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深淵

終礼が終わり、クラスの皆はそれぞれ席を立つ

うん…違和感の正体は分かってる。姉が乱入して来ないのだ


期待しているワケじゃないんだけど、どうした?なにか企んでるのか?


「うわっ!?」


そりーりと教室の扉を開けたら目の前に姉が立っていたので驚いた

昨日までの『オラオラモード』は鳴りを潜め、少し俯きながら私を見ている。本当にどうした?

そんな態度だと伝えたいこと言いづらいんですけど…


()()()()()、見せたい所があるの」


「う、うん」


奈妓ちゃん呼びに戻っている姉の後ろを付いて行く

何時もみたいに外に出るかと思ってたけど、階段をどんどん登っていくので行き先は学校の中みたい

生徒会室行くの?あんま気乗りしないなぁ


「ここよ」


「いやいやいや、なんでだよ」


連れてこられたのは校長室の前だった

校長に用ないよ!全校集会くらいしか絡みないよ!

なんなのマジで?姉の力でエリート大学に入学させる気?そんなのダメですからね


「な、なにこれ」


恐る恐る校長室の扉を開けるとそこは想像していた景色とは全く違っていた

校長室と言ったら重厚な机と椅子があるイメージなのだが、そんなものは影も形も無く、代わりに可愛いメルヘンチックなソファーが置かれていた。代わっているのはそれだけじゃなく、カーペットもモフモフした白いモノになってるし、壁側には私が好きな漫画と雑誌が収められた本棚がある。極めつけは中央にどーんと置いてあるピンクのベットだ


「ホントになにこれ!?」


驚きすぎて語彙力が消滅した私は思わず二度同じことを叫んだ


「どうかな?気に入ってくれたかな?」


「状況がわからん!!」


後ずさって表札をもう一度見てみるが確かに『校長室』と書いてある。夢か?


「学校に奈妓ちゃんの部屋を作ってみたの」


「ちょっとイタズラしちゃったみたいな顔されてますけど、度を越えてるって!ここ校長室でしょ?校長は?」


「さぁ?どこかでブラブラしてるんじゃないかしら」


「校長かわいそう!」


体育館の隅で所在なさげに佇んでいる校長を想像してしまった

ウチの姉がすみません!!


「だ、ダメだよ。こんなことしちゃ…戻してよ。部屋と校長を戻してよ」


「折角作ったんだからそんなこと言わないで。ほら、このベットお家のよりフカフカだよ。昼休みにここで寝ころびながらプロジェクターで映画だって観れるのよ」


「え?すご」


…ってダメダメダメ!一瞬心が揺れてしまったけど、こんな誘惑に乗ったら駄目だ

姉には私の気持ちを伝えると共に一般常識を教えてやらねば


「ちょっとだけ、ここで映画観ない?奈妓ちゃんが観たがってたのだよ」


姉がベットをポンポンして誘ってきた

私はゆっくりとそこに向かう、映画を観る為じゃない、姉に引導を渡す為だ


「お姉ちゃん…メッだよ」


「奈妓ちゃん?」


「こんなことしちゃダメだよ。お金はどこから出たの?生徒会の人達を無理に働かせたでしょ?」


「そんなことは奈妓ちゃんが気にすることはないわ」


「校長だって黙ってこの部屋を明け渡すハズないよね?何か弱み握って脅した?」


「奈妓ちゃん…私は貴女が全てなの、貴女の為ならどんな恨みを買っても構わない」


「お姉ちゃん…」


「私の気持ちを受け取って欲しいな」


()()!!」


昨日とは違った意味の名前呼び

いきなり私が叫んだので姉はびくりと肩を震わせた


「そういう所だよ。私を一番に考えてくれるのは嬉しいけど、もっと他人に興味を持ってよ」


「興味はあるわ。全校生徒のデーターは把握しているの」


「そういう意味じゃないよ。お姉ちゃんは生徒会や他の人間をただの駒としか見てない、もっとあの人はあんな趣味があるとかそういう所に興味持ってよ」


「勿論それも頭の中に入ってるわ」


「それをその人の為に役立てたことってある?結衣はクラスの娘の趣味を分かってて楽しく話してるよ」


結衣の名前を出されて姉の表情が曇る

悪いけどここで言おう。私は結衣が好きだって


「結衣はクラスの誰かが落ち込んでたりしてるとさり気なく近くに寄っていって慰めたりするんだ。そういう所凄く好き」


「ま、待って!お姉ちゃん頑張るから!変わるから!!」


察した姉が叫ぶ

ごめん…ちょっと喧嘩みたいになっちゃったけど、ここで決着を付けるよ




「私は結衣が好き」




「ッ!!」


姉の瞳を真っすぐ見つめる

彼女は言葉にならない声を挙げながら力無く私に手を伸ばして掴もうとした


心がジンジン痛むがその手を振りほどく


「!!!!!」


バタン!


振りほどいた勢いで姉に覆いかぶさる形でベットに倒れてしまった

自暴自棄になった姉にまた何かされたら堪らないので急いで起き上がろうする





その時見てしまった姉の顔に違和感を感じて身体がぴたりと膠着した


この光景どこかで見た時がある?


「うっ!」


頭の奥が焼けるように熱い

なんだこれ?


「奈妓ちゃん?」


ガンガン鳴る頭の奥底でなにか得体の知れないものが湧き上がる感覚を感じる

なにかを思いだそうとしている?ずっとずっと奥になにか…


「あ゛ッ!」


「奈妓ちゃん!!」


なにかに気付いた姉が私を跳ねのける

普段なら絶対にやらないことだ


「うわぁぁぁ!!!」


ついに堪え切れなくなって叫んだ

なんでこんなに頭が痛いんだ?なんで姉に覆いかぶさったら頭が痛くなるの?



()()()()()()()()()()




『あの日』………私が姉を犯した?


そんなハズはない、そんなことはありえない

きつく目を瞑って必死に『あの日』の情景を思い出す。




――やめっ、やめて!――


ほら、上に乗ってるのは姉だ

びっくりさせないでよ




――誘ってきたのはそっちだよね。お姉ちゃん?――




目を開けるとそこには下劣な笑みを浮かべた私の顔があった。

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