こんなの予測出来るか!
はっきり言わせて欲しい。
冒険者たち、魔物以上に化け物だろ。
そんな事を突然言っても人は戸惑うばかりだろう。
しかし、これには理由がある。
『おーっと、アーシラ姐さん速い速い速―い!!自身の糸を伝ってドンドン上へと渡っていくー!これぞまさにアラクネの本気!他の選手達もアーシラ姐さんに負けじと壁や綱を登り天井のベルへと上がっていくー!バリトン、オメーアーシラ姐さんに見惚れてねーで綱登れし!』
『うっせ、リーダー!』
今私は、魔物たちの身体能力の凄まじさに直面しているからだ。
思わず死んだ目になっても、仕方ないと思う。
運動会自体は順調に進んでいる。
運動会の内容は100m走にハードル走、二人三脚に借り物競争に玉入れなど、私の元いた世界と同じようなものだった。
だからなのかは分からないけれど、ベリアル達の身体能力が元の世界の人間と比べてどれだけ凄いかが目に見えて分かる。
まず全員、そこそこ足が速い。
中高生の100m走の平均タイムが13秒から15秒だとして、魔物たちは大体9秒弱から10秒くらい。
世界大会で金メダルを狙えるレベルである。
因みにこれはあくまでノーマル魔物たちの間の平均タイムである。
実は別枠でイグニ、ベリアル、フォレス、タンザ、マリアの最強魔物達での100m走をした。
彼らがスタートしてすぐ、凄い突風が巻き起こり、目にも留まらない速さでいつの間にか全員ゴールしていたのだ。
カメラのスローモーションでなんとか誰がゴールしたかを確認できたのだけど、一着だったベリアルのタイムはなんと3秒。
他の4人も大体変わらないぐらいのタイムだ。
もはや世界どころの騒ぎではない。
これだけだと魔物たちは全員足が速いと思われそうだけど、ちゃんと足が遅い魔物もいる。
トン吉はその丸々とした体躯から分かる通り体重が重いのか、ドスドスと足音を鳴らして走っていたし、ワイト達は人間の平均と変わらないぐらいの速さだった。
そしてエルダードワーフのマサムネは意外なことにワイト達より遅かった。
更に他の皆があまり息切れをしていないのに対してマサムネは一度走っただけでもかなり息が絶え絶えだった。
そういえば、マサムネは鍛冶を任せてもらえない鬱憤を晴らすためにレジェンドウルブス達に介してディオーソスさんからタバコを貰い、タケル青年達に隠れて吸っていたというのをタンザから聞いた事がある。
喫煙者だから走るのがキツかったのだろう。
これを機に禁煙して欲しい。
そんな100m走であまり良い成績を取れなかった彼らだったが、綱引きや棒引き、大玉転がしといったパワー系の種目ではかなり活躍していた。
トン吉はその体重の安定感を活かし、マサムネは鍛冶や修理仕事で鍛えたその腕力を使って立ち回っていた。
ワイト達も赤の扉ルートのバッドエンディングで冒険者達を水に沈めるために毎日筋トレをしていたためかチラホラと活躍していた。
他にもウルフはその咬合力の強さを存分に魅せていたし、
逆にこれらの競技であまり活躍出来なかったのはスケルトン達。
身どころか筋力がないからそこまで力はないらしい。
そういえば玉入れの時、コボルトの中で気になる子がいた。
それは『カランセ』というレオンベルガーのコボルトで、物や人を別の場所に移動させるスキル<転移>を持つ子だ。
大人コボルト達と殆ど変わらないぐらい大きな体躯なのだけど、実はジャスパーやトレニアよりも若い青年コボルトらしい。
むしろジャスパーやトレニアよりもウーノ達子供コボルトの方が近いぐらいだった。
彼は<転移>という強力なスキルを持つものの、コボルトという種族とまだ成熟していない事が原因で小さな物や体の一部しか別の場所にテレポートさせられないという。
所謂、部分テレポートというものだ。
玉入れではこのスキルを使って玉を大量に入れていたのだけど、そんな彼の姿を見て私はふと思った。
(これ、一部を出したままスキルを解いたらどうなるんだ?)
私はそこで種目が終わった後にカランセを呼んで、急遽<ネットショッピング>で取り寄せた大型犬用の猪の骨を使って実験してみた。
その結果、
バチンッ
「こっわ!!!」
なんと、太くて硬い猪の骨が真っ二つになった。
その切れ目はとっても鋭利で、ワイヤーのようなもので切り裂いたようなものだった。
これには実験を見ていた私もベリアルもびっくり。
某超能力少女の漫画ではテレポートに失敗して壁にハマってしまうなんてシーンがあったけれど、それと比べ物にならないぐらいのものだ。
とりあえず私はカランセに、「有事以外で誰かの体の一部を転移させた状態で解いてはいけない」とキツめに言った。
聞き分けの良いカランセはこの<転移>の使い方の危険性が分かったらしく、すぐに了承してくれた。
ホント、悲惨な事故が起きる前にこの運動会をやってよかった。
今まで名前を上げてないけど、女魔物達も活躍している。
最強魔物のマリアはもちろんだけど、アーシラ姐さんは意外にも力が強くて棒引きでは男魔物たちと互角に渡り合ったし、ラク姐さんは足が速くて足の速い個体の多いコボルト達より速くゴールについたりもしたし、ネア姐さんは障害物競争やハードル走で活躍していた。
……パン食い競走やハードル走でネア姐さんがジャンプをした時、半数以上の男性陣の視線がネア姐さんの胸に注目していたのは見なかった事にしよう。
シルキーズやウィッチーズ、女コボルトのトリーやチーリン達はあまり目立った成績はなかったものの、人間の私と比べて身体能力は良いものだ。
全体の成績や記録を見返しても、皆よっぽど苦手種目でもない限り、悪くても人間の平均よりちょっと下程度の成績を残していた。
もしも彼らが人間で、あちらの世界にいたら、きっと世界大会でも大活躍する選手になっただろう。
そして、冒頭の言葉をもう一度言わせて欲しい。
冒険者たち、魔物以上に化け物だろ、と。
今まではステータスの数値でしか彼らの凄さが分からなかったけど、全員人間に比べたら遥かに身体能力が良い。
そんな彼らを一体全体どうやって討伐しているのだろうか?
いくら武器を持っていて、魔法を使える人がいるからって普通に適う相手じゃない。
きっと10人冒険者達が集まったとしても、余裕でベリアル達魔物が勝つ。
タケル青年、初期で良く魔物達に殺されなかったな。
ダンジョンマスターでもなかったら殺されていたはずだ。
もしかして、私のダンジョンの魔物たちが他と違うのか?
毎日<ネットショッピング>で購入した食材を使った料理を出しているし、有り得なくない。
もしも彼らの身体能力が魔物にとっての普通だったらこの世界は化け物だらけだ。
今度ミルフィーさん達に相談して比較を…あ、駄目だ。もしもベリアル達の身体能力が良いのが<ネットショッピング>で注文した食材が原因だって判明したらミルフィーさん達に無理にでも引き抜きされかねない。
じゃあ今度テオドールさん達が薬を貰いに来た時に実験してもらう…のも駄目だ。
ケネーシア王国内の私のダンジョンに対する危険レベルが上がりそう。
こうなったら、さり気なくディオーソスさんに運動会をダンジョン対抗で行うことを提案して、こっそり他のダンジョンの魔物の平均能力を記録してみるか?
ディオーソスさんなら私の考えなんて簡単に読まれそうだけど、あの人イベントやパーティー好きだからすぐ乗ってくれそうだし。
『さぁ、ウンドゥーカイもいよいよ中盤!次の種目は『歌え!踊れ!芸達者達の秘密の会合』!』
「毎度思ってるんですけどその個性的な種目名って誰が決めたんです?」
『って、やっべ!これオレも出んじゃん!アイぴっぴマイクよろ!』
「ってタクトさんも出るんですか?!って、ちょっとマイク…!」
慌てた様子で他の4人の元に向かったタクトにマイクを手渡しされ、戸惑う私。
マイクをどうしようか、誰か実況に呼んだ方が良いかと迷っていると、次の種目に参加する魔物達が入場していく。
参加するのは子供コボルト達やカランセを含めたコボルト数名にウルフ達、ウィッチ達、それにレジェンドウルブスのようだ。
種目名からして創作ダンスとかそういうものだろうか?
一体どんなダンスを披露するのか…。
入場をすると、レジェンドウルブスは楽器の設置を始めた。
コボルトとウルフ達は運動場の中心で待機し、ウィッチ達は彼らを囲うように待機している。
コボルトとウルフはダンス、ウィッチ達は魔法でのパフォーマンスをするつもりだろうか?
で、レジェンドウルブスはダンスの伴奏を演奏するのか。
結構普通の創作ダンスをするようである。
ああ、参加者が魔物って時点で私のよく知る普通とは言い難いか。
楽器の設置を終えると、レジェンドウルブス達は視線を送り合い、頷いた。
そして、レジェンドウルブスの演奏が始まった。
その次の瞬間、私は彼らのパフォーマンスに言葉を失い、驚愕させられる事となる。
「これ、私の好きだったアニソン…」
レジェンドウルブスが演奏しているのは彼らの作曲したロックもどきの曲でも、ベリアルに指導されて演奏しているこの世界のクラシック音楽でもなかった。
私の元いた世界、地球の曲。
それも、私が異世界転移した後でも何度も聞いていた私の好きな曲だ。
決して聞き間違いではない。
楽器の種類が幾つか違うので多少アレンジも掛かっているけれど、確かにそれは私の好きな曲のそれで、彼らはその曲を歌い、そして演奏をしていた。
レジェンドウルブスの演奏に合わせ、コボルトやウルフ達も動き出す。
コボルト達はアクロバティックなダンスを舞い、ウルフ達はコボルト達に続いてバク転や宙返りをする。
ウィッチ達は魔法で水や火の幻想的な光景を作り出し、コボルトやウルフ達に踊りに合わせてその光景を変える。
種目に参加していない他の皆は、彼らのパフォーマンスに歓声を上げ拍手をして大盛り上がりだ。
そんな中私は、静かにそのパフォーマンスを見て、聞いていた。
運動会の準備期間中、私は運動場とスタジオに入らないように言われていた。
それは種目の練習中に間違って事故が起きたら行けないからと思っていたけれど、それだけではなかった。
本当は、この種目の準備を私に秘密にするためだったのだ。
(…曲の翻訳なんて、凄い大変だっただろうに。)
きっと、ゴブ郎に頼んで私のタブレットを持ってこさせて、そのタブレットの動画サイトから私の好きな曲を見つけたのだろう。
それをマリアとイグニが動画の曲を聞いて歌詞を紙に書いて、タンザがそれを異世界の言葉に訳し作詞する。
そしてレジェンドウルブスはこの運動会までに完璧に演奏出来るよう、指導を受ける。
それが一体どれだけ大変だったか、簡単に想像できる。
使い慣れない魔道具を操り、未知の言葉で書かれたサイトから私の好きな曲を見つけて、何度も何度も曲を聞き返しながら歌詞を書いていき、演奏者が歌いやすいように訳す。
そんなの、彼らが優秀だからって関係がないほど難しいことだ。
演奏だっていくらレジェンドウルブスが地球の現代人思考で、音楽の才能があったとしても、圧倒的に価値観が違いすぎる曲の演奏を完璧に仕上げるのは相当な苦労がいるし、ダンスだって一から振り付けを考えて練習するのは大変だ。
やりたいと思う者はいても、やろうと思う者はいない。
それだけ手間も苦労も多いのだ。
では、何のために彼らはそれをやった?
楽しいから?
皆に注目されたいから?
それとも、地球の文化は彼らにとっての刺激的なものだから?
全部違う。
これは、私のためだ。
私は、彼らの前で「元の世界に帰りたい」と言った事は一度もないし、そんな雰囲気を出したつもりもない。
だってそんな事を言っても元の世界に戻れるわけでもないし、悲劇のヒロインみたいで嫌だからだ。
だから彼らは私が元の世界に帰る方法を探していることなんて知らないはずだ。
だけど、彼らは私の考えを推測したのだろう。
言葉も殆ど通じない、見知らぬ世界に殆ど何もない状態で突然連れてこさせられた私の気持ちを考えた。
そんな私の不安を和らげる為に、このサプライズを考えたのだ。
正直言ってその推測は間違っている。
確かに元の世界に帰る方法は探しているけれど、この世界にとどまる事自体に不満は少ない。
<ホーム帰還>と<ネットショッピング>のお陰で生活は充実しているし、基本ダンジョンに出なければ問題もない。
言葉が通じない事は不便だけど、言葉が通じていてもコミュ障の私がコミュニケーションなんて出来るはずもないからあまり気にしていない。
ウルフやスライム、ケット・アドマーやコボルトのような魔物も存分に触れ合えるし、室内に引きこもっていても誰にも文句を言われない。
そりゃあ確かに魔物は怖い。
でも彼らは私に危害を加えることは絶対に出来ないというのが分かっている。
だから他人の予測とは裏腹に私がこの世界に抱いている不安やストレスは少ないのだ。
だから、正直言ってこんなのは…
こんなのは…
こんなのは…
(凄い、嬉しいに決まっている)
だってこのサプライズは、明らかに私を想って立ててくれた計画だ。
皆が私をある一定以上慕ってくれていなければ、こんなサプライズはしてくれない。
ダンジョンマスターと違って魔物間の命令は絶対ではない。
だからノーマル魔物達はその気になれば例えベリアルやイグニに命令されたとしても断る事も出来る。
タケル青年のダンジョンではパワーレベリングを理由に出来たかもしれないけど、私のダンジョンでベリアル達が別の魔物を殺したらすぐに私が気づくからだ。
それにも関わらずこのサプライズに参加しているということは、私が媚びを売るに当たる人物だと認識されているか、少なからず私を慕っていて断るつもりがなかったという事になる。
前者であれば、こんな苦労の多いサプライズなんてしないでもっと直接的な媚を売るはずだ。
つまりは後者の者が全てなのだ。
この種目の参加者は殆ど新入り魔物達で形成されている。
皆、私のことをそこそこ慕ってくれていたのだ。
これが、嬉しくない訳がない。
私は無愛想で、コミュ障で、無愛想だけど、無感情なアンドロイドではない。
こういったサプライズは、普通に嬉しく感じる。
(ああ、私は彼らに慕われていたんだなぁ)
少し、心が温かくなるのを感じた。
レジェンドウルブスの演奏が終わり、その種目が終わりを迎えた。
私はすぐに拍手をする。
しかし、何故か他の皆は拍手しない。
何故か私の方を見て口を開け呆然としている。
というかよく見たら、今までパフォーマンスをしていたレジェンドウルブスやコボルト達も私を凝視している。
隣にいるゴブ郎も何故か此方を見ている。
なんだ?どうしたんだ?まさか私が何かしたのか?
『アイぴっぴ。』
「?」
『ん。』
すると、そんな私の戸惑いに気がついたのか、ファインがそっと私の顔の下あたりを指差した。
私は恐る恐る視線を下に移した。
そうすれば、私の手に握られた、タクトの実況用のマイクが視界に入ってきた。
私はそのままマイクを凝視しながら、困惑する頭を働かせる。
マイク。
マイク。
マイク……。
時間にして約3秒、私はある一つの答えに至った。
私はそっと顔を上げ、皆に尋ねてみる。
「も、もしかして、途中から小声で歌とか歌ってました?」
『……素敵なコーラスだったよ。』
誰かからのその答えに、私は顔が真っ赤になってしまう。
き、聞かれてしまったーーーーーーーーーーーーー!!!
母親にもよく注意されていた私の癖。
「瞳子は好きな曲を聞くと良く小声で歌う癖があるから直しなさい」って良く言われていたけど、特に困るわけではないからと直していなかった。
だけど、まさかこんな形で癖がとんでもない事を起こすとは思わなかった。
私は恥ずかしさのあまり顔が燃え上がりそうなほど熱くなるのを感じながら、私はマイクを机に置いた。
私はそっと席に立つと、刺さりそうなほど集まる視線から背を向け、声を上げた。
「<ホーム帰還>!!!」
私は戦略的撤退を行った。
召喚した扉を開けてすぐに中に入ろうと手を掛けたが、その直前にベリアルとマリアとイグニに妨害される。
くそっ、反対側にいたのにもうここまで来たのか!
「離してください。警察に訴えますよ。」
『落ち着いてくださいアイネスさん!このダンジョンに警察はいません!』
「じゃあ今すぐ作ります。警察もどきのグループを作ります。リーダーはジャスパーさんで」
『落ち着けぇ!そもそもそんな恥ずかしいことでもなかろうが!たかが歌声を聞かれた程度であろう!『まいく』で一気に拡散したけれども!』
「たかが歌声、されど歌声なんですよー。自分の知っている人全員に自分の歌声を聞かれるとか拷問じゃないですか。なので離してください」
『安心してください。アイネス様の歌声はとても素敵でしたよ。』
「お褒め頂きありがとうございます。だからその手を離してください。」
『手を離したらこのまま半日はそこから出てこなくなりそうなのでお断りします。』
「このまま全員の視線を浴びながら運動会に参加する気力は私にはないんです。閉店ガラガラお疲れさまでした。」
『開店ガラガラ朝だよー!運動会の種目はまだ半分もあるんだし、アイネスちゃんがいなかったら皆楽しくないって!だから此方にいてよ!』
「引きこもらせてください!」
『『『『だが断る!』』』』
「使い道間違ってますよ!」
私達の会話がマイクによって拡声され、あちこちで笑い声が上がる。
ああもう、こんな事が起きるなんて予想していなかった。
全く、この世界は本当にトラブルだらけで予測が出来ない。




