お仕事の説明会
「今日はこのダンジョンでやっていくための研修を行うぞ!一通りの仕事内容と、居住スペースに存在する説明を行った後、仕事を割り振って実際に2時間ほど仕事を行ってもらう。聞き漏らすでないぞ!」
ダンジョン戦争があった日の翌日、朝食の後に集められた新入り魔物達にイグニレウスはそう告げた。
レジェンドウルブス達新入り魔物達はイグニレウスの言葉に顔を見合わせる。
その中で、一人マサムネが手を上げてイグニレウスに話しかける。
「なあ、その前に質問良いか?」
「構わぬぞ!何でも言うが良い!」
「言葉が分からねぇ嬢ちゃんが研修出来ねえっていうのはまあ分かるんだが、新入りの研修を行うのはベリアルの兄ちゃんじゃねぇのか?」
「…確かにこのダンジョンが始まってすぐの頃はあの陰険蝙蝠がこの新人研修を請け負っていた。が、最近になってアイネスに言って担当を変えさせた」
「変えさせた?」
イグニレウスの回答に、首を傾げる新入り魔物たち。
イグニレウスは大きなため息をついた後、語り始めた。
「貴様らも分かるだろうが、彼奴はアイネスを崇拝している。見ている俺様達が引くほどにな。」
「…まあ、それは何となく分かる。嬢ちゃんに向ける顔と嬢ちゃんが居ない時に見せる顔が全然違うからな。」
「そうだ、そこなのだ!彼奴はアイネスの前では紳士ぶるが、アイネスが居ない時は陰険で陰湿で口が悪く、そして面倒なのだ!」
イグニレウスは苛立たしげに、気迫を全面に出して言う。
「研修中細かいミスをチクチクチクチク言い寄るわ、嫌味や皮肉は酷いわ、ホイホイ<威圧>で牽制はするわ、散々だったのだ!何が嫌って、奴は決して此方が非のない事では嫌味を言わぬ!ただ只管に此方のミスを指摘してネチネチと言うのだ!今思い出しても腹が立つ!」
「う、うわぁ…それ地味にキチーやつ…」
「ミスを起こした時ってだけなのが余計厄介だな…」
「それもあってこのダンジョンの仕事はすぐに覚えたが、如何せん腹が立つのだ!新入りの研修時にアイネスに付いていてもらっていた時期もあるが、それではアイネスに声が掛けられぬし、奴はいつの間にかアイネスが言葉を分からないのを利用して笑顔のままネチネチ嫌味を言う技術なんぞ身につけおったのだ!こうなると、アイネスでは奴の鬼畜研修は止められぬ。故に俺様が研修を引き受ける他ないのだ。」
「因みにベリアルさんの研修ってどのくらい厳しいんですか…?」
「昨日、奴とバスケやバドミントンをした者がいるだろう。あれの10倍はキツい!」
「それ滅茶苦茶キビシーって事じゃん!!!」
「そんなベルっさんから音楽指導を受けるって、俺ら、終わった臭くね?」
「ヤバヤバの極み~…」
「そっか、キミ達は演奏を教えてもらうことになってるんだったね…」
昨日、アイネスがスケルトン達と新施設の工事を行っている間、ベリアルはスポーツ対決であろうと新入り魔物たち相手に容赦のない言葉を浴びせ、圧勝していた。
それ以上に厳しいというベリアルの研修に、一番に反応したのはその彼から音楽指導を受けることになっているレジェンドウルブスだった。
新入り達は、全員レジェンドウルブスに同情の視線を浴びせる。
「頑張って生きろ、レジェンドウルブス!」
「安心しろ、骨は拾ってやんよ。」
「武運を祈る」
「まさかのデッドオアアライブオンリー!?」
「安心しろ。奴は悪魔といえど、流石に己の仲間の魔物に手を掛ける程畜生ではないはずだ……多分。」
「多分!?!」
周囲からの全く嬉しくない声援を浴びながら近い未来に行われる音楽指導に頭を抱えるレジェンドウルブス。
そんな彼らを見て、他の新入り魔物たちは思った。
(この研修の担当じゃなくて良かった…。)
誰だって他人の身よりも自分の身の方が心配なのだった。
イグニレウスは一つ咳払いをした後、機嫌良さげに新入り魔物たちに言う。
「話を本題に戻すぞ。これから俺様がこのダンジョンの仕事を説明してやろう!付いてくるが良い!」
「なんかイグニー機嫌よくね?つかノリノリじゃね?」
「研修の担当を一度やってみたかったのだろうな…。」
そんな事を話ながら、新入り魔物たちはイグニレウスの先導についていく。
最初にやって来た場所はモニタールーム。
そこではスケルトン達がそれぞれの扉のルートの様子が映し出されたモニターを前に何かを操作している。
彼らの後ろで通信機を片手に指示を出しているマリアだ。
「赤ルート01番、冒険者が3人入ったよ♪赤ルート01番のワイトは持ち場に待機してね!」
『此方黄ルート02番担当のラク。冒険者1名が橋を渡り向こう岸へ到着。』
「了解!スケくん、黄ルート02番の橋を渡れないようにして。」
「カタカタ…♪」
『…♪』
「あ、青ルート04番の清掃が終わった?じゃあルーくん扉を開放して良いよ!」
マリアの指示で手元のスイッチやレバーを操作するスケルトン達の異様な様子に呆気に取られる新入り魔物たち。
こんな光景は、タケルのダンジョンでは見られなかったのだから仕方がない。
イグニレウスは新入り魔物達に話す。
「このダンジョンの通常業務は主に4つに分かれていて、それぞれどの仕事をどの魔物が担当するかが決まっている。複数の役割を持つ者もいるが、基本的には1つの役割に徹底している。」
「そうなのでございますか?前のダンジョンではそんな仕事の分け方はされていなかったのでございます。」
「アイネス曰く、魔物によって得意な事と不得意な事が分かれているから分けた方が効率が良いのだそうだ。実際、このやり方は中々持ってやりやすいぞ。一つの役割に集中することが出来るし、それぞれの得意分野が活かしやすいのだ!」
「ほう…。良くそんな事を知っていたな。」
「確か、親戚から聞いたと言っていたな。奴の身内には『あいてぃーえんじにあ』と『くろまどうし』という職業を持つ者がいるのだそうだからな。人を使う事に長けた者が居てもおかしくはないだろう。」
「『あいてぃーえんじにあ』?『くろまどうし』?なんスかそれ。」
「俺様もよく分からぬ。アイネスに聞いてみたが、あまり詳しい事は教えてもらえなかったからな。」
「人間には、なんとも変わった職業の奴がいるんだニャ…。」
アイネスの元いた世界に存在するという、アイネスの身内の謎の職業に首を傾げる面々。
イグニレウスは話題にそれてしまった話題を軌道修正し、新入り達に仕事の説明を始める。
「1つ目は妨害役。このダンジョンに訪れた侵入者共の戦闘、驚かせる係を担当している。ワイトやウルフ、それにアラクネがその担当だ。これは貴様らの元のダンジョンでもあったから分かるだろう?」
「ワイトやウルフは偶に映像に映っているから分かるが、アラクネたちの姿が見えないな。」
「アラクネ達は黄ルートの妨害役で、ウルフやワイト達とは違った方法で冒険者達を妨害しているのだ。あの映像を見てみろ。上空から虫が台に触れている冒険者目掛けて落とされているだろう?」
「あっ、本当だ…。」
「あれがアラクネの一人が行っている妨害工作の一つよ。たまに虫だけでなく、スライムの粘液も落とすぞ。」
「地味に嫌な妨害工作だな…」
ダンジョン攻略中に上からヌルヌルと気色悪い感触をもったスライムの粘液を被せられるとは、その冒険者はさぞ嫌な気分になるだろう。
新入り魔物達は、自分は絶対に受けたくないと思い、苦笑した。
「2つ目は裏方。ここ、ダンジョンの改装工事やダンジョン内で気を失った者の移送、モニタールームにて侵入者達の様子を伺いながら仕掛けを動かす役割などを担っている。スケルトンやスライムがそうだ。」
「要は、非戦闘要員ということか。オレぁ戦闘なんて得意でも何でもねぇし、そっちの仕事になりそうだな。」
「なぁ、イグニ兄ちゃん!」
そこで、大人たちと一緒に話を聞いていた子供コボルト、ウーノが手を上げてイグニレウスに話しかけてきた。
イグニレウスは子供であるウーノにも大人達と変わりない態度で応える。
「何か質問か?」
「その「うらかた」ってやつは侵入者達と戦闘はしねーの?」
「フハハハハ!良い質問だな、小童よ!褒めてやろう!」
「小僧じゃねーもん!俺にはウーノって、アイネス姉ちゃんから付けられた名前があんだからな!」
「ウーノだな。ではウーノよ、その質問に答えてやろう。裏方の者は基本、直接戦闘になることは殆どない。しかし、戦闘をする者と同じぐらい重要な役割を持っている。あのモニターを見てみろ。」
イグニレウスが指を指した方向を見てみれば、そのモニターには非常食のスープを食べているスケルトンがいた。
「あっ、アイツだけメシ食ってる!ズリー!」
「なんだありゃ、サボッってんのか?」
「いいや?あのスケルトンはきちんと己の仕事を行っている。」
「あれで…?」
「此処で俺様からの問題だ。あのスケルトンが食している物は、このダンジョンの宝箱に入れているダンジョンアイテムでもある。あやつは何故彼処でそれを食していると思う?」
イグニレウスの質問に、新入り達は頭を使って考える。
タンザは即座にその問題の答えが分かったものの、他の皆が分かるようになるまで見守る。
その時、食事をしているスケルトンの近くを冒険者達が通り、食事をしているスケルトンを見つけた。
冒険者達はダンジョンで食事を取るスケルトンに困惑し、そのスケルトンを見ている。
その様子を見たトリーが、ある答えを思いついた。
「…!もしかして、侵入者達にあのダンジョンアイテムが美味しい食べ物だって見せるため?」
「その通り!よく分かったな、小娘!」
「トリーだよ!」
「トリーだな。トリーの言う通り、あのスケルトンの仕事は侵入者達にあの食い物が安全であると見せつける事なのだ。あのように冒険者たちに見つかりやすい場所で食べ、冒険者達にわざとその姿を見せるのだ。そうすれば冒険者達は今後宝箱にあの食べ物を見つけた時、謎のダンジョンアイテムではなく食い物だと認識する。誰にも文句を言われる事なく上手いメシを食えるから、このダンジョンで最も人気のある役割よ!」
「えー、良いなー!」
「俺もやりたーい!」
イグニレウスの説明を聞いて、興奮するウーノとトリー。
他の魔物達もその説明を聞いて、ウーノ達程分かりやすくはないものの、裏方の仕事に興味を示した。
その時、先程まで指示出しをしていたマリアが会話に参加し、イグニレウスの説明に追加の説明を行う。
「ただ、あまりに人気すぎるから裏方の仕事でもこの役目だけは交代制なんだよ。たまに妨害役の魔物も任されたりするけど、基本的に裏方の人が任されてるの。あとは冒険者たちに襲われる可能性もあるから、そこそこ足が早くないと危ないよ。」
「む、マリア。聞いていたのか。」
「そりゃあ、イグニさん声大きいもん。聞こえるよ。」
「なーなー、マリア姉ちゃんも裏方の仕事してんのか?」
「あたし?あたしは違うよ。あたしは裏方じゃなくて、全体指揮がお仕事♡」
「全体指揮?」
マリアの言葉に首をかしげるウーノ。
そんなウーノにイグニレウスが説明する。
「俺様やマリア、フォレスに陰険蝙蝠は3つ目の仕事、チーフを担当している。俺様達の仕事は裏方と妨害役の魔物たち全体に指示を出すことや、アイネスが出来ない仕事を請け負うのが俺様達の仕事よ。」
「細かい指示出しとか、他のダンジョンマスターや外からの来客への対応とかもするんだよ!あたし達みたいな他の魔物より抜きん出て強い魔物や、頭の良い魔物が任されてるよ。」
「あとはダンジョン戦争では、マリアは防衛側での主な戦略を任されていたりもしたな。」
「え、あの地獄みたいなの、マリっぴが考えたん?」
「基本の構造はアイネスちゃん任せだけど、幹部たち対策の罠とか細かい所はあたしがアーシラちゃん達と考えたの!とっても楽しかったよ!」
「あ、アハハ…マジっすか…。」
ダンジョン戦争で攻略部隊に配属させられていたレジェンドウルブスは、ショッキングな罠を考えたマリアの可愛く笑う姿に軽く恐怖した。
そんな彼らの横で、ツヴァイがイグニに声を掛けた。
「ねぇ、イグニ兄さん。」
「なんだ、小童。」
「僕はツヴァイだよ。」
「分かっているわ!一々細かいなツヴァイ達は!」
「僕でも、頑張ればチーフになれる?」
「ツヴァイ?!な、何を…。」
「ほほう、チーフとは大きく出たな。理由を聞いても良いか?」
イグニレウスが不敵な笑みを浮かべてツヴァイに尋ねると、ツヴァイは真剣な表情でイグニレウスに目を逸らす事なく話し始める。
「…僕達コボルトは前のダンジョンマスターに酷い扱いをされていた。皆、酷い扱いを受けていたのは全部あの人のせいだって言うけど、僕はそれ以外にも、僕ら自身に理由があったと思うんだ。」
「なるほど、ではどういった理由だ?」
「僕たちコボルトは、他の魔物達と比べたら弱い種族の魔物だ。魔力も力も知能も秀でた能力はなくて、これといって目立つ何かがない。だからあのダンジョンマスターはコボルトを使い勝手の悪い魔物として認識したんだと思う。それは僕たちも同じで、あの環境から抜け出す事を何かをする前から諦めて、ただあの人に従ってた。だからずっと、扱いは変わらなかった」
「何も出来なかった、ではなく、何もしなかった、と考えるか。」
「誰かが何か行動に起こしていたら、きっと何かが変わってたんじゃないかなって思うんだ。もしかしたらより酷い扱いを受けることになったかもしれないけど、改善する可能性だってあった。僕たち子供も、大人達に庇われるだけじゃなくて、何か出来ることがあったかもしれない。それなのに何もしなかったのは、僕らの落ち度だ。だからこのダンジョンでは、そんな間違いが起きないようにしたい。」
「ツヴァイ…お主は、そのような事を考えておったのか…」
ツヴァイの子供らしからぬ言葉を聞いて、フクは泣きそうになる。
まさかまだ幼いはずのツヴァイが大人たちが虐げられる姿を見てそんな事を思っているとは思わなかった。
ツヴァイの後ろで、ジャスパーは顔を俯けツヴァイから目を逸らした。
だけどツヴァイは、変わらずイグニレウスの方を向いて話す。
「そのためにはまず、なにかしらの役職を任されるように頑張りたいんだ。それで、僕でもチーフになれる?」
「なれない、と言われたらどうするのだ?」
「なれるって言われるようになるまで強くなる。」
「それでも無理だと言われたら?」
「アイネス姉さんに直接頼み込む。そうしたら多分何かしてくれるかもしれないから。」
「よく分かっているな。アイネスならそうするだろう。」
イグニレウスはツヴァイの言葉にニヤリと笑うと、ツヴァイの頭をグリグリと撫で始めた。
「ちょ、ちょっと…!」
「貴様の考えは分かった。子供にしてはかなり達観した考えを持っている。しかし、普通のダンジョンマスターなら貴様の問いにノーと答え、こう言うだろう。“コボルトごときが何を言っているんだ”とな。」
「…分かってるよ。魔物たちの間では弱肉強食がモットー。弱い種族だったらずっと弱いと侮られたままだって事は。」
「だが、貴様は運が良い。アイネスは普通のダンジョンマスターとは違う。ノーマル級魔物であろうと強者相手にも怖気づかない者だったら役職を与えられるし、実力があると認められれば強者よりも高い地位に成り上がる事が出来る。」
イグニレウスはそっとツヴァイの頭から手を離すと、イグニレウスは新入り魔物達に尋ねた。
「貴様ら、面接を受ける際に一匹のゴブリンから案内をされたであろう?」
「あ、ああ、いたな。確か、ゴブローだったか?」
「それがどうかしたのだ?」
「あのゴブリンがこのダンジョンの実質No.2だ。このダンジョンに於いて、彼奴は俺様や陰険蝙蝠よりも高い信頼をアイネスから得ている。」
「「「「「「「ええ!?!」」」」」」」
「そういえばイグニさんとベリアルさんって、ゴブローくんに一度負けた事があるんだっけ?」
「ああそうだ、バドミントンで、陰険蝙蝠と手を組んだにも関わらず、な。」
「あのゴブリンが…No.2…。」
「しかも、エンシェントサラマンダードラゴンとアークデビルロードを同時に相手にして勝利…」
「序列階級、イカれてね?」
自分たちの道案内していたゴブリンがダンジョンのNo.2。
それを聞いた新入り魔物達は、開いた口が塞がらなくなってしまう。
イグニレウスは更に続けた。
「ツヴァイ、まずは己の最も得意とする才能を見つけろ。」
「自分の最も得意とする才能を…見つける?」
「そしてその才能を磨くのだ。そうすればアイネスは、貴様が何も問わずともそなたに何かしらの役職を付けるだろう。幸い此処は、才能を見つけて伸ばす事には最適な環境だ!大人でも子供でも、誰であろうと成り上がるチャンスがある!己だけの力を見つけ、それから強くなれ!それが貴様の望む未来の最短ルートだ!」
「……うん。」
イグニレウスに撫でられた頭をそっと触れながら、ツヴァイは頷いた。
イグニレウスの高らかな笑い声が、大きく響いたのだった。
「イグニさーん、笑い声もっと落として!アーシラちゃんが煩いって怒ってる!」
「むぉっ!す、すまぬ…」
「ま、マジで種族は関係ねーんだな…。」
「す、すげー…」




