★勧誘はお断りします!
「奈妓ちゃん指名の子が待ってるよ」
放課後、部室に入るや否や陽咲先輩に声をかけられる
「わかりました」
急いでカバンを机の上に置いてからカーテンを開く
ソファーに座っている彼女を見初めて思わず声が出た
「げっ」
「げって何だ?客に使う言葉か?」
私を指名してくれてるのは昨日の影がある子だと思ってた
けど違った、指名してきたのは…
「『時久京華』!?」
時久は『あの夏』と同じ長いポニーテールだった
そう、私の努力が終わったあの試合の対戦相手
何度か校舎で見かけたので、同じ高校に入ったことは知っていたが、こうやって話すのはあの試合以来だ
別のクラスだし、特に話すこともない
「フッ、よく覚えていたな。私はお前を…」
「チェンジ!チェンジで!」
カーテンを開いて麗奈先輩に助けを求める
何の用事か知らないが、コイツとこんな狭い所に居たら、また四月に勧誘された時のように具合が悪くなってしまう
「認められないわ。貴女もプロなら勤め上げなさい」
助けようとしてくれている小鳥遊を押さえつけながら麗奈先輩が冷たく言い放つ
れいにゃん酷い!あと小鳥遊を放してあげて!合気道使ってるっしょ!?腕がねじ曲がってるから!
渋々ソファーに座って紅茶を出す
コイツに一番茶は勿体ない
「で…何の用事?」
「いきなりだな、だが私も曲がりくどいのは苦手だ。単刀直入に言う。またテニスをやらないか?」
「勧誘されてます!」
再びカーテンを開けて麗奈先輩に訴える
「『禁忌』には当たらないわ」
なんで変な所は緩いんだよこの部活!
あと小鳥遊の顔が土色になってるからホントに放してあげて
ドサっとソファーに座りなおす
普段の『お嬢様』には絶対にやらない態度だ
「お前は私が嫌いか?」
「うん、嫌い」
「何故だ?負けたからか?」
安い挑発だ、安い挑発だが、少しイラっとしたのは事実、こちらもやり返させてもらおう
「卑怯だから」
「卑怯!?私が!?」
軽いジャブのつもりだったが、時久にはクリーンヒットした
試合中もコイツは熱くなりやすいタイプだったな
激高して立ち上がった彼女に私は臆せず続ける
「卑怯だよ。最後の試合に親戚一同連れて来てさ、四大大会かっての、遺影持ってるおばあちゃんまで居たじゃん」
「家族が応援に来てくれてなにが悪い!」
「悪くはないけどさ…中学生になってまで恥ずかしくないの?」
「恥ずかしい?お前には人前に出して恥ずかしい家族がいるのか?」
今度は時久のカウンターが私にクリーンヒットした
それを言われたらキレずにはいられない
私も勢いよく立ち上がり、彼女と同じ目線になる
「……………」
しばらく無言で睨み合ったが、不毛な争いだと気づく
…やってらんね。もう出よう
そう思い、時久から視線を逸らしてカーテンを開ける
「私は勤め上げなさいと言った筈だけど?」
三度立ち塞がった麗奈先輩はぐったりとした小鳥遊を抱えていた
落としたの?ねぇ落としたの?
てか『勤め上げる』ってことはコイツに抱かれるってことだよね…
バッタとキスした方がマシなんだけど
「チッ」
舌打ちしてソファに座りなおし、緩慢な動作で時久に手を伸ばした。
「べ、べつに抱かなくていいぞ」
「私も嫌だけど、やらないと部長に絞め落とされるの」
「そんなに厳しい部活なのか?…し、しかしだな、そのような行為は恋人同士が行うものであって…」
ああ!もうウザい!そんな意識されたらますますやりにくくなるだろ
躊躇する時久の背中に手を回して軽く抱きしめる。不思議と嫌な感情は湧かない。
彼女はビクっと身体を強張らせたが、少し経つと抱き返してきた。
おい!お前は抱きしめてこなくていいんだよ!
思いっきり抱きしめるな!なんでも全力でやるな!!
ピピピピピ!
アラームが鳴った
ゆっくり時久が離れる。体温が上がったのか顔は真っ赤だ
「また来る」
時久はそう小さく呟いてからポニーテールを翻して去っていった
もう来ないで欲しい…
☆用語解説☆
『あの夏』 奈妓が中学最後の試合に敗れて『お姉さま』に慰めてもらった日
敗れた相手は時久だった。




