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天才を見分けるのは本当に難しい。

『いやー、ベルっさんの指導マジキチーわ!!アイぴっぴ、マジで小休憩提案してくれてアザッス!』

「いえ、どういたしまして。」

『朝から、めっちゃしごかれたわー!』

『アイぴっぴは魔法の指導を毎日ベルっさんから受けてるんっしょ?マジキツじゃね?』

「まあ確かに大変ですけど、万が一のことを考えると必要ですから。」

『アイぴっぴマジメだわ~。マジ見習いたいぐれーよ。』

『俺ら基本ノリで生きてる系だし?こんなガチ練すんの楽器自作った時以来だわ。』

『少なくともバリトンはずっとそう。』

『ファイン、どういう事だしそれ!』


『休憩中におしゃべりはかまいませんが、後1分で指導を再開することをお忘れなく。』

『『『『『ウィーッス!!!!』』』』』

『ククク…仲が良いのう。』

『息のあったトーク、まさにグレィト!』

「あれは仲が良いの括りで良いんですかね…。」


レジェンドウルブスに私とミルフィーさん達がスタジオに来たことを気づかれてしまったため、渋々スタジオに入りベリアルに休憩を取らせるよう頼んで5分休憩を取らせた。

正直短すぎでは?と思うけど、レジェンドウルブス的には5分だけでも十分だったようだ。

どんだけ厳しい指導を受けてるんだ。


『それで、何故他所のダンジョンマスターのお二方が此処へ?』

『ダンジョン戦争に勝利した事への賞品を渡すついでにアイネスのダンジョンの居住地を案内してもらっているのじゃ。』

『なるほど、そうでございましたか。でしたら用件は全て終わったでしょう?どうぞお引取りを。』

『そう言うでない。わっちらはアイネスに対価を払い、許可を得ているのじゃ。一介の悪魔如きが口出しする隙などなかろうて。』

『お優しいアイネス様のことですから、貴方方をもてなすために食事や飲み物も振る舞ったのでしょう?いくら対価に出したかは存じ上げませんが、その程度で足りると思いますか?』

『器の小さな男よのぉ。そちのような独占欲の強い悪魔に束縛されるアイネスが哀れよ。やはり、アイネスはわっちの懐に入れておくべきかな?』

『それを、我々が許すとでも?ダンジョンマスターになると、そのような戯言をお言いになるのですね。』

『わっちは、戯言を言うているつもりはないがのぅ。』

『フフフ……』

『ククク……』


バチバチと火花を散らし、黒い笑顔を浮かべて一見優しく、しかし中身はドス黒い会話を続けるベリアルとミルフィーさん。

二人から出ているオーラに引きつった笑みを浮かべるレジェンドウルブスの後ろで、私はポツリとつぶやいた。


「かつてこれほど、「やめて、私のために争わないで!」というセリフが合う展開がリアルに存在していただろうか。」

『そんなセリフを言った人間がいたのかね?』

「正確には私のいた場所で昔流行っていた歌の歌詞かなんからしいですけど、現実に言った人は見たことがありませんね。」

『試しに言ってみるかね、クールガール?』

「冷めた空気になりそうなので遠慮します。」


歌の歌詞や漫画だったら良いかもしれないけど、現実でそんな事を言っている人がいたら引く。

マリアやミルフィーさんみたいな美人が言うならまだ良いけど、顔面偏差値平均か中の下の私が言うなんてもっての他である。

というか、コミュ障に会話の割り込みなんて出来るわけがない。

こういうギスギスとした冷戦の中に突っ込んで有耶無耶に出来るのは私ではなく…


「ぎゃうぎゃーう!ぎゃうぎゃう、ぎゃーぎゃうぎゃう!」

『…と、申し訳ありませんゴブローさん。アイネス様の手前失礼でしたね。』

『今回は、此処で手をひいてやろうかのう。』


ゴブ郎くんがギスギスした空気を察したのか、ベリアルの服の裾を引っ張り「どうしたの?何かあったの?」と訴えるように声を上げ冷戦を繰り広げていた二人の会話に入ってきた。

流石はイグニとベリアルの威圧だらけのバドミントン対決にも難なく耐え、最強魔物だろうが空気がギスギスしてようが平常運転でいられるゴブ郎くん。

一応序列階級が上だと思われているお陰か、ベリアルがすぐに引いてくれ、あっという間に冷戦が消滅した。

ゴブ郎なら、きっと大戦も止められると思う。


『ではレジェンドウルブスの皆さん、練習を再開致しますよ。』

『げっ、もうっすか!』

『次はクラシックを一曲演奏してもらいますからね。』

『そしてまたクラシックー!!』

『もうあれ飽きぴーだよ!そろそろオレらの自作曲が弾きて―よベルっさん!!』

『文句を言わないで演奏の準備をしなさい。基本を出来るようにならないと音楽に革命を起こすなんてまだまだ早いですよ。』

『言うてもう俺らこの一週間ずーっとクラシックじゃないっすか!このままだと頭カビるって!』

『その程度で頭はカビません。指導外に何を演奏するかに関しては何も言わないのですから、指導中に選曲についての文句は聞きません。指導中はクラシック一本です。』

『マジレスぅ!』


どうやら彼らはこの一週間、ベリアルの指導のもとでクラシックを演奏させられていたようだ。

ロックや現代音楽が好きな彼らにはかなり苦痛なのだろう。

それに私の指導の時も、いきなり魔法の実践じゃなくて基礎の魔力操作をずっとやらされていたからね。

この世界に生きる現代人思考な彼らには、只管基礎を学ばされるのは大変キツいはずだ。


そういえば、私は彼らのクラシックの腕がどの程度なのかを知らないな。

何度かスタジオの様子を見に行ったけど、私が行くと大抵休憩に入るから実際に彼らのクラシックの演奏を聞いた事はない。

私はベリアルに彼らの腕を聞いてみることにした。


「ベリアルさん、私は彼らのクラシック曲の演奏を聞いたことがないんですが、大体どのくらい上手なんですか?」

『ああ、そういえばアイネス様はまだ聞いていませんでしたね。でしたら、驚きになるかと。』

「え?」

『そんじゃまーいっちょ、弾いちゃいますか!精霊たちのワルツバージョンレジェンドウルブス!』

『『『『ウェーイ!!!』』』』


私がベリアルにその言葉の意味を尋ねようとしたその時、レジェンドウルブスは演奏準備が出来たようで、私の問いは遮られてしまう。

そしてタクトの掛け声とともに、彼らの演奏は始まった。


『ワン、ツー。ワンッ、ツー、スリーッ!』


彼らの演奏が始まった瞬間、私は音の渦に飲み込まれた。


子守唄のように奏でられる落ち着いた、けれど何処か軽やかに奏でられるメロディ

チャラい彼らの言動や見た目からは想像できないような繊細で美しい演奏。

その幻想的で無邪気さを感じさせる演奏に、思わず魅了されてしまいそうだ。

もっと言葉にしたいけれど、彼らの演奏がどれだけ凄いかを表現する言葉が思いつかない。

それほど、彼らの演奏は素晴らしかった。


チラッとミルフィーさんやディオーソスさん達の方を見れば、二人も彼らの演奏に聞き入っている。

そんな中、ベリアルが私に小声で話してきた。


『正直私はこの指導を始めた当初、彼らが一流の音楽家並にクラシック曲を弾けるとは思っていませんでした。彼らの演奏は良い意味でも悪い意味でも型破りすぎますから。』

「そりゃあ、パーティーの時の演奏を聞いてたらそんな印象を抱きますよね。」

『ですが、彼らは私の予想を大きく上回る速さで基礎を身につけていきました。はっきり言いまして、彼らの音楽の才能は10年に一度…いや、100年に一度にしかないほどのものです。』


ベリアルは基本、その柔らかな物腰とは裏腹にかなり辛辣だ。

言葉は分からないけどよくイグニと何か話しては怒らせているし、たまに他の皆が苦笑するような事も言うし、私に魔法を教えている時も絶対にお世辞は言わず、ミスをしたらはっきりと間違っているという。

そんなベリアルがそこまで褒めるほどということは、レジェンドウルブスはそれほどの才能を持つということ。

私は思わずゾクリと身震いした。


彼らにあった当初からなんとなく分かっていたけど、今ここではっきりした。

レジェンドウルブスは、紛れもない天才集団だ。


遠目から見ただけで異世界の武器を作ったマサムネ。

文武両道を謳うブラックデーモンパンサーのタンザ。

幼くも難しい本に挑戦する探究心を持つツヴァイ。

そしてレジェンドウルブス。


私はタケル青年の愚かさに内心失笑した。


もしも彼がもう少し他の魔物たちにも目を配れば、

もしも彼が女幹部以外の魔物にも真剣に向き合っていたら、

もしも彼が彼らの才能に気づいてさえいれば、

タケル青年は、彼らのような天才を手放すことはなかったはずだ。


私はあのダンジョン戦争で、とんでもない人材を引き抜いてしまったようだ。


彼らの演奏は5分程で終わってしまった。

演奏が終わると、彼らは演奏中とは打って変わったようにいつものチャラ男に戻った。


『ドゥーすか?オレらのミュージック!』

『今日一のミュージックを弾けた気がするわ!』

『ベルっさん!俺らのミュージックの採点をドゥーぞ!』

『そうですね…48点くらいでしょうか?』

『点数ひっく!!半分じゃん!』

『ベルっさんマジでスパルタだわー!』

『あとどれだけ頑張れば満点貰えんの!?』


ベリアルの採点に項垂れるレジェンドウルブス。

此処は、彼らを喜ばせてあげようか。


「ベリアルさん、その採点って何点満点中何点なんですか?」

『もちろん、50点満点に決まっているでしょう?』

『へ?50点満点?』

「50点満点中48点ってことは、ほぼ満点じゃないですか。高得点じゃないですか。良かったですね、皆さん。」


私が彼らにそう言えば、レジェンドウルブスはキョトンとした表情を浮かべた後、ぷるぷると体を震わせ、小さく口を開いた。


『お』

「お?」

『『『『『おおおおおおおん!!!』』』』』

「うわっ」


レジェンドウルブスは大きく遠吠えを上げ、感激の涙を流しながらベリアルに一斉に突撃してきた。

ベリアルは笑みを浮かべたままあっさりと横に避け、5人はスタジオの壁に激突した。

かなり痛そうだったが、彼らは痛みどころじゃないのか、一斉に声をあげる。


『ベルっさんからの高得点採点キター!!!』

『マジテンションブチアゲだわ!』

『ベルっさんも50点満点ならそう言ってくれたら良かったじゃないっすか!』

『貴方方は素直に褒めたら付け上がりますからね。』

『ぐぅの音もでない。』

『でも、それを置いてもすっごい嬉しい!』

『『『『それな~~~!』』』』


うぇいうぇいと喜びの声を上げるレジェンドウルブス。

それほどベリアルに褒められた事が嬉しいのだ。

誰だって、厳しい人に褒められたら嬉しいよね。


『どうやら、わっちらは今まで惜しい事をしていたようじゃな。』

「ミルフィーさん。」

『あれほどの音楽家じゃったら、もっと早く手を付けておくべきじゃったな。』

「基本、そういうものじゃないですか?人の才能なんて、物好きでない限り気づきませんよ。実際、私もあのパーティーでのライブで聞き覚えがある曲を彼らが弾いてなかったら気が付かなかったと思いますし、彼らの主だったタケル青年は最後の最後まで気づかなかったんですから。」

『それもそうじゃな。今まで唯一彼奴らの才能に気づいていたのはわっちでもあの小僧でもなく、このディオーソスだけじゃったのだからな。』

『ハーッハッハッハ!!』


ミルフィーさんの言葉にディオーソスさんは高笑いを上げる。

そう言えば、パーティーでレジェンドウルブスが演奏を披露する事が出来たのはディオーソスさんが彼らの演奏を聞いて興味を持ったからだって言っていたな…。


「……あれ?」


そこで私はハッとなる。

もしかして、ディオーソスさんは私とタケル青年がダンジョン戦争を始める前から彼らが天才であることを見抜いていたんじゃないだろうか?

そして虎視眈々とレジェンドウルブスを引き抜く準備をしていたのではないのだろうか?

いや、それだったらもっと早く引き抜けば良い話だ。

であればあと有り得るのは、ディオーソスさんは彼らの才能を伸ばす場があるダンジョンを探していたということだ。

そうなると、ダンジョンマスター達の集まるパーティーで彼らに演奏を披露させることを許可していたのは、彼らの才能を他のダンジョンマスターに宣伝しより良い環境を用意できそうなダンジョンマスターを探していたということになる。

であれば、今の今までタケル青年の横暴を放っておいた大きな理由はパーティーの招待客に不満をもたせてDPを多く獲得することでも、異世界の知識をもっと搾り取ることでもなく、タケル青年の配下にレジェンドウルブスがいたから…。


『クールガール。』


そこまで考えていると、後ろから肩を叩かれた。

我に返って後ろを振り向けば、ディオーソスさんがにんまりと笑みを浮かべて立っている。

先程まで横にいたと思っていたミルフィーさんとはベリアルとレジェンドウルブス達と一緒に会話をしている。

ディオーソスさんは自分の口元にそっと人差し指を当てると、私に小さな声で言った。


『ユーの起こすニューウェーブに、今後とも期待しよう。』

「は、はぁ…。」


それだけ言うと、ディオーソスさんはそっと肩から手を離した。

隣りにいるゴブ郎が「ぎゃう?」と首を傾げた。


(よく考えてみたら、ダンジョンをカジノにしているようなダンジョンマスターが、ただのパーティー好きの変わり者なわけないよね~…。)


レジェンドウルブスが音楽の天才であれば、ディオーソスさんは人事・スカウトの天才なんだろう。

誰にも知られぬ所で自分が気に入った魔物やダンジョンマスターを捕まえ、よりその才能を伸ばせる場所に移籍させたり、自分のダンジョンが利益を得るように誘導する。

タケル青年も同じことで、ディオーソスさんにとって彼は異世界の知識を持つ人間兼、人を怒らせる才能を持ったダンジョンマスターという認識だったのだ。

ただそうなると、タケル青年は完全にディオーソスさんに良いように利用されていた、ということになる。

つくづく、私の周囲にはとんでもない人が多い。

あ、人じゃなくて魔物か。


『アイぴっぴ!もう一曲演奏やるから聞いてくんね?!』

『今度はさっきよりヤバヤバなミュージックを聞かせるよ!』


レジェンドウルブス達が私に声を掛け、楽器を構える。

私はチラッとディオーソスさんを見た後、そっとレジェンドウルブスの演奏に集中することにした。


今後、ディオーソスさんには気をつけておこう。

そう私は、心に決めたのだった。



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