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魂より、欲

「では、最後の仕事について説明してやろう!貴様ら付いてくるが良い!」

「イグニさーん、あともう少し声を落として!」

「ぬぅ!」

「いい加減懲りろ。」


マリアに声の大きさを注意され肩を落としながらも、イグニレウスは新入り達を先導する。

やって来た先は、シルキーズの仕事場である厨房。

シルキーズ達と数体のスライムは、既に昼食の用意を始めていた。


「最後の仕事は、居住スペース内の管理だ!ダンジョンの者の食事の用意にダンジョン内の掃除など、生活するにあたって重要な事を任されている。シルキーのシシリーとルーシーにオークのトン吉、それにスライム数体によって担当しているぞ!」

「オークも此方なのか?」

「奴は妨害役もしているが、基本は居住スペースの管理をしていることが多いな。食材や倉庫にある物の数のチェックを任されている。」

「あ、イグニレウス様!新人研修ですか?」

「おう、シシリーよ!うむ、そうだ!貴様らは食事の用意か?」

「はい、今日の昼食は『みーとすぱげってぃ』ですよ♪フォレス様のものにはちゃんとゴボウで代用した物をお出しするつもりです!」

「『みーとすぱげってぃ』か!良いなそれは!」


イグニレウスが新人たちに説明をしていると、シシリーがイグニレウス達に気が付いて彼らに声を掛けてきた。

シシリーが声を掛けた事でルーシーやスライム達もイグニレウス達に気がつく。


「イグニレウス様、研修お疲れ様です。」

「ルーシーも頑張っているようだな!」

「労いの言葉を言ってもおやつは差し上げませんよ。」

「ぐぅっ!ま、まさかそんなおやつを貰うためだけに言ったわけでは…」

「それは良かった。なにせ、近頃何処かの誰か様達が夜間に此方に無断で“おやつ”を食べるため、朝になって使おうと思っていた食材が足りなかったりすることがあるので。」

「そ、それはなんと迷惑な輩もいたものだな!全くもってけしからん!」

「ええ本当、もしも実際に見かけましたら、その方には私共の“おやつ”になってもらいたい限りです。」

「氷のアイス、また作れますかね♪」

「む、むむむむ…!」


凍りつくような視線をイグニレウスに浴びせながら、ミートハンマーを手に取りパシパシと叩くルーシーに、つまみ食いと盗み食いの常習犯であるイグニレウスは冷や汗を流し目をそらす。

食堂の調理場に置かれているお菓子や食べ物は、アイネスが<ネットショッピング>で注文した地球の食べ物のため、味はどれも格別だ。

それ故か、イグニレウスのような大食らいの魔物は夜中にこっそりとシルキーズ達に黙って勝手に食べてしまう事が多いのだ。

そのせいで朝食の時にパンが足りなかったり、次の日のおやつに出そうと思っていた物が無くなっていたりと翌日に問題になることが多く、シルキーズは内心つまみ食いする魔物達に腹を立てているのである。

トン吉からアリアがどのようにして倒されたかを聞いているイグニレウスは、彼女達を怒らせてはいけない者認定している。


そんな二人の様子を横目に、シシリーは新入り達に笑顔で尋ねた。


「あ、そういえば!新入りさんの中で本に興味のある方かお酒の知識がある方はいますか?」

「本と、酒?」

「なんでそのツーチョイス?」

「実はアイネス様が新しく居住スペースに酒場と図書室をこのダンジョンに増築したんです!」

「なにっ、酒場だと!?」

「ほう…図書室か…。」


明るく答えたシシリーの言葉にマサムネとタンザが興味を示した。

シシリーはそのまま話を続ける。


「図書室って、アイネス姉ちゃんがいっぱい出した本のあるとこだよな?」

「酒場と図書室の管理する者を居住スペースの管理を行うわたし達が決めても良いと言われているんです。それで新人の方が興味あれば、誰かに任せてしまおうと思ってるんですよ。誰かやってみたい方は…」

「「我(俺)がやろう(やる)」」


シシリーの言葉を言い終わらない内に、タンザとマサムネが挙手をして声を上げた。


「酒の知識だったらエルダードワーフのオレに適う者はいねえさ。酒場はオレが管理してやるよ。」

「図書室の管理というと、本の手入れや、本の整頓などといった仕事もあるのだろう。我は妨害役にするには戦闘能力が高すぎるし、裏方も、我のような者が入れば元からいる者は混乱する。かといって新入りである我が指揮に入る事も出来ぬ。故に此処では図書室の管理人を徹しようか。」

「うーん、そうですか…。」


シシリーに詰め寄り、必死に自分を売り込むタンザとマサムネ。

そんな大人二人の姿に、ウーノ達はヒソヒソと話し始める。


「なぁ、なんでマサムネのおっさんとタンザ兄ちゃんは急に声を上げたんだ?さっきまではあんま興味無さそうだったのに。」

「酒場や図書室の管理をしていれば好きな時にお酒を飲めるし本も読めるようになるから、その仕事を任されたくてたまらないんじゃないか?」

「理由がなんかずるーい…」

「うるせぇガキンチョ!大人っていうのはな、こういうずるい生き物なんだよ。オレはオレの為になる行動をするまでだ!」

「開き直った!」

「ゲスいね。」

「サイテー!」


子供達のブーイングが飛ぶ中、先程までイグニレウスに冷淡な視線を浴びせていたルーシーが会話に参加してきた。


「シシリー、あまり簡単に配属を決めては行けないですわ。彼らは、まだ研修中ですから。」

「ルーシー…そうですね。図書室と酒場の管理を任せるかどうかは研修での様子を見てから考えないと駄目ですね。お二人より適任の方もいるかもしれませんし…。」

「そりゃねぇぜ、姉ちゃんら!」

「我以上の適任者がいるとは思わぬのだが?」

「最終的に誰がどの仕事をするかを決めるのはアイネス様ですから♡」

「それに、新設されたのは酒場や図書室だけではありません。武器や鉄製品を作るための鍛冶場や楽器の演奏練習を行う為のスタジオ、物作りを趣味にしている者達の為の工作室などもあります。特にマサムネさんには鍛冶場の管理も頼みたかったですし。」

「ぐっ、鍛冶場か…。確かに鍛冶場の管理も捨てがてぇ…だが、しかし!」


自身の本来の仕事場である鍛冶場の管理もあると聞いたマサムネは一瞬意志が揺らぐ。

ドワーフにとって鍛冶場は自身の魂の在処と言っても良い。

それはエルダードワーフであるマサムネも同じことだ。

しかしマサムネは、すぐにキリッとした表情に戻りシルキーズ達に言った。


「オレは、自分の欲しい物を貫き通してやるぜ!」

「そんな物欲、貫き通さないでください。」

「お酒も程々にしてくださいね。」


真剣な表情で言ったマサムネにシルキーズは冷静にツッコミを入れる。

新人達はマサムネとシルキーズのやり取りを呆れた表情で遠目に見ていた。

そこで、ルーシーに叱られて落ち込んでいるイグニレウスにタンザが尋ねてきた。


「イグニレウス殿。」

「む、なんだ?何か質問か?」

「図書室の管理を任せられるようになる為に必要な能力や技術はあるだろうか?研修が終わるまでに身に着けておけば配属される可能性が高いだろう。」

「おおっ、その手があったか!」


タンザが尋ねる様子を見てハッとなるマサムネ。

イグニレウスは顎に手を添えて唸りながら言う。


「図書室の管理か…。図書室ならば、アイネスの言語をそこそこ覚えるべきではないか?あの部屋にある本は全てアイネスのいた場所の言語だろうからな。」

「それと整理整頓が得意な方でないと駄目でしょうね。本の内容や位置は配属後に覚えていけば良いかもしれませんが、本が乱雑に置かれているのを放置するのはいただけませんから。」

「言語能力と整理整頓か…分かった。仕事が決まるまでに覚えておくとしよう。」

「そこまでして図書館の管理者になりたいのか…」

「その貪欲な知識欲にむしろ尊敬してくるニャ」


うんうんと頷くタンザに、他の新入り達はその知識欲に苦笑を浮かべる。

タンザに便乗するように、マサムネが声を上げる。


「酒場の管理は?酒場の管理者になるにはどうすれば良い?」

「酒場の管理ですと…酒の知識は勿論、掃除と料理がそこそこ出来ないと駄目じゃないですかね?」

「掃除と料理だな!おっしゃ、やってやる!」


酒場の管理を任される為に必要な技能を聞いて、マサムネは意気込みを入れる。

そこに、チワワのコボルトであるトレニアが手を上げてシルキー達に尋ねる。


「シルキー殿、掃除は分かるのでございますが、何故酒を飲む場の管理で料理も出来ないと駄目なのでございますか?」

「元々酒場を作る事を決めた理由は、夜間に多発するつまみ食いを防止する為でもあるんです。」

「最近、アイネス様の提供する食事やおやつがあまりにも美味しすぎることが理由で夜間に食堂から無断でおやつや食材を持っていってしまう方がいまして…。」

「ギクゥッ!」

「それで、夜食を食べられるもう一つの食堂を作る事になったそうなんです。普段の食事のための場所とは別に間食する場を作れば、朝になって食材が足りないなんて問題が無くなりますからね。酒場になったのはつまみ食いの問題とは別にお酒好きな方々がお酒を飲む場所が欲しいという声が上がっていたからですね。」

「それで酒場の管理者には、夜食や晩酌用のおつまみを作ってもらおうかと。」

「なるほど、そういう事でございますか!それなら納得でございます!」

「因みに酒場の管理者…バーテンダーが決まったら、この食堂での無断なつまみ食いは全面禁止になりますよー♪」

「破った方にはもれなく、翌日のおやつは『アオジル』になります。」

「げぇっ!!」


青汁という言葉を聞いて、イグニレウスは嫌な顔を浮かべた。

一度エルミーヌのアレルギー問題の時に飲んだ事があるが、野菜嫌いのイグニレウスにはとても飲めた代物ではなかった。

アイネスの所有するカメラを仕掛けられれば、つまみ食いもすぐにバレてしまうだろう。

それを知っているイグニレウスは、酒場が正式に活動出来るようになるまで、夜中の盗み食いは止めておこうと考えるのだった。


「そう言えば、アイネスちゃんは何処にいるんだい?此処までずっと姿が見えないけれど。」

「そういえば、先程の部屋にもいませんでしたなぁ。」

「ベリアル殿やフォレス殿も見かけないでございますよ!」

「ああ、アイネス様達ですか?」

「アイネス様でしたら、ベリアル様とフォレス様と共に実験をしている所ですよ。」

「「「「「実験?」」」」」


首を傾げる新入り達に対し、シルキーズはクスクスと笑うだけだった。




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