せめて三日前に連絡くださいよ
「さて、今日も頑張りますか。」
「ぎゃうぎゃう!」
ダンジョン戦争が終わって8日目。
新人魔物達の研修は終わり、私は彼らの希望に合わせて各々に適した仕事を割り振った。
そして私は今日、特訓はお休み。つまりは時間があるのだ。
なので今日は一日ダンジョン経営の仕事に集中しようと思っている。
ダンジョンに魔物たちも増えたことだし、今日は新入り達がトラブルにあっていないか確認しにダンジョンの見回りに行こうか考えているところだ。
見回りと言っても、軽く様子を見に行くだけなんですけどね。
そう、思っていたのだけれど………。
「……なんで此処にいるんですか?ミルフィーさん、ディオーソスさん。」
『あまり畏まらぬでも良いぞ。此方も好きにしているのでな。』
『ハーッハッハッハ、邪魔しているぞ、クールガール!』
「世界が世界でしたら不法侵入で訴えられますよ…。」
大きくため息を付く私の前にいるのは、先のパーティーでも色々サポートしてもらったダンジョンマスター仲間のミルフィーさんとディオーソスさん……と、ミルフィーさんのお付きの獣人さん。
ミルフィーさんとディオーソスさんはニコニコと笑みを浮かべて私の前に立っている。
私の手にあるのはパーティーの時も受け取った物と同じ手紙だ。
突然の来客に驚きつつも一旦会議室に移動し、私は三人にお茶とお茶菓子を出して対応する。
「どうやって此処に来たんですか?手紙、まだ手にとっただけで開いてすらもいないんですが。」
『わっちら程になると他のダンジョンマスターのダンジョンへの転移に手紙の開封は必要ないのじゃ。覚えておくと良いぞ。』
「ご都合主義すぎでは?自分のダンジョンの経営はどうしたんですか?」
『問題ない!優秀な配下達に任せてきた!』
「テンプレ上司のやつじゃないですか。」
ディオーソスさんのところはフェスタンやバンチェットに仕事を任せてきたのだろうか?
なんか、余計な仕事増やす原因を作ってすみません。
心の中で二人の配下の魔物達に謝っていると、ミルフィーがマジマジと私を見ながら私に言った。
『にしても、本当に人間だったのじゃな。』
「ダンジョンマスターのパーティーなんて初めてでしたし、人間ってだけで絡まれそうだったんでちょっと獣人のフリをしていました。駄目でしたかね?」
『いや、その判断は間違っておらぬ。人間のダンジョンマスターはそうはおらぬし、あの小僧に煮え湯を飲まされていた者は多い。そなたが人間だと分かれば腹いせに嫌がらせをする愚か者もおったじゃろう。』
「どんだけやらかしてたんだあの人…。」
『ワタシの所にも良く他のダンジョンマスターからクレームが来ていたな!ハーッハッハッハ!』
「そこ笑うところですか?」
どうやらタケル青年は私があのパーティーに参加する前も色々とやらかしていたようだ。
あの人良く他のダンジョンマスターに消されなかったと思う。
にしても、<オペレーター>の助けがあるからかミルフィーさん達との会話はとってもスムーズだ。
お互い自分の<オペレーター>で通訳が出来るから、私はミルフィーさん達の言葉が分かるしミルフィーさん達は私の言葉が分かる。
多分、この世界に来て初めてまともにコミュニケーションを取っているのではないだろうか?
タケル青年は確かに言葉が分かるけど話聞かないで一方的に話すから論外である。
「それで、ご用件はなんでしょうか?まさか以前言っていたいなり寿司を食べに来たとかじゃないですよね…?」
『うむ、まあその『イナリズシ』とやらも食すつもりじゃが、それが本件ではないな。』
「食べるつもりなのか…。」
『本当の用は、これを渡すためじゃ。』
そう言ってミルフィーさんが手のひらを上げれば、お付きの獣人さんが懐から小さな袋を取り出し、その袋に手を入れた。
彼は小さな袋から布に包まれた、人間の男性ぐらいある長方形の板と片手で持てるぐらいの丸いお盆のような物を取り出したのだ。
「その袋、もしかして魔道具ですか?」
『うむ、その通りじゃ。“マジックバッグ”と言うてな、空間魔法が付与されていて、<アイテムボックス>のように扱う事が出来るのじゃ。欲しいか?わっちのダンジョンに来るというならくれてやってもよいぞ?』
「え、遠慮します…。」
『アイネスは頑固じゃのぅ…。まあ良いわい。いつかまた機会はあるじゃろうからな。』
そんな機会はありません。
そう言いたい気持ちでいっぱいだったけれど、失礼なのでぐっと飲み込んだ。
ミルフィーさんがお付きの獣人に目配せをすると、彼は丁寧に布を外した。
覆われていた布から出てきたのは、綺麗な全身鏡と手鏡だった。
お付きの獣人に鏡を渡され、マジマジとその鏡を見ていると、ミルフィーさんは鏡についての説明をしてくれる。
『その鏡は“渡りの魔鏡”という、わっちが昔<ガチャ>で得たSSRアイテムじゃ。この鏡にはダンジョンマスターにしか使えぬ、面白い力があってのぉ。』
「面白い力?」
『この鏡は2枚で1つの鏡で、手鏡の方をアイネスが、全身鏡をこのダンジョンの何処かに設置しておけば、全身鏡を通してアイネスはいつでもどこでも自分の配下の魔物を自分の元へ呼び出せるのじゃ。』
『要は、己の配下を召喚するためのポータル!の役目をする魔道具という訳だ、クールガール!』
「へえ…それは便利ですね。」
この鏡を持ち歩いていれば、今後私がピンチに陥った時にベリアルさん達を呼び出す事が出来る。
自衛の手段を模索していた私には凄い有り難い魔道具だ。
『召喚する魔物の数やその強さに合わせて消費する魔力量も変わることとちと気まぐれにイタズラをするのが玉に瑕じゃが、アイネスであれば使いこなせるであろう。』
「え、イタズラって何するんですか?」
『なぁに、ちょっとしたイタズラじゃ。どっからか物を呼び寄せたり、逆に鏡の前にいる者を一時的にどこかへ連れて行ったり、たまにここの世界とは違う場所から面白い物を持ってきたりなどもするな。』
「結構重大なイタズラじゃないですか。」
『普段は布で覆っておけば何もせぬから心配なかろうよ。』
「そういう問題ですか?」
イタズラをする鏡とは問題児な鏡である。
しかし、召喚する魔物の数や強さに合わせて魔力量が変わるとは、ちょっと厄介だ。
私はそこまで魔力が多い方ではないので、無闇に魔物を呼び出す事は出来ない。
ベリアルやイグニといった最強魔物を呼び出したら、即魔力切れを起こすだろう。
魔物を呼び寄せる時はそこに気をつけなければいけないな。
『さらーに!この魔鏡のパワーはそれだけではない!』
「まだあるんですか?」
『それを実際に試してみようではないか!レッツ、ショウタイム!』
「え、ちょっ!」
ディオーソスさんは高笑いを上げながらそう叫ぶと、私の手を取って私を連れて会議室を出る。
ミルフィーさんに助けを求めようとしたけど、ミルフィーさんはゴブ郎の側で手を振るだけで助けてはくれなかった。
会議室の外に出ると、ディオーソスさんはオーバーに身振り手振りをしながら私に言った。
『クールガール、その手鏡を覗き込んで見るのだ!』
「え?こうですか?」
『そしてこの言葉を唱えるのだ、<ビュアー>と!』
「び、<ビュアー>。」
私がディオーソスさんの調子に流されるままその言葉を唱えたその瞬間、手鏡に異変が起きた。
手鏡に映されていた光景が水滴を垂らしたように歪み出し、そして会議室にいるはずのゴブ郎とミルフィーさんとお付きの獣人さんの姿を映し出したのだ。
ミルフィーさんは私に向かって手を振り、ゴブ郎は此方を見て驚いている様子なので、恐らく彼らも此方の様子が見えているのだろう。
私は手鏡が映したその光景に、呆気を取られてしまう。
『ハーッハッハッハ!どうだ、驚いたか、クールガール!』
「これは…、双方の鏡が映している光景を自身の片割れに映しているんですか?」
『いかにも!これがあれば遠く離れた場所にいるユーの魔物ともコミュニケーションが取れるというわけだ!』
「すごいですね…。確かにこれは便利そう…。」
言うなれば、この世界のビデオ通話である。
普通の電話のような通話であれば言葉の壁のせいでコミュニケーションは取れないけど、これならあちらの様子が見れるから私でもコミュニケーションが取りやすい。
SSRランクのアイテムだけあって、非常に役に立つ魔道具だ。
私はディオーソスさんとともに会議室の中に戻ると、ミルフィーさんに話しかけた
「しかし、こんな便利な鏡を譲渡してもらって本当に良いんでしょうか?」
『構わん構わん。これはダンジョン戦争に勝ったアイネスへの賞品じゃ。ありがたく受け取ってくれ。』
「あー…そういえばそんなことも言ってましたね。」
まさか本当に賞品をくれるとは思わなかった。
ダンジョン戦争の準備のためのDPの支援といい、律儀で良い人だ。
「じゃあ、有り難く頂かせてもらいます。ありがとうございます」
『うむ。改めてダンジョン戦争の勝利を祝おう。おめでとう。』
「それで、確かいなり寿司ですよね?あとディオーソスさんは料理のレシピが欲しいと。」
『おお、用意してくれるのか?』
「いなり寿司の方は結構簡単に作れちゃうんで作る時間さえくれればお出し出来ます。ただディオーソスさんがご所望のレシピなのですが、少し問題が。」
『ワッツ?なんだそれは?』
「私の作る料理は材料が此方で流通している料理に使う食材と違うんですよ。この場で出すならともかく、自分たちのダンジョンで自分達で作るとなると、代用品となる食材を知るためにも食材がないと…」
『アリューとパンと肉を挟んだものは違うのか?』
「あれはたまたまアリューが私の知る食材と似た味だったんで即興でサンドイッチにして作った物ですよ。流石に即興料理をレシピとして渡すのは失礼でしょう?」
『ほほう…あれを即興で作ったのか…面白い。』
おっと、ミルフィーさんの目が獲物を狙うような瞳に変わった。
話題をすぐに進めた方が良いだろう。
「なので、普段使われる食材の味や風味を調べるためにディオーソスさん達が使う食材がないと難しいですね。」
『それに関しては問題ナッシング!そんな時に備えて食材は一通り持ってきている!』
そう言ってディオーソスさんが見せたのはミルフィーさんが魔鏡を運ぶのに使っていた袋の二周りくらい大きな袋。
準備が良い。それだけ楽しみにしていたということなのだろう。
「なるほど、分かりました。朝食ってもう食べて来てたりしますか?」
『いや、まだじゃ。』
「じゃあ今から食堂の方に移りましょうか。そこで遅めの朝食をご用意させていただきます。ついてきてください。」
「ぎゃうぎゃう!」
私はディオーソスさんからマジックバッグを受け取ると、ゴブ郎とともにミルフィーさん達を食堂へと案内する。
………この袋、重さとかは全然感じないけどどれだけ入ってるんだろ。
食堂にやって来ると、シルキーズが指揮をする調理班の皆がお茶休憩を取っていた。
彼女たちはどうやら朝食後のお皿洗いを済ませていたようだ。
『あ、アイネス様。……と、そちらの方々はお客様ですか?』
「すみません、さっき突然いらっしゃいまして。」
『邪魔しているぞ。』
私に気がついたトレニアが、ブンブンと尻尾を振って此方に近づいてきた。
『これはこれはアイネス殿!それにお客人殿!何用でございますでしょうか!』
「朝食が終わった後に申し訳ないんですが、ちょっと食事の用意をしてほしくて。ルーシーさん、いなり寿司を作ってくれませんか?」
『『イナリズシ』…というと、あの甘酸っぱいご飯を『アブラアゲ』というもので包んだ物ですね。勿論です。トレニアさん、レイラさん、手伝ってください。』
『わ、分かりました。』
『了解です!』
「シシリーさんは、ちょっと私と料理のレシピを用意するのを手伝ってくれませんか?ディオーソスさんに料理のレシピを分けて欲しいと言われているんです。」
『料理のレシピですね!食材の方は…。』
「さっき頂きました。」
『ではすぐに取り掛かりましょう!此方へ!チーリンさんはお客様にお茶をお出しください!』
『は、はい。』
「すみません、ちょっと席を外しますね。少しお待ち下さい。」
『あい分かった。』
『待っているぞ!』
私はシシリー達とともに厨房へと入り、調理用のエプロンを付けて準備をする。
人様に出す料理なんて出せるほど料理上手ではないし緊張するけれど、まあいつも通り頑張ろう。
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「ど、どうぞ。紅茶です…。」
「うむ、いただくぞ。」
アイネス達が厨房で調理をしている頃、チーリンはゴブ郎と共にミルフィオーネ達の相手をしていた。
トップレベルのダンジョンマスター二人を前に緊張するチーリンに対し、ゴブ郎はいつも通りに振る舞っている。
(なんでゴブ郎さんはあんなにいつも通りに接する事が出来るんでしょう…。)
「ゴブリンよ、そなたも元気だったようじゃな。」
「ぎゃーう!」
「そうか、元気だったようじゃな。わっちらが来るまでに何かトラブルはあったかえ?」
「ぎぎ、ぎゃうぎゃー!」
「ふむ、何もなかったか。それは何よりじゃ。」
「ハッハッハ!ダンジョン戦争が終わった後もクールガールのダンジョンの経営は順調なようだな!」
「ぎゃうぎゃーう!」
(み、身振り手振りだけでダンジョンマスターたちと意思疎通できている…?!)
ゴブ郎のコミュニケーション能力の高さにチーリンが驚愕する。
研修時にゴブ郎の物怖じしない性格と意思疎通の上手さは聞いていたが、実物はチーリンの予想を上回るものだった。
チーリンが何も言えずに黙っていると、ミルフィオーネが突然話しかけてきた。
「時にコボルトの女よ。」
「は、はい!」
「アイネスは良いダンジョンマスターかえ?」
「え、ええ。前のダンジョンマスターよりも遥かに…」
「あの小僧と比べるのではない。そなたが、アイネスだけを見てどう思うのか言うておるのじゃ。」
「え…?」
「もう一度聞こうぞ。アイネスは良いダンジョンマスターかえ?」
チーリンの瞳を貫き、妖艶に微笑みながら優しく問いかけるミルフィオーネ。
天狐であるミルフィオーネに問いかけられたチーリンは目を逸らせずにどう回答すれば良いのか分からず言葉を紡げない。
ミルフィオーネの横にいるディオーソスは、口を閉ざして二人のやり取りを伺っていた。
ミルフィオーネがアイネスのダンジョンに訪れた目的はアイネスに渡りの魔鏡を渡す事とは別にもう一つあった。
それはアイネスを今一度見定めるため。
アイネスより前にいた人間のダンジョンマスターのタケルは徐々にその本性を現し、他のダンジョンマスター達の迷惑になるような行為を行っていた。
そんなタケルと同郷で、同じ種族であるアイネスも、そうならないとは言い切れない。
ダンジョン戦争が終わって気が抜けるであろうこの日、突然二人のダンジョンマスターが現れる事で隠蔽処理などさせず、アイネスがどんな経営をしているのか抜き打ちで監査するためにやって来たのだ。
ディオーソスとミルフィオーネの懐には、嘘を看破する為の魔道具を忍ばせている。
チーリンがアイネスに口止めをされていたとしても、彼らは嘘を見抜く事が出来るのだ。
もしもアイネスがタケルと似たような人格の持ち主であれば、付き合いはほどほどにして技術や知識だけを搾り取れるだけ搾り取ろうとミルフィオーネ達は考えていた。
(さて、一体どんな答えが聞けるか楽しみじゃ。)
チーリンからの答えを待っていると、チーリンは勇気を出した様子でミルフィオーネに目を合わせて、言った。
「…アイネス様は、優しくてとても良いお方です。コボルトにも、リリスにも、他の魔物達にも平等に接してくれて、他と違う姿である者にもそれが普通だと言い切ってくれる、そんな優しい主様です。」
チーリンは緊張で手を震わせながらも、確かにミルフィオーネにそう答えた。
ミルフィオーネの持つ魔道具も、ディオーソスの持つ魔道具も、反応はない。
つまり、チーリンは嘘偽りなくアイネスを良い主だと認めているということだった。
ミルフィオーネはふぅと一息付いた後、優しく微笑んでチーリンに言った。
「そうか、それは何よりじゃ。」
アイネスはタケルとは違う人間だった。
そう、ミルフィオーネは決定づけた為に出た言葉だった。
そうしていると、厨房からアイネス達が帰ってきた。
ミルフィオーネは先程とは雰囲気を変えてアイネス達を出迎える。
『お待たせしました。ディオーソスさんからリクエストされていたレシピ数種と、いなり寿司です。』
「おお、待っておったぞ。」
『ディオーソスさんはパーティーが好きだそうなので、パーティー料理を中心に紙に書いてもらいました。後日問題がありましたら連絡してください。』
「ユーのその気配りに感謝しよう!ハーッハッハッハ!」
お皿に盛られたいなり寿司を前に、ディオーソス達は楽しげな声をあげる。
そんな中、アイネスがチーリンにこっそりと声を掛けてきた。
『すみません、チーリンさん。二人を任せてしまって。ゴブ郎がいるとはいえ大変だったでしょう?後で何かお礼を渡しますね。』
「はい、ありがとうございます。」
アイネスの言葉に、チーリンはニコリと微笑んで答えたのだった。




