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褒め上手というか、褒め言葉しか喋らないな。

『なーるほどなぁ、あん時のダンジョン戦争の仲介人ってアンタ達だったのか。』

「マサムネさんは知らなかったんですか?」

『前のダンジョンマスターがパーティーや外に連れてく奴らは女幹部達とレジェンドウルブスぐれーだったからな。ダンジョン戦争中もオレぁダンジョンの中に引っ込んでたし、仲介人がいるってことは聞いてたけど、実際に見たことはなかったんだ。にしても、さっきは驚いたぜ…。』

『ククク…。アイネスがパーティーで持ってきた土産の酒は絶品だったからのぅ。その酒が飲める場と聞いて居ても立っても居られずな。』

「急に姿がなくなったので驚きましたよ…。」

『嬢ちゃんの酒は確かに絶品だからな。オレもこのバーの場所を聞いた日の夜は色んな酒を試して飲み過ぎちまった。ほれ、『カシスオレンジ』と『レッドアイ』とつまみのサラダだ。嬢ちゃんとゴブ郎の坊主には『オレンジジュース』な。』

「ありがとうございます。」


突然バーにやって来たミルフィーさんとディオーソスさんに驚き困惑するマサムネに事情を説明すると、マサムネはすぐ分かってくれて私達に飲み物とおつまみを用意してくれた。

ミルフィーさん達はマサムネが出したカクテルを飲むと、満足げに頷いた。


『ふむ、これは随分と飲みやすい酒じゃな。それに色が美しいのぅ。』

『『かくてる』つって、酒をベースに別の飲み物を混ぜて作る飲み物なんだよ。今は昼ってんで酒精の弱い組み合わせの美味いやつを出した。』

「マサムネさん、バーの存在を知ってすぐにお酒やお酒に合う料理のレシピを勉強しましたからね…。代わりにそれ以外の勉強はまちまちですけど。」

『やりとりなんざ、最低限で十分よ!別にオレぁ言葉が通じなくてもそんな困りゃあしねーしな。』

「その楽天的な考え方にある意味尊敬します…。」


マサムネさんは余程バーの管理人を担当したかったからなのか、研修が始まってからすぐバーの管理に必要な知識と技術を習得した。

あっという間に酒の種類や簡単な調理技術を得てしまったので、私は試しにカクテルについて教えてみたのだ。

そしたらエルダードワーフという種族の特性ともいえる凝り性を発揮し、数十種類のカクテルを作る事が出来るようになってしまった。

もしマサムネが地球に転生してしまったとしても、その道で生きていけそうだ。


「ところで鍛冶場はどうですか?一応色々調べて増築したんですが。」

『問題ねぇさ。道具も炉も十分だ。新品ってことで多少違和感があるが、時間を掛けて自分好みに馴染ませるさ。』

「そうですか。何かあれば相談してください。」


<ネットショッピング>で購入した代物なのでプロの鍛冶職人であるマサムネさんのお眼鏡に合うか分からなかったけど、どうやら大丈夫だったようだ。

マサムネさんにはダンジョンアイテムとして出す武器や防具の鍛冶だけでなく、ガラスや陶芸なんかも紹介して、オッケーであれば製作してもらいたい。

<ネットショッピング>のお陰で色々購入出来るけど、あまりあれで注文した物を世に流して悪目立ちすると私をこの世界に捨てた女神に干渉される可能性がある。


『ムムム?そこのエルダードワーフはバーテンダーではないのかね?』

「マサムネさんは兼業なんですよ。」

『嬢ちゃんやベリアルの兄ちゃんらに注文を受けた日の昼は鍛冶職人として、注文がない日の夜はこのバーの店主として働かせてもらってるってわけなんだよ。それぞれ働く時間は別々だし、その日にどっちをやるかはオレの采配に任されてるって訳だ。2つの仕事を任されるなんてキツいだろって最初は思ったけど、意外とやりがいはあるぜ。なにより酒飲みも鍛冶もどっちも好きに出来る。』

『ふむ、本来ドワーフのような鍛冶に長けた種族は鍛冶のみを任せてしまうのじゃが、2つやらせるのか。』

「私のいた場所では仕事を兼業している人は結構珍しくはないですよ。私の母も兼業主婦でしたし。」

『ほう!クールガールの御母が兼業!一体どんな仕事をしていたのだね?』

「普通の主婦としての仕事とは別に工場の製造…商会に販売する物を作る仕事をしていましたよ」

『おおっ!』

「あと副業としてたまにマッサージ師の仕事に…」

『ん?』

「投資と書類処理と土地の管理とペットホテルとブリーダーとあと…」

『Oh…』

『嬢ちゃんの母親、どんだけ仕事を兼業してんだよ。』

『ちと多すぎではないかのう?』



私の両親はどちらも共働きだ。

父がITエンジニアをしているのに対し、母は工場勤務をしている。

ただ母は将来の貯金のため、様々な副業をしていた。

副業の方は入れ替わりが激しいけど、一般的に見たらかなりの量の副業だ。

父がITエンジニア兼黒魔道士なら、母は兼業主婦兼副業マスターである。

……なんかラノベでありそうな設定だな。


「まあ、問題がないようなら良かったです。」

『この次はどこの見回りに行くんだ?』

「図書室に行こうかと。彼処には確かタンザさんとフォレスさんと子供コボルトの皆がいるはずなので。」

『おう、あいつらなら嬢ちゃんの言葉の勉強をしてるはずだぜ。顔を見せてやってくれ。』

「はい。私達はもう行きますね。ジュースごちそうさまです。あとおつまみの研究をするのは良いですけど……」

『自分で食べられる分だけにしろ。残すなってんだろ?分かってるさ。嬢ちゃんとシルキー達にキツく言われたからな。』


マサムネはクールに笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でる。

マサムネさん、研修中にお酒に合うおつまみ作りにハマって自分だけでは処理できないぐらいの量のおつまみを作った前科があるからね。

凝り性もほどほどにしてくれないと後処理に困る。

あと、イグニといいフォレスといいマサムネといい何故私の頭を撫でたがるのだろうか?

そんなに私の頭は撫でやすい位置にあるか。悪かったな身長が日本人平均のちょっと下で。


「ミルフィーさん、ディオーソスさん、そろそろ次の場所に向かいましょうか。」

『あい分かった。ウェイター、『かくてる』とやら美味であったぞ。』

『また来よう!ハーッハッハッハ!』

「また来る気なんですね…。」


多分この二人、ちょくちょくこのダンジョンで寛ぐ気満々だ。

二人共ダンジョンマスターですよね?

自分のダンジョン経営はちゃんとしないと駄目ですよ?


「来るのは別に良いですけど、自分の仕事を配下の魔物たちに押し付けて来るようでしたら出禁にしますよ。」

『無論であーる!』

『分かっておるわい。』


念の為忠告をしたら二人は図星を付かれた表情を一瞬浮かべ、さっと目を泳がせてハキハキとした声でそういった。

うん、言葉と表情が矛盾している。

しかし、確かに了承してはくれたので敢えてツッコまないでおこう。

私は内心ため息をつきながらも、二人を連れて見回りを再開するのだった。


***** *****


『流石はクールガールのダンジョンの居住地!ファンタスティックでドラマティックな物で溢れている!』

『わっちらはお主のはしゃぎっぷりに驚きを隠せぬわい。』

「私も、まさか此処まで気に入られるとは思ってもいませんでした。」

「ぎゃーうー…。」


バーを出た後、居住スペースにある部屋をディオーソスさん達に紹介しながら見回りをしたのだけど、私の思っていた以上にディオーソスさんの反応が良かった。


図書室を見たら「未知の書物がこれほど沢山あるとはアメージング!」


運動場を見たら「どんな大きさの魔物でも自由に体を動かせる空間とはファンタスティック!」


遊戯室を見たら「様々な玩具に座って遊戯を楽しむ事が出来る柔らかなクッションとはワンダフル!」


まさに称賛の嵐。

この人、何見せても称賛するんじゃないだろうか。

試しに殆どの魔物たちから不評だった納豆とか試食してもらいたい。

倒れられて敵対されると困るからしないけど。


『にしても、確かにアイネスのダンジョンは興味深い物が多いな。これらを広めようとは思わんのか?』

「思いませんね。メリットも多いですが、問題点の方が目立ちますから。」

『問題点?』


首を傾げるミルフィーさんに対し、私は少し言葉を考えながら二人に言った。


「さっきも言ったように私の持ってる魔道具ってハッキリ言って此処ではオーバーテクノロジーなんですよ。私のいた場所は確かにかなり文明が進歩していて生活はかなり充実していたんですが、その分自然や周囲との縁を軽視する人間が多かったです。」

『自然や周囲との縁を軽視…か。』

「そうですね…。周辺国が物を書く時に使う紙って一体どんな物を使いますか?」

『ここら一帯では羊皮紙が普及されておるな。』

「もしも、羊皮紙よりも使いやすくてそこらの森に生えている植物で作れる紙があったとします。すると、使いやすい物を使いたい人は森を根こそぎ狩り尽くす勢いでその植物を採取するでしょう。そうすれば、どうなると思いますか?」

『……その森に棲まう者達はその地を追われる事となるじゃろうな。それだけでない。その植物を食す者は餌が足りなくなり飢える事となる。』

「それだけではありません。その植物から紙を作るのに有毒なガスや廃棄物が排出され、紙を製造している周囲一帯の空気は汚れ、川の水は汚れる。その結果、遅かれ早かれその地に災害が起きて沢山の人が被害にあう。けど人は製造を止めないでしょう。」

『それが、自然に対する軽視…というわけだな。』


地球でも紙の製造に山の森林が伐採されて土砂崩れを引き起こした事があると授業で習った事がある。

この世界と元の世界で生えている植物が違うからすぐにそうなりはしないだろうけど、万が一私がダンジョンアイテムとして紙を流出して、その紙を再現しようとする人が現れた場合、この世界でも同じ現象が起きかねない。


「それに、元いた世界では文明に浸りすぎて人との関わり合いをする機会が減って、結果的にコミュニケーション能力が低下した人が多くいます。周囲の空気を読めない人や人との関わり合いを避ける人、あとは人の話を聞かない人とか。」

『ああ、ハプニングボーイのような人間だな!』


私が地球によくいたコミュ障や空気の読めない人の話を挙げると、ディオーソスさんは笑顔でああ!と納得した様子でタケル青年の名前を挙げた。

ちょっと例えを挙げただけで即タケル青年の名前が出るとは…。

ディオーソスさん、よほどタケル青年に良い印象がなかったんだろう。

陽気で楽天家に見えて実は結構ドライだ。


「更には人との関わり合いが嫌で一日中私室に籠もってる人だっています。より酷い場合は、大人になっても仕事につかず、両親に全て面倒を見られながら家にずっと籠もりっきりになる人も。」

『随分と詳しいのう…。』


だって私も文明に浸かりすぎた人の一人ですからね。

異世界転移前は人との関わり合いを避けて学業以外は殆ど自分の部屋でゲームや本読んで一日中籠もってたし。


「私が突然文明を急激に進歩させるとそういった人間が増えそうでちょっと不安なんですよ。他にも色々問題点があるんで、自分のダンジョン以外に自分の文化を全部広める気はないんですよ。見知らぬ外の人に流出出来るのは精々見目の良いだけの物や消耗品ぐらいです」

『確かに人が家に籠もって外に出なくなればわっちらのダンジョンも来客が増えぬし、人の欲のために自然が傷つけられるのはわっちらも許し難い。』

『それは仕方ない!クールガールは良く考えているな!』


なんとかミルフィーさん達には納得してもらえたようだ。

こんなラノベの世界のような異世界であればもしかすると今後この方針が変えざるをえない状況に陥る可能性もあるかもしれない。

それまでは、自分の方針を貫いていこう。

そんな会話をしながら私達はダンジョンの中を歩き、残された部屋の前に辿り着いた。


「最後は此処、音楽スタジオですね。此処には色んな楽器が置かれていて、レジェンドウルブスが好きに演奏の練習を出来るようになっています。」

『すたじお…というと、ダンジョン戦争の後で新設すると約束していた防音の部屋か。』

「はい。今の時間だったらレジェンドウルブスの面々がベリアルさんから演奏の指導を受けているはずですよ。」


私はレジェンドウルブス達の演奏練習を邪魔しないように静かにスタジオの扉を開け、外から中を覗く。

するとそこには、まあ凄い光景が広がっていた。


『テナー、リズムが一拍遅れています。リズムを取る練習を10回やり直してください。』

『さ、サーセン!』

『アマービレ、そこはもっと強い音を出しなさい。』

『う、ウィッス!』

『ファイン、今演奏が一瞬止まりましたね。もう一度最初から。』

『……!ウィッス。』

『そしてバリトンとタクトはアレンジが多すぎます。楽譜通りの演奏をしなさい。次に失敗したら音符の書き取りを100回ですよ。』

「それマジキチーわそれ!次から気をつけやす!」

『ベルっさんマジ鬼教官!』

『鬼ではありません。悪魔です。』

『マジレスアザッス!あー!誰か、ヘルヘルーッ!!』

「………。」


短鞭を片手に個人個人のミスを指摘し厳しい指導をするベリアルさんと、その指導にヒーヒー言っているレジェンドウルブス。

私はその光景を暫く扉の陰から覗き込んで暫く考えた後、扉をそっと閉じることにした。


「……………失礼しました。」

『チョイチョイチョイ!よく見たらアイぴっぴとゴブゴブいんじゃん!』

『マジじゃん!あとディオさん達もいるし!』

『アイぴっぴ、マジヘルって!ベルっさんの指導マジキチキチなんすわ!』

『…ウン。』

『だから見なかったことにしないで!』

「…はぁ…。」


残念、見なかったことには出来なかった。

スタジオの扉を閉じきる前にバリトンさんが私達の存在に気づいてしまった。

レジェンドウルブスは涙目になりながら此方に手を合わせて私に必死に頼み込む。

全く、どんだけキツい指導を受けているのだろうか。

ベリアルの指導に口出しはしないつもりだったけど、仕方ないから休憩を取ることを提案してみるか。



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