一流になるとダンジョン経営も一流
『ん~♪これは美味いのぉ。』
『す、凄い…。結構多めに作っていたいなり寿司があっという間に空になっていきます…。』
『余程気に入ったのでございますね!』
「狐っ子は油揚げ料理大好き説が証明されたな…。あ、ディオーソスさん、お茶のお代わりいります?」
『うむ、頂こう!』
そのほっそりとしたウエストからは想像も出来ないほどの量のいなり寿司を食すミルフィーさんを横目に見ながら、私は試食用に作った料理を食べきったディオーソスさんにお茶を出す。
山盛りに積んでいたいなり寿司はすでにお代わり4皿目。
未だにミルフィーさんの食べるスピードは衰えていない。
パーティーの時は手加減していたのか…。
ミルフィーさんは4皿目の皿を空にすると、口元をハンカチで拭いて言った。
『イグニ様やトン吉さんも結構な量を食べますけど、お客様はそれ以上ですね…。』
「大食い大会開催したらダントツで優勝しそう…。」
『クールガール!『オオグイタイカイ』とはなんだ?それはパーティーか!』
「パーティーって言えばパーティーですけど、どっちかというと競争とかバトルの類ですね。決められた時間以内に一番多くの量を食べた方が勝つっていうルールの勝負です。」
『実にファンタスティック!是非今度行おうか!』
「やる気なんですか?」
ディオーソスさんのパーティー好きにはある意味感心してしまう。
しかしディオーソスさん、大食い大会はプロのフードファイター達が参加するとなるととんでもない量の食材と食費が必要だ。
開催する気なのだったらせめて早食い大会にしましょう。
それだったら激辛ラーメンとか色々食費を抑える工夫が出来ます。
『アイネス様、これ以上は昼食の用意で足りなくなってしまうかと…。』
「あー、ミルフィーさん。これ以上は今日の昼食の用意に支障が出かねないんで、そろそろ…」
『なんじゃ、もう終いかえ?まだまだこれからじゃぞ?』
「あれだけ食べたのにまだ足りないんですか?」
『今は腹六分目ほど満たされた程度じゃ。』
『は、腹六分目…。』
『これ程わっちの腹を満たせたのはわっちの専属の料理人以外にはそちとディオーソスの所ぐらいじゃ。誇ると良い♪』
ククク…と妖艶に笑うミルフィーさんの笑みに、思わずブルリと体が震える。
ミルフィーさんの所の料理人さん、きっと毎日大変だろうなぁ…
『それにしても、アイネスのところの料理人は本当に優秀じゃな。あの短時間であれ程の量を用意するとは。』
「うちは食事の量が多い方が多いですからね。一週間のメニューを先に決めて、前日に食材の買い込みや仕込みを済ませてるんです。あとミルフィーさんが来た時用に油揚げ沢山用意してました。」
『あとはアイネス様の用意なさった魔道具のお陰もありますね。あれでかなり調理時間の短縮が出来ますので。』
『あれ凄いですよね~。スイッチを押しただけでご飯を20分ぐらいで出来ちゃうんですもん。』
『ほぅ…、そんな魔道具があるのか。』
『アイネス様は生活面にかなり力を入れていますからね。お陰で家事が楽です。』
厨房の中には<ネットショッピング>で購入した最新家電を置いてあり、魔物達全員に家電の使い方を一から教えている。
更には機械音痴なフォレスのためにそれぞれの家電の使い方を記した紙も貼っている。
お陰でお米を炊いたり電子レンジを使って温めたりする程度なら全員出来る。
ついでに言うなら、私はやって来た魔物たち全員に料理を含めた家事教室を行っているので、一部例外(ドッグフードが主食のウルフ達や料理下手なマリア)を除いてサンドイッチ程度なら料理が出来るのだ。
料理教室を開く事を決めたのはマリアが来た当初に散々ノーマル魔物達を見下して仕事を押し付けていた事を知ったためだ。
魔物達が「家事は出来る人が全てやるべし」とか「家事なんて誰でも出来る簡単な仕事だ」なんて考え方をさせないため、研修中に家事の練習を行わせるのだ。
この教室に参加しているからか、彼らは家事を馬鹿にするような言葉は絶対にしない。
まあ、料理がちょっと出来るから食材を無断使用して間食を作る魔物達も出てきたけどね。
『クールガール!その魔道具とやら、我々にも譲ってくれないだろうか?』
「身内以外に魔道具の存在を漏らさないとお約束頂けるのであれば、お好きなのを一つだけ譲渡します。ダンジョン戦争でお世話になりましたし。」
『なんじゃ、外に明かしては行けないのか。』
「私のダンジョンで使っている魔道具って生活用の物を含めて全部オーバーテクノロジーなんですよ。ミルフィーさん達なら悪用しないって分かるんで譲るのは構わないんですけど、下手に外に広めると文明が混乱に陥ります。」
『アイネスは慎重じゃな…。まあ、余所の者に晒すつもりはないから構わぬのじゃがな。』
地球の文明はこの世界の文明と比べると遥かに進んでいる。
下手に外に広めてしまえば一つの国が強すぎる力を持ってしまうか、人が堕落を覚える原因になってしまう。
タケル青年が所有していた拳銃が良い例だ。
エルミーヌさんに空気洗浄機を渡そうとしたのは、ダンジョンの最寄りにある王国との関係を良好に保つ為だ。
決して文明を混乱に陥れる為ではない。
『アイネスよ、この後は何か予定はあるのかえ?』
「この後ですか?この後はゴブ郎と一緒に皆の持ち場に見回りに行こうと…。」
『では、我々もお供になろうか!』
「え?」
『アイネスの知識は我々にとっては宝庫も同然なのじゃ。魔物たちが住まう空間を伺うだけでも十分自分のダンジョンに参考にする事が出来る。勿論、タダで中を見ようとは思っておらぬぞ。』
そう言ってミルフィーさん達は<カスタム>を起動し、何か操作を始めた。
二人が操作を終えると、私の前に<カスタム>の画面が表示される。
<カスタム>の画面には結構な量のDPを受け取った事が表示されていた。
「うーん…。分かりました。では一緒に行きましょうか。ゴブ郎もそれでいいですか?」
「ぎゃう!」
『そう言ってくれると思っておったぞ♡』
『ハーッハッハッハ!存分に拝見させてもらおう!』
「皆さん、そういう事ですので席を外しますね。突然の対応、有難うございました。」
『はい、わたし達は此処に居ますので、何かあればお呼びくださいませ。』
シシリー達に礼を言うと、私とゴブ郎はミルフィー達を連れて食堂を出た。
さて、見回りに連れていくとは言ったもののどこから見回りに行こうか。
モニタールームと図書室、それにバーを見に行くのは勿論だとして、二人がいるのだったら遊戯室や運動場も連れて行くのも良いだろう。
あとはレジェンドウルブスの様子を見に練習スタジオにも顔を出そうかな。
レジェンドウルブスは他の魔物達と違って午前はベリアルから音楽指導を受けているはずだ。レジェンドウルブス、大丈夫かな。
「そういえば、ディオーソスさん達のダンジョンってどんな経営をしているんですか?」
『わっちらのか?』
「はい。私はダンジョンの外に出たことはないので、他のダンジョンがどんな経営をしているのか知らないんです。なのでトップクラスのダンジョンマスターがどんなダンジョンを管理しているのか気になります。」
『勉強熱心な事は実に良いことだ!アメージング!』
『とはいっても、わっちらのダンジョンは普通とはちと変わっておるがな。』
「変わっている?」
私が首を傾げて復唱すると、ディオーソスさんは両手を大きく広げて高らかに言った。
『ミス・ミルフィオーネのダンジョンは一言で表すなら、国だ!』
「国?!」
『ミス・ミルフィオーネは己のテリトリーに獣人を中心にした亜人達が住まう国を創立し、その素晴らしい采配で他国とも対等に渡り合える国にまで成長させているのだ!』
『国であれば外からの者達も多いし、勝手に建物や商売を始めてくれるので経営が実に楽なのじゃ。偽装工作のためその国の中に表向きのダンジョンも創っておるが、そこも繁盛しておるぞ。興味があればそなたも来てみるが良い。歓迎するぞ♡』
「そ、それはトップランクになりますわ…。」
ラノベのダンジョン経営もので街を作る話があるけど、まさかそれを実際に行っている方がいるとは思わなかった。
他国とも対等に渡り合えるというなら、結構な大国なんだろう。
ミルフィーさんが如何にしてトップランクダンジョンマスターになったかが納得がついた。
『そして、ディオーソスのダンジョンじゃが、此奴のダンジョンは賭博場じゃ。』
「賭博場?」
『エキザクトリー!ワタシのダンジョンは全て賭博場!ルーレットにダービー、地下武道大会など、様々なギャンブルを行っている!』
カジノは感情の浮き沈みが激しい場所の一つだ。
それに何処の国でも賭け事っていうのは人を熱中させる遊戯である。
需要も高いし、DPを稼ぐには最適な経営スタイルだろう。
『さらーに!定期的にイベントを開催して外から人を招待して臨時収入も得ているというわけだ!』
「…あ、もしかしてタケルさんをパーティーからすぐに出入り禁止にしなかったのは…。」
『他の招待客にあの小僧に対する不満を持たせて精神を揺さぶり、獲得出来るDPを増やすためじゃ。』
「やっぱり……」
これでようやくディオーソスさんが毎回タケル青年をパーティーに招待していたのかが分かった。
まさか私達自身がDPを稼ぐ対象になっていたとは思わなかった。
なんで定期的にパーティーなんて開くんだろうと思っていたけど、彼にとってパーティーを開くことは稼ぎ場でもあったということだ。
ディオーソスさん、能天気に見えてかなりの策略家だ。
しかしそうなると、タケル青年は本当に役に立つカモとしてしか見られていなかったということか…。
哀れタケル青年、彼がダンジョンマスターとして築き上げていた功績は殆どがハリボテだったのだ。
「なんか、二人がどれだけ凄い人物か再度理解出来た気がします…。」
『ククク、そうじゃろう?』
「カジノの経営をやっているなら、トランプやサイコロ系のゲームもしてるんですか?」
『『とらんぷ』?『さいころ』?それはなんだね?そこはかとなくエキサイティングな予感がするワードだ!』
「あ、此処にはないんですね…。だったら幾つか遊び方の情報もつけてお譲りしますよ。」
『ワオ、良いのか!』
「代わりにダンジョンで人気が出たらゲームに誘ってください。イグニさん達、トランプやサイコロゲームを教えたらすごい勢いでハマりまして。よく遊び相手探してるんですよ。」
『なるほど!ダンジョン対抗の遊戯というわけか!良いだろう!その遊戯中に発生したDPは山分けだ!更に賭博場に出して流行ればアイディア料として定期的に数割のDPを払おうか!』
「交渉成立ですね。」
よし、これでイグニ達の遊び相手とDPの不労所得先の2つをゲットした。
カジノは私の所でもしようか迷ったけど、侵入者達よりイグニ達がハマりそうで止めていたから丁度いい。
こんな感じでちょいちょいアイディアを渡してアイディア料を貰おう。
「あ、この先は最近新設した部屋が2つありますよ。見に行きますか?」
『新設した部屋…ああ、ダンジョン戦争の時に没収したDPを使ったのか。』
「タケルさんが魔物達を酷使して稼いだDPは貯めておきたくなかったので使える分はじゃんじゃん使っちゃいました。」
『ハハハッ、言えておる!』
『一体どのような部屋を追加したのだい?』
「新しく追加した部屋は鍛冶部屋と図書室と遊戯室と、あと夜間のつまみ食い対策に夜食やお酒を飲むためのバーも…」
その瞬間、目にも留まらぬ速さで2つの風が発生した。
慌てて横を見ると、ディオーソスさんとミルフィーさんの姿が見えない。
二人の行方を探していると、バーの方から物音とマサムネの悲鳴が聞こえてきた。
『ぎゃーー!なんだアンタら!』
『ほほう、此処がアイネスの新設した酒場か。落ち着いた雰囲気の場所じゃな。』
『ウェイター!ワタシ達にオススメの酒を!』
『嬢ちゃん、早く此方来てどうにかしてくれ!!!』
私とゴブ郎はその声を聞いて、顔を見合わせる。
……どうやら、私の用意したシャンパンや食事が想像以上に気に入られていたようだ。
というか昼からお酒飲むんですか、ディオーソスさん。
バーの経営を担当にしたマサムネはつまみ作りの練習とお酒の味見のためにバーにいたのだろう。
このままパニック状態で二人の相手をさせるのは可哀想だ。
私とゴブ郎は急いでマサムネとダンジョンマスター二人のいるバーへと小走りで向かった。




