よく「ないなら作ればいい」とか聞きますけれど
朝、それは一日の始まりを教える時間。東から登る太陽の日差しがお布団の中にくるまっている生物を起こし、職を持つ人は己の戦場へと向かうための装備を纏って己のため、または愛する家族のために仕事という戦いに向かう。
私、コミュ障・出不精・無愛想の3重非リア要素を持った『引きこもり子』の小森瞳子は異世界転移初日にして【ダンジョンマスター】となった。
経営のけという文字も分からない私だけど、有能アシスタントスキルこと<オペレーター>が付いているのできっと大丈夫だろう、と思いたい。
そんな私の最初の仕事は、朝ごはんを用意することだった。
窓から差さる太陽の日差しを浴びて目が覚めた私は<ネットショッピング>で二人分の食器とフォークとスプーン、そしてフライパンといった調理道具に朝ごはん作りに必要な食材を注文した。
よく勘違いされるのだが、私は料理が出来る方だ。多分、イマドキの高校生にしては結構な料理上手だった方だと自負している。
私は兄弟のいない一人っ子のため母と父の3人暮らしなのだが、家族三人料理の好みが別々なのだ。例えば私は辛すぎたり甘すぎたりする食べ物が苦手なのだけど父は甘党で、母は逆に辛党だったりする。
そんな好みのバラバラな家族なので、食卓に乗っている食事のメニューが違う。
小学生卒業までは母がそれぞれの好みに合わせた食事を作っていたのだけど、私が中学に入ってからは自分の食事は自分で用意するようになった。
決して母の作る食事が嫌いだったわけではなく、ただ単純にそれぞれ違うメニューを三人分作るのは大変だろうという子供なりの気遣いだった。
元々凝り性だった私は某料理漫画で見た食事の再現に挑戦したり、父(40代後半、仕事はITエンジニア兼黒魔道士)のリクエストでデザートを作ったりした結果、家庭科の調理実習でクラスメイト達に引っ張りだこにされるぐらいには料理上手になった。
まあコミュ障だった私が同級生たちとワイワイ料理なんて出来るわけがなく、駄弁ってるだけで野菜のみじん切りすら出来ない女子と普段食べるだけで手際の悪い男子を睨み一つ浴びせてワンマンライブキッチンをしたのだが。
そういう訳で、私はそこそこ料理ができるのである。度々非リア女子ということで家事が出来ないと思われがちであるが、少なくともそこらのキャピキャピリア充女子よりは料理上手だ。
朝は軽い和食を食べると決めている私が作る異世界転移後初めての料理の献立は、おにぎり、味噌汁、卵焼きの3品だ。
もっと凝った物を作りたかったのだが、食事は手づかみが基本であろうゴブ郎くんに凝った料理は逆に食べづらいだろうと思っての判断だ。
土鍋の炊き方も知っているけれど、今は時短の為に炊飯器を使う。
<ネットショッピング>のお陰で本来なら学生の私には手が届かない家電もタダで購入し放題だ。バグっているけど便利だな、私のスキル。
調理音で目が覚めたのか、ゴブ郎くんも布団から姿を現した。なにか手伝いがしたいらしく、服の裾を引っ張って見つめてきたのでゴブ郎くんの布団を畳んで机を持ってくる事を頼んだ。事前に<ネットショッピング>でモバイルホワイトボードとマーカーを購入してそれに絵を描いて説明した為、ゴブ郎くんとの意思疎通に問題はない。良く海外に留学したはいいものの言葉が通じなくて馴染めない日本人の話を聞くけど、人間その気になれば言葉なんて使わなくても意思疎通は図れるものである。
朝食が完成したのでそれをゴブ郎くんと一緒に運び机で向かい合わせになって朝食を取りつつ、私は<オペレーター>に話し掛ける。
「<オペレーター>さん、おはようございます。朝早くからお尋ねしたい事があるんです」
『回答。おはようございます。ご用はなんですか?』
「私って昨日、ダンジョンマスターになったんですよね?だから午後にダンジョンマスターとしての仕事を教えてほしいのですが」
『了解。ダンジョン経営のチュートリアルをご所望ですね。準備ができた際はお声がけください』
<オペレーター>は朝早くから有能だ。前の世界にいた時に欲しかった。
朝食を食べ終え、ゴブ郎くんと一緒に食器を洗い終えた後、私はマイホームのベッドルームの中心に立っていた。
目的はそう、昨日調べられなかったスキルの効果の確認のためだ。
昨日使わなかったスキルは以下の3つだ。
<お出かけ>ユニークスキル【ホーム帰還】の付属スキル。玄関の扉から使用者の任意の場所に行くことが出来る。
<隠蔽 LV20> 対象の姿を隠蔽するスキル
<ガチャ>ガチャを引くことが出来るスキル。
<ホーム帰還>や<ネットショッピング>の件でスキルの説明を見るだけじゃあスキルの本質を理解できないということが分かった。これらのスキルも調べる必要がある。
まず調べたのは、私のスキルで唯一レベルがかなり高い<隠蔽>からだった。
今朝<オペレーター>に聞いて知ったのだが、この世界ではスキルには上限というものがあるらしい。そしてそのスキルレベルの上限はレベル10。だけど、私の持っている<隠蔽>のスキルレベルは20だ。
普通スキルレベルが上限を超える事は絶対ないらしいため、このスキルレベルは絶対に有り得ないのだとか。完全バグです。ありがとうございます。
試しにベッドルームに置いていた机に<隠蔽>を使ってみると、机はみるみる私の前から姿を消した。ゴブ郎くんにも全く見えないらしく、驚いた表情で机のあった場所をグルグルと回っていた。
その時に私が机のある場所に手をつこうとしたら、机に触れなかった。机が消えてしまったのかと慌ててスキルを解除すると、机は床をついている私の手の横に現れた。そして今度は私自身を対象にして<隠蔽>を使い、ゴブ郎くんにスキルが作動しているか確認してもらった。すると、ゴブ郎くんの目からは確かに私の姿が見えなくなったようで、慌てていた。
その実験の途中、ゴブ郎くんが私に触れようと手を伸ばしたのだけど、その時に私のいる方向とは別の方向に手を伸ばしたのだ。更に私の方からゴブ郎に触れても、ゴブ郎は触れられている事に気が付かなかった。
どうやらスキルレベル20の<隠蔽>は姿を隠すだけでなく、周囲の感覚も惑わす事が出来るらしい。上限突破スキルヤバいな。
次に試したのは称号【ダンジョンマスター】の付属スキル<ガチャ>だったけど、これは使うことが出来なかった。
スキル名を唱えたら確かにガチャの画面が表示されたのだけど、そのタイトルがまた個性的だった。
『DPポイントガチャ! 魅力的な魔物、アイテム、インテリアが勢揃い! 君だけのダンジョンを作っちゃおう!』
いや、これスマホのゲームアプリとかに良くあるガチャ画面でしょ。
画面があまりにハイテク過ぎるというか、地球の文化に染まりすぎてはいないだろうか?もしかしてダンジョンマスターって全員地球人なのだろうか?
などと思っていると、<オペレーター>が親切に教えてくれた。このスキルの表示の仕方はダンジョンマスターによって変わるそうだ。困惑して損をした。
タイトルを見るにDPポイントというものがないとガチャを回す事が出来ないと知り私はガチャ画面を閉じようとしたけれど、そこでタイトルの下に書かれた説明に気が付いた。
『※ダンジョン経営のチュートリアル後ならSSR確定ガチャが初回無料!』
どうやらダンジョン経営についての説明を受けた後ならガチャが回せるらしい。益々スマホゲームアプリっぽい。多分このスキルを考えた神様は地球のゲームアプリ好きだろう。
そういう事で私はスキル<ガチャ>の実証は後回しにして、確実に何かしら異常な要素がありそうな<ホーム帰還>の付属スキル、<お出かけ>だ。
正直このスキルが一番謎に満ちていた。説明を見る限り文字通りどこかへお出かけの出来るスキルらしいが、説明には『一体どこまでなら行けるのか』が全く記されていない。任意の場所に行けるというが、もしも私が望んだら地球まで戻れてしまうんじゃないだろうか?
また、任意の場所の座標を正確に設定しなければ地中やはるか空の上といった変な場所に出ることになる可能性だってある。
そんな可能性がある以上、このスキルを実証するのは少し緊張があった。
ゴブ郎くんには何があるか分からないため玄関から離れてもらい、私は玄関扉の前に立ち手をかざすとスキル名を唱えた
「<お出かけ>」
すると、玄関扉から『行き先を選択してください』記された入力画面が表示された。入力できる場所をタップすると、パソコン用キーボードが表示される。
なるほど、これで行きたい場所を入力すればいいのか。これなら座標を間違えて空高い場所に出る心配もなさそうだ。
私は少し考えた後、キーボードで前の世界に住んでいた時によくお菓子を買うために使っていたコンビニ、『アーソン』の名前を入力した。此方の世界の地名は知らないし、元の世界の学校に来るというのはなんか嫌だったからだ。
キーボードでコンビニの名前を打ち終えると、玄関扉から『カチャリ♪』という音が鳴った。その音に、私は目を丸くする。
「え、本当に繋がったの?」
此方の世界に来た時点で自力での元の世界に戻る事が不可能だと思っていたので、まさか繋がるとは思わなかった。異世界転移二日目にして地球に帰還出来るとか話の展開が早すぎる。これがラノベだったら速攻連載打ち切りだ。
私は扉のノブに手をかけて、恐る恐る扉を開けた。
そしてその先に広がる光景に再び驚かされた。
「…………マジで?」
アーソン特有の入店音に、レジの横に陳列された中華まん、冷凍庫沢山に詰められたコンビニスイーツの山。
私が通っていたアーソンの店内そのままだった。
「ほ、本当に地球に帰ることが出来てしまった……」
まさか本当にスキルの力だけで地球に帰る事が出来るとは思わなかった。<おでかけ>スキルどんだけチートなんだ。
あれ? 私が地球に帰ってこれたということは私の異世界転移生活はこれで終わりということだろうか。異世界転移から2日で地球帰還とは、異世界転移者の中で最短記録じゃないだろうか。
ここでラノベとかなら、こんな文章があるはずだ。
こうして小森瞳子の異世界転移生活は終了し、地球で幸せに暮らしたのであった。
完。
……ってなったら良かったんだけどそうは問屋が卸さなかった。
最初こそ元の世界に戻ってきたのかと思ったのだけど、窓の外を見た際にそうじゃないことに気が付いた。
私のよく通っていたアーソンの前は人気の多い大通りで、昼間は車が多く通るし歩行者も多い。だけど今私のいるアーソンの窓の外からは綺麗な青空が見えているのにも関わらず、歩行者も車も一切見えないのだ。
外に誰もいないのを不審に思ってアーソンの中を見て回ると、店内にもバックヤードにも他の客や店員もいないのだ。
これは流石におかしいと思い私は<オペレーター>にどういう事なのか尋ねてみると、こんな回答が返ってきた
『回答。この空間はスキル<お出かけ>の効果によって創造された異空間です』
「異空間?」
『肯定』
私がスキルを使ってアーソンに着くまでの一部始終を<オペレーター>が記録して解析した結果、<お出かけ>は転移系スキルに属する物だということが分かった。
本来であれば魔力消費を抑え使える物にするため、スキル保持者である私がこの世界で訪れた事のある場所しか行けないように設定してあるべきだった。
まあ考えてみれば当然だ。異世界間を転移するなんて神の所業を、魔力量がこの世界の村人並の私が出来るわけがないのだから。
けれどこのスキルには何故か『行き先を制限する』という効力が抜けていて、結果的に私が望む場所は何処にでも行けるような効果になってしまった。
つまりは『人に出来ない』事を、人の持つスキル自身が『出来る』と断言してしまったのである。人には絶対に出来ない事を出来るスキル、そんな世界規模の矛盾を持つスキルなのだ。
そんな世界規模の矛盾を正すためにスキルが働いた結果が、このアーソンそっくりの異空間だった。
空間内の内装から売っている物の配置まで丸々全てを私が選択した行き先からコピーして、異次元に存在するまっさらな空間にペーストし、そこを玄関扉に繋げる。
そうして出来たのがこの『誰も人が存在しないアーソンそっくりな建築物』だった。
因みに、異次元に空間を作って物を置くのは異世界転移もののラノベ愛読者なら誰でも知っている<アイテムボックス>と同じ原理らしい。規模が違いすぎる。
「えっと、簡単に言っちゃうとつまり~……このスキルもバグってるでオーケー?」
『肯定。なお、創造する行き先の範囲や体積によってそれを補うための相応の魔力を消費します。目的地に母校を選択していた場合、魔力切れによる意識不明に陥っていた可能性が高いです』
「えっ、マジで!?!」
実際にステータス画面を確認させてもらうと、私の魔力が半分以下にまで減っていた。小さなコンビニを選んでおいて良かったと過去の自分を褒めたくなった。
ひとまず今後は私の魔力量的に目的地の創造が難しい場合は<オペレーター>が警告するようになった。これで間違って変な行き先を設定して魔力切れで気絶する事はない。
なお、一度創造した空間はそのまま異次元に存在し続けるため、一度創造した場所は以降に目的地として選択しても魔力を消費しないらしい。うーん、強い。
それにしても、行けない場所を行けるようにするためにその場所自体を作ってしまうだなんて大層スケールの大きいミスの直し方だ。これならいっそ異世界間転移の方が楽なのではないだろうかと思ってしまう。
よくラノベで「ないなら作ってしまえばいい!」と言って日本文化の再現をする主人公を見たことはあるけれど、それを私の目の前で行われるとは思わなかった。むしろ内心無理だと思ってたくらいだ。
もしここに誰かがいたら「ちょっとこの子、ドライ過ぎでは?」と思われてしまうだろう。別に、私とて地球に戻れた訳でなかったという事実に落胆しなかった訳でもない。けれど、今すぐに帰りたいと泣き叫ぶほど私は地球にさほど未練はないのだ。
私はあくまで地球の文明…主にパソコンやゲームといった電子機器や漫画やアニメなどのサブカルチャーを手放してまで異世界転移をしたくないというだけで、地球自体にはあまり興味がない。
両親に別にべったりと執着する程の年頃でないし、コミュ障で現実での人間関係構築なんてクソ喰らえだと思っている私に親友と呼べる存在もいなければ恋人と言える存在もいない。
スキルによって地球の文明を逆輸入出来ると分かったためか、今の所現在の暮らしに不満はないのだ。
元の世界に戻れるならさっさと戻るつもりだし、戻れないなら戻れないなりに気ままに暮らしながら帰れるまで今回の根源に地味な嫌がらせを仕掛け続けるつもりだ。
決して異世界転移してきたのに洞窟にいるだけで終わるのはなんか惜しいと思ったわけでも、ゴブ郎くんと早々にお別れするのは惜しかったというわけでもない。いやいや、違うよ?違いますって。
一通りスキルの検証も終えたことなので、私はこっそりアーソンもどきから肉まんとピザまん、それにコンビニスイーツを数種類持ってマイホームへと帰還した。折角アーソンもどきにやってきたのに肉まんを食べないのは少し勿体ないので、今日のお昼ごはんとして食べるつもりだ。
昼食を食べ終わった後は<オペレーター>によるダンジョン経営チュートリアルのお時間だ。それまでに消費してしまった魔力も回復させておきたいものだ。




