ダンジョン戦争の後処理。
ダンジョン戦争が終わり、アイネスとタケル達は再び白い空間へと戻ってきた。
そこにはアイネス達の他にベリアル、イグニレウス、フォレス、ゴブ郎のアイネス側の攻略部隊と防衛側の全体指揮をしていたマリア、アイネスのダンジョンの最深部まで攻略していたパーリーウルフズの5匹、それとダンジョン戦争終了時になんとか生き延びていたリリィ、シズク、ホムラもいた。
ダンジョン戦争に勝利し、笑顔を浮かべているベリアル達に対し、リリィ達の顔色は悪く、笑顔はない。
「さて、ダンジョン戦争後の処理を進めるのじゃが、その前に2つほど、アイネスに聞いてもええかのぅ?」
『あ、はい、どうぞ。』
ミルフィオーネは自分の持つ<オペレーター>スキルを使ってアイネスが分かる言葉で、アイネスに話しかけた。
ダンジョン戦争が終わった事で<オペレーター>を使うことを許されたアイネスも、ミルフィオーネの呼びかけに返事をする。
「アイネスよ、そなたは何故濡れているのだ?」
『ちょっと訳あって匂いを落としたくってシャワー…お湯を浴びて来ました…。』
「オレらもちょいとお湯借りやっした。」
「いつの間に仲良くなっているのぉ…。」
『仲良いというよりは、お互いの思いが同じだったってだけじゃないですかね?私、ダンジョン戦争中はずっと彼らの言葉は全然理解出来ませんでしたし。』
「いやマジそれな。アイぴっぴの言葉オールイミフガチめに不便。バトってる時のトークとか、ほぼフィーリングで理解する感じ?別にきゅーに仲良くなった、って感じはしねーわ。」
「そういうものなのか。」
「『そういうものですね(っすね)』」
「いや仲良いだろう。」
声が揃ったアイネスとパーリーウルフズのリーダーに、イグニレウスは冷静にツッコミを入れた。
彼の横にいるベリアルは、アイネスと距離が接近しているリーダーに嫉妬の視線を送っている。
そんな視線にリーダーは気づかず、アイネスに話しかけた。
「つかオレ気になってたんだけど、アイぴっぴが使ってたあの匂いのクソヤベーの、あれマジでなによ的な?」
『すみません、なんて言ってますか?』
「そなたが使っていた匂いの凄い物はなんなのか、と聞いておるぞ。」
『細長い円柱の容器に入った顔面にかけられたら目が死ぬやつと、低い円柱の容器に入った顔面に掛けられたら鼻が死ぬやつ、どっちですか?』
「どんな選択肢だ。」
「鼻が死ぬやつだわ。こんな形の容器に、アイぴっぴがこんな風にナイフ刺してたやつ。」
『その形のやつなら、シュールストレミングですね。ニシンっていう魚の塩漬けで、世界一臭い食べ物認定されたやつです。』
「あれ食べもんなん!?あんなクソやべぇの食うのいるの!?」
『一応ちゃんとした食べ方もあります。』
「ありえねー…あれが食い物って…。」
「逆にぱねぇわ…。」
シュールストレミングの匂いの凄まじさを知っている三匹は、アイネスの話を聞いて言葉を失っている。
シュールストレミングの恐ろしさを知らない他の二匹は首を傾げている。
「それでもう一つの質問じゃが、そなたのダンジョンコアの所在についてじゃ。アイネスも事前にルールを聞いているから分かるじゃろうが、ダンジョン戦争中、ダンジョンコアは誰も立ち入る事が出来ぬ場所に設置する事は禁じられている。そのルールを違反していないか知る為にも、そなたから話を聞かねばならぬ。まあ、アイネスはそこな小僧と違い、卑怯な手は使っておらぬじゃろうがな。」
『卑怯な手かはミルフィーさん達のような第三者の印象によるものなので分かりませんが、ちゃんとルールに違反しないような場所に置いてありますよ。』
「…何処だよ」
『ん?』
ミルフィオーネの2つ目の問いに淡々と答えるアイネス。
その時、先程まで沈黙していたタケルが声を上げた。
「何処だよ、それは…。何処にあるんだよ、君のダンジョンコアは!何処を探しても、全然見つからなかったんだぞ!最深部にないって言うなら、一体何処に隠していたんだ!」
『隠すというか、ダンジョンコアは最初の段階で見つかっていたはずですよ?中には、2回程目撃している方もいるはずです。』
「……は?」
さらっと告げられたアイネスの言葉に、タケル達は目を丸くさせる。
そんな彼らを、ダンジョンコアの場所を知っているベリアル達はニヤニヤと笑った。
「そ、そんな訳あるか!だって、あちこちくまなく探したけど、それらしいものは何処にもなかった!<鑑定>だって使ったし…。」
『本当にくまなく探せてましたか?何処か良く調べていなかった場所とかあるんじゃないですか?』
「そんなのある訳がないだろう!だって、皆ピカラが死んだ後からかなり警戒を行っていたんだぞ!」
『その前は?』
「え?」
『その前は、どうだったんですか?罠に掛かって仲間が戦闘不能になったのを目撃して自分たちが警戒を始めるよりも前は、気を抜いてたんじゃないですか?』
「それは…。」
「遠回しな言葉はもう良いですわ。早くそのダンジョンコアの場所というのを教えてくださらない?」
シズクは苛立ちを募らせ思わず口に出した。
アイネスがダンジョンコアの場所を言うのを今か今かと待っているタケル達に、アイネスはキョトンとして周囲の様子を伺い、そして心底驚いた様子で口を開く。
『えっ、もしかしてまだ分からないんですか?これ、もう答え言っているようなものなんですが…。』
「フフ、残念なことに、彼らはまだ分からないようですよ。」
『ラノベとかゲームとか、そういうの見てたらなんとなく分かりませんか?最深部になかったら、真っ先に想像する所とか。結構初歩的な隠し場所だと思うんですけどね…。』
「だから!何が言いたいんだ!!」
『最初のエリアですよ。ダンジョンコアが設置してあるのは。』
「なんだって!?でも、崖の部屋にはなにも…」
『それは二番目のエリアですよ。最初のエリアは別にあります。』
「え?」
そう言うとアイネスはタケル達を手招きし、自分のダンジョンの中へと入っていく。
タケル達もそれに続き、アイネスのダンジョンに入っていく。
アイネスはタケル達の前を歩きながら、そのまま説明を続ける。
『私が最深部で姿を隠す事が決まった際、ダンジョンコアを最深部に置くことはすぐに止めました。勝利条件を満たす要素を2つ同じ場所に置くと、どちらか一方が守りきれませんから。』
『そうなると、ダンジョンコアは別の場所に隠す必要がありました。しかし、私のダンジョンでそこそこ大きいダンジョンコアを隠すには、隠し場所がかなり限られています。』
『青の扉…謎解きをさせる部屋は答えの物を探させるのがクリア条件なので、答えを探す最中に見つかる可能性があり、途中脱落者達が行く崖下や落とし穴の中は、間違って誰かが触れる可能性があるから駄目でした。鏡の迷宮は最深部に近すぎるのでそこも駄目です。』
『そうなると、隠し場所は一つしかないですよね?』
そうして辿り着いたのは、アイネスのダンジョンに入ってすぐに存在する壺のある部屋だった。
先程は入ってすぐに壺の中からティアーゴの声が聞こえてきたはずなのに、今は何も聞こえない。
アイネスが目配せをすると、ベリアルはすぐに部屋の中心に置いてある壺の前まで近づくと、ガラスの箱を取った。
『タケルさん、このダンジョンで決められたルールを知っていますか?』
「あ、ああ、確か、『ダンジョン内の設置物を壊すな』ってルールだろう?それならちゃんと守ったはずだ。」
『ええ、そのようですね。だってそのルールを守っていたせいで、ダンジョンコアを見つけられないですから。』
「え?」
「アイネス様、『ティアーゴ』を取り出しました。」
そう言ったベリアルの方を見てみると、そこには黒い接続線に繋がれた小型の録音機を丁重に掲げていた。
その姿に、ミルフィオーネ達は目を丸くする。
「これは、ICレコーダー?」
「この魔道具が、あの声の主の正体か?」
「ええ。事前に決められた台本通りに言った言葉を記録し、中に侵入者が来た際にモニターで中の様子を見ているマリアが記録した声を再生させておりました。」
「ほほう!それはなんとファンタスティックな魔道具だ!」
『本当は某夢の国の喋って動く人形とかを設置したかったんですが、まだまだ此方の技術不足でして…。』
「こ、これで技術不足…。」
『まあそれは置いておいて、本題に戻りましょうか。』
ベリアルからICレコーダーを受け取ると、アイネスはタケルに問いかけた。
『タケルさん、この壺は良く調べてみましたか?』
「ああ、調べたよ。ガラスの箱に入っていたから、外側の模様を少しだけだけどね。」
『じゃあ、壺の口や裏側までは見ていなかったようですね。』
「そんなの、見ている訳がないだろう?それがなんなんだと言うんだ?」
『では、よく見ていてくださいね。』
アイネスはそう言うと、壺の前にいるベリアルに目配せをした。
ベリアルは手を壺の中に入れると、何かを動かした。
カチャリッ
何かの鍵が開いたような音が部屋の中に響いた。
ベリアルは壺の中から手を出し、壺の側面に両手を当てると、それぞれ違う方向に動かした。
「あっ…!」
「壺が…」
すると壺はいとも容易く縦半分に開かれたのだ。
そして開かれた壺の中には、青い光を放つダンジョンコアが姿を現した。
壺の中から現れたダンジョンコアに、タケル達は唖然とした表情になった。
「アメイジング!まさかこんな場所に隠されていたとは!」
「見ての通り壺の中は二重底になっており、一段目には壺を開ける為の簡易な錠前が付いています。それは誰でも開ける事が可能です。まあ、その前にこの仕掛けに気付ければの話ですが。」
「なるほどのぉ。確かにこれは高価そうな壺を壊す事を恐れ、表面を見るだけに留めた者には気が付かぬわ。」
「ちなみに此方の壺は元々置いている壺の模様をアイネス様の配下のスケルトンが真似して作った木工の壺ですので、市場価値はありません。」
『唯一の懸念は、タケルさんがこの壺に<鑑定>を使われる可能性がある事でしたが、私が彼らの前から逃走して、私を追いかけさせる事に固執させる事で壺からの注意を逸らしました』
「実に愉快なアイディアだ、クールガール!グレィト!」
アイネスのアイディアに感心し、賞賛の言葉を言うディオーソスとミルフィオーネの反応とは裏腹に、タケル達の顔は死んでいた。
ホムラが頭に手を当て、何処かスッキリとした表情で言った。
「なるほど…。では私とシズクは、2度もすぐ目の前にあったダンジョンコアを見逃していたという事か…。」
「少し気づけば、簡単に触れられる場所にあったのに…わたくし達はみすみすと素通りしていったのですね…。」
「もう、負け惜しみの言葉すら出ないな。本当に見事だ、アイネス殿。」
『最近うちのスケルトンの一体がこういった仕掛けのある木工品作りにハマってて、今回の隠し場所のアイディアが思いついたんですよ。後でその事教えたら喜びますかね?』
「勿論ですよ、アイネス様、『キット、カレ、モ、ヨロコブ。』」
アイネスの言葉にベリアルはニコニコと笑顔を浮かべて相槌を打つ。
そんな彼らを見てうんうんと頷いた後、ディオーソスは一度柏手を打ち、次の話題へと移した。
「クールガールのダンジョンコアがきちんと置かれていたのも確認したし、そろそろダンジョン戦争の後始末をしよう!!ダンジョン戦争でハプニングボーイに勝利したクールガール、アイネスは敗北したハプニングボーイになんでも3つ要求が出来る!ダンジョンポイントを徴収するのもよし!気に入った魔物を貰い受けるのもよし!そして、ハプニングボーイのダンジョンを潰すのもまたよし!」
「ま、待ってくれ、ダンジョンを閉鎖させるのは流石に…」
「くどいぞ、小僧!アイネスからダンジョンも魔物もその身柄も要求しようと目論んでおったぬしに要求の決定権はないわ!」
「ひっ!」
要求を軽くしようと交渉を持ちかけようとしたタケルに対し、ミルフィオーネはぴしゃりとはねのける。
その剣幕に悲鳴を上げたタケルに対し、ミルフィオーネは告げる。
「そもそも、拒絶するアイネスにこのダンジョン戦争を挑んだのはぬしじゃろう!その結果が自身の思い通りにならなかっただけで今更要求を軽くしろとなど不満を言うでないわ!それに、ダンジョンコアを自身しか入れぬ場所に設置していたという時点でそなたはルールに違反していたとアイネスに言われていても可笑しくなかったのじゃぞ!口を閉じるが良いわ!」
「でも…でも…。」
『あのー、ミルフィーさん。このまま長引かせるのもストレスでしょうし、そろそろ此方の要求を言ってもよろしいですか?もう既に過ぎた事ですし。』
「おお、すまなんだ。して、アイネスは小僧に何を要求するのだ?遠慮せずに要求してしまえ。あやつを縄で縛って馬で引きずるのでも良いのだぞ?」
『それ処刑ですか?いえ、もう決まっているんで…。』
ミルフィオーネの剣幕の凄まじさと、さらっと残忍な処刑を提案する様子にアイネスは軽くドン引きしつつも、気を取り直してタケルに要求を告げる。
『一つ目の要求はダンジョンポイントの請求ですね。今回のダンジョン戦争で死んでしまった自分の魔物たちをDPで全員復活させた後、残ったDPの8割を全て此方に下さい。』
「8割…、全部じゃないのか?」
『だってそれだと、今後のダンジョン経営に影響が出るでしょう?全部要求して逆恨みされても面倒なので、8割で十分です。その代わり、すぐに魔物の復活とか済ませちゃってください。』
「わ、分かった。すぐにやろう。」
DPを全て要求されなかった事にタケルは少し安堵し、すぐにアイネスの言う通りにした。
自分の元にDPが入った事を確認すると、アイネスは次の要求をタケルに告げた。
『2つ目の要求は、貴方の配下の魔物全員に、自由行動の権利を与える事です。』
「魔物に自由行動?」
『これから三日間、貴方は自分が魔物に課した命令を全て解除し、魔物たちに今後はどうするかを考え、そしてどう動くかを決めさせてください。もしもその魔物が貴方の元から離れる事を要求したらそのまま許してあげてください。あ、流石に命を狙われたら反撃しても良いですが。』
「そ、そのくらいなら構わないよ。僕の魔物達は皆僕を慕ってくれているからね。そんな魔物、きっといないだろうし…。」
『じゃ、これも了承ですね。じゃあ次は…』
「待ってください!」
アイネスが3つ目の要求をしようとしたその時、先程までずっと黙っていたリリィが声を上げた。
全員の視線がリリィに向く中、リリィは前のような清楚系キャラを装い、アイネスに声を掛けた。
「アイネスさん、どうかお願いです!私を貴方の配下にしてください!」
「「「「「「はぁ!?」」」」」」
突然のリリィの発言に、ベリアル達は勿論、タケル達も驚愕する。
「リリィ!突然何を言うんだ?!」
「いやっ、離してください!もう、私は貴方の下で働くのは嫌なんです!これ以上はもう、耐えられないっ!」
突然のリリィの奇行にタケルは戸惑いながらリリィの腕を掴むが、リリィは涙を流しながら辛そうな表情でタケルの手を振り払う。
そしてリリィは涙ながらに、アイネスに訴えかける。
「私、召喚されてからずっとタケル様に酷い要求をされ続けて…。タケル様はダンジョンマスターだったから、何も言えなかったんです。でも、アイネスさんによって、一時的に自由を貰う事が出来ました。そのおかげで、タケル様から離れる事が出来る…。その恩を、アイネスさんの側で返していきたいんです!どうかお願いします!私を仲間に入れてください!」
「突然何を言い出すのかと思えばこの女…!白々しいったらありゃしないわ!」
リリィの本性を既に知っているマリアは、リリィの演技に舌打ちをした。
今までタケルの側で好き勝手やっていた癖に、そのタケルが使えないと判断するとすぐさま乗り換えようとするとは、まさに小賢しいリリスである。
その事を察したベリアル達は彼女に騙される事なくなおも可哀想な女の演技を続けるリリィに呆れた視線を送る。
しかしその後すぐに、リリィの企みに気がつく事となる。
『すみません、リリィさんなんて言ってるんですか?』
「ああ、そこのリリスはのぉ…。」
リリィの言葉が分からず、近くにいたミルフィオーネに発言の内容を尋ねるアイネス。
その間も、リリィは涙を流しながら演技を続ける。
その様子を見て、マリアとベリアルはハッと気が付いた。
リリィはアイネスに言葉が通じないのを利用し、アイネスが勘違いするように演技をしているのだ。
アイネスはリリィの本性を実際にその目で見ていないため、彼女の本性を知らない。
リリィはそれを利用し、「タケルに虐げられてきた哀れなリリス」を演じようとしているのだ。
弁解しようにも、ベリアル達の拙い日本語では上手くそれを説明することは出来ない。
してやられた、とベリアル達が思い、すぐにアイネスに真実を告げようとするが、その前にリリィが動いた。
「アイネスさん、お願いです…。『私を貴方の配下にして』ください!」
『あっ…。』
リリィはアイネスと距離を詰めると、アイネスと目を合わせ、彼女に<洗脳魔法>を掛けた。
守護精霊の加護も、<精霊結界>の結界もないアイネスは、リリィの<洗脳魔法>をダイレクトに受けてしまった。
洗脳魔法を受けた事で、アイネスの目の焦点が虚ろになる。
その姿を見て、リリィはこっそり笑みを浮かべた。
「さぁ、アイネスさん、言ってください。『私を貴方の仲間にしてくれますよね?』」
「アイネス様!」
「アイネス!」
リリィがアイネスに命令するのを見て、ベリアルとイグニが悲痛の声を上げアイネスに手を伸ばす。
マリアもフォレスも、アイネスに洗脳の解除魔法を掛けようと手を伸ばした。
しかしそれらは間に合わず、アイネスの口が開き、言葉が紡がれる。
『私は、リリィさんを仲間に――――――――』




