地球の教育って実は凄いんだよ。
「<オペレーター>さん、スキルのアンインストールお願いします。」
『回答。不可能です。』
「そこをなんとかお願いします。」
『回答。一度習得したスキルを消去する権限は当システムにはありません。』
「じゃあ使用不可にしてください。」
『回答。当システムに特定の所有スキルを封じる権限はありません。』
「<オペレーター>さんならやれば出来ますって。」
『回答。不可能です。』
「頼みますよ。」
『回答。不可能です。』
「おねが…」
『回答。不可能です。』
「せめて最後まで言わせてくれませんかね?」
私は姿のない<オペレーター>に対し正座をして、必死にスキルの消去を頼み込む。
しかし、<オペレーター>は無情に何度も私の頼みを却下する。
<オペレーター>にもやれる事とやれないことがあるのは分かっているけれど、こればっかりはなんとかしてもらいたいのだ。
私が消去して欲しいスキル、それは先程獲得してしまった事が判明したあるスキルだった。
<魔術の叡智>
呪文を使わず、イメージ通りの魔法を使うことが出来るようになるスキル。
魔法を嗜む者であればとっても憧れそうなこのスキルを、私は魔法の実践練習を始めて一日も経たない内に獲得してしまったのだ。
一体何故こんな事が起きてしまったのだろうか…。
私はこんなスキルを取ろうと思って魔法の練習をしていたわけじゃない。
あくまで自衛のためだ。
私はむしろこんなスキル、望んでもいなかったのだ。
だって、ステータス底辺の異世界転移者である私がこんな有能スキル持ってたら周囲の柄悪い腐れヤンキーさんたちのターゲットになる!
どこの世界にでもいるようなハイエナ女子達にやっかみを受ける事になる!
<鑑定>持っている人が私のスキルについて気がついたら「テメェみてぇな女がなんでそんなスキル持ってんだゴラァ」ってなるやつだよ!
やだよ!そんなギスギスとした展開!
私が望むのはバトルファンタジーなんかじゃない。ほのぼのファンタジーなのだ。
元の世界に帰る手段が見つかるまで、平和的に暮らしていたい。
そのためにも絡まれる要因になりかねないスキルは欲しくないのだ。
「なのに、なんでこうなるんですかね…!」
「アイネス**?」
「あ、ごめんなさい。すぐに通訳再稼働してもらいますね。<オペレーター>さん、ベリアルさんの言葉を分かるようにしてください。」
『了。<オペレーター>による通訳作業を開始します。』
私が<オペレーター>に頼むと、<オペレーター>はすぐに通訳を始めてくれる。
私はベリアルに<魔術の叡智>があった事を伝える。
「確かにありました…。<魔術の叡智>……。」
『やはりありましたか。それにしては随分と落胆していたようですが…。』
「それについては触れないでください…。ちょっと混乱しただけなんで…」
流石に魔法の特訓に付き合ってくれているベリアルに<魔術の叡智>を獲得して嫌だったなんてことは言えない。
私はそっとその話題に関しては口を閉ざす事にした。
にしても、一体何なんだこの習得スピードは…。
いくら異世界転移者特典があるとしても、このスピードは異常だ。
打ち切りが突然決まった少年漫画の最終回だってこんなハイスピードじゃない。
まさか、異世界転移者特典以外にも何か原因があるのだろうか?
<魔術の叡智>獲得の原因を考えていると、ベリアルが私に話しかけてきた。
『アイネス様は本当に飲み込みが早いですね。魔法の実践を行って一日目で<魔術の叡智>まで獲得出来るようになるとは…。アイネス様には元々なにか魔法に関する教育でも受けていたのですか?』
「そんな覚えは一切ないですね。せいぜい学校の授業か親からの教育ぐらいしかないですね。」
『『ガッコウ』…ああ、学校ですね。アイネス様が通っていた学校ですか…、実に興味があります。』
ベリアルは私の通っていた学校が気になるらしく、顎に手を添えて興味津々と言わんばかりの表情をうかべる。
そういえばこの世界にも学校はあるのだろうか?
エルミーヌさんは私と同年代ぐらいのようだったけど、学校関連の話題は上がらなかった。
ああ、でもアレルギー騒動で2年間は見た目が酷いことになっていたからもしかするとずっと休学中だったのかもしれない。
今度来た時にでもイグニかマリアに聞いてもらおうかな。
『アイネス様のいた場所の学校では一体どのような事を教えているのですか?』
「私が通っていたのはちょっと名の知れた進学校でしたけど、そんな大層な事は教わってませんよ。普通に国語と数学、あと英語と歴史と地理と……」
私は指で数えながら高校の教科を挙げていく。
「それと………」
『それと?』
私はこの時、頭の中に幾つかのワードが浮かび上がった。
“<魔術の叡智>”
“獲得条件は『魔法に対する深い理解』”
“一から魔法陣を創り上げたり”
“一つの魔法の原理を理解していたり”
“学校で教わっている教科”
そして、爆発が発動する前に私が話していた内容。
それらのが一つになりある推測が思い浮かんだ時、私は思わず声を上げてしまった。
「あああああああああああああ!!」
『!?ど、どうかされましたか?』
突然叫び声を上げた私に軽く驚きながらも心配の声を掛けるベリアル。
私はわなわなと体を震わせながら、私はベリアルに一言だけ告げる。
「べ、ベリアルさん、すみませんがまた通訳を切りますね。」
『は、はい。どうぞ…。』
ベリアルが了承したのを聞くと、私は<オペレーター>に向かって尋ねる。
「<オペレーター>さん、少しお尋ねしてもよろしいですか?」
『了。質問をどうぞ。』
「もしかしてもしかしてなんですけど、地球で言う所の科学って、魔法の原理に通ずる所ってあったりします?」
『肯定。地球で称されている科学の内容は特定の魔法の原理として組み込まれている場合があります。そのため、魔法の原理に通ずる所があるという表現というよりは魔法の原理の一部そのものと表現するべきかと。』
「それじゃあつまりあれですか?地球の学校で理科の授業を受けている人たちはもれなく<魔術の叡智>を簡単にゲット可能ってことですか?」
『肯定。その通りです。』
「……………。」
私は<オペレーター>の言葉を聞くと、無言で<ホーム帰還>を使ってマイホームへの扉を召喚する。
ベリアルが見ている中私はマイホームへ入り、しっかりと扉を閉める。
そしてスゥッと大きく深呼吸をした後、大声をあげる。
「ふざけんなーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
私は今までにない程大声を上げてその場で足を踏み鳴らす。
「科学が魔法の原理そのものって誰が分かるか!!!確かに昔は怪奇現象として認識されていたものが現代になって科学で判明されてるって聞くけど、これはないわ!!!あれか、アニメでよく見ていた魔法とかも全部科学で成り立ってたって訳か!?科学すごすぎ!!というかそれらを解明して現代に伝えている偉人達がある意味凄いわ!!!というか、地球でもれなく理科の授業を受けたらもれなく<魔術の叡智>ゲットって、地球人どんだけ文明が進んでるんだ!!!地球人全員賢者じゃん!!!そりゃああのクソ女神を筆頭とした神々も地球人を異世界に転移転生させようと思うわ!!!元々文明があまり進んでない世界では地球人はもれなく才能の塊みたいなものだもん!地球の創造神はもっと住民が攫われないように地球の管理のセキュリティをどうにかしろ!!!」
今まで溜まりに溜まってた鬱憤もまとめて吐き出すように私は延々と叫び続ける。
地球の義務教育がそもそもの原因だったとは誰も思わない。
科学は全てを解決する。なーんて良く言ったものだ。
そうして私は、誰もいないマイホームでぶつける当てのないツッコミを思いっ切り入れ続けたのだった。
もしも地球の創造神と会う事が出来たら、地球の創造神も一発殴ろう。そうしよう。
***** *****
「すみません、お待たせしました。」
『いえ、お構いなく。用事は終わりましたか?』
「まだ物足りない気もしますが、今はもう十分です」
『そうですか。』
5分後、マイホームから外に出ると律儀に待ってくれていたベリアルが出迎えてくれる。
私は遠い目で明後日の方向を見ながら、ベリアルに言った。
「私、今回の事で一つ分かったことがあります…」
『なんでしょうか?』
「この世界に、理科の教科書を広めたら絶対に駄目だって思ったのは正しかったのだ、という事実が…。」
『『リカノキョーカショ』というのは存じ上げませんが、私達が知るにはあまりに危険な物だというのは理解しました。』
「そういう認識で大丈夫です…。」
しみじみと告げた私の言葉に、ベリアルは相槌をうって答える。
図書室に科学系の実用書を一緒に並べないで良かった。
あれで科学を理解する事が出来たらもれなくこのダンジョン内で<魔術の叡智>所有者が大量発生する事になっていた。
ベリアル達…というかこの世界の住民には、某科学で廃れた世界を生き抜くアニメは見せてはいけないな。
そう思ったのであった。
『しかし、困りましたね。<魔術の叡智>は確かに魔術師としては最も欲しいスキルですが、失礼ながら今のアイネス様には使いこなせないかと…。』
「え、何故ですか?」
『魔術師にとって、呪文というのは魔力を消費しすぎないための制限のようなものです。ですが<魔術の叡智>はそれらの制限を取っ払って魔法を発動させる事が出来るスキルなので…』
「あー…、魔法初心者の私だと、魔力操作が複雑すぎて魔力切れを起こしやすくなるんですね。」
<魔術の叡智>というのは本来、相応の才能と能力を持った者が所有する事が出来る上級者用のスキル。
本来なら十分な魔力を持っていて魔術師としてかなり有能な人が獲得できるスキル。
魔法初心者でありながら、もはやズルと言っても良いショートカット方法で得てしまった私が使いこなせるスキルではないのだ。
イメージ通りの魔法を創る事はできるらしいけれど、その創り上げた魔法の消費魔力量というのは一切説明にない。
何も考えずに魔法を創造しようとすれば、一発で魔力切れを起こすような魔法になってしまいかねないのだ。
ステータスが此方の世界の住民の平均より高い普通の異世界転移者だったらそれでも大丈夫かもしれないけど、私のステータスは此方の世界の住民の…それも底辺クラスの平均しかない。
丁度魔力ポーションでMPを全回復していたこと、創造した魔法の規模が小さかった事もあって先程は大丈夫だったけれど、ちょっとした魔法でも魔力切れを起こしかねない。
何より嫌なのが、呪文を使用して発動する方法はイメージをして呪文を唱えるという、<魔術の叡智>を所有した上で魔法を発動する方法よりも一手間掛かるということ。
呪文で制限を掛けて魔法を使う前に勝手に発動して魔力を余計に消費しかねないのだ。
「軽く暴走しかねないんだったら、私はもう魔法を使わない方が良いんですかね? 」
『いえ、アイネス様ほどの才覚の持ち主が魔法を使わないというのはあまりにもったいないです。それに魔法は自衛の手段としてはとても役に立つ手段です。此処で魔法の特訓を止めてしまうのはお勧め出来ません。』
「そうはいっても、魔力切れしないように魔力を調整するのは私にはかなり難易度が高いですよ。何か方法を考えないと…」
『そうですね……。』
魔法の実践練習始めて一日目でまさかのトラブル発生。
このままでは私は下手に魔法を使うことが出来ない。
どうにか呪文とは別に魔力を制御する方法がないかをベリアルと考えていると、運動場に来客が現れた。
『アイネスちゃん、ベリアルさん、失礼するよ。』
『と、特訓は順調ですか…?』
「あ、ライアンさんとルーナさんとロゼッタさん」
『差し入れ、持ってきたよ。』
『今日の差し入れは、レイラ特製のチョコプリンだ!とっても美味しいよ!』
運動場にやって来たのはウィッチ4人組の中の3人、麗人系女子のライアンと元気っ子系女子のルーナと内気系女子のロゼッタだった。
どうやら特訓をしている私達にチョコプリンの差し入れを持ってきてくれたようだ。
ベリアルは彼女達に気がつくと、3人に話しかけた。
『ああ、ウィッチ達ですか。丁度良い所に来ましたね。』
『どうかしたのかい?』
『も、もしかして、何か問題事…?』
『ええ。』
心配そうに私を見る二人に、ベリアルは事細かに事情を説明する。
二人は相槌を打ってベリアルの話を聞いた後、ライアンとルーナは呆気に取られた表情を浮かべ深く息をついた。
『それは…ウィッチとしてはなんとも羨ましい悩み事だね。しかし、確かに結構な問題事だ。』
『魔法が使えないと、戦闘の時とかすっごい不便だもんなー。』
『かといって下手に使うと魔力切れを起こしかねない…。となると、確かに解決策が必要だね。』
『ウィッチは魔法を生活の基盤にして暮らす種族。何か役に立ちそうな事が聞けないものかと。』
『なるほど。だったらボク達も知恵を貸すよ。』
「協力してくれるんですか?」
『アイネスちゃんにはちょっと救われた事があるからね。ボクに出来ることなら協力させてもらうよ。』
そう言って爽やかに白い歯を見せて笑みを浮かべるライアン。
ライアンはそっと短くなった後ろ髪をさらっとかきあげた。
ライアンにトランスジェンダーについてを打ち明けられ、某女性歌劇団の動画を見せた日の翌朝、ライアンはガラリとイメチェンをした。
ライアンは腰まであった髪は肩の上までばっさりとショートヘアに切り、黒の長スカートではなくスキニーのパンツを履いて私達の前に現れたのだ。
その姿は男性…しかもイケメンの姿そのもの。
中性的麗人女子からガチの男装麗人系イケメンに早変わりしたのだ。
きっと、あの動画で何かが吹っ切れたのだろう。
彼女の姿を見た他の皆は、それはもう大騒ぎした。
女子魔物達は黄色い声を上げ、男子魔物達はただただ驚愕の悲鳴をあげたのだ。
しかし誰一人としてライアンのその姿を否定する者はいなかった。
以来、ライアンはずっと男装をしている。
やったね、イケメン(?)が増えたぞ。
『だけど、どうしたもんかねー。<魔術の叡智>が獲得できなくて困っている子や魔力が多すぎて制御出来ないって子ならそれなりの対処方法が分かるけど、未熟なのに<魔術の叡智>を得たって子はウチらも初めて見るからねー。』
『因みに、どうやって判明したんだい?』
『アイネス様が小規模の爆発魔法を使った為判明しました。』
『…………良く、その一回で魔力切れを起こさなかったね。』
「やっぱり一発魔力切れルートもあったんですね。」
あの時大きな爆発をイメージしないで良かった。
それこそ爆裂魔法なんて発動してたら完全にアウトだった。
ライアン達も加えて解決策を考えていると、ロゼッタが小さく手を上げた。
『……あ、あの…。』
『どうかされましたか、ロゼッタさん?何か良い策でも思いつきましたか?』
『つ、使えるかは分からないんですけど…。要は、魔力切れを起こさないように魔力制御を出来れば良いんですよね…?』
『まあ、そうですね。しかし、ただ呪文による方法のみしか使えないようにするというのでは折角手に入れた<魔術の叡智>がもったいない。<魔術の叡智>の利点を消すことなく、かつアイネス様が魔力切れの心配をすることがないようにしたいですね。』
『で、でしたら……』
ベリアルからの言葉を聞いた後、ロゼッタは小声ながらもある提案をしてきた。
『ま、魔女の装具を付けるのはどうですか…?あれなら、どっちも解決出来ると思います…。』
『ああ、あれか!』
『ロゼッタ、それ名案だよ!』
ロゼッタの提案を聞いてすぐに意図を理解したのか、ライアンとルーナは手を叩いて彼女の提案に賛同した。
私は『魔女の装具』というのが分からず、首を傾げてライアン達に尋ねる。
「魔女の装具?」
『ああ、アイネスちゃんは知らないか。魔女の装具というのは、ウィッチ族専用の魔法杖みたいなものさ。』
『ウィッチは人間とは違い、魔法を使うのに杖が必要ないのでは?』
『そうなんだけど、子供だとうまく制御出来ない子っているでしょ?ウィッチ族は魔物たちの中でも魔力量が多いからね。生まれつき魔力が大きすぎて魔力を暴走させる子や逆に魔力が足りないのに大魔法を使おうとする子がいたりするのよ。そういった問題を起こさないように子供のウィッチに付けさせるのが、“魔女の装具”。要は人間が魔法を使うときに唱える呪文をそのまま魔道具にしたようなものなんだよ!』
『装具にその子の魔力を覚えさせて付けておけば装着者が魔力切れを起こさないように魔力を調整してくれる…。でも<魔術の叡智>の効果はそのまま使えるから呪文なしでイメージ通りの魔法を創る事が出来る…。まさに有能な魔道具…くふふっ』
個性的な笑い声をあげて笑みを浮かべるロゼッタ。
その雰囲気はまるでマッドサイエンティストのようだ。
敬語じゃなくなってるけど、もしかしてそれが素なのだろうか?
しかし、その魔道具は確かに使えるかもしれない。
魔道具が自動で魔力調整をしてくれるなら私は魔法の暴発や魔力切れの心配をしなくても大丈夫になるし、イメージ通りの魔法を使えるならたとえそれが小規模であろうと色々と便利だ。
ベリアルも同じことを思ったようで、ロゼッタ達に尋ねる。
『確かにそれは良い案ですね。しかしその魔道具はどうやって用意するのです?』
『あ、アタシが錬金術で作ります…。ダンジョンマスターなら必要な材料は権限で手に入れられるだろうから、2日ぐらいで用意出来ます…。』
『よろしい。アイネス様、どうされますか?』
「DPはまだダンジョン戦争の時のが余ってますし、名案だと思いますよ。頼めるのであればちゃんとお礼はしますので作ってもらいたいです。」
『お礼はするので是非作ってもらえないか、と仰っていますよ。』
『お、ロゼッタってば初のアイネスさん直々のお依頼じゃん!』
『ボク達も魔女の装具作りは協力するから頑張れ、ロゼッタ。』
『わ、分かりました…。あ、アタシ、頑張る…。』
恥ずかしそうに頬を赤らめながらも頷くロゼッタ。
魔女の装具とやらを貰うまでは魔法の特訓は禁止かな?
一体どんな物を渡されるのか楽しみだ。
『あ、お礼は例の本と似たような本でお願いします…。』
『あ、ウチも欲しい。』
『ボクも良いかな?』
「そこはブレないんですね。まあ良いですけど」
『?』




