天使は均等に愛を与え、その愛は天使を引き裂いた
翌日の部活、小鳥遊の姿はなかった。クラスでも避けられたし、こりゃ完全にフラグ折れたな
腐れ縁といっても幼馴染と疎遠になるのは寂しい、なんとか仲を修復しないと
しかし、しかしだ…私のMPは色々な問題に対処し過ぎていて枯渇寸前
魔法使いなのに通常攻撃しか出来ないクソ雑魚状態だ
チャリン
缶に100円を入れる
眞帆先輩はその音に興味を示さず魔女ストを続けるが、麗奈先輩と陽咲先輩は驚いてこちらを見た
「なに?今度は眞帆先輩が『お姉さま』だって言いだすの?」
「うむ、我が『お姉さま』だぞ」
「そうだったんですかー好きー」
眞帆先輩の戯れを棒読みで返す。緑リボンの三年生だから候補にも入ってない
マタタビでも喰ってろ
今回100円を入れたのは『お姉さま』探しの為ではない
これからの戦いに備えてMPを回復させる為だ
「陽咲先輩を指名します」
「え?私?」
ソファーの上で陽咲先輩に膝枕してもらう
ふぇぇ最高だよぉ…
「甘えん坊なんだからぁ」
「だって私もやってもらいたかったんですもん」
ひなたん先輩の太腿柔らか過ぎぃ
アスリートが広告塔の寝具を見たことがあるが、陽咲先輩の太腿の方が絶対に寝心地が良いと思う
この感触を完全に再現されたマットが開発されて一家に一台供給されれば世界中から戦争と貧困が無くなるのではないか
未来のノーベル平和賞受賞者は私の髪を優しく撫でてくれる
はぁぁぁ天使ぃぃぃぃっしゅきぃー
「奈妓ちゃん最近頑張ってたもんね」
「ママーぁ」
ぶっちゃけ、問題を後回しにしているだけで頑張ってはいないのだが、今は天使の甘言に甘えたい
「ばぶぅー」
甘えついでにママの胸に手を伸ばす
私は自分がおっぱい揉み星人であることを受け入れていた
パシッ!
「なぁーぎぃーちゃん?」
「おぎゃゃゃゃっあ!!」
伸ばした手を叩き落された私はイヤイヤしながら大泣きした
どうちて?どうちてダメなのぉ…
「あんまりおいたするとお姉ちゃんに言っちゃうよ?」
「あ、それは勘弁して下さい…」
急に現実に引き戻された私は起き上がって元の体勢になる
よく考えたら今の幼児プレイってタブレットで先輩達に見られてたんだよな。戻りづれぇ…
「いい子だね」
癇癪を止めると陽咲先輩がまた頭を撫でて褒めてくれた
まーたそうやって人をダメにするぅー
「部活は楽しい?」
「なんだかんだで楽しいです」
「良かった。嬉しいな」
本当に嬉しそうだ
そういえば陽咲先輩に聞きたいことがあったんだった
「陽咲先輩って前に『私の居場所を奪わないで』って言いましたよね」
「言ったね」
「どうしてここが居場所なんですか?」
陽咲先輩は私の髪を撫でる手を止めた
一瞬、地雷を踏んだのかと不安になったが、様子を伺うに考え込んでいるようだった
話すべきか悩んでいるのかな?
ピピピピピ!
アラームが鳴ったが、陽咲先輩は立ち上がる素振りを見せない
話してくれるみたいだ
「私ね…昔から周りに恵まれているんだ」
それは貴女が優しいからですよと言いたい所だったが、話の腰を折るのもヤボだと思ったので黙って頷くのに留める。
「みんな優しくて、みんな大好きだった…幸せだったなー」
懐かしむように宙を見上げる陽咲先輩。その瞳には少し影が見えた
「中学生の時にね。仲良かった女の子に告白されたんだ。凄く嬉しくてお付き合いしたの」
「おー」
詩織さんと逆パターンじゃん
ここまではただのいい話なんだが…
「しばらくして他の子にも告白されて、その子とも付き合ったんだ」
…話が変わってきたぞ
「最終的には八人と付き合ったなぁ」
「は、八人!?」
一週間一人ずつと会っても一人余るじゃん
いつぞやのプレイガール先輩が裸足で逃げ出すレベルだよ
「失望した?」
「い、いえ…」
「ふふっ…いいんだよ。正直に言って」
失望はホントにしていない、なんでそんなことになったのか気になるけど
陽咲先輩は紅茶を注ぎ直してから話を続ける
「みんな好きだからみんなと付き合ったんだ」
「バレたりしなかったんですか?」
「隠れて付き合ったりはしてないよ」
公認だったってことか…
私は付き合った経験はないけど、陽咲先輩が歪なハーレムを築いていたことは分かる
口ぶりから察するにそれは既に崩壊してしまっているのだろう
「初めは上手く行ってたんだけどね『ヒナちゃんはみんなの恋人』って感じで。でも次第に抜け駆けしたとかしないとかで揉めちゃって…」
喋ってる内に当時を思い出したのか、陽咲先輩の声が少し震えだす
思わず彼女を抱きしめた。びっくりしたみたいだけど素直に身体を預けてくれた
「大好きなみんなが私のせいで憎しみ合った…耐えられなくなって私は人を好きになることをやめたの」
陽咲先輩は本当にみんなが好きだったんだな
だから均等に愛を与えた、けれども恋人たちは均等では満足出来なかった。
自分に置き換えて考えてみる…私も均等じゃ満足出来ないだろうし均等に愛することも出来ないだろう
陽咲先輩は優し過ぎるが故に『好き』の順序を付けることが出来ないんだ
「でも…この部活ならみんなに抱かれることが許される。ここは私のたった一つの居場所なんだ」
陽咲先輩はいつの間にかいつもの調子に戻っていた
立ち上がった彼女の背中に翼が見えたのは錯覚だろうか?
私も立ち上がる。もうMPは全開だ
今なら古代禁呪だろうとなんだって放てる
「陽咲先輩、いつかまた人を好きになれると良いですね」
人を好きになるというのはボランティア部において『禁忌』だし、陽咲先輩が居場所を失うことを意味する。でも私は疑似恋愛という形ではなく、本当の意味で彼女に人を好きになって欲しいと切に願う
「奈妓ちゃんになるかもね」
耳元で囁かれた言葉は私の心を強く揺さぶった
なんとか心を落ち着かせ、カーテンを開いて出る私
視界には先輩たちと小鳥遊の姿が写った。
ん?小鳥遊…
た、た、た、小鳥遊ぃ!?
お前…2年前の列車事故に巻き込まれて死んだハズじゃ!?
どっから見てた!?
「んー?どうちたのカナー?ママのおっぱいほちいのカナー?」
最☆悪な所から見てた!
折角回復したMPは元の位置に戻ってしまっていた。




