★泡と消えた水着回
「ん…」
吐息が漏れてしまう
麗奈先輩を『お姉さま』と勘違いしてから一ヵ月
私は今日も部室で『お嬢様』に抱かれている
今日の相手は少し影がある気弱そうな一年生の女の子
この子と疑似恋愛するのは初めてではない、一ヵ月前にここで出会ってそれから何回か指名されている
金髪の先輩と違って身体を無理に触ってきたりはしない
でも…この子は危険だ
「!!!!!」
女の子は私の胸に埋めていた顔を離して見つめてくる
言葉は発さないが、儚げな表情で察することは出来る
待ってるんだ、私のキスを…
ピピピピピ!
タイマーが鳴る
この瞬間から恋人から他人になる
女の子は最後に私の手を握った後、カーテンを開いて出ていった。
「あの子、ちょっと危ないわね」
出てきた所で麗奈元お姉さまに話しかけられた
「ははっ…毎回キスを求められてますね。でも大丈夫です。『お姉さま』以外には惚れませんから」
「それもあるけど…本気になりそうで怖いのよ」
『お嬢様』が部員に惚れるだけの一方通行なら『禁忌』に値しない
けれどもそれは部員にとっての弊害に成り得る。
過去にストーカー事件にまで発展したことがあるらしい
ボランティア部の部員は天秤が傾き過ぎないように上手く立ち回る必要があるのだ
「素っ気なくすれば良いのではないか」
珍しく部活に来ていた眞帆先輩がアドバイスしてくれる
「それは流石に冷た過ぎですよ」
陽咲先輩が眞帆先輩のアドバイスに異を唱えた
「てか青リボンの一年生なんだからナギっちが抱かれる必要ないじゃん」
「まぁ…そうなんだけどね」
小鳥遊の元も子もない発言に返答する
確かに青リボンの一年生は赤リボンの『お姉さま』の可能性は無いのだから、私が抱かれる必要はないだろう。でも自分を気に入って指名してくれているあの子を無下にすることも出来ない…ってカッコつけたが、ぶっちゃけると人生で初めて出来た自分のファンという存在が嬉しいのだ
次のお客さんの指名は陽咲先輩だった。
私達はタブレットで陽咲先輩と『お嬢様』の様子を見ながら、邪魔しないように小声でお喋りする
「出た!陽咲先輩の卍解!!」
「ばん?なんて?」
『お嬢様』を膝枕する陽咲先輩の様子が画面に移り出せれている
二か月間この部活を体験して分かったことがある。部長は麗奈先輩だが、エースは陽咲先輩だ
『姉』しか出来ない麗奈先輩、『妹』しか出来ない妹ちゃんズの私と小鳥遊と違って陽咲先輩はどちらも相手によって使い分けることが出来る。
あっ眞帆先輩はどっちに入るんだろう?ネコ枠?いや、ネコって深い意味はないけど…
「それにしても暑いな…我は暑いのが苦手だ」
眞帆先輩が唐突に話題を変える。彼女が唐突に話題を変えるのにはもう慣れっこだ
ネコは気まぐれ
「暑いといえば海!夏の合宿で海に行きませんか!?」
小鳥遊が手を挙げて発言する
海か…幼い時に姉と手を繋いで海岸を歩いていたら、フナムシに遭遇して大泣きした覚えがある。あまり気乗りしないな
そもそもボランティア部に合宿なんてあるのか?
「合宿なんてないわよ」
にべもなく麗奈先輩が答える。やっぱり合宿なんてなかった
それでも小鳥遊は諦めない
「えー!麗奈先輩の別荘のペライベートビーチで遊びたい」
話が変わった。プライベートビーチなんてあるのか
浜辺で優雅にトロピカルジュースを飲む私、傍らで扇いでくれる水着姿の先輩達、モリで魚を突く小鳥遊を想像する。…良い…実に良い
「小鳥遊に一票」
「我も一票、砂浜でする魔女ストは中々乙なものだろう」
インドアだと思われた眞帆先輩も賛成してくれた。
そうだよね。砂浜でする魔女ストは格別だよね!
これで票は過半数だ。水着回!視聴率鯉のぼりだ!!
「ないわよ」
「え?」
「プライベートビーチなんてないわよ」
「は?」
何言ってんだこの人、日常系アニメの金持ち枠だろ
コンビニで人数分アイス奢ってくれるキャラ
「だいたい私を何だと思ってるのよ」
「倉園財閥のお嬢様『倉園麗奈』だと」
「倉園財閥なんて聞いた時ないわ。私の家はただの中流家庭よ」
「「はぁ!?」」
私と小鳥遊が同時に叫ぶ
変な時だけ気が合うな
「じゃあなんで髪巻いてるんですか!?」
「中流家庭は髪巻いちゃいけないのかしら!?」
「楽しそうなところ悪いけど…」
カーテンから陽咲先輩が顔だけ覗かせる
微笑んではいるが眼は笑っていない
て、天使が怒ってる!
「もう少し静かにしてね」
「はい!」
私は久しぶりにバイト初日の返事をした。
おい、みんなも返事しろよ。私だけ騒いでたみたいになるだろ




