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想い、想われ、そして拾われる。

『私は、リリィさんを仲間に――――――――』


リリィの洗脳魔法に掛かったアイネスはベリアル達の制止も届かず、言葉を紡ぐ。

その姿を見てリリィは勝利の笑みを浮かべる。


リリィの本性はタケルに既にバレてしまったため、今後タケルのダンジョンに残ってもダンジョンマスターに成り上がる機会はもうない。

もう、タケルはリリィを信じる事はないのだから。

そのためリリィは、タケルのダンジョンから離れ、新たな居場所を見つける必要がある。

しかしリリィ一人で獲物を狩り、生活していくのには限界がある。

少しの間は良くても、ずっとタケルと別行動を取っていれば人間たちも怪しむかもしれない。

タケルの信頼を失った時点で、リリィの今の地位は殆ど崩れかけてしまっている。

このままではリリィが活動していく上で必要なエネルギーを得られなくなってしまう。


だけどアイネスの下に入る事が出来れば、その問題は一気に解消される。

アイネスの下にいるマリアの話によると、アイネスの作る料理は男たちから精力を吸収する必要がない程エネルギーを供給できるらしい。

アイネスの下に入りこむ事が出来れば、面倒な冒険者活動をしたり男を襲ったりする必要がなくなる。

彼女の周囲の魔物達が邪魔だが、一度中に入る事が出来ればそれで良い。

アイネスを人質に取ったり、魔物たちを貶めて居場所を無くさせたりするなど、色々やりようがある。


(さぁ、言え!『リリィを私の仲間にする』と!)


タケルに長年虐げられたような素振りを見せて同情を誘い、アイネスにリリィを仲間にした方が良いのではと思わせるように仕向けたリリィ。

彼女はほくそ笑みながら、アイネスの言葉を待つ。

そしてアイネスは、断言するように皆の前で言った。


『しません。』

「……は?」

『リリィさんを、私の仲間にするつもりは、ありません。』


二度も同じ言葉を告げたアイネスを見て、リリィは言葉を失った。

アイネスの言葉を聞いたベリアル達は驚きつつも、ほっと安堵の息をついた。

リリィは、わなわなと唇を震わせ、アイネスの顔を見る。

アイネスは確かにリリィの<洗脳魔法>に掛かっている。

リリィはマリア達によって洗脳魔法の解除を試みられているアイネスに問い詰める。


「なんで、なんで私を仲間にしたがらない!」

『え、なんて?』

「このリリスが、何故自分を仲間にしたがらないと言っておるぞ。」

『えっと…。リリィさんを仲間にしたいとは思いますけど、リリィさんを仲間にするのはちょっと…』

「だから!その理由はなんなんだって言ってんだよ!!!」

『なんかすっごい理由を問われてる気がするんですけど…、え、これ全部言っちゃって良いんですか?自分でも結構酷い事だと思うんですが…』

「わっち達の目を気にしているなら構わぬぞ。好きに言ってやれい。」

『じゃあ、遠慮なく…。』


ミルフィオーネからの許可を貰うと、アイネスは大きく息を吸ってから、そのまま一気に捲し立てるようにリリィに向かって喋り始めた。


『まずリリィさんって見た感じマリアさんとかなり仲悪いですよね?お互い嫌い合っているとはいかなくてもリリィさんがマリアさんを超絶嫌ってる感じですよね?私のダンジョン既に相性の悪いペアが一組成立している状態なので、これ以上成立する方がいると此方も仲裁が追いつかなくなるんですよ。私はそもそもコミュニケーション能力がド底辺な上に皆さんの言葉が全く分からないんでなんで喧嘩しているのかとか分からないですし、物理で喧嘩されると止められないんですよ。』

『それにリリィさんってレベル100超えですよね?正直言って私のダンジョンでは役不足なんですよ。基本ダンジョンに入った冒険者たちは一部を除いて全員殺さないように決めているんで、あんまり高レベルの魔物に仕事を割り振れないんですよ。これまではベリアルさん達のスペックが有能で、丁度彼らにしか任せられなさそうな仕事があったから大丈夫でしたけど、リリィさん一人に任せられる仕事は正直ないです。交渉役とかはマリアさんが全て担当しているので、それ以外の仕事で。』

『別にレベル100超えの魔物は全員お断りという訳じゃないですよ?ただダンジョンマスターとして皆が不満を覚えないよう、平等に仕事を割り振らなければいけないんです。だからせめて何か、ステータスに載っているもの以外で特技が欲しいです。料理が得意だとか、面倒見が良いとか、本当にくだらない事でも何でも良いんです。リリィさんって何かあります?正直マリアさんと同じリリスって種族なのとレベルが凄い高いしか印象がないんですけど。』

『あとこれは自己解釈というか推測に入ってしまうので失礼になるんですが、リリィさんって清楚系に見えて結構腹黒い感じがある方ですよね?パーティーの時から思ってたんですが、ちょいちょい猫かぶってるのが見えてなんか怖いんですよね。メインヒロインに見せかけて実は全ての悪事の黒幕だった!的な事やりそうな印象が強いんです。今私に仲間になりたいって言ってるのも、タケルさんの下にいてももう良いことが無さそうだからステータスが低い、レベルも低い、けど料理はそこそこ出来るっていうなんとも都合の良いカモスペックの私を次のターゲットにしているように感じるんですよ。私の勘違いだったら普通に謝りますね。すみません。』

『更に言わせてもらうとリリィさん達ってアリアさんが私に攻撃魔法を使おうとした際、全く動かなかったじゃないですか。別に瞬時に動けなかった、とかじゃなくて動けるけど放置していたって意味で。自分の仲間が他人を、それも自分達の主人にあたる人と同じ職業の方を攻撃してるのを見てスルーってかなりどうですかね?これがもし私じゃなくてミルフィーさんとかディオーソスさんとかだったらタケルさんの立場とか居場所とかに大きな悪影響が起きるって思わなかったんですか?こういう事をされると、万が一の時、助けてくれるどころかむしろ追い打ちを掛けられそうなんで出来れば側にいてほしくないですね。』

『それから貴方…というかシズクさんやタケルさんもそうですけど、今まで一切謝ってきてないですよね?仲間になりたいんだったら、せめて何かパーティーで自分の主のタケルさんがしたことに対して何か言うとかあるのではないですか?今私が言った後に謝ったんじゃ意味がないんですよ。誰かが指摘した後に謝ったのでは、反省しているから謝ってるんじゃなくて許されたいから、仲間にさせてほしいから仕方なく謝罪をしていると見られてもおかしくないんですよ。それで謝罪の言葉も一切なく、『タケルさんの仕打ちにもう耐えられないから助けてください』って要求してくるってなんなんですか?全然反省の素振りないですよね?自己中心的な性格が露出してるじゃないですか。私、まだタケルさん達がしたこと許してないですからね?』

『確かにリリィさんを仲間にしたい気持ちはありますけど、ダンジョン経営の事を考えるとリリィさんを迎え入れるのは此方に不都合な事ばかりなんですよ。最悪リリィさんにダンジョン乗っ取られかねません。いやそれも良いかもしれませんがそれだとリリィさん含めて色んな場所に被害が出るんですよ。最初の頃のマリアさんの所謂「一人じゃ何も出来ないの…」系女子だったら人を使う事に長けてるからまあそこそこ運営出来るんでしょうけど、リリィさんの「側で貴方を支えます!」系女子はどうあがいても幹部ぐらいにしか充てがえないんですよ。せめてもっと相手を従わせる指揮力がないとトップは任せられません。それがない限り、貴方をダンジョンマスターにするのは無理です。あと他にも…』


リリィが口を挟む暇など与えぬ勢いで仲間にできない理由を淡々と、無慈悲に、容赦なく話していくアイネス。

その言葉の一つ一つが合理的で、リリィの心に重く、鋭利に抉るような言葉だ。

洗脳状態だからか、普段のアイネスだったら口を噤むはずの事まで淡々と告げていく。

最初こそ激高してアイネスに言い返そうとしたリリィだったが、その一つ一つ言葉の重みに意気消沈させられ、後半からは演技ではなく本気で涙目になっていた。

パーティー会場以上の容赦のなさに、タケルとシズクは軽く引いていた。

一方、ベリアル達はというと…。


「ブァーッハッハッハッハッハ!アーッハッハッハッハッハッ!!」

「クフッ…駄目ですね、笑いが堪えられそうにありません…っ!」

「アハハハハハ!アイネスちゃんかっこいー!もっと言ってやってー!」

「み、皆さん、フフッ、そう笑ってしまっては可哀想ですよ……プフッ、フフフ…て、手元が狂って洗脳解除の魔法陣が構成できないです…っ!」


流石魔物と言うべきなのだろうか。

アイネスに渾身の洗脳魔法を掛けたにも関わらず仲間にしないと断言され、挙げ句に物凄い勢いで心を抉られているリリィの姿を見て、全員爆笑していた。

あの人の良いフォレスさえ、手がブレまくって上手く解除魔法を掛けられない程笑っていた。

なにせ相手はアイネスに洗脳魔法なんてものを掛ける愚か者だ。同情は欠片もない。

あまりの爆笑っぷりに、横に立っていたパーリーウルフズが少しビビる程だ。

ミルフィオーネとディオーソスはベリアル達ほど笑い転げてはいないものの、アイネスの言葉のマシンガンの爽快さに、このままアイネスを止めずにワインでも飲もうか考え始めていた。

ダンジョンマスターといえど、やはり魔物なのであった。


『……というか、私なんでこんな多方面でデメリットしかないリリィさんを仲間にしたがってるんでしょうかね?もしかして私、<洗脳魔法>に掛かってたりします?』

「「ブフッ!」」

「ひーーっ、ついには洗脳魔法がバレてるじゃん!ダサい!ダサすぎるー!」


トドメと言わんばかりに、アイネスが自身の考えの違和感からリリィの洗脳魔法に気が付いた。

これに対し、なんとか笑いをこらえていたベリアルとフォレスが耐えきれなくなって吹き出した。

リリィはマリアの時とは違う屈辱に顔を赤くし、ついには涙腺が完全に崩壊してしまう。

しかし周囲の皆は爆笑しているか酒を選んでいるか困惑しているかのどれかで、誰もリリィを慰める者はいない。

哀れである。


アイネスに心を折られたリリィは、アイネスに掛けていた<洗脳魔法>を自ら解いた。

洗脳魔法が解かれたアイネスはパチパチと瞬きをした後、ベリアルの方を向いて、ベリアルに尋ねた。


『……本当に洗脳魔法掛かってました?で、色々言っちゃった感じですか?』

「ククッ…『ハイ。』」

『マジかぁ…』


洗脳中に自分が仕出かした事を理解し、天を仰ぐアイネス。

その後すぐ、アイネスはリリィの方を向くと、リリィに告げた。


『えっと、もう何か慰めの言葉を言ってもむしろ追い打ちを掛けてしまいそうなんでそういうのはもう言いませんけど、一応弁解させてください。』

「………。」

『私やタケルさんがいた国の人は、かなり我慢強いというか、自分の欲求を抑え込む事に長けているって他の国の人から言われる程自分の欲を押し殺すのが上手いんです。法律とか規律、周囲の顔を伺ったりとかして自分の欲求とか感情を抑えるのが上手いんですよ。』

「………。」

『今のリリィさんの洗脳は私が元々ある感情を上昇させる類の洗脳だったみたいですけど、そういう類の洗脳は私の国の人…特にブラック会社の方とかだと特に耐性があるんです。私の国の悪い所でもあるんですけどね。まあ、そういう訳で、リリィさんの洗脳が効かなかった訳じゃないのでそこは安心してください。』

「納得できるかああああああああ!!!」


肩を優しく叩いて、出来る限りの弁解をしたアイネスに、リリィは涙を流しながら大声で叫んだ。

その姿を見てベリアル達から更に笑い声が上がる。

まさに外道だ。

アイネスは先程まで自分が洗脳されていたというにも関わらず、本題に戻ろうとタケルに話しかけた。


『それでタケルさん、3つ目の要求の話に戻るんですが』

「あ、ああ…。」

『3つ目の要求は、リリィさん、シズクさん、アリアさん、ピカラさんをタケルさんのダンジョンから追放しない事。何があっても変わらず仲間で居続ける事。これに限ります。』

「「はぁ!?」」


この要求に声を上げたのは、リリィとシズクだった。

ミルフィオーネは目を丸くしてアイネスに尋ねた。


「意外じゃな。そなたなら、小僧たちの接近禁止でも望むかと思ったのじゃが。」

『私はそれも考えたんですが、いまの洗脳魔法で考えを変えました。彼らが万が一別れてしまう事になるとあちこち別の場所に行ってしまった分、色んな所で余計に被害が及ぶ可能性があるでしょう?それだったら、もう全員同じ場所にまとまっててくれたほうが良いかと。』

「なるほど…言われてみればその通りですね。」

『どうせ今接近禁止を要求しても、彼らだったら私のダンジョンの悪評を流すとか、接近しないで何かやらかしかねないですからね。』

「アイネス殿、一つ聞いても良いか?私は何故その中に入ってないんだ?」


ふと自分の名前が入っていない事を気になったのか、ホムラが挙手をしてアイネスに問いかけた。

ホムラの問いをベリアルがアイネスに通訳して伝え、アイネスはホムラに答える。


『ホムラさんはダンジョン戦争中に私に謝罪をしたという事をベリアルさん達からさっき聞きました。だからホムラさんはタケルさん達と違ってまだまともであると考えた上で、二番目の要求で他の魔物たちのように今後どうするかを決める自由を与えようと思ったので除外しました。なので今後どうするかはホムラさんの自由です。』

「…なるほど、分かった。その温情に感謝する。」


アイネスからの説明を受け、納得したホムラは頷いて、アイネスに会釈をした。

そんなホムラの後ろで、シズクとリリィは顔を青ざめ言葉を失っている。

アイネスはホムラが納得したのを見ると、再びタケルの方に顔を向けた。


『これで此方からの要求は以上です。後他には何かしなければいけない事はありますか?』

「いや、これで終いじゃな。今回のダンジョン戦争の賞品は、後日渡してやろう。後は<カスタム>で帰還する事を決めれば自身のダンジョンに…」

「あの、ちょっと良いっすか!!」


アイネスが全ての要求を告げ終わり、自身のダンジョンに戻ろうとしたその時、突然声が上がった。

声の上がった方を見れば、パーリーウルフズのリーダーが大きく手を挙げ、挙手していた。


「なんじゃ?既にダンジョン戦争の後処理は終わったぞ。一介の魔物は口出し出来ぬぞ」

「それは分かってるっす。でも、アイぴっぴに頼みたい事があるんすよ!」

「……アイネスよ、この狼がそなたに頼みたい事があるらしいぞ。」

『私に?』


リリィの事があり、渋々ではあったが、ミルフィオーネがアイネスにリーダーの言葉を告げた。

ベリアル達は、いつでも動けるようにパーリーウルフズのリーダーの動向を警戒する。


リーダーはアイネスの前に行くと、アイネスに頭を下げて言った。


「アイぴっぴ、ブルー達をアイぴっぴの所で置いてくんねーかな?」

「「「「はぁ!?」」」」


リーダーの頼み事の内容に、周囲の面々は驚愕する。

一番リーダーの言葉に驚きを見せたのはブルー達だった。

ブルー達は納得が行かないと言わんばかりにリーダーに詰め寄った。


「リーダー、突然何言ってんだよ!」

「そうっすよ!なんでそんな頼み事を…!」

「アイぴっぴとちょいと戦ってみて分かったけど、アイぴっぴはめっちゃ良いやつだ。多分アイぴっぴの下に行った方が、もっと楽に生活が出来ると思うんだよ。」

「だったら、リーダーも行こうよ!なんでリーダーだけハブってんのさ!」

「オレは駄目だ!ボスへの恩を返せるまではオレはボスの下に残る。」

「はぁぁ!?じゃあオレらもボスんとこ残るし!てかさっき戦争中でも言っただろこれ!」

「ばっか、アイぴっぴのお蔭で自由にボスの下から離れる機会が出来てんだぞ!しかもアイぴっぴとはもう二度と会えねぇかもしんねーし、アイぴっぴの下に付くのは、今しかチャンスがねーんだよ!」


タケルへ恩義を感じているリーダーはその恩を返すまではタケルのダンジョンに残るつもりだった。

しかし彼は、他の仲間達に自分の考えを無理におしつけて劣悪な環境下で一緒に残らせる事をさせたくないと思っていた。

その事について悶々と考えていた時、アイネスがタケルの魔物達全員に今後の行動の自由を与えてくれた。

リリィがアイネスの元に行こうとしたのを見て、リーダーはアイネスのダンジョンに仲間たちを行かせる事を思いついた。

これ以上仲間に負担を掛けたくないと思っているリーダーと、5匹一緒にいる事を望むブルー達。

彼らはアイネスの前で口論を始める。


「でも、リーダーが居ないと意味がない。」

「ピアニーの言う通りっしょ!リーダー居なかったら、オレらパーリーウルフズ成立しねーし!」

「別にオレが居なくてもブルー達ならへーきっしょ!オレは、オメーらが疲れ切ってクタクタになってんのを見てんのマジでつれーの!だからもっと良いボスの所に行った方が良い!」

「それだったら俺らはリーダーがアリアリらに説教食らってショボンしてんのとか、他の魔物らに馬鹿にされてんのを放置してんのがもっと嫌なんだよ!」

「僕たちがアイぴっぴのとこ行くんなら、リーダーも一緒じゃないと駄目だよ!」

「それにリーダー、オレらといねーと結構ポンコツだし!」

「リリぴょんのアピールとか色々間違ってたしな。」

「オレポンコツじゃねーし!つか今リリぴょん関係ねーだろ!」

「今実際ポンコツじゃん!リーダーいねーとどこ行ったって意味ねーんだってなんで分かんねーの!?」

「オレだって、ブルー達がいねーのは嫌だよ!でも、こんなんどうしようもねーだろって!!」


リーダーもブルー達も、引くことはない。

互いのことを、真剣に想っていたからだ。

本当は離れたくない、一緒にいたいと思っているが、ブルー達が疲れ切っている姿を何度も見ているリーダーはどうしてもタケルのダンジョンにではなく、アイネスのダンジョンに行かせてやりたいのだ。

ブルー達はそんなリーダーの心情を知った上で、一緒にいたいと告げている。

タケルもベリアル達も他の者たちも、彼らの口論を黙って見守るしかない。


パーリーウルフズが口論をする中、ベリアルが彼らのやり取りをこっそり通訳してアイネスに伝える。

アイネスは少し考えた後、『あー、忘れる所でした。』と、ちょっと棒読みになりながら口を開いた。

パーリーウルフズは一度口論を止め、アイネスの方に振り向いた。


『そういえば、パーリーウルフズの皆さんは鏡の迷宮を真ルートで攻略しましたよね?』

「え?」

『いつもの経営だとあの先にはいくつか高価なアクセサリーとかを置いているんですが、皆さんアクセサリーには興味ないでしょう?』

「いや、別に興味ねぇって訳じゃねーけど…急に何を言って…」

『なので皆さんには真ルートの初めての攻略者の賞品として、アクセサリーの代わりに私のダンジョンの仲間入りすることを選ぶ権利を渡そうと思っています。』

「!マジか!」

『ただし、これはパーリーウルフズの皆さん全員に、です。一人でも欠けていたらこの話は無かったことになります。5人全員への賞品なので。』

「!!」


全員、その言葉を聞いたパーリーウルフズは耳を立て、目を丸くした。

アイネスは彼らが反応したのを確認すると、そのまま説明を続ける。


『賞品とか言いましたけど、単刀直入で言ってしまえばヘッドハンティングですね。私のダンジョンって創立されてまだ間もないんで人手が足りないんですよ。だから、鏡の迷宮を初見でクリアした皆さんには、是非来て欲しいなって思ってるんです。』

「オレらが、アイぴっぴのダンジョンに…?」

『待遇は3食の食事に浴場つきで全員分の私室あり。あと皆さんが自由に演奏の練習を出来る部屋を用意します。』

「「「「「えっ」」」」」

『練習部屋は音が漏れないよう防音の部屋にするつもりなので、好きに騒いでもらって大丈夫です。あと、5人全員に新しい楽器も渡させてください。』

「アイぴっぴ?」

『それで週一ほど他の魔物たちに音楽を披露して欲しいですね。ベリアルさん達はあまり私の国の音楽を聞き慣れないそうですので、この際なので一気に私の世界の音楽を広めてしまおうと思っているんですよ。』

「いやちょっと」

『勿論、これをお断りしてもらっても構いません。その時は楽器だけプレゼントします。ただもし来てくれるのでしたら、今言った事は勿論用意します。他に欲しい物があれば、此方が用意できる範囲で用意させてもらおうと思っていて…』

「あーーアイぴっぴストップストップストップ!!これ以上はちょいオレらのフィーリングが追いつかねぇから一旦ストップ!」


淡々と待遇の説明をするアイネスに、リーダーがアイネスの口の前に手を出し、ストップを掛けた。

アイネスは待ったを掛けられたのを察して、すぐに説明を止める。

彼らは戸惑い気味に、口を開いた。


「その、オレらにはめっちゃ好待遇すぎね?オレら、レベル100どころかレベル50もねぇ下っ端狼よ?」

「別に貴方がただけ特別待遇というわけではないですよ?アイネス様のダンジョンに来た者はレベルも種族も関係なく、皆この待遇で生活をしています。」

「なにそれヤバっ!!」

「アイネスのダンジョンに来たらアイネスの言葉が分かるよう、アイネスの言葉を最低限勉強しなければならんが、それを差し引いても良い場所だぞ。何よりメシが美味い!」

「いや、だけどオレ達みたいな余所モンが突然ダンジョンに来て、やっかみとか不満とかでないっすかね…?」

「不満があったら、皆アイネスちゃんに直接言うと思うよ?それでアイネスちゃんが皆納得できるように対処してくれるの。」

「そもそも皆さん基本新入りの魔物は大歓迎なので、そういった話が出るのは本当に稀ですね。」

「えぇぇ…。」


アイネスの言葉が真実だと告げるように、ベリアル達がパーリーウルフズに追加の説明をする。

それを聞いたパーリーウルフズは余計に焦り始める。

そこでアイネスがベリアル達に話しかけた。


『あ、そうだ。ベリアルさん達もこのダンジョン戦争で優秀そうな方を見つけたのでしたら、誘ってもらって構わないですよ。』

「おお!本当か!」

「ちょっと!そんな勝手な真似は…!」

『あくまで交渉とスカウトですよ。実際どうするかはタケルさんの所の魔物達の自由です。タケルさんのようにスキルを使うわけでも、力を使って無理強いする訳でもありません。』

「ぐっ…」


2つ目の要求によってタケルは魔物たちを無理に残そうと命令する事は出来ない。

更に自分がしたことを上げられては、流石のタケルも黙るしかなかった。


「分かったよ…。好きにするがいいさ!」

『だ、そうです。』

「フフ、でしたらお言葉に甘えてスカウトに行きましょうか?」

「そうですね。実は是非此方のダンジョンへお呼びしたい方がいたんですよ。」

「我も気になるやつらがいたのだ!早速行くぞ!」

「あたしもちょっと見ていこーっと!」

「えっちょ、アイぴっぴの魔物全員行っちゃう系?マジで行っちゃう系!?マジで待って!?」


パーリーウルフズの制止を無視して、各々気に入った魔物へのスカウトに向かうベリアル達。

残されたパーリーウルフズは、ぎこちなくアイネスの方を見る。

アイネスは変わらず無表情のまま、彼らに尋ねた。


『それで、どうしますか?』

「オレは…」

「リーダー、これ了承しなきゃ損だろ!」

「ブルー?」

「アイぴっぴは俺らの能力を、リーダーの才能を認めてくれてんだ!リーダーはアイぴっぴの所に行った方がぜってー良いだろ!」


タケルに恩を感じているリーダーが迷う中、ブルーが声を上げた。

他の3匹も、リーダーに必死に訴えかける。


「ぜってー今のボスより良い所だし、こんなチャンスもう来ねーっしょ!」

「これは受けるべき。」

「リーダー、一緒に行こうよ!」

「お前ら…」


他の4匹がリーダーをアイネスのダンジョンへ行くことを勧める。

そんな仲間達を見たリーダーは、少し考え込んだ後、覚悟を決めた。

タケルの方に近づくと、タケルに向かって頭を下げて言った。


「な、なんだよ…。」

「ボス、オレはアンタの事をマジで尊敬している。」

「え?」

「確かにアンタはダンジョンマスターとしてはクズだったかもしんねーし、横暴だったかもしんねー。それでもアンタは、変わる努力もせずに腐ってたオレの世界を変えてくれた。アンタのミュージックが、オレを変えてくれた。その事に恩を感じたから、オレはアンタにずっと付いていくつもりだった。」

「きゅ、急に何を言い出すんだよ?」

「けど、アイぴっぴと一度戦ってみて、ブルー達の言葉を聞いて、考えが変わった!オレは、ブルー達と一緒にもっとミュージックをしてぇ!もっと、オレらのミュージックを他の奴らに聞いてほしい!もっともっと、ブルー達とライブがしてーんだよ!」

「ちょ、ちょっと、話を聞いてくれよ!」

「オレは!!アンタの下を離れる!」

「なっ……!」


リーダーの言葉に、唖然とするタケル。

リーダーはなおもタケルに頭を下げたまま、タケルに向かって言う。


「裏切り者って、馬鹿野郎って怒られても仕方ねー事を言ってるって事は分かってる。こんなん、オレのジコチューってのも分かってるし、アイぴっぴのとこに行っても認められねーかもしんねーってのは分かってる。けど、どうしてもこの想いを、夢を変えたくねーんだ!オレは!ブルー達とオレらのミュージックを世界に広めたい!!」

「リーダー…。」

「だから頼む、ボス!オレがアイぴっぴの下に行く許可をくれ!!アンタに無断でアイぴっぴの下に行くなんてオレには出来ねーから!アンタへの恩を、仇で返す真似だけはしたくねーんだ!頼むよ、ボス!」


必死にタケルに頭を下げ、懇願するリーダー。

そんなリーダーの姿を見て、他のパーリーウルフズ達も一緒に並んでタケルに頭を下げた。


「…ボス、俺からも頼む!リーダーと俺らにアイぴっぴに行く許可をくれ!」

「お願いしやっす、ボス!アイぴっぴの下に行かせてください!!」

「僕たち、このチャンスを無駄にしたくない!」

「お願いだ、ボス。」

「ぐっ、うぅぅ…!」


5匹から必死に頼まれ、動揺するタケル。

彼らの決心は固く、ずっと頭を下げ続けている。

タケルはそんな彼らの姿を見て居心地悪く感じたのか、苛立ちながらも「あー、分かったよ!」と声を上げた。


「分かった分かった!アイネスの下でも、どこでも好きに行けば良いだろ!君たちの代わりなんて、いくらでもいるからね!」

「…!アザッす、ボス!!今まで、お世話になりやっした!!」

「「「「お世話になりやっした!!」」」」


タケルから了承を受け、より深く頭を下げて感謝の言葉を告げるパーリーウルフズ。

タケルはそんな彼らからそっぽを向き、「全く、忠誠心のない奴らめ…」とブツブツと文句を呟いているが、そんな呟きはパーリーウルフズには聞こえなかった。

パーリーウルフズは、アイネスの方に振り向いた。


『どうやら、移籍の許可はもらえたようですね。』

「ウィッス!」

『私はタケルさんと違って言葉が通じないしステータスも低いので何かと不便だと感じるかもしれませんが、これからよろしくおねがいします。』

「ウィッス!オレらパーティーウルフズ、アイぴっぴの元で頑張っていくんで、よろしくおねがいしやっーす!」

「「「「よろしくおねがいしやっーす!」」」」


先程までの口論なんて無かったかのように、5匹肩を組んでアイネスに親指を立て、声を上げるパーリーウルフズ。


こうして、アイネスの初めてのダンジョン戦争は、幕を降ろしたのだった。




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