒してるぞ
手前に置いてある材料は未だに微動だにしていない
『喋り過ぎたら喉が渇いてきちゃいました』
牛乳の蓋を開けて一気飲みしだすユーチューバー
それ飲むな!材料だろ!
低評価を押して動画を閉じる。残り5分でチーズケーキが出来るかちょっと気になったけど、時間が勿体ない
小鳥遊がウチに来る前に作らないと…チーズケーキは彼女の好物なんだ
昨日、小鳥遊を誘った経緯を思い返した。
「明日…ウチ来ない?」
「ん?えっちなことしたいのカナー?」
「な、なワケないじゃん、ただ…」
「ただ?」
仲直りの記念がしたい。そんな恥ずかしいことはとても言えないけど…
「…いいから!」
「フフッ…わかったよー」
私の気持ちを理解したのかしてないのか分からなかったけど、小鳥遊は朗らかに笑った。
おっと、時間がないんだった…
頭に浮かぶ小鳥遊の笑顔を振り払う。今はケーキ作りに集中しないと
「ここで砂糖を入れてっと」
他のチーズケーキの動画を観ながら作業する
今度の動画はふざけていない
「奈妓ちゃん?」
姉が二階から降りてきた
普段私はキッチンに立たないから不思議に思ってるみたい
「ケーキ作ってるの」
「ケーキ?手伝うわ」
一瞬、お言葉に甘えようかと思ったが、踏み止まる
姉に手伝って貰えば、お店も顔負けなチーズケーキが出来上がるだろう
でも、それじゃダメなんだ。私と小鳥遊の仲直りの記念だから…
「手伝って貰ったら意味ない」
「えっ?…あっ!そうよね!うふふ」
ぶっきりぼうな言い方をしてしまったと思ったが、姉はなぜか嬉しそうにしている
それにしても姉よ…なぜ起きたばかりなのに寝癖の一つもないんだい?神に愛されてるのか?
ピンポーン
お昼になり、家のチャイムが鳴る
きっと小鳥遊だ。チーズケーキは何個かの尊い犠牲を払いながらも完成していた。
ドアを開けて小鳥遊を出迎える
「!!!!!」
いつもの小鳥遊じゃない…二つ結びをやめて髪を降ろした彼女は丈が長いワンピースも相まって凄く大人っぽく見えた。有体に言えば美人だ
「どったの?惚れ直したカナー?」
「は、はぁ!?だ、誰が惚れるか!」
私ってこんなツンデレキャラだっけ?
私には『お姉さま』が居るのに…
小鳥遊を連れて二階の私の部屋に入る
途中で小鳥遊が姉に挨拶したけど、どうしてか姉はたどたどしかった。
私と小鳥遊が幼馴染だから、当然姉も面識あるんだけどな。久しぶりだからかな
「これ…作ったから」
「えー!ナギっちが作ってくれたの!?」
「マズそうだったら食べなくていいから」
テンプレツンデレキャラを発揮しながらチーズケーキを差し出す。
私、ホントに今日どうした?
ツンツンの実でも食べてしまったのだろうか?泳げなくなってたら嫌だなぁ
「……………」
差し出した時の反応は上々だったが、皿に切り分けると、どういうことか小鳥遊は黙ってしまった。
どうしたんだろう?見た目が気に入らないのかな?マズそうだったら食べなくていいって言ったけど本当は食べて欲しい…
「………欲しいな」
「え?」
欲しい?なにが?チーズケーキに何か足りないものがあるんだろうか?チーズケーキってイチゴ乗せないよね?
「あっ」
わかった!お茶が欲しいんだ!私のバカ!!ケーキだけ出してお茶を出してなかった。水分無しでケーキ食べろって言われても困るよね
「食べさせて欲しいな♡」
下のリビングでお茶を淹れようと、立ち上がろうとした私の動きが止まる
…小鳥遊さん?今なんて?
「ねー」
口を指差して求めてくる小鳥遊
からかってるつもりだろうけど、そんなことしたら『幼馴染』じゃなくて『彼女』じゃん!恥ずかしいよ
「むー」
躊躇していると小鳥遊の瞳のハイライトがだんだん曇ってきた
マズい…胸を触らなかった時と同じだ、また拗ねてしまう。今日は仲直りの記念、フォルトを打っちゃダメだ。
「あ、あーん」
意を決し、フォークに刺さったケーキを小鳥遊に差し出す。
彼女は瞳の輝きを取り戻し、口を大きく開けた
ガチャ
「あっ!?」
ケーキを小鳥遊に食べさせた瞬間、ドアが開いて姉が入ってきた。
驚いた姉は持っていたお盆を落しそうになるが、なんとか踏み止まる
お茶を持ってきてくれたのか…気が利くけどタイミングは最悪だ
「ご、ごめんね」
お茶を置いて足早に去って行く姉
絶対勘違いしてるよ…
「たーかーなーしぃー」
「ケーキすっごく美味しいよーありがと♡」
小鳥遊に抗議しようと向き直ったが、その言葉と笑顔で許してしまった。
最近、小鳥遊に甘々過ぎるなぁ…
その後、小鳥遊と例のゾンビのゲームをして遊んだ
お互い下手なので、クリアするまでかなり時間がかかってしまった。
暗くなったので小鳥遊を家まで送っていく、握った手のひらから彼女の体温を感じる。
「今日はとっても楽しかったよーありがとナギっち」
他愛のない話をしていたらすぐに小鳥遊の家まで付いてしまった。
彼女の家は公園の隣にある。小さい時ここでよく一緒に遊んだなぁ…
すっと繋いでいた手が離れる。一気に体温が下がった気がした。
「私も楽しかった」
ツンデレモードは終了したらしい、今度は素直に気持ちが言えた。軽く手を振って小鳥遊と別れる。
「ナギっち」
「うわっ!」
突然、背中越しに話しかけられたので驚いて声がでた
家に入るまで見送ったのに…戻ってきたのか
「ど、どうした?」
「忘れてた」
忘れてた?私の家になにか忘れ物したのか?
スマホ?それとも財布?
「大事なこと忘れてた」
「大事なこと?」
口ぶりからしてスマホや財布じゃないらしい…
月明りに照らされた小鳥遊の顔を見る
…まさか
キスを求めているのか?
ドラマで恋人同士がデートの終わりにキスしているのを見たことがある。アレを求めているのか?
「あーん」とはワケが違うぞ、完全に恋人だ
第一、キスは私達にとって『禁忌』に当たる。部活は退部になり、当然『お姉さま』を見つけることは叶わなくなる。バッドエンドだ
…そもそも『お姉さま』が見つかったらハッピーエンドになるのか?
月に雲がかかったのか、小鳥遊の顔は見えなくなっていた
「ナギっち送ってくの忘れてたー」
「は?」
なに言ってんだコイツ
「今度は私がナギっちを送ってくよ」
「意味ないだろそれ!」
全身の力が抜ける。キスを求めてると思った自分が情けない
いくら小鳥遊だってそこまでして私をからかわない、よく考えれば分かることだった。
「小鳥遊が私を家まで送って行ったら、また私が小鳥遊を家まで送ってかないといけないじゃん」
「んー?じゃあウチに泊まろうよ。明日日曜だしさ」
「え?着替えとかないし」
「新品の下着あるから大丈夫だよ」
「サイズ合わないし」
「〇すぞ」
「す、すみません」
「泊まる?」
「泊まります…」
「わかればよろしい!今夜は寝かせないぞー!」
手を引かれて小鳥遊の家に向かう
上昇した体温が彼女に伝わらないか心配になった。




