本当の結末
前の話でダンジョン戦争編が終わったと思ったか?
残念、話はまだ続いているのさ!
少し残酷な結末なので、前の話が結末であって欲しいとお考えの方は、この話はそっと見ずにスルーしてください。
ダンジョン戦争が終わった日から一週間後。
草木も眠る真夜中のある日、アイネスのダンジョンにフード付きのコートで顔を隠した二人の来訪者が現れた。
彼らはアイネスのダンジョンの中に侵入し、最初の間にある壺の前まで辿り着いた。
壺の中からはお喋りな蛇の軽快な喋り声なんて聞こえてこず、物音一つもしない。
彼らは壺に近づいて壺に向かって剣を振り上げると、ガラスの箱ごと壺を破壊しようと剣を振り下ろした。
ガキィッ!!
「ッ!?」
ところが振り下ろされた剣はガラスを突き破って壺を破壊することはなく、ガラスの箱が剣をそのまま弾き返した。
この事に彼らが驚いていると、突如彼らの足元から魔法陣が現れ、彼らは別の場所へと転移された。
転移された先は、アイネスのダンジョンのルールを違反した者をベリアル達が滅する為の部屋。
「も~、夜6時以降は閉鎖していますって最初の部屋の看板があったでしょ~?誰よ、こんな夜遅くから…。」
突然の転移に彼らは戸惑っていると、奥の方からマリアが現れた。
欠伸をしてストレッチをしながらマリアは二人の不審者に闇属性の拘束魔法を掛け、二人を動けなくした。
「夜間の警備をしているワイト達から、ダンジョン周辺に不審者がいるって連絡が来たから何かと思って見てみたら、ダンジョンに入って早々壺を破壊しようって馬鹿じゃないの?言っとくけどあの壺を囲ってるガラスの箱は特別製で、外からの攻撃はなんでも防ぐ事が出来るの。それで、一体どこの誰なのかな?」
マリアはそう言うと、フードを被った二人の顔を覗き込むように伺った。
二人の不審者の顔を見たマリアは目を丸くしてパチパチと瞬きをした後、声を上げた。
「あれれ~、リリィちゃんとリリィちゃんの所のダンジョンマスターじゃん!」
アイネスのダンジョンにやって来た不審者の正体は、タケルとリリィだった。
マリアはその姿を見るとすぐに愛想良く笑いかけ、二人に尋ねた。
「二人共なんだかボロボロだね~。それに他の三人の女の子たちも見えないし、どうしたの?何か大変なことでもあった?」
「とぼけるな!君たちが何かしたんだろう!!」
「んー?何か、って何を?あたし達、新しく来た魔物達に仕事やアイネスちゃんの言葉を教えるのに忙しかったから特に何もしてないよ?」
「そんな訳ないだろう!だってそうでなかったら、あんな事ある訳がない!」
「あんな事?」
目を血走らせ怒号を上げるタケルに首を傾げるマリア。
タケルの言葉を聞いて少し考え込んだ後、ポンッと手を叩き、笑顔で言った。
「あーもしかして、ダンジョン戦争のあと冒険者ギルドから冒険者資格を剥奪されて、指名手配されちゃったんでしょ!で、更には魔物たちがほぼ全員ダンジョンを去っちゃって、ダンジョン経営も上手く行かなくなってるんだー!」
「な、なんでそれを!?」
「やっぱりー!さっすがあたし、頭がいいー!」
タケルの反応を見て自分の予想が合っていた事を知ったマリアは、口元に弧を描いて笑った。
そんなマリアの笑みにタケルは不気味なものを感じたものの、彼はマリアに問い詰め始めた。
「や、やっぱり何かしたんだな!?一体何をしたんだ!!」
「あたし達は何もしてないよー?実際にやったのは外の人達とキミの所の魔物達で、その原因もぜーんぶキミ。あたし達はちょっと背中を押してあげただーけ♡にしても、エルミーヌちゃんのお兄さんは凄いね~!短期間でそこまでしちゃうなんて、お仕事が早―い!」
マリアがリリィの本性を記録した映像を取りに行った際、そこにはエルミーヌの兄、テオドールも側にいた。
エルミーヌが使いを使ってタケル達の事を調べている事に気が付いたテオドールは、何かあったのではないかとエルミーヌから事情を聞いたのだ。
マリアはエルミーヌとテオドールの見ている前で王族の調査隊が調べ上げた変死体についての情報を纏めた書類と、エルミーヌの使いが事前に回収したカメラやレコーダーの記録を確認した。
カメラやレコーダーにはリリィが男を襲って精力を奪い取っている姿がしっかりと映っており、一緒にその映像を見ていたテオドール達はリリィのしたことを知ったのだった。
更に、設置していたカメラで撮れた記録は、リリィの犯行だけではなかった。
「まさか、他の三人も隠れて人間を襲ってたとはね~。流石にこれにはとってもびっくりしたよー。」
なんとそのカメラの映像で、ホムラ以外の他の三人の女幹部達も人を襲っていた事が判明したのだ。
ヴァンパイア・ロードのアリアは夜中に出歩く人間たちを襲って吸血行為を行って人を殺していた。
エルダーウィッチであるシズクはその街で容姿の良い女を捕まえ、自分の魔法を試すためのサンドバッグにし、更には新しく作った魔法薬のモルモットにしていた。
ハーピーのピカラはその愛らしい容姿に寄ってきた男達を何度も何度も空の上から叩き落として遊んでいた。
これらの犯行映像を確認したテオドールはタケルとアイネスがダンジョン戦争を繰り広げている間にこの犯行に関する本格的な調査を行い、真実であるかを調べた。
そして彼らは、街の近くの丘で埋められていた変死体を発見した。
その死体は、カメラの映像でピカラが遊んだ末に殺した男のものだった。
更に、同日に王宮の専属魔術師であるリドルフォが率いる魔術師達がタケルと面識のある女性と面会し調べた結果、タケルと面識のある娘たち全員が<誘惑>に掛かっている事が判明したのだ。
調査を続ければ続ける程、彼らの今までしてきた悪事が明るみに出た。
テオドールはすぐに冒険者ギルドや周辺の国にこの事実を報告。
この事がきっかけで、タケル達が訪れた街々で行っていた悪事が全て晒された。
そして事態は周辺の国を巻き込んでの大事となった。
これも当然の事だった。
リリィ達によって殺された者の数は判明している者でも50は超えていて、行方不明者の数を含めれば200を超える。
更には、彼らが解決してきた騒ぎも彼らが元凶だったのではという疑いも出始めている。
特にタケルが<誘惑>で虜にした娘の中には貴族の娘もいて、この事を知った貴族達はタケル達の所業に激しい怒りを見せた。
冒険者ギルドはテオドールからの連絡を受け取るとすぐさまタケルとリリィ達女幹部達の冒険者資格を永久剥奪した。
そして周辺の国はタケル達を危険な魔物と魔物を操る危険な犯罪者として指名手配した。
タケルはこの瞬間、人々から慕われる英雄の冒険者から各国で悪事を行っていた大悪党へと成り下がったのだった。
この事を知らないタケル達は、ダンジョン戦争を終えた後、その事に気づいた。
ダンジョン戦争に負けた憂さ晴らしをするため、冒険者活動でも行おうとタケル達はダンジョン戦争が終わった日から二日後、ダンジョンの最寄りの街に訪れ冒険者ギルドに行こうとした。
しかし、彼らはギルドに行くどころか、街に入ることすら出来なかった。
街に入ろうと関門を通り抜ける際、警備をしている兵士に挨拶をすると、兵士たちはタケル達を取り押さえようと武器を構え襲いかかったのだ。
その攻撃に驚き反撃しようとしたが、その時は人気の多い真っ昼間で、タケル達を遠目から見る人々が多く、自身の地位が傷つけられるのを恐れたタケル達は兵士たちに反撃する事が出来ず、そのまま拘束された。
兵士たちに捕まった彼らはその街の留置所へ連行され、牢屋に入れられた。
そしてタケルは兵士達からの事情聴取でリリィやアリア達がしてきた犯行が全て明るみに出ていること、タケルが貴族の娘を含む多くの女性達に<誘惑>を使い、自分のハーレムに入れていたこと、それらの悪事によってタケル達の冒険者資格が剥奪されていて、ケネーシア王国とその周辺国ではタケル達は残虐で悪徳非道の犯罪者として指名手配されている事を聞かされたのだ。
タケルはすぐにその事実を否定しようとしたが、既に調査で彼らの悪事を証明する証言や証拠が見つかっている。
なによりケネーシア王国の王族がその目でリリィ達の犯行の様子を映像として見てしまっており、更にはリリィ達が魔物であるという事が分かってしまった為、言い逃れが出来ないのだ。
結局、タケル達は留置所で騎士達が来るのを待つ事になった。
タケル達を犯罪者として処刑と討伐にやって来る騎士達が訪れるその時まで。
そんな中、唯一ホムラだけは身柄を拘束されてから二日後に留置所から釈放された。
ホムラはアリア達と違い、生粋の魔物ではなく獣人やエルフのような亜人に属していることと彼らの悪事に関与していなかった事が調査で分かったというのが表向きの理由だったが、実際はケネーシア王国の王女がとある友人からの連絡を受けて彼女の釈放を働きかけた事が大きな理由だったという。
ホムラはタケル達のいる檻に一目向けた後、そのまま振り返らずに留置所を出て、そのまま街を出て何処かへと去って行った。
彼女は身柄を拘束されてから街を出るその時まで、タケル達を庇う真似は一度もしなかった。
タケル達は何度も留置所からの脱獄を試そうとした。
ダンジョン戦争を起こす前の彼らだったら、留置所からの脱獄など容易かっただろう。
しかし今の彼らには出来なかった。
三人の幹部達に植え付けられた、心の傷と後遺症によって。
まず、ピカラは空が飛べなくなってしまっていた。
アラクネ達に攻撃をしようと空を飛んで襲いかかった際に彼女たちの罠で飛んでいる途中に身体をバラバラにされて殺された事で、空を飛ぶ事への強い恐怖心が植え付けられてしまったのだ。
タケルが何度も空を飛んで脱獄する事をピカラに頼んでも、ピカラはガタガタと身体を震わせ、自身の羽を毟るだけだった。
次に、シズクは魔法が一切使えなくなってしまっていた。
彼女はベリアルとの戦いで、魔力保有量を根こそぎ削られてしまった。
その結果今まで彼女が使えていた大魔法は勿論、生活魔法ですら使えなくなってしまった。
しかし自尊心が高くなりすぎたシズクはこの事実を認められず、そのままタケル達にも報告できなかった。
タケルに魔法で留置所の壁に穴を開けるよう命令された際、漸く彼女は顔を青ざめたままこの事実を伝えたのだった。
最後に、アリアは狭所恐怖症になってしまっていた。
青の扉の通気口から逃げた先でその身を生きたまま凍らされ、シルキー二人に笑いながら身体を砕かれた経験は彼女の心に深い傷を付けた。
<霧化>して入る事が出来る場所は勿論、薄暗い留置場の牢屋ですらも彼女の恐怖の対象となっていて、牢屋に入ってからは毎日悲鳴を上げ、髪を掻き乱し大暴れする。
タケルの命令も、何も聞いてはくれない状態にあった。
三人ともアイネスとのダンジョン戦争で負けた代償はとてつもなく大きかった。
今までのように冒険者活動を行う事は勿論のこと、もう二度と戦う事は出来ないだろう。
それでもなんとか留置所から脱獄したタケル達は、自分のダンジョンへと向かった。
外の街や国での立場と地位を失った今、タケルに残された居場所は自身のダンジョンだけだった。
幸いにも、彼のダンジョンでは魔物達に食材となる作物を育てさせている。
それで生活していけば、なんとかなるだろう。
そう、思っていた。
タケルは自分のダンジョンに戻ってきたその時、驚愕と絶望に染められた。
自分が召喚し<契約>を結んでいた魔物達の大群の殆どが、ダンジョンから姿を消していたのだ。
いるのはたった10数匹の下位種族の魔物だけ。
それ以外は全員、タケルのダンジョンから脱走していたのだ。
それも、タケルが育てさせていた作物やタケルが溜め込んでいた武器の殆どを持っていって。
『2つ目の要求は、貴方の配下の魔物全員に、自由行動の権利を与える事です。』
アイネスがダンジョン戦争に勝ってタケルに告げた2つ目の要求。
ベリアル達に引き抜かれず、そのまま残された魔物達はアイネスの要求通りに自由に行動する権利を与えられた。
タケルの呪縛から解放された彼らはタケル達が外の街に向かってすぐにタケルのダンジョンから出ていった。
レベリングのためのサンドバッグに休息のない労働作業、自己中心的なタケルに振り回され、女幹部達からは種族格差とステータスの弱さでいつも馬鹿にされる生活。
長い期間それらに苦しめられてきた魔物達に、残るという選択肢は存在していなかった。
拠点を見つけるまでの食事や身を守るための武器としてダンジョンの倉庫や畑から持ち運べるだけ持っていき、彼らはタケルに見切りをつけてさっさと去ってしまったのだった。
タケルは焦った。
魔物たちは殆ど脱走し、残った魔物達もタケルの言葉に耳を傾けずにただそこにいるだけ。
<カスタム>で魔物を召喚しようにも、所有していたDPの8割はアイネスに渡してしまい、残りの2割はダンジョンに仕掛けられた罠を修理するために殆ど使い切ってしまっていた。
ここに来て、アイネスの要求が大きな負担となってしまったのだ。
外の街には居場所がなくなり、ダンジョンは殆ど機能していない状態。
食糧は殆どなく、DPも底をついている。
頼りになる女幹部達もその中の一人は立ち去って消息不明、4人中三人は戦力外。
まさに、四面楚歌。
タケルはダンジョン戦争が終わってものの数日で、絶望的な状況下に陥ってしまったのだった。
自分たちの仕出かした事により窮地に陥ってしまったタケルは、アイネスへ激しい怒りを抱いた。
もしも、あの時アイネスがあんな要求をしなければ、ダンジョンが機能しなくなるなんて事態に陥らなかったのに。
もしも、アイネスがあんな場所にダンジョンコアを隠さなければ、此方のダンジョンコアが触れられる前に見つける事が出来たはずなのに。
もしも、アイネスがパーリーウルフズに対面した時点で負けを認めて降参してくれていれば、そもそも要求を受ける必要もなかったのに。
もしも、アイネスがあんな罠を仕掛けていなければ、アリアとピカラは心に傷を負うこともなかったのに。
もしも、アイネスがベリアル達を攻略部隊に入れなければ、シズクが一生魔法を使えなくなるだなんて事はなかったはずなのに。
もしも、マップ使い潰しなんて使わなければ。
もしも、アイネスがダンジョン戦争を受けなければ。
もしも、アイネスがミルフィオーネと親しくなかったら。
もしも、もしも、もしも………。
憎悪とも言えるその怒りは膨らみに膨らみ、破裂した。
彼女にも、同じ屈辱を味わわせてやる。
アイネスのダンジョンコアの場所はもう分かっている。
あれを壊せばアイネスのダンジョンはリセットされ、アイネスの魔物たちは消滅する。
ダンジョンコアは普通の住民たちには壊せないけれど、異世界から転移してきたタケルや、タケルがスキルで作った武器などだったら破壊する事が出来る。
そう考えたタケルはろくに戦えなくなってしまったアリア達をダンジョンに置いて、リリィを連れて人目を掻い潜ってアイネスのダンジョンへ襲撃に向かったのだ。
しかしその目論見は見事に打破され、目の前にはマリアが立っている。
マリアは満足するまで笑った後、ふとタケルに話しかけた。
「そういえばリリィちゃんがさっきからずーっと喋ってないけど、どうしたの?」
「ああ、コレの事か。」
マリアは、虚ろな目でずっと黙っているリリィを指差してタケルに尋ねた。
タケルはその質問を聞くと、嘲笑いながらそれに答えた。
「コレなら、ダンジョン戦争が終わってすぐに二度と僕に逆らわないようにしたよ。コレはもう二度と僕に逆らう事はない。だってもう、そんな考えなんて出てくる事はないんだから!」
「………ふーん、そっか。ダンジョンマスターの権限で意志を無くしちゃったんだぁ。」
復活型でも、ダンジョンマスターの権限を使えば意志を無くさせる事が出来ると他のダンジョンマスターから聞いた事がある。
自分に逆らう魔物を無理やり従わせる為の処置なのだと聞いていた。
しかし、一度この処置をしてしまえば、もう二度とその魔物に意志が戻る事はない。
一度その魔物の心を殺してしまうから元通りに戻す事が出来ないのだ。
その魔物の心だけを殺し、物言わぬ人形に作り変えてしまう、恐ろしい命令。
タケルはその命令をリリィに言い渡し、リリィの精神だけを殺して人形にしてしまったのだ。
異性を誑かし、人を操る事に長けた夜の女王と呼ばれるリリスが、操ろうとしていた人間に逆に操られる意志なき人形にされてしまうとは、なんとも皮肉であっけない終わり方だとマリアは思った。
同情なんてしないけれど。
「でもさぁ、今起きている事ってぜーんぶあんた達の今までしていた事が原因でしょ?アイネスちゃんにそれを責任転嫁するのは見当違いも甚だしいんじゃなーい?実際ダンジョン戦争を挑んだのはそっちなんだし。」
マリアはタケルを嗜めるようにそう言った。
実際、アイネスはリリィ達の撃退には一切関与していない。
当日アイネスがしたことは、ベリアル達攻略部隊がタケルのダンジョンをスムーズに進めるようにするための指示出しのみ。
マリア達の即死罠に手を加える事もなければ、ベリアルにシズクの魔力保有量を削れと命令もしていない。
アリア達の心にトラウマを植え付けたのも、そうなるように計画を練ったのも、マリア達なのだ。
しかしタケルはどうしても自分の今の状態の原因をアイネスにしたかったのか、マリアの言葉に耳を傾けない。
「そんなの関係ない!アイネスが全部悪いんだ!アイネスが居なければ、こんな事は起きなかったんだ!」
「いや、遅かれ早かれきっと起きてたと思うよ?たまたまアイネスちゃんとのダンジョン戦争がそれを早めるきっかけになったってだけ。全部キミが引き起こした事だよ。」
「ああああ煩い煩い煩い!彼女がこの世界に来ていなかったら、僕の理想の生活が壊れる事は無かったんだ!あんな無愛想で不気味な女、さっさと魔物に喰われて死んでいたら良かったんだ!!!」
タケルの放った言葉を聞いたその瞬間、今まで明るく対応していたマリアの雰囲気が変わり、愛らしい笑顔が無くなり真顔になる。
そしてマリアはゆっくりと拘束されたタケルに近づくと、マリアは妖艶な手付きで彼の身体に触れ、その首元に手を掛けた。
そしてマリアはタケルに目を合わせると、彼女を知っている者が聞けば震えるような声でタケルに話しかける。
「あのさぁ…ダンジョン戦争の時でも思ってたけど、キミはアイネスちゃんを馬鹿にしすぎだよ?」
マリアはタケルの首をギリギリと死なない程度の強さで絞め、タケルを睨みつける。
凍てつく氷のように冷酷な瞳でマリアに睨まれたタケルは、その豹変ぶりに背筋が凍る。
「ぐっ……ぁ…!」
「確かに、アイネスちゃんは戦いにおいてはすっごく弱いよ。戦う力もなくて動きも遅いし、ちょっと甘い所がある。そこがまた可愛くて思わず守ってあげたくなるんだけど、ステータス的にはかなりの弱者だろうね。」
「ぁ…はな…せぇ…っ!」
「でも、それ以外の時だったらアイネスちゃんはキミなんかよりもずっと強いし、賢いよ。現にキミは、アイネスちゃんの描いていた通りの未来を迎えた。」
「え…?」
その言葉に目を丸くしたタケルを見て、マリアはタケルの首を絞めていた手を離し、タケルから距離を取る。
息が出来るようになり、咳き込むタケルに向かって、マリアは独り言でも言うように話し始めた。
「アイネスちゃんの要求、そっちを気遣って配慮した優しいものだとでも思った?もしそうだと思っていたんだったら、本当に甘いね。」
「ど、どういうことだ…?」
「全部、アイネスちゃんは分かってたって事だよ。キミ達が外の人間達の街で居場所も地位も無くなる事も、キミの所の魔物たちが全員出ていくことも、キミがダンジョンポイントを全て使い切っていたせいでダンジョン経営ができなくなるのも、キミがこのダンジョンに来るのも、全部ね。」
「な…っ!」
「アイネスちゃんからの伝言だよ。『今まで一度も謝ってこなかった以上、情けも容赦も掛ける気はないですよ。』だって。」
マリアが外へ出てエルミーヌに会いに行く許可を貰いに来た際、アイネスはマリアがタケル達についての調査を、エルミーヌに頼もうとしている事を分かっていた。
そして、その証拠をエルミーヌ達に見せてタケル達の地位を潰そうとしている事も悟った。
だからアイネスは、将来タケルがダンジョン経営出来なくなるように要求することを決めた。
DPを2割残していたのは、全てを掻っ攫えばタケルが暫くダンジョン経営に集中してまた元のDPを取り戻してしまうだろうと考え、敢えて少し残す事でタケルに余裕を持たせた。
先の事をよく考えないタケルが、ダンジョンの罠の修繕に残ったDPを使ってしまい、すぐに全て使い切ってしまう事を推測して。
魔物たちに選択の自由を渡したのも、「タケルとリリィ達に振り回される魔物たちが可哀想だからチャンスを与えた」なんて理由ではない。
タケルに不満を持っている魔物たちが自分たちの意志でタケルのダンジョンから出ることで、「自分は魔物達に慕われている」と思い込んでいるタケルの甘い考えをぶち壊すため。
アイネスが魔物たちの解放や自分のダンジョンに引き取るなんて要求するのでは魔物達が自分の意志でタケルの元を離れていったとは言えない。
魔物たちに自分からタケルの元を離れる事を決めさせるため、『選択の自由』なんてアイネス側に全く利益のない、回りくどい要求をしたのだ。
『私達への接近禁止もダンジョン閉鎖もDPの全没収も、そんな要求は十分じゃない。ダンジョン戦争を終わった後もこのままいつも通りの生活が出来ると思わせて、そこから追い詰めるように、徹底的に潰す。それで初めて、私のタケルさんへの仕返しが済むんです。』
アイネスが真に求めていたもの……それは、タケルの異世界生活が取り返しのつかないまでに潰されること。
それこそが、アイネスの真の要求だったのだ。
そしてアイネスの計略は見事に成功し、タケルの理想的な異世界生活は全てぶち壊された。
外の地位も、名誉も、英雄の称号も、従えていた魔物たちも何もかもを失い、名ばかりのダンジョンマスターへと成り下がったのだ。
「接近禁止を出さなかったのも、こうしてキミがアイネスちゃんに責任転嫁して、何かをしようと考えるのが目に見えてたからだって。そうするつもりなら、此方に襲撃を掛けてきた方が分かりやすくて色々対処しやすいでしょう……だってさ?」
「く、くそおおおおおおおお!!殺す、殺してやる!アイネスも、お前らも、全員まとめて、殺してやる!!!!」
自分がアイネスの手のひらの上で踊らされていた事を知り、怒号を上げるタケル。
しかしマリアはそんなタケルに怖気づくことはなく、鼻で笑って冷静にあしらった。
「やれるならどうぞ?でもさぁ、良いのかなぁ?自分のダンジョンを放置してこんな所に来ちゃって。」
「は?」
「これは、アイネスちゃんを真似して推測してみた結果なんだけど~。二人が此処にいたら、とっても大変な事になると思うんだよね~。」
「は……?」
マリアはにこりと可愛らしい笑顔を浮かべると、後ろで手を組んで、楽しげに語り始めた。
「まず、キミのダンジョンの魔物達が一斉に外に出た事で、キミのダンジョン周辺には魔物が大量発生する事になる。当然、外の人は大慌てで最寄りの街に押し寄せる魔物達を倒して、その出処を探し始めるでしょ?そうしたら、キミのダンジョンから大量の魔物が出たことが発覚する。」
「そ、それが、なんだって言うんだ…」
「冒険者ギルドは、キミのダンジョンを危険だと認定してダンジョンそのものを潰してもう魔物が沸かないようにしようと考えるだろうね。そしてその集まりにその街の兵士や騎士達も参加して、沢山の有能な人達がキミのダンジョンに押し寄せてくる。けどキミのダンジョンの中にいるのは数匹の魔物たちと、戦えなくなった幹部の3人だけ。」
「……あ、」
「しかもその戦力外の3人は最近指名手配されたばかりの危険な魔物達だから、三人を見つけた皆はより一層キミのダンジョンを危険視する。やがて最深部まで辿り着いた皆は一切護られていないダンジョンコアを見つけるだろうね。そして彼らはそれを破壊しようとする。沢山冒険者達が集まっているんだとしたら、誰か一人は持っているんじゃないかな?どっかの異世界転移者がそのスキルで創り上げて誰かに売った武器を……ね?」
「あ、ああああ…」
「そういえば、此処一週間ぐらいから魔物達が大量に溢れ出しているダンジョンがあって、深夜に冒険者や兵士がダンジョンコアの破壊に向かうって、お礼を言いに行った時にエルミーヌちゃんに聞いたな~。」
「あああ、あああああ…」
「キミ、自分のスキルで作った武器を沢山外の人達に売ったんだってね?キミのダンジョンコア、壊されないと良いね?」
「あああああああああああ!!!」
自分のダンジョンが危機に陥っていると分かったタケルは、顔を真っ青に青ざめ、悲鳴を上げた。
そんな彼を、マリアはクスクスと愛らしく笑った。
「転移魔法を使えるとしても、今から自分のダンジョンに向かうのは無理だろうね~。ねぇねぇ、どうする?このままお喋りを続けようか?」
「なんなんだよ……。一体なんなんだよ、彼女は!此処まで仕組んでいただなんて、アイネスは一体、何者なんだ!!」
「それ、あたし達も良く分かってないんだよね~。アイネスちゃんのサポートスキルさん曰く、『ステータスとスキルが平均を下回って創造神に捨てられた異世界の人間の女の子』らしいんだけど、絶対前半違うでしょ。アイネスちゃんの察しの良さって最早未来予知レベルだし、雰囲気もどっか普通の人間とは違うし、絶対他にもなにかあると思うんだけど…まあ、いつか教えてもらえるまで待とうかな。アイネスちゃんの所にずっといるつもりだし。」
「クソッ…、まあ良い。ダンジョンがなくなって此処に居場所が無くなったとしても、何処か遠い所に行けばいいんだ。海の向こうを渡れば、きっとまたやっていけるはず…」
タケルはもうこの地に居場所がないと理解すると、ダンジョンコアの破壊とともに消えるリリィ達に見切りをつけ、さっさと次の地へ向かう計画を立て始めた。
しかしマリアはそんな彼を笑いながら、タケルに言った。
「あれあれ~、まだ気づいていないのかな?キミのダンジョンコアが破壊されたら、キミも一緒に終わるんだよ?」
「え?」
「アイネスちゃんの3つ目の要求、忘れちゃった?キミはリリィちゃんたちの仲間なんだよ?どんな状況であれリリィちゃんたちとキミはずっと一緒じゃなきゃ駄目なの。ダンジョンコアが壊されてリリィちゃんたちが消滅しちゃったら、キミはアイネスちゃんの最後の要求を破った事になるんだよ?」
「あ……」
『3つ目の要求は、リリィさん、シズクさん、アリアさん、ピカラさんをタケルさんの仲間から追い出さない事。何があっても変わらず仲間で居続ける事。』
タケルはアイネスの最後の要求の内容を思い出し、そして青ざめた。
タケルはアイネスがこの要求を出したのは、タケルがリリィ達を突き放したことで彼女達が外で問題を起こすことを防ぐためだと思い込んでいた。
しかし良く考えてみれば、彼女たちが問題を起こすことが嫌なら「リリィ達を消滅させろ」とか「リリィ達が問題を起こさないように永遠にダンジョンの外に出ないようにしろ」など、もっと直球的な要求をすれば良い。
何故アイネスは、それらの要求をしなかったか?
タケルは考え、答えを導き出した。
それは、この要求には別な狙いが隠れているからだ。と。
もしもマリアの推測通り、タケルのダンジョンに冒険者や兵士たちが入り、ダンジョンコアを破壊したとしよう。
ダンジョンコアが破壊されればタケルはダンジョンマスターの権限を失い、タケルとまだ<契約>が結ばれているリリィ達は当然タケルのダンジョンと共にリセットされる。
そうすれば、彼女たちはタケルの仲間を続けられなくなる。
その結果、タケルにその気が無かったとしてもタケルはアイネスの3つ目の要求を破った事になってしまう。
ダンジョン戦争の敗者は、勝者の要求に絶対に従わなければいけない。
そんなルールのもとに提示されたアイネスの要求を破ってしまえば、タケルはどうなるか。
何かペナルティが与えられるだけなら、まだいい。
最悪な場合、タケルはリリィ達と共に消滅する。
最後まで仲間である為に、共にダンジョンと共にリセットされるのだ。
その事にようやく気が付いたタケルは目の前までやって来ている自分の命の危機への恐怖で顔を真っ白にし、歯をガタガタと震わせ始めた。
勿論これは、タケルの推測でしかない。
今までこのルールを破ろうとした者はいないため、ルールを破ったらその者に恐ろしい事が起きる事実は存在しない。
だが、その可能性が有り得ないという事実もまたないのだ。
「た、頼む!アイネスに3つ目の要求を撤回するように伝えてくれ!!」
「え~、やだよ~。アイネスちゃんはもう寝ちゃってるだろうし、そもそもアイネスちゃんの部屋に入れないし。」
「それをどうにかしてくれ!死ぬのは嫌なんだ!!こんな死に方、絶対に嫌だ!!」
「まあアイネスちゃんには色々言い訳しておくからさ。精々大人しくその時が来るまで待つか、なんとか抗ってみなよ。」
「嫌だ…。嫌だ嫌だ…!こんな、誰もいない場所で、誰にも知られずに消滅するなんて嫌だ!こんな事になるんだったら元の世界で普通に生活していく方が良かった…!そうだ、女神様!なぁ、女神様、今も見ているだろう!?僕を元の世界に帰してくれ!!十分世界の文明の発達の貢献はしたはずだろう?!もう元の世界に戻っても良いんじゃないか!?もう何も望まない。もう英雄の真似事なんて二度としないから、僕を助けてくれよ!聞こえているのか?なあ、女神様、返事をしてくれ!早く僕を助けて―――――――――」
「ぷぎゃっ」
##### #####
「へー、勝者の要求を破ると本当に跡形もなく消えちゃうんだ。何処に行ったんだろ~」
マリアは、自分以外は誰も居なくなってしまった部屋の中、ポツリと呟いた。
マリアの目の前には、タケルとリリィの姿はない。
まるで、元から彼らなんて居なかったようだ。
「というか、アイネスちゃんみたいにダンジョンマスターのサポートスキルに聞かなかったのかな?ダンジョン戦争のルールを破ったらどうなるか。まあ、だからあんなに怯え始めたんだろうけどさ~。そんな、要求一つ破った程度で死んじゃう訳ないんだし。」
ダンジョン戦争が始まる前、マリアはアイネスが<オペレーター>にダンジョン戦争のルールについて聞いている場に一緒にいた。
その時アイネスは<オペレーター>に事前に尋ねていたのだ。
ダンジョン戦争の後、敗者が勝者の要求を拒絶したらどうなるかを。
その結果、死ぬことも魂が消滅する事もないと<オペレーター>は答えた。
ただ、それ以外のペナルティが課せられるだけ。
ペナルティの内容については答えがなかったけれど、死ぬことはないのだと判明した。
だからアイネスは、本気でダンジョン戦争に挑むことが出来た。
これで<オペレーター>が要求を拒絶したら死ぬとか答えていたら、アイネスはタケルとのダンジョン戦争をそのまま拒否するつもりだったから。
「でもまぁ、アイネスちゃんにはこの事を絶対に言えないなぁ。」
実はアイネスの出した3つ目の要求には、特に別の狙いや裏は無かった。
ミルフィオーネにも言ったように、自分たちの周囲のあちこちで問題が増えるのが嫌だったから出した要求だった。
マリア達もこの3つ目の要求の意図を事前に聞いていた為、特に不満を漏らす事はなかった。
別にアイネスは、タケル達に要求を破らせようだなんて一切思っていなかったのだ。
タケルが勘違いしてしまったのは、マリアを含めた魔物たちがそう仕向けた為だった。
アイネスは最初の2つの要求によってタケルの異世界生活を台無しにするだけで仕返しは十分だったのだが、マリア達はそうではなかった。
アイネスを操り人形のようにしようとした、傲慢な人間の男。
アイネスの命を脅かしたにも関わらず、謝罪の意すら一切見せようとしない愚かな連中。
アイネスは良いとしても、ベリアル達はタケルを生かすつもりはなかった。
今の地位や居場所を台無しにするだけでは物足りない。
アイネスの経験値になることだって穢らわしい。
何もかもを奪い取り、最後の最後まで絶望のどん底を味わわせ、二度と立ち上がれず、永遠にアイネスの前に現れないようにしてやらなければ気が済まない。
そう、マリア達は思っていたのだ。
しかし、これをアイネスに伝えるつもりは無かった。
これは魔物である自分たちの理念に基づいた主張であって、人間であるアイネスの考え方とは全然違う。
アイネスに伝えれば寛大な彼女はそれを行う事を許すだろうけれど、もしかすると間接的にでもタケルに要求を破らせた事実に罪悪感を抱く可能性がある。
なにより、違いすぎる理念を持つマリア達をアイネスが怖がるようになるのが嫌だったのだ。
だからアイネスには悟られないよう、タケルが此方の要求を守れなくなるように誘導したのだ。
これを担当したのは、マリアだった。
マリアは人を惑わす事に長けた魔物、リリス。
アイネスに最も悟られないようにタケル達を誘導することが出来るだろうとベリアルは考えた。
丁度マリアはリリィの調査をエルミーヌに頼むつもりだった事もあり、彼女が最後の始末を担当したのだ。
といっても、マリアがしたのは3つだけ。
エルミーヌ達がいる前でリリィ達の犯行の証拠映像を見せた事と、ダンジョン戦争中にタケルの信頼がより低くなるように攻略部隊の感情を操作したこと。
そして、タケルのダンジョンから有能な魔物を引き抜きに掛かる際にタケルの配下の魔物たちに今後タケルがどうなるかの説明だ。
マリアから話を聞いた魔物たちは、タケルへの信用が元々無かったことも相まって、ダンジョンを出る事を決意した。
もしもこの裏工作がなければ、3割の魔物がタケルのダンジョンに残り、攻略に来た冒険者と兵士達をギリギリ対処できたはずだ。
その裏工作によって計画は見事成功し、マリア達の仕返しも見事に達成したのだった。
「さーてと。もう夜遅いし、早くお部屋に帰って寝よぉっと!」
マリアはスキップをしながらその部屋から去っていった。
マリアが居なくなった部屋には、タケルとリリィがいた痕跡は一切ない。
こうして、パーティーで出会った異世界転移者タケルとのダンジョン戦争はこれにて完全に結末を迎えたのだった。




