成長が早すぎるのも良いものではない
『それはさておき、早速実践練習を始めましょうか。』
「あ、このまま続けるんですね。」
『アイネス様の革新的なアイディアは素晴らしいと思いますが、それとこれとは話が別ですから。』
「ですよねー。」
口を滑らせ、魔法の進歩を進めかねない発見を見つける手伝いをしてしまったけれど、トレーニングはまだ続くようだ。
ベリアルは魔法陣の書かれたホワイトボードをそっと置くと、私に向かっていう。
『魔法の大まかな属性は火、水、風、土、光、闇、無の7つ。アイネス様にはまず、それぞれの初級魔法を呪文形式で発動する練習を行ってもらいます。』
「一つの属性からコツコツと、じゃないんですね。」
『生物にはそれぞれ、使える魔法の相性というものがありますからね。相性が良ければその分飲み込みも早いですが、相性が悪ければ一生使えないというケースもあります。本来なら相性を調べる魔法道具を使って相性を知るのですが、その魔法道具は今この場にないのでアイネス様にはそれぞれの属性の初級魔法を使ってもらい、発動するかどうかで相性を見させていただきます。』
「なるほど。」
『まずは火属性の初級魔法からやってみましょうか。火属性の初級魔法の呪文は<ファイア>ですよ。』
指先に炎を灯すベリアルを横目に、私は自分の指先に集中する。
確か、イメージを頭に思い浮かべて呪文を唱えるんだっけ。
火…というと、最初はライターの火くらいでいいのだろうか?
「<ファイア>。」
私は呪文を唱えてみるが、指先から火が出ることはない。
私に火属性魔法の才能はないのだろうか?と思っていると、ベリアルがくすりと笑って言った。
『最初は相性が良くても発動しないことが多いです。何度か繰り返す事で成功するようになっていき、最終的には完璧に使えるようになります。魔力回復ポーションならダンジョン戦争の時の残りがありますので、何回失敗しても大丈夫ですよ。』
「サラッと成功するまでずっとやれって言ってますねそれ?」
私がじっと視線で訴えかければ、ベリアルはにっこりと笑顔を浮かべ『さぁ、もう一回どうぞ。』と言った。
本当にスパルタだなこの教官…。私が頼んだんだけどさ…。
しかしまあ、日本には継続は力なりなんて言葉がある。
何度か繰り返せば使えるようになるだろう。
私は自分の人差し指に集中する。
さっきはライターの火をイメージして発動しなかったから、今度はアルコールランプをイメージしてみよう。
指先のちょっと上に紐が出ている感じをイメージして、点火する。
「<ファイア>」
その瞬間、私の人差し指の指先にイメージ通りの大きさの火が灯る。
私とベリアルはその灯った火に目を見開いた。
なんだ、意外とあっさり出来るじゃないか。
私はベリアルの方を向いて、ベリアルに指先の火を見せる。
「ベリアルさん、出来ました。」
『お見事です、アイネス様。』
ベリアルは私に向かって拍手をする。
私が確認のためにもう一度<ファイア>の呪文を唱えれば、簡単に指先に火が灯る。
どうやら私は火属性魔法との相性が良かったようだ。
ベリアルは自分のことのように喜びながら話し始めた。
『流石はアイネス様。本来人間であれば相性の良い初級魔法を完全にマスターするのにも1ヶ月は要するのですが、たった2回の練習で完全に習得するとは。』
ん?
『本来は半月は掛かる魔力操作をたった数日でマスターした時点で飲み込みが早いとは思っていましたが、アイネス様は類いまれなる魔法の才をお持ちのようですね。』
んん?
『このまま練習を重ねればあと2週間程で全属性の超級魔法までマスター可能でしょう。ゆくゆくは国一つを簡単に屠るぐらいの力を得られるはずです。さぁ、次は水属性の初級魔法を練習しましょうか!』
「いやストップ。ちょっと聞き捨てならない事が聞こえました。」
私は少々興奮気味に話すベリアルを手のひらで制止する。
私は大きく深呼吸をして一度冷静になった後、ベリアルにホワイトボード片手に尋ねる。
「え、普通はそれだけ時間が掛かるんですか?」
『ええ。普通の人間であれば早くても一ヶ月、長ければ半年ほど初級魔法の習得にかかりますよ。』
「じゃあ、私の習得スピードはどう考えても異常に早いですよね。何故それを言わないんです?」
『アイネス様のお力が素晴らしいだなんて周知の事実ですのに、今更口にする必要がありますか?』
「ありますね。今みたいに私が「ん?」状態や「私何かやらかしました?」状態になるんで。」
『かしこまりました。以後は気をつけます。』
私はこの世界の常識とか知識は殆ど皆無だから!言ってくれないと分からないから!
ダンジョンの中だから大丈夫だけど、外でこれやったらたちまち腫れ物扱いになるんだよ!
こうやってラノベで良くある「俺、何かやらかしました?」展開になるのか。
恐ろしいな。
私は嫌な予感を感じつつも、ベリアルの指導に従って別の属性の初級魔法の発動練習を試みる。
発動練習を始めて一時間後…。
『素晴らしい!たった一時間で全ての属性の初級魔法を習得してしまうとは!アイネス様の偉大なお力には驚きを隠せません。』
「いやいやいやいや…」
私は膝から崩れ落ちた。
MP切れや体力が尽きたからなんて理由ではない。
全属性の初級魔法を習得してしまったからである。
しかも、一日じゃなくて一時間。
有り得ない。この世界の常識が殆どない私にも分かる。
この習得スピードは異常だ。
恐るべし、異世界転移者特典。
こんな特典、感激どころか軽く恐怖しか感じない。
本当、魔法の実践練習をダンジョンの中でして良かった。
これを人目のある外の街でやらかしていたら、完全に化け物扱いされるか異常者を見るような視線を浴びせられていた。
私はモブでありたいのだ。タケル青年のように『俺TUEEEEE』系の主人公になりたいわけじゃない。
世界に名を残す大魔法使いになんてなりたくない。
ただ、異世界転移者である私にも魔法の相性というものがあったようだ。
「唯一の安堵は、相性が悪い属性があったということですね…。」
『アイネス様はどうやら水と闇の相性は良いようですが、光と土の相性はあまりよろしくないようですね。』
「それでもホタル程度の光を出せて土を3センチぐらい盛り上がらせられますけどね…。<ライト>」
私が光属性の初級魔法の呪文を唱えれば、私の目の前に微かな白い光が灯った。
そう、私は結果的には全属性の初級魔法が使えたものの、光魔法と土魔法の相性が悪い事が判明したのだ。
他の魔法に比べると、この2つの属性の魔法の習得には時間がかかり、発動に成功した魔法も世間一般と比べると効果がささやかなものだった。
逆に相性が良かったのは闇魔法と水。
光魔法が苦手で闇魔法が得意って、これは私の性格が闇属性だと言いたいのだろうか?
もしそうなら失礼だ。
私のどこが闇属性だと…………いや闇属性だな。
コミュ障・出不精・無愛想の3コンボ揃った非リア充なんて闇属性の他はない。
むしろ光属性魔法が使えたことに感謝すべきだ。
『しかし、これほど上達が早いのでしたら、スキル<魔術の叡智>まで獲得する可能性が高いですね。』
「<魔術の叡智>って言うと、ベリアルさんが持っているスキルの一つですよね?そう簡単に獲得できますかね…」
『才能があれば案外容易いものですよ。なにせこのスキルの獲得条件は『魔法に対する深い理解』ですので。』
「魔法に対する深い理解?」
『一から魔法陣を創り上げたり一つの魔法の原理を理解していたりなど、ある程度魔術師としての腕があるか、魔法に関して豊富な知識を持つ者であれば誰でも覚える事が出来ます。』
「へー…。」
『まあ、私のように元々そういったスキルを持っている個体もいますがね。』
ベリアルはいとも簡単なように話しているけれど、十分難易度の高い条件だ。
先程見た<ファイア>の魔法陣は魔法に関して殆ど知識のない素人である私にも分かるぐらい複雑だったし、魔法の原理の理解だなんて研究者でない限り追求しようとも思わない。
この条件をクリアするには、気が遠くなりそうなほど長い期間も魔法の研究をしなければいけない。
人間の身ではほぼ不可能と言って良いだろう。
まあ、私はそんなスキルは欲しくないから良いんだけど。
「しかし、魔術師っていうのでしたらあの魔法も使えるようになるんですかね…?」
『あの魔法とは?』
「いや、とあるアニメに周囲一帯を消し飛ばすぐらいのとんでもない爆発を起こす魔法なんて言うものがあるんですよ。範囲も攻撃力もかなりのものなんですけど、とんでもない量の魔力を消費するんでそのアニメではゴミスキルとされているんですがね。」
『広範囲かつ攻撃力が高い爆発魔法ですと、確かにかなり大量の魔力を消費しなければ出来ないでしょうね。』
「使い勝手の悪い魔法なんで、覚えようとも思いませんけどね。爆発魔法なんてどう爆発してどう被害が出るかもわかりませんし。」
やはり爆裂魔法はベリアルから見てもかなり難易度の高い魔法のようだ
アニメではあの魔法を一回使うだけでその後は戦闘不能になるくらいだからね。
ある意味当然といえば当然だ。
「仮に爆発魔法を覚えるとしても、精々学校の理科の実験でやる程度の水素爆発とかぐらいの小規模でないと…」
ベリアルと談笑していたその時、私とベリアルの真横で突如小さな爆発が起きる。
私とベリアルはその音に驚いて慌てて反対方向に退いた。
しかし爆発が起きた方向には人や魔物の姿は何処にもなく、また次の攻撃が来る様子もない。
私はこの時、物凄い嫌な予感を感じた。
「な、なんでしょう…?気の所為でなければ今、小規模の爆発が真横で起きた気がするんですが…」
『気の所為ではないですね。確かに私もこの目と耳で確認しました』
「え、えー…。」
『……アイネス様、一つ聞いてもよろしいですか?』
「とんでもなく嫌な予感がするので出来ればその質問を聞きたくないのですが、まあどうぞ。」
『アイネス様…もしや、既に<魔術の叡智>を獲得しているのではないでしょうか?』
「な、何故そう思うのか聞いても良いですか?」
『先程の爆発、明らかに魔法で起こされたものでした。しかし、私はあれほど小規模な爆発を起こす魔法を知りません。<魔術の叡智>のスキルの効果は呪文を使わずにイメージのみでの魔法発動。恐らく、<魔術の叡智>を使用してアイネス様のイメージによって生み出された魔法かと。』
「い、いや、流石に有り得ませんよー。魔法の実践練習を始めて一日で魔術師として最強の称号みたいなスキルを得られませんって。そんな馬鹿な話があるわけ…」
私はそんな事を言いながらも、慌てて<オペレーター>の通訳を切り、ステータスを確認する。
すると、新しく習得した魔法スキルに加え、もう一つスキルが追加されていた。
<魔術の叡智>
「Oh…」
私はその場に崩れ落ちた。




