一度やる気になると凄いんです。
良く執筆中に過去の感想を見返しているんですが、よく見ると感想欄に誤字の報告がチラホラ見えていて作者ながら「誤字多いな」って思っています。(笑)
誤字があったら誤字報告で教えて下さい!報告を確認次第、すぐに直しますので!
「は!?」
「*…!」
イグニの強い蹴りをまともに受けたジャスパーの分身は一瞬で吹っ飛び、会議室の壁に叩きつけられる様を私達は呆然と見ていた。
私達が驚いているのも束の間、イグニはすぐに本物のジャスパーの方に視線を向ける。
ジャスパーはイグニの突然の凶行に驚きながらもすぐに我に返り、防御の構えを取った。
しかしイグニはそんなジャスパーの防御を容易く跳ね除け、ジャスパーを床に叩きつけ、ジャスパーの首に手をかけた。
私は必死に頭を働かせ、何故イグニがジャスパーに攻撃を仕掛けたのかを考える。
イグニがその豪腕でジャスパーの首の骨を折る直前、私はイグニがジャスパーに襲いかかった理由を推測し、すぐにイグニに声を掛けた。
「イグニさんストップ!頬が赤くなっているのはただジャスパーさんに頬を揉んでもらっただけです!ジャスパーさんは私に危害を加えたわけじゃありません!」
「ぎゃっぎゃーう!」
「*?ソ、ソウナノカ?」
私がそう言った瞬間、今にもジャスパーの首を折ろうとしたイグニの手の力が弱まった。
やはり、ジャスパーに頬を軽く抓られた事で私の頬が赤くなっていたらしい。
それを見たイグニは私がジャスパーに危害を加えられたと勘違いしたのだろう。
確かに頬を軽く抓られたけど、首の骨を折るほどの罰を私は望んでいない。
むしろ目の前で知っている魔物が死ぬ方が私にはダメージが来る。
「分身がいたのは私がジャスパーさんに見せてくれって頼んだからですよ。証人はゴブ郎くんです。ゴブ郎くん、ジャスパーさんは攻撃してないよね?」
「ぎゃう!」
「ソウカ…***、*****。」
ゴブ郎が私の言葉が正しいと訴えるように首を縦に頷いたのを見て、イグニはジャスパーの首から手を離した。
少し噎せながらも上体を上げたジャスパーの姿に私とゴブ郎はホッと安堵の息をついた。
イグニの誤解が解けた今でも心臓が未だバクバクいっている。
「イグニさん、心配してくれたのは有り難いですがいきなり首の骨を折ろうとするのは止めてください。」
「ス、スマン。」
「ジャスパーさんに謝ってください。」
「******。」
「…。」
「ジャスパーさん大丈夫ですか?」
「***。」
ジャスパーに伺うと、ジャスパーは問題ない様子で立ち上がった。
ジャスパーは自分の分身を消すと、そのまま何も言わずにさっさと会議室を出ていった。
どうやら大丈夫だったようだ。
これのせいで更に彼の憎悪が強くならないと良いんだけど…。
「それでイグニさん、何か用があって来たみたいですけどどうかしましたか?」
「アア!アイネス、ニ、キキタイ、コト、ガ、アル!コレ、ハ、ナンダ!」
そう言ってイグニが持ってきた漫画を開いて私に見せる。
イグニが持ってきたのは日常学園ものの漫画で、イグニが開いているページには主人公達が運動会に参加している様子が描かれていた。
「ああ、これは運動会ですね。」
「ウンドーカイ?ナニ、ソレ?」
「毎年年に1回学校で行われている行事ですよ。2つのチームに分かれて競い合う一種のバトルみたいなものです。100m先のゴールに誰がつくかで素早さを競い合う100m走とか、両端から綱を引っ張りあって力を競い合う綱引きとか。身体能力を主に競う対決です。」
「バトル!?オモシロソウ、ダナ!」
「イグニさんは体動かす系は好きですよね。私はチームワークとか苦手だったんであんまり好きなイベントではなかったです。」
「ソウナノカ?」
「確かこの漫画の…ほらこれ。これ、二人三脚って言うんですけど私、誰と組んでも息を合わせられなくて万年ビリだったんですよ。スタート地点からほぼ進めないぐらいでして。」
「オ、オォ…。」
この無愛想な表情のせいかパートナーの子が怖気づいてしまう上、生粋のコミュ力の低さで相手と息を合わせられない。
一度二人三脚の練習途中でパートナーだった人に「小森さんと組むの無理!怖い!誰か変わって!」と泣かれてからは二人三脚には絶対参加していない。
なお目の前でそんな失礼な事を言った女の子には「相手が誰でも目の前で言っていい事と悪いことがある」ということを面と向かってお話をした。
そしたら号泣された。解せぬ。
「でもまあ、世間一般的に言ったら楽しいイベントなんじゃないですか?皆で飾りを作ったり親の前で創作ダンスを披露したり、楽しみ方は色々ありますからね。」
「アイネス!ウンドーカイ、ココ、デ、ヤロウ!!」
「へ?此処でって…このダンジョンで?誰が?」
「ゼンイン!コノ、ダンジョン、ノ、マモノ、ゼンイン、デ、ウンドーカイ!」
「え、えええ?」
イグニの言葉に私は困惑する。
魔物全員ということは、一日ダンジョン経営を休ませて開こうということだろうか?
別に一日ぐらいダンジョンを休みにしたぐらいで経営難に陥るなんてことはならないけれど、突然一日ダンジョンが臨時休業したらやって来た冒険者達が困惑するのではないだろうか?
ダンジョンが臨時休業なんて話、聞いたことがない。
いや、一度黄の扉ルートを休みにしたことがあるけどあの時は他のルートは普通に開放してたし、完全なお休みじゃなかった。
だけど、運動会開催は良い案かもしれない。
運動会は身体能力の競い合うイベント。
直接の戦闘でないにしても、彼らの身体能力をこの目で見ることが出来る。
攻撃系以外のスキルなら使っても良いというルールを設定すれば、彼らのスキルも見ることが出来る。
フォレスに<精霊結界>を付けてもらえば余波を受ける心配はないだろうし、なにより最近勉強や研修で疲れている彼らの発散にもなるだろう。
「運動会に必要な道具は<ネットショッピング>で買えると思いますけど、何をするかはどうします?流石に危ないのは許可できないんですが」
「ソレ、ハ、イグニ、タチ、デ、カンガエル。ダカラ、サンコウ、ニ、ナル、モノ、ガ、ホシイ。」
「参考になるもの…じゃあネットで調べて種目を見つけてみますよ。どの種目をやるかはそれぞれの種族の代表と話し合って、私に教えて下さい。あと、運動会を全員するのであれば冒険者たちに事前連絡と参加する魔物達全員の希望を…。」
「ソレ、モ、イグニ、タチ、ガ、ヤル!アイネス、ト、ゴブロー、ハ、コマカイ、コト、ヲ、タノンダ!」
「あ、ちょっと…。」
イグニはそう言うと、駆け足で会議室へと去っていってしまった。
まだ色々注意事項を言うつもりだったんだけど大丈夫だろうか…。
まあ、突然運動会を開催するとしても今から準備するのでは結構な時間が掛かる。
早くても2週間、遅ければ一ヶ月は準備に掛かるだろう。
それに開催出来るかどうかだって分からない。
まあ、気長にイグニの進捗報告を待つしかないな。
***** *****
そう、思っていた時期もありました。
私はそんな事を思いながら、目の前の光景を見て遠い目をする。
『第一回、チキチキダンジョン運動会!能力の限界を突き破れ!始めて行くぜー!』
『『『『『『ワアアアアアアア!!!』』』』』』』
マイクを片手に運動会の開催を告げたタクトと、その声に合わせて声をあげる魔物たち。
私は盛り上がる魔物達を見て、そっと天を仰いだ。
まさか、イグニが運動会の準備をすると言ってからたったの10日で準備が出来てしまうとは思わなかった。
どうやら、イグニに運動会のことを聞いた他の皆も運動会に乗り気になったらしく、魔物の力を最大限活用して準備を進めたようだ。
飾りに必要な材料はウィッチーズやフォレスが魔法を使って木や花を用意し、アラクネ三姉妹とスケルトンとマサムネがそれらを使って大道具や飾りを作成。
イグニとマリアとウーノが種目を考え、ベリアルとツヴァイが全体の指揮をする。
中には何やらダンスの練習をしている魔物達もいた。
運動会の準備は着々と進んでいるにも関わらず、全員ダンジョンの運営をサボらずに真面目に働いているから彼らの有能ぶりが伺える。
そんな有能な魔物たちが一致団結した結果、運動会をすると決めてから10日後に準備が完了してしまったのだ。
しかもこの運動会の準備のために掛かったダンジョンポイントは……なんと0。
この運動会に使う道具や会場である運動場に置かれた飾りやゲートの全てが魔法で用意された素材と<ネットショッピング>で注文した物という、とっても懐に優しいイベントである。
『実況はこのオレ、レジェンドウルブスのリーダー、タクトがお送りするぜ!』
「ダンジョンって実況者担当の魔物が必須だったっけ?」
『観覧担当は我らがダンジョンマスター!アイぴっぴが担当だー!オメーら、アイぴっぴに気をつけて楽しめよ!スキルは大体使ってオッケだけど、攻撃スキルはNGだかんな!』
「観覧担当なんて初めて聞きましたが。」
まあ、私のスペック的に運動会に参加なんて出来ないというのは分かっていた。
イグニやベリアル達と混ざって100m走なんてしたらスタート開始から衝撃波を受けて脱落していたと思う。
フォレスに<精霊結界>は付けてもらったし、私はそこまで運動会に参加することには興味ないので大人しくカメラ片手に彼らの勇姿を撮影させてもらおう。
運動会のチーム分けはベリアルとイグニが率いる赤組とマリアとフォレスが率いる白組の2組。
片方の戦力が偏らないようにタンザによって均等に分けられている。
因みに何故イグニとベリアルが同じ組なのかというと…
『二人を敵同士にすると威圧の余波で他の魔物達が倒れてしまう!』
という、初期ダンジョンメンバーからの強い希望によるものだ。
特に一度彼らの威圧の余波を受けて気絶した経験のあるルートンからはかなりプッシュされた。
私も二人の険悪さは分かっているし、違う組に分ければ彼らは周りの被害も考えずにぶつかり合うというのが分かっていたのでこれには賛成した。
ベリアル達は釈然としてなかったようだったけど、全員で納得させた。
君たち、威圧が酷いんだよ。君たちの威圧が効かないのはゴブ郎ぐらいだ。
なお、ベリアル達と互角の力を持つタンザはフォレスとマリアと同じ白組だ。
マリアは確かに最強魔物の一員だけど、戦闘能力及び身体能力で言ったらベリアル達より少し下だからその差を無くすために入った。
そしてゴブ郎は私と同じ中立側だ。
魔物の数が奇数で、平等にチーム分けすると片方のチームが一匹多く入ることになる。
ゴブ郎自ら私と一緒がいいという要望もあり、ゴブ郎も中立側に回って一緒に彼らの撮影をすることになった。
正直、ゴブ郎がいないと私はまともに彼らを見ることが出来なくなるのでゴブ郎が中立側に回ってくれて安心した。
『ファースト競技は、「駆けろ!地平線のその向こうへ!獲物を狙って100m走」!』
「獲物って誰です?」
『第一走のランナーは4名!赤組の選手はスライムのスラ太っちとスケルトンのスケボス、白組の選手はワイトのワイリっぺにコボルトのウノウノ!ウノウノの活躍に注目だ!』
『『タクト、実況中に変なあだ名で呼ぶのは止めてください。とても分かりづらい上に気が抜けます。(タァクト!貴様その変な呼び方は止めんか!分かりにくい上に気が抜ける!)』』
『サーセン、ベルっさん、イグパイセン!』
「なんかハモりましたね。」
ベリアルとイグニは仲が悪いのか仲が良いのかよく分からない。
ふとよく見てみると、遠くでウィッチーズが何やらメモを取っているのが見える。
君たち、何をそう熱心にメモを取っているんだい?
まさか物語のネタとかにしないよね?
『開始の合図はマサっさ…じゃなくてマサムネが切る!』
『おっしゃ、オメェら準備は良いかー。』
タクトの言葉と共にやって来たマサムネ。
マサムネは当たり前の様子で明らかにスターターピストルにしては大きすぎる上に実践的すぎるバズーカーを構えた。
「ちょっと待って下さい、なんですかそのでっかいバズーカー。顔ぐらいあるじゃないですか。私、ちゃんとスターターピストル渡しましたよね?」
『安心しな、空砲だ。』
「全く安心できないんですがねぇ。」
どう考えても開始の合図を出すにしてはサイズが大きすぎる。
というか、マサムネが前日に鍛冶部屋に籠もってたのはこれを作るためか。
サプライズがすぎる。
私はそのスターターピストルならぬスターターバズーカーから放たれる爆音を想像し、慌ててゴブ郎と一緒に両耳を手で覆って塞いだ。
『いちについてー、よーい…』
ドッカーン!!!!
とんでもない爆音がバズーカーから放たれる。
第一走の選手はその爆音に驚きながらもすぐに駆け始めた。
一番前を走るのは、意外にもスケルトンのスケさんだ。
やはり無駄な肉がないから体が軽いのだろうか。
スケさんの後ろを、ワイトのワイリーとスライムのスラ太が追いかける。
しかし子供コボルトのウーノは何故かスタート地点でストレッチをしている。
『あっとウーノ、どうしたよ?スタート地点から動いてなーい!』
タクトの実況が運動場に響く中、他の選手達は半分走りきった。
すると、ウーノはストレッチを止めて、クラウチングスタートの構えを取った。
そして顔をあげるとニッと笑って声を上げた。
「<俊足>!」
その時、ウーノは子供とは思えないほどの速さで走り始めた。
此方が驚いている内にあっという間にワイリーとスラ太を追い抜き、スケさんと並んだ。
そしてウーノは再び「<俊足>!」と声を上げ、スピードを上げた。
ゴールテープは、ウーノによって切られた。
我に返ったタクトが、興奮気味に声を上げた。
『ご、ゴーーール!!!!第一走はウノウノが一着となったーーー!続いてスケぼ…じゃなくてスケ、スラ太、ワイリーの順でゴール!これは白組一歩リードじゃね!?』
『へっへー!俺、かけっこなら自信があるんだ!使う前に一度体を軽く動かさねーと足がめっちゃ痛くなるからすぐには使えねーけど!』
なるほど、どうやらウーノは足が早くなるスキルを使ったようだ。
ストレッチをしないと足が痛くなるということは、足の筋力を一時的に上げているのか?
なんにしても、100m走においての最初の1位はウーノだ。
一着の旗の横に並び大喜びで此方に手を振るウーノを見て、他の魔物達の目の色が変わる。
どうやら、ウーノが1位になったことで彼らのやる気を更に燃えあげてしまったようだ。
これは、波乱のある運動会になりそうだ。




