言葉には気をつけよう。
「ぜぇ…ぜぇ…これは、キツいっ…!」
「アイネス、アト、2シュウ!」
「う~~…」
自分の体を鍛える事を決意し、特訓を開始してから5日目。
私は体力的に死にかけていた。
特訓は一日一回、身体能力向上のトレーニングと魔法のトレーニングを合わせた3時間のコースだ。
初日は短すぎるのではないかと思ったけれど、伸ばさなくて正解だった。
部活動の放課後練習ぐらいの時間だけど、部活動以上にメニューがキツい。
前半はイグニ監修による、身体能力向上トレーニング。
内容は主に体力づくりだ。
ランニングや剣の素振りなど、只管基礎を作るためのトレーニングを行っていた。
てっきりイグニのことだから初日から実戦を行うんじゃないかと不安だったのだけど、以外に堅実だ。
その訳を聞いてみると、真面目な答えが返ってきた。
「アイネス、ハ、チカラ、ヨワイ。ダカラ、テキ、ニ、ツカマレ、レバ、ソレ、デ、オワリ。ダカラ、ジッセン、デハ、ナク、ニゲル、チカラ、ヲ、キタエル。」
逃げるが勝ち、戦略的撤退というものだろう。
確かに私のステータスでまともに強敵を相手しても絶対に勝てない。
絶対に勝てないと分かっている敵ならば、相手しない方が賢明なのだ。
少しでも相手から逃げられれば私は自分のスキルで姿を消す事もマイホームに逃げ込む事も出来る。
最低限剣を振れた方が剣相手の敵にも対応しやすいし、体力があれば何度でも逃げるチャンスを得やすい。
まともなメニューなのだけど、一つ一つのメニューの量が凄い。
運動場のランニング10周、素振り200回、腹筋200回…と、高校の運動部と同じくらいか、それ以上のトレーニング量だ。
初日はこの5倍の量をやらされそうになって、慌ててストップした。
毎日筋トレしているとはいえ、人間とドラゴンの持久力はぜんぜん違うんです。
毎日5倍は運動のしすぎで気絶する。
それを伝えたら、「ニンゲン、ヒンジャク、スギ。」と言われた。
これが普通なんだよ。
イグニの特訓が終わったら、次はベリアル監修の魔法トレーニングだ。
魔法トレーニングと言っても、最初から魔法を使わされる訳ではなかった。
まずは魔力の操作を覚えるため、魔力の動きを自覚する事が必要だとベリアルに言われ、簡単な魔力操作の特訓から始まった。
ベリアルの手を取って、ベリアルが流す魔力をそのまま別の手からベリアルに流すという一見簡単そうな特訓だったのだけど、全くそうじゃなかった。
「ちょ、ベリアルさ、魔力流しすぎてますって、あつい、あついあついあっつい!」
「ゴ、ゴメン。」
まず初日では、ベリアルから流された大量の魔力を御しれずに悲鳴を上げた。
そうだよね。ベリアルと私のMP量は天と地の差ぐらいあるからね。
魔力の器も、一度に流せる量も違うんだから、普通にやろうとしたらこうなるよ。
魔力って、過剰に流されるとすっごい熱いんだ。知らなかったよそんなこと。
ただ、流石ベリアルというべきか、一度目の失敗の後は此方が過剰に熱がらない程度の微小の魔力を流すという繊細な魔力操作を行ってくれた。
まあそれも私がちょっとでも魔力操作を怠ったらすぐに手のひらが熱くなるぐらいの量で、最初は何度も何度も熱い思いをすることになった。
ベリアル、結構スパルタだよね。覚えやすいんだけどさ。
更にベリアルは同時進行でレジェンドウルブスの特訓もしている。
人間の私に合わせたトレーニングでこれほどキツいのなら、レジェンドウルブスへの指導はこれ以上だろう。
そんなトレーニングを行った後は当然疲労でクタクタだ。
次の日の朝は筋肉痛でベッドから上がれなかった。
それでもトレーニングと仕事はあるのでなんとか起き上がってマイホームから出た。
トレーニングを始めると決めたものの効果が出るのか不安だったけど、ステータスを見たら毎日能力値がちょっと上がっていたので、ちゃんと効果はあるようだ。
トレーニングがあるのは午後で、午前はずっとダンジョン経営のお仕事。
二日目以降からはトレーニングに向かう時には魔物達にエールらしき言葉や、水の差し入れを渡されるようになった。
シルキーズなんてトレーニング中にフルーツゼリーやプリンの差し入れを持ってきてくれるほどだ。
本当にありがたい。
そしてトレーニングを始めて5日目の今日、魔法トレーニングのメニューが変更された。
「コレカラ、マホウ、オシエル。」
「まだ、早すぎません…?」
「アイネス**、ハ、ノミコミ、ガ、ハヤイ。ダカラ、ダイジョウブ。」
「はぁ…。」
この短期間で魔法の実戦練習が出来るようになった。
私の考えではもっと先になると思っていたのだけど、始めて5日でもう実践練習が出来るようになるまでになるとは、ちょっと異常だ。
ラノベでは異世界転移者特典として、普通よりスキルの習得が早いなんてのもあるから、多分それのお陰?異世界転移者って都合良いな。
まあ、早く上達するに越したことはない。
「アイネス**、オシエ、ヤスク、スル、タメ、ニ、ツウヤク、ヲ。」
「あ、はい。<オペレーター>さん。ベリアルさんの言葉が分かるようにしてください。」
『了。<オペレーター>による通訳作業を開始します。』
私はベリアルに頼まれた通り、<オペレーター>に頼んで通訳作業を行ってもらう。
これでベリアルの言葉は分かるようになった。
『では、アイネス様。これから魔法を教えていきます。まず、魔法を使う方法として主に2種類の方法がありますので、その2つを教えます。それぞれの方法によってメリットとデメリットがありますので、よく覚えてください。』
「よろしくおねがいします。」
<オペレーター>が通訳作業が出来るおかげで、コミュニケーションが本当にやりやすくなった。
知らなかった頃ではこんな風に教えてもらうことも出来なかっただろうから、これは本当に有り難い。
『1つ目は呪文によって魔法を使う方法…。これは人間が主に活用している方法です。決められた呪文を唱える事で使用者のイメージした魔法を使う事が出来ます。こんな風に…<ファイア>。』
ベリアルがその呪文を唱えると、ベリアルの指先から小さな炎が現れる。
ダンジョン戦争ではモニター越しに見ることが出来たけど、実際に魔法を使う姿を見ると本当にファンタジーの世界に来たんだなぁって実感する。
ベリアルはそのまま説明を続ける。
『呪文を唱える方法は魔法を使う者としては簡単です。この方法の良い所はその簡略さと消費魔力量の少なさ、それに呪文によって消費魔力量を一定化されているため連続での使用がしやすい点にあります。しかし、呪文によって消費魔力量を一定に定められてる分、魔法の威力も決められてしまっています。そこが呪文を用いた方法のデメリットですね。』
「殆ど定型化されちゃってるんですね…。イメージと違う呪文を唱えた場合、どうなりますか?」
『唱えた呪文の魔法が発動されます。しかし、イメージと違うため、より威力が減ってしまいます。見ててください…、<ファイア>』
先程と同じ呪文をベリアルが唱えると、ベリアルの指先に先程よりも小さい炎が現れる。
なるほど、こうなるのか。
『アイネス様にはまず、この方法での魔法の練習を行ってもらいます。ある程度スキルレベルが上がれば、2つ目の方法での魔法発動を試みてもらいます。』
「2つ目の方法ってどういうものなんですか?」
『2つ目の方法は魔法陣を構成する方法です。この方法は私のような悪魔やウィッチといった魔法に長けた魔物が主に活用する方法です。』
「人間の私にも使えますかねそれ?」
『魔法の才を持つ者でしたら、人間でもこの方法は活用可能です。アイネス様は飲み込みが良いので、きっとこの方法も出来るかと思われます。』
ベリアル、私のことをちょっと過大評価し過ぎではないだろうか?
他の異世界転移者ならまだしも、私のステータスは新入り冒険者並ですからね?
ただちょっと飲み込みが早いだけだ。
『この方法は呪文を用いた方法とは違い、自分の魔力で魔法陣を描く事で発動することが出来ます。魔法陣を構成する際に消費した魔力によって発動した魔法の威力が変わります。やはり魔法陣を構成するために魔力を使うため1つ目に比べて魔力の消費量は多くより高度な魔法ほど魔法陣の構成に時間がかかります。更に、少しでも魔法陣の構成を間違えれば魔法が発動しないというデメリットがあります。』
「かなり難しい魔法の使い方なんですね。」
『しかし、その分威力は1つ目の方法よりも大きく、発動する時間や範囲を決められるという自由度があります。今から先程と同じ魔法を、魔法陣の構成による方法で発動してみます。』
そうベリアルが言うと、ベリアルの指先に魔法陣が構成されていく。
魔法陣が完成したその瞬間、ベリアルの指先から一回目よりも桁違いの大きさの炎が天井に向かって吹き上がった。
私はその勢いにギョッと驚いてしまう。
ベリアルはにっこりと微笑んだ後、私に話した。
『このように、初級魔法でも魔力を少し多めに込めれば、これほどの威力が出ます。』
「少し?少しなんですかこれ?」
『ただ、人間が使用するのであれば魔法陣の構成を全て記憶しなければいけません。魔法陣の構成を一つ間違えると発動しないため、そこが難しい所かと。魔法陣の簡略化が出来れば、それに越した事はないのですがね。』
ベリアルは顎に手を乗せ、そう告げた。
私は先程の魔法に衝撃を覚えつつも、ある事を思いついた。
私はベリアルに話しかけてみる。
「ベリアルさん、一つ質問良いですか?」
『?何でしょうか?』
「魔力って、物にも込める事が出来ます?魔法を込めるのではなく、ずっとやっていたトレーニングのように魔力を流し込む感じで。」
『ふむ…、可能ですよ。ただ、それが何か?』
「いや、予め魔法陣を紙で書いておいて、その紙に魔力を流したら魔法を発動なんて真似はしないのかなーと思いまして。あるラノベであったんですよ、紙に魔法陣を描いてそれに魔力を流して魔法陣を発動させるっていう……。」
そこまで言った時、私はハッとなった。
ベリアルが私の話を聞くにつれ、段々と悪い笑顔を浮かべている。
それは、エルミーヌさんのアレルギーの説明の際に私がエルミーヌ毒殺未遂疑惑を言った時と同じよう…。
ベリアルはすっと先程と同じ気品あふれる貴族スマイルに戻ると、深々と私に頭を下げていった。
『それはとても良いアイディアでございます。今までそのような事を考えた事がありませんでした。』
「あ、嘘です嘘です。冗談です。ただの戯言ですので気にしないでください。」
『早速試してみましょう。描く物とペンでしたら、此処にホワイトボードがありますから。』
「聞いて~~?」
そうして、ベリアルはコミュニケーション用のホワイトボードとペンを手に取ると、サラサラと魔法陣を描き始める。
そして描き終えると、ホワイトボードを上に向けてホワイトボードに描かれた魔法陣に魔力を流した。
すると、先程ベリアルが行ったように魔法陣から炎が吹き出す。
その光景を見て、更に笑みを深めるベリアルに対し、私は顔を手で覆った。
『この方法でしたら通常の方法よりも構成時間が短い…それに、消費する魔力量も少々削る事が出来る。流石はアイネス様、その革新的な発想力に尊敬の念を隠せません。』
「やらかしたぁ…。<魔法付与>なんてスキルがあるからそんな方法もあるなんて思っていたのに…」
私は自分の軽率な発言に後悔する。
しかし、後悔先に立たず。
私はこの日、魔術師界の常識を一つ塗り替える事を仕出かしてしまったのだった…。




