普通のJKに戦闘なんて出来ると思うか?
いやぁ、本当キツかった。
シシリーに最深部直前まで到達した魔物がいるって聞いて慌ててモニター確認しようとしたら間違って別のモニターを表示してしまうとは思わなかった。
リリィ凄い勢いでフルボッコ食らってたよ。此方が引くくらいにリンチされてた。
確か、途中で崖に落ちたり青の扉で問題を解けきれなかったりして途中脱落した魔物達はマリアがどうにかするって言ってたけど、もしかしてこれに使ったのだろうか?
あれ、全員タケル青年の方の魔物たちだよね?
すっごいブチギレ状態だったけど、リリィ何したの?
もろにグロ映像を見てしまったせいで、戦闘前からグロッキーになってしまった。
敵であるはずのパーリーウルフズにも心配されて水貰っちゃったし、カッコ悪い対峙の仕方である。
スラっちにさり気なくグロ映像が流れるモニターはそっと消してもらい、私はパーリーウルフズにお礼を言った。
「あ、水、ありがとうございます。すみません、ダンジョン戦争中なのに」
「*、********?」
「全然何を言ってるのか分からない…ですが、体調の方は大丈夫です少し楽になりました。」
此方を心配した表情で伺う赤い体毛の人狼に親指を立てれば、もう大丈夫だと分かったのかホッと安堵の息をついた。
それにしても、此処までやって来た魔物ってパーリーウルフズの皆さんだったかぁ…。
確かにパーリーウルフズは音楽=クラシックでしかなかったこの世界でロックなんて先取りするくらい柔軟な考え方持ってるし、あまり考えすぎない感じはするから前の2つをクリア出来れば紫の扉ルート攻略できそう。
此処に来て初の紫の扉ルートの真の攻略方法を見つけたのが、ダンジョン戦争の相手の配下だとは思わなかった。
しかし困ったな。
私が魔物と直接対決を行う事になるのは完全に予想外だ。
相手が戦闘能力も実戦経験も優れてそうなグレーターワーウルフ三人に対し、私は戦闘能力皆無で実戦経験どころか武術なんて習った事のない典型的な女子高生。
万が一のことがあった時のために<ネットショッピング>で防刃・防弾の2つの効果を持ってる服で武装してリュックサックには色々武器に使えそうな物とか持ってるけど、それで対処出来るか不安だ。
今逃走を図っても足の速そうな彼ら相手だったらすぐに捕まって気絶させられるだろうし、<ホーム帰還>はスキルがスキルなので出来るだけ身内以外の前では見せたくない。
今此処にいるのは精神安定剤のために連れていたスライムのスラっちだけで他は無理。
あれ、結構私ピンチではないだろうか?
相手が女幹部達とかタケル青年でない当たりマシだし、100匹以上が攻略に入って残り3匹になるまで削れたというのはかなりの好状況だと思う。
だけど私が彼らに勝てるかとは全くの別問題だ。
この部屋には私が有利になるための罠はないし、あったとしても発動する前に彼らに拘束されて終わる。
なんとかタケル青年のダンジョンコアを攻略部隊の誰かが見つけるまで気絶しないように時間稼ぎしたい所だけど…、正直言ってハードモードがすぎる。
一体どう切り抜けるべきだろうか…?
「アイ***。」
「え?あ、はい呼びました?」
策を考えていると、先程まで仲間同士で話し合っていたパーリーウルフズに話しかけられた。
そちらに顔を向ければ、赤い体毛の人狼が代表して、私の前に立つと、その手に持ってたナイフを仕舞ってみせた。
他の二人も、持っていた武器を仕舞った。
この行動に私が目を丸くしていると、赤い人狼は何かを伝えようとパーティーで私とコミュニケーションを取った時のように寸劇をしながら話を始めた。
「*********アイ*****************、」
「えっと……、私を見つけたらすぐに気絶させるようにタケルさんに言われている……」
「**、********アイ*************。」
「だけど出来れば、私を傷つけたくない…。」
「****アイ***、**、********?」
そう言うと、赤い人狼の彼は私を指差し、そして両手を上げた。
両手を上げるポーズ。
それは、ダンジョン戦争が始まる前に決めてあった『降参』のポーズ。
言葉が通じない私のために決められた、ギブアップの意思表示。
私はすぐに彼らの言いたい事を理解する。
「……なるほど。つまり戦いになる前に降参しろって事ですか。」
「************。**、***************。」
「事情は分かりませんが、どうしても引けないんですね。自分のダンジョンマスターを勝たせるために。」
「アイ***、*********?」
パーティーの時に見た軽快でチャラチャラしていた時とは違い、真剣な表情で私を見るパーリーウルフズ。
どうやら、本気なようだ。
きっと彼らなりに、私が怪我をさせないまま自分のダンジョンを勝たせる方法を考えたのだろう。
この交渉をしたのがタケルだったならただの脅迫と考えて適当にあしらっていただろうけど、パーリーウルフズは本気で私の身の心配を考慮した上で交渉しているのだ。
私は此方を心配そうに見るスラっちの頭を撫でてあげた後、私はパーリーウルフズの方を向いた。
「気を使ってくれてありがとうございます。でも、降参する気はありません。」
私は首を横に振り、彼らに降参しないという意思表示をする。
彼らは私が首を横に振ったのを見て、耳をへなりと曲げて尻尾が垂れる。
「***…**?」
「タケルさんのダンジョンに行ったら、ベリアルさん達や他の皆さんがどう扱われるか分からないので。」
もう一度確認するように尋ねて来たパーリーウルフズに、私は再び首を横に振った。
確かに今此処で彼らの言う通りに降参すれば、その場では怪我をしないかもしれない。
けどその後タケルのダンジョンに保護されたとしても私やベリアル達がどう扱われるか分かったものではないし、タケルとちょっと話しただけで睨み付けて威嚇してきた女幹部達が何をするかだって分かったものではない。
良くて事故に見せかけて大怪我、最悪四肢欠損させられて監禁の可能性がある。
想像するだけでも恐ろしい。
「それに、皆さんの努力を私一人の身だけで台無しにするのは流石に気が引けますしね。」
今回のダンジョン戦争でマリア達は私以上に頑張ってくれた。
参考資料を何度も見返し、技術班である何処に罠を仕掛けられるかをスケルトン達と話し合い、時には攻略部隊であるベリアル達の手も借りていた。
特にマリアはダンジョンの外に出て情報収集に向かったりもしていた。
それは攻略部隊も同じ事で、普段は口論の多いはずのベリアルとイグニが準備期間中は一度も口論をせずにタケルのダンジョン攻略について意見を出し合っていた。
言葉が分からなくても理解できる。
ベリアル達は、このダンジョン戦争に絶対勝つつもりなのだと。
そんな彼らの為にも、私は降参するわけには行かないのだ。
「逆に聞きますが、貴方達は降参しないんですか?」
「***?」
「自分で言うのもなんですが、このダンジョン戦争に勝つために死にはしないけどかなりえげつない方法を使うつもりですよ?」
絵を描いて彼らに見せて尋ねてみれば彼らはちゃんと意味を汲み取ってくれたようで、お互いの顔を見合わせた後、全員首を横に振った。
「***********。」
「**!アイ********!」
「****************!」
「皆さん降参する気はない、と……。まあそうなるだろうとはなんとなく察してました」
私は一つため息をついた後、スケッチブックを放り投げ、首元に掛けていたチェーンを手に取って服の中に隠していた金色の鍵をパーリーウルフズに見せた。
そして私は、パーリーウルフズが入ってきたであろう扉とは別の扉を指差した。
「この鍵を使えば最深部に向かうことが出来ます。鍵は私が持っているこの一つだけしかありません。最深部に向かいたければ…」
「アイ*******、****。」
「お察しいただけたようですね。」
ターゲットを私ではなく私が持っている鍵にしておけば、パーリーウルフズは私を気絶させる以外にもやり方が増える。
その結果パーリーウルフズに気絶させられて即敗北する可能性が低くなるので、勝率が少し上がる。
悪くないルール設定だ。
「****、********************!****、アイ*****************************!」
「「「****!」」」
「うん、さっぱり意味が分からない。」
意味は分からないが、彼らはどうやら私ではなく鍵を奪う事を決めたようだ。
それが良い。そっちの方が私の精神的に楽だ。
喧嘩や戦いなんて物騒な名前より、取り合いっこって名前の事の方が遥かに血生臭くない。
戦争も戦いも縁遠い世界で生まれ育った私には、これぐらいが丁度いい。
「じゃ、始めましょうか。スラっち、いけますか?」
私がスラっちに尋ねれば、スラっちは大丈夫だと言うように元気よく跳ねた。
私とスラっちのやり取りを見ると、パーリーウルフズは私の準備が出来たと判断したのか、武器は構えずに戦闘の構えに入った。
私は胸ポケットに入れていたマスクを付け、ズボンのポケットに入っている最終兵器に触れ、いつでも取り出せる状態にしておく。
「***!***!*******!!」
「「****、****!!」」
先攻を切ったのはパーリーウルフズ達だった。
オレンジ色の人狼と青色の人狼の二人が前に出て横に並ぶと、同時に大きく息を吸い込んだ後口を開いた。
これは、スキルだろうか?
彼らの口から放たれた衝撃のようなものを直に浴びた瞬間、私の身体が一瞬硬直する。
スラっちもその身体を振動させ、苦しんでいる。
なるほど、私達を動けなくしてその隙に残った一人が鍵を取ろうという戦法か。
かなりシンプルだけど、この場ではぴったりな方法だ。
このままではすぐに鍵が奪い取られて…
すぐに奪い取られて…
すぐ……。
「…いや、来ないんですか??もう硬直が止まっちゃったんですが?」
「!?!」
すぐに鍵を奪い取られる…と思ったけど、その前に硬直が解けてしまい私は思わず芸人顔負けのツッコミを入れてしまう。
そんな私を、パーリーウルフズは何故か物凄い驚いた表情で此方を見ている。
何故スキルを使ったのは彼らなのに驚いているのだろう…と思っていると、横にいるスラっちがまだ苦しんでいる事に気が付いた。
よく見れば遠吠えをしていない赤い人狼は耳を塞いでいる。
更に、他二人の人狼は口を開いて何かを叫んでいるような様子であるにも関わらず私の耳にはその音が全く聞こえない。
周囲の状況を確認した私は少し考えた後、リュックサックから対獣系の魔物対策に用意していた動物撃退器を取り出す。
そしてそれを彼らに向け、スイッチを押した。
「えいっ」
「「「*************!!!」」」
その瞬間、パーリーウルフズは全員耳を塞ぎ、膝から崩れ落ちた。
見えない何かに苦しみ、必死に狼の耳を手で塞いですごい勢いで転がっている。
横のスラっちを見れば、彼も凄い勢いで苦しんでいた。
私は彼らの様子を見て、全てを理解した。
「なるほど、超音波とかそんな感じかぁ……」
人間で言う所のモスキート音だろうか?
彼らはスキルか何かで大声を出すと同時に、人間以外の者が不快に感じる周波数の音を出していたのだろう。
それこそ、今私が使っている動物が嫌う超音波を放つ動物撃退器のように。
流石にこのまま起動しているのはスラっちにもパーリーウルフズにも可哀想なので、私は動物撃退器の電源をオフにした。
途端に彼らは嫌な周波数が無くなって楽になったのか、ゼェゼェ息を付いて力を抜いた。
これ以上動物撃退器を使うのは止めておこう。スラっちにも効果があるみたいだし、なんか見てて動物虐待をしている気分になる。
「けど、なんで魔物にしか効果のない周波数なんて…」
スラっちを封じるためならともかく、私の動きを封じる目的だったら人間の私に魔物が嫌がる遠吠えは通用しない。
ハッキリ言ってスキルの選択ミスだ。
彼らは私に効果がない様子を見て驚いていたけれど、なんで彼らは私が効くと思ったのだろうか?
私は理由を考え出そうと頭を掻こうとした時、ふと頭に付けた猫耳に手が触れようとして手が止まる。
私の頭の上では、猫耳カチューシャが私の脳波に反応して動いている。
そこで私は、ピーンと閃いた。
「あ、なるほど。そういえばミルフィオーネさん達も見ているからって偽装工作していたんだった。」
今、自分の種族を偽るために私の頭と腰にはパーティーの時にも付けていた脳波で動く猫耳カチューシャと尻尾を付けている。
きっと彼らは私を獣人か何かだと勘違いしていたから効果があると思っていたのだ。
しかし実際の私の種族は人間。
動物が嫌がる超音波は人間の私には聞こえず、効果がない。
彼らの目には猫の獣人であるはずの私が、魔物なら絶対に苦しむはずの超音波を浴びているにも関わらずピンピンしているように見えたのだ。
それは驚くのも仕方ない。
私は頭の上にハテナを浮かべている彼らに見えるように、猫耳カチューシャを外して見せた。
私の頭から外れた猫耳を見て、目が飛び出んばかりに驚愕するパーリーウルフズ。
「******?!*、******?!」
「すみません、こう見えて人間なんです。」
状況を理解出来ない様子のパーリーウルフズを横目に私はカチューシャを戻し、私は今のうちに攻撃の準備を始める。
ズボンのポケットの中から最終兵器を取り出し、面の方を彼らに向ける。
戦闘能力が皆無な私が勝つには体力や能力が高い者が有利な長期戦に出来るだけ持ち込ませず、一撃で倒すだけの何かが必要だ。
しかし私にはベリアルのように攻撃魔法に優れている訳でもないし、イグニのように力が強い訳でもない。
そうなると私はなにかしら武器を使って敵を倒す必要がある。
これがラノベやゲームの世界だったら、最終兵器なんて名前のつくものは戦闘の終盤に見せるのが定石かもしれないが、此処はリアル。
ちょっと矛盾しているけれど、最終兵器なんて使える物は最初に使わせてもらう。
「先に謝っておきますね。ごめんなさい。」
「「「*?」」」
私は一言謝罪を述べると、もう片方のポケットから取り出した十徳ナイフを最終兵器の入った容器に突き刺し、そして封を開けた。
その瞬間、容器の中からは灰色のドロっとした液体と、ガスが噴出するように溢れ出し、そこまで広くもない密室空間は一気にそのガスで充満される。
そのガスが容器から吹き出されたその瞬間、彼らは地面に手を付き、苦しみ始めた。
私とスラっちは苦しむ彼らを黙って見つめる。
やがてパーリーウルフズは一人、また一人と地面に倒れ伏し、全員が動かなくなった。
全員が倒れたのを見届けた私は、そっと彼らに向かって呟くように言った。
「ごめんなさい、でもこうでもしないと勝てないんですよ。」
私の横で佇んでいるスラっちは何も言わず、私を透明な瞳で此方を見ていた。




