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最も相手が苦痛する終わり方

「これは、アイネスの勝ちが決まったのぉ。」


タケルが居なくなった白い空間で、ミルフィオーネはぽつりと呟いた。

ミルフィオーネの呟きにディオーソスは反応を見せた。


「おや、ミス・ミルフィオーネ!貴殿は既にこのダンジョン戦争の勝敗が分かったと?」

「だってそうじゃろう?順調に攻略を進めているアイネスの魔物達に対し、小僧の幹部4人は皆戦線離脱し小僧はダンジョンから追い出された。小僧が連れていた攻め側の魔物はほぼ瓦解状態で残った幹部の女は信用を地に落とされておるから魔物たちを纏めきれぬ。この状態から勝つのは難しかろう。小僧がアイネスをもう少し警戒しておったら少しは違ったじゃろうがな。」


ミルフィオーネはすでにタケルが負ける事を確信していた。

タケル達の油断、稚拙すぎる策略、唯一ベリアル達に対抗できるであろう幹部全員を攻略部隊に参加させたこと、タケルの敗因を上げればきりがないが、一番はアイネスの実力がタケルの予想を遥かに超えるものだった事が理由だとミルフィオーネは考える。

アイネスの戦略は観戦していたミルフィオーネ達から見ても目から鱗が落ちるものだった。


タケルのスキルを完封する革新的な対策。

敵の行動を予測して作られた罠の数々。

アイネスの配下の魔物たちも、策を練って下位種族でありながら上位種族である幹部たちを倒したその力は見事なものだった。

相手を過小評価せず、相手の戦力を全力で潰す事だけを考えられたであろう戦法は長い間ダンジョンマスターを務めるミルフィオーネ達にとっても感嘆するものだった。

ミルフィオーネ自身も、もしも初見でアイネスのダンジョンに入っていったとしたら、あの罠達に見事に引っかかっていただろう。

アイネスを侮ったタケル達には絶対に回避する事が出来ないダンジョンだったのだ。


「ハッハッハッハッ!実にその通り!ハプニングボーイは確実に完敗だろうな!そこからは絶対に逃れられない運命だ!」

「そうじゃろう?」

「だがしかしミス・ミルフィオーネよ、ダンジョン戦争の勝敗を予測するにはまだ早い。」

「…どういう意味じゃ?」


訝しげにディオーソスを見るミルフィオーネに対し、ディオーソスは大仰なポージングを決めながら高らかに声を上げる。


「如何なるイベントにもサプライズは付き物!サプライズはイベントを大いに盛り上げる!例えば今まで知られていなかった真実の発覚に戦闘中の参加者の進化!突然の自然災害の発生に強敵の襲来!そして……」


ディオーソスは、そっと声を落とし、面白いものが来る事を待ち構えているような期待に満ちた笑みを浮かべた。




「思いもよらぬ者の大活躍とか……だ。」



##### #####


「ふぅ…あともう少しですね。」

『フォレス、ミギB2。』

「『御意』。」


ベリアル達に見送られ、先を進んでいたフォレスは最深部目前まで迫っていた。

事前にタケルのダンジョンの中がどうなっているかを分かっている事とアイネスの的確な指示のお陰で、フォレスは無駄な魔力を消費する事なく先を進む事が出来ていた。

元々フォレスの防御魔法に掛かれば、多少の罠や敵の攻撃程度なら容易く防ぐ事が出来る。

ただ、フォレスは防御系の魔法やスキルに優れている代わりに攻撃魔法は殆どが上級止まりだ。

それでも十分攻撃力はある方なのだが、攻撃魔法に優れたベリアルや物理攻撃に優れたイグニレウスと比べると、かなり火力が少なかった。

それでも今回ダンジョン戦争でタケルのダンジョンに攻略に向かう事を決めたのは、フォレス自身が志願したからだった。

フォレスは一緒にいたベリアルやマリア達のようにタケル達がアイネスにした事を心の中ではかなり憤りを感じていたのだ。

そして今回、タケルのダンジョンの攻略部隊に入る事を決断した。

防衛側に回ってしまえば、防衛魔法に優れたフォレスが彼らを相手にする機会が回ってこないだろうと考えていたから。


フォレスは最深部の前の階層に行くための階段の前で、ある魔物と遭遇した。

二本足で立つ黒豹の魔物。

黒豹の魔物の背中には鷲の翼が生えている。


「獣人…いえ、キメラの類ですか?」

「これでもブラックデーモンパンサーという悪魔族に属する種族だ、妖精王よ。」

「ああ、これは失礼しました。」

「よい。我が主達も間違えていた。」


ブラックデーモンパンサーは謝罪を述べるフォレスに怒る事なく、物々しい雰囲気を漂わせ告げた。

こっそりとアイネスの指示が来るか耳を傾けると、アイネスは指でコッ、コッと通信機を叩いただけで何も言う事はなかった。

『どう相手するかは任せる。』という事だ。


「見た所貴方はかなり力を持つようですが、攻略部隊には入らなかったのですね?」

「我自らが此処の番人になる事を志願した。此処まで辿り着ける者はかなりの猛者だと考えている故。矮小な我が主はかなり不満だったようだがな」

「自身の主に逆らったのですか?」

「女にうつつを抜かし、配下の魔物を物として扱う彼奴に忠誠を誓っている者はこのダンジョンには彼奴の側にいる女共以外には殆ど居らぬ。我が彼奴の元に留まり続けるのは、彼奴の呪いによるものでしかない。」

「呪い?」


呪いという物騒な言葉にフォレスが首を傾げると、ブラックデーモンパンサーは答えた。


「「ずっと共にいよう。僕についてきて欲しい」という、一種の鎖に近い命令によるものよ。」

「なるほど、配下の魔物達は自分のダンジョンマスターの命令に逆らえませんからね。」


ダンジョンマスターの命令に魔物たちは逆らう事が出来ない。

命令の拘束力は、ダンジョンマスターがその言葉にどれだけ強制力を掛けたかで決まる。

ちょっとした言葉でも相手を従わせたいという気持ちが強く込められていれば、それは魔物たちを縛る呪いの鎖になる。

ブラックデーモンパンサーが未だタケルの元に去っていないのはこの鎖が理由だった。


「そなたの主はそういう事はせぬのか?」

「わたし達の主…アイネスさんはそもそも此方の言葉を喋れないので、強制力のある命令は出せないんですよ」

「なるほど。羨ましい限りだ。」


ブラックデーモンパンサーはそう呟いた後、それ以上の言葉を続ける事はせずに片手に剣を構えた。


「では妖精王よ、一勝負願う。」

「はい、勿論です。」


両者対面で向かい合い、相手の隙を探る。

一触即発の状態で、今にも戦闘が始まりそうな中、



パーンッ!!


一つの銃声が鳴り響いた。

その音に気が付いたフォレスは銃声が鳴った方向へと振り向き、咄嗟に防衛魔法を掛けた。

しかし直線上に飛んできた弾丸は防衛魔法を貫き、フォレスの胸に当たった。

崩れ落ちるフォレスの前には、拳銃を手に持ったタケルが息を荒げながら笑って立っていた。


「は、ハハハハハ!流石のフェアリーロードも僕の銃を防げなかったか!ザマァ見ろ!」


タケルは狂ったように笑い声を上げてフォレスに近づくと、フォレスの頭を踏んだ。

フォレスが反応しないのを見ると、タケルは死んだと確信してニヤリと笑い、ブラックデーモンパンサーの方へと向かった。

そんなタケルに対し、折角の戦いを邪魔されたブラックデーモンパンサーが唸り声を上げて問い詰める。


「小童、どういう事だ?そなたはあちらのダンジョンに攻略に向かったはずでは…。」

「ああ、ブラックデーモンパンサーか。それなんだけど、あっちの罠が思ったより手強くてさ。先に此方を倒しちゃおうって思って転移魔法を使って此方に飛んできた。相手のダンジョンへの転移は禁じられてるけど、自分のダンジョンへの転移は禁じられてないからね!」


そう言ってタケルは手に持った銃を<アイテムボックス>の中に収納した。

タケルの持っている拳銃はタケルのユニークスキル、<造形(モデリング)>で作った愛用の拳銃だ。

この拳銃の弾丸は全て<魔法付与>で貫通特化を付けているため、並大抵の防御魔法ではこの銃弾を防ぐことは出来ない。

この世界に置いて、まさに最強の武器といえた。


「この後他にエンシェントドラゴンとアークデビルロードも来るはずだからその二人も倒さないと。ブラックデーモンパンサーはそのまま正面で待機してて。あいつらが君に気を引かれてる隙に僕がこの銃で倒すからさ!それまでは待機だ!」

「ぐっ……了解した。」


自分を使って相手に不意打ちを掛けるなんて許し難い戦法だ。

アークデビルロードとエンシェントドラゴンを倒せば大量の経験値を得ることが出来るから、それを独占したいがためだけの作戦なんだとブラックデーモンパンサーは理解し、更に唸り声を上げる。


(もしもこれが自分の主でなければ、その首をすぐさま斬っていたというのに!!)


しかしダンジョンマスターという立場に護られているタケルに手を出す事は出来ない。

ブラックデーモンパンサーはその怒りを飲み込んでタケルの命令を受け入れるしかなかった。

そんなブラックデーモンパンサーの心情を知らないタケルは、声を上げる。


「僕は、無敵なんだ!!!」


タケルの笑い声が部屋の中で響き渡る中、突如鈴のように美しい男性の声が発された。


「<精霊の小箱>」


##### #####


「私の勝ちだ!!!」


リリィはアイネスに向かって手を振り下ろし、アイネスの身体に気絶する程度の打撃を与えた。

アイネスは振り返るものの為す術もなく倒れ、地面に倒れ伏して気絶した…そう、思っていた。

ところが、アイネスが地面に倒れ伏す直前アイネスの姿は霧のように消えてしまった。

まるで蜃気楼の幻のように。

その瞬間を見たリリィは目が飛び出そうになる程驚愕する。


「げ、幻惑魔法だって!?この私が幻惑魔法に掛かるなんてそんなこと…!!」

『あるんだよねぇ、これが。』

「!?」


リリィが自身に幻惑魔法を掛けられた事に気づき困惑していると、マリアの声が何処からともなく聞こえてきたのだ。

リリィは姿の見えないマリアに対して怒声を上げる。


「おい、このアバズレ女!どういう事だ!今何しやがった!?」

『何って、ただの幻惑魔法だよ。アイネスちゃんそっくりに作った幻影。』

「リリスである私が幻惑魔法を見破れない訳あるか!絶対何か小細工でもしたんだろ?!」

『してないよ。魔道具も他のスキルも何も使ってない、ただの幻惑魔法。まあ、過去の失敗を反省してちょっと頑張ったけどね。』


マリアはネアとスラっちにルックス部門で大敗した事の次に、人間であるアイネスに自分の幻惑魔法を見破られていたのがかなりショックだった。

マリアの幻惑魔法のスキルレベルは9。

余程強力な力を持つ魔物以外には絶対に掛かるはずなのだ。

しかしアイネスは人間でありながら、マリアの魔法を見破ってみせた。

その事がかなり悔しかったのだ。


だからマリアは努力した。

諦めずに幻惑魔法の練習をして、度々アイネスに幻惑魔法を見てもらった。

努力や仕事など泥臭いと嫌がっていた前のマリアとは思えない程、頑張ったのだ。

しかし、アイネスは何度も何度も見破ってみせた。

最初こそ幻惑魔法に惑わされる素振りを見せるも、その後すぐにバレてしまうのだ。

一度イグニレウスの姿を幻として見せた事があるのだが、それをアイネスは幻影が接近する前に見破ってしまった。

決して幻惑魔法が掛かってない訳ではないのだ。すぐに見破られる、それ一つなのである。

マリアは一度、アイネスに問い詰めた事がある。


『どうしてそんな簡単に幻だと見破れるの?』と。


それに対するアイネスの答えはこうだった。


『だって、現実との違いが多すぎて違和感が凄いんですよ。確かに一見見た目は凄いそっくりなんですが、よく見ると色々矛盾してるんですよね。』


そう言うとアイネスは、マリアに参考資料としてある本を渡した。

それは子供向けの間違い探しの本だった。

マリアはそれを読んで実際に解いて、そしてアイネスの言いたいことをなんとなく理解したのだ。


一見すれば本物と一寸の違いがない幻影。

しかしよく見れば、ちょっと本物と違う点がある。

間違い探しの問題で空にあり得ない物が飛んでいたり色が全然違うものだったり数が減ったり増えてたりするように、現実との矛盾点が幻だと見破る原因になっているとアイネスは言いたいのだとマリアは推測した。

実際にイグニレウスの幻と本物のイグニレウスを見比べてみると、幻のイグニレウスの歩き方が女歩きだった。

大柄で筋肉の逞しい男であるイグニレウスが女歩きなんてしていたら違和感しかない。


この事に気が付いたマリアは、周囲の細かい所を観察するようになった。

食べ物の大まかな見た目だけでなく、細かい部分や匂い、食感、触り心地など、全て確かめ、出来る限り記憶するように心掛けた。

そして幻惑魔法を使って幻を作る時は、これらの情報を頼りに幻を作ることを心掛けた。

出来るだけ魔力の気配を出さず、派手すぎない、そんな繊細な幻を。

すると、前回アイネス同様マリアの幻惑魔法を見破ったベリアルとフォレスが10回に1回マリアの幻惑魔法を見破れなくなり、アイネスも幻だと気づくのが段々と遅れてきたのだ。

この進歩に驚いたマリアは自分のステータスを確認したが、スキルレベルに変動は無かった。

けど、マリアは確かに自分の魔法の成長を実感したのだ。


『惜しかったね~。いつものダンジョンだったらこれで攻略達成なんだけど、今回はダンジョン戦争だからそんな簡単にしてないの。』

「なん…だと…!?」

『リリィちゃん…いや、リリィ、アンタこの世界に召喚されてから一度も大きな失敗や敗北を経験した事がないでしょ。』

「はぁ?」


「そんなもん当たり前だろーが。この私が失敗なんてするわけがねーんだよ!」

『そりゃそうだろうね。元々優れた種族で強い力を持っている上に頭が良くて見た目も良くて、召喚されてからも安全な方法でのレベル上げ出来て仲が良くないとはいえ自分と同じぐらいの強さを持ってる仲間たちがいるから大抵の困難は簡単に乗り越えられる。本当に楽勝すぎるよね。』

「ああそうだよ。だからなんだって言うんだア“ァン!?」


鬼のような形相でマリアに怒声を浴びせるリリィ。

怒りの感情に満ちたリリィとは違い、マリアは至って冷静だった。


『だからこそ、あんたは成長できないんだよ。自分の力を過信して周りを見下して、反省もなにもない。そしてそれが、自分の首を絞める事になる。』


召喚されて間もない時に敗北を経験し過去の敗北と失敗を反省することを覚えたマリアとその優れた能力と容姿から一度も失敗を経験したことがないリリィ。

同じリリスでありながら、たった一つの敗北の有無の違いだけで二人の精神的な余裕は大きく差があった。

その差が、後々の勝負を決める事となった。


「さっきから意味分かんねぇ事をゴチャゴチャ並べやがって…さっさと出てこいよこのドブスがぁぁぁぁぁ!」

『じゃ、そろそろ始めようか。精々頑張って生き残ってね。』


マリアはそう言うと、手元のボタンを押した。

するとリリィが入ってきた扉がひとりでに閉まり、上から降りてきた岩で封じられた。

リリィが周囲の警戒を図っていると、三方の岩が横にスライドし、その中から魔物たちの群れが現れた。

雄のリザードマンにオーガ、ゴブリンにウルフにアンデッドなど、数え切れない程の数の魔物が見えた。

魔物たちの群れは何故か正気を保っておらず、リリィの姿を見ると我先にと襲いかかってきた。


「ハッ、雑魚が何匹集まった所で私の敵じゃねぇんだよ!!」


そう言ってリリィは魔物たちの群れに向かって攻撃魔法を放った。

その一撃で、魔物たちの数匹が吹き飛んだ。

最初の攻撃で魔物たちが正気を取り戻して怖気づいて尻尾を巻いて逃げ出すだろう、リリィはそう思っていた。

ところが魔物達は猛攻を止めなかった。むしろ、仲間の魔物たちが倒されたのを見てより攻撃の手を強めたのだ。


「はぁ!?」


この魔物たちの行動にリリィは驚いた。

リリィと同等に近い力を持つ魔物ならまだしも、アンデッドやゴブリンなんて下位種族がリリィの攻撃魔法を見て逃げ出さなかったことなんて今までなかった。

リリィは舌打ちをしながらも、襲いかかる魔物の群れを攻撃魔法で撃退していく。

それでも魔物の群れはまだまだ襲いかかってくる。


「クソッ、何匹いやがんだよ!!」


そしてこの後、リリィを更に驚かせる事が起きた。

突然何かが弾けたような音と共に、リリィの右肩を何かが貫いたのだ。


「ぐぁっ…!!」


リリィは貫かれた右肩を抑え、後方へと後ずさった。

頭の中では、驚きと混乱で頭が一杯だった。

未知の攻撃に当たった事に対する驚きではない。

自分が良く知っている(・・・・・・・・・・)武器によって攻撃された事に対する驚きだ。

しかし、その武器をマリア達が持っているのは有り得ない事だった。


何故なら、それを持っているのも、それを扱えるのも、この世界にはタケルのダンジョンの者しかいないからだ。


リリィは先程音が聞こえた方を恐る恐る向いた。

するとそこには、口から煙を出しているライフルを構えているリザードマンが立っていた。

その後ろには、同じように銃火器を構える魔物達の群れが見えた。

リリィは彼らの持つ銃とその魔物たちを良く知っていた。


「コイツら、うちのダンジョンの銃火器班か…!!」


銃火器班。

タケルのユニークスキル<造形(モデリング)>によって製造された銃火器を武器にして戦う魔物たちだ。

今回のダンジョン戦争でも攻略部隊に入れられたものの、青の扉の部屋で窒息死を迎えたはずの魔物たちだった。


「なんで死んだはずのこいつらが此処に………、ま、まさか!!!!」

彼らの存在に気が付いた時、リリィはハッとある事を推測してしまい、周囲の魔物達をよく見回し、そして驚愕する。

今リリィに襲いかかる魔物が全員、今回のダンジョン戦争でアイネス達の仕掛けた罠に掛かって消えていったタケルの魔物達だったからだ。

下位種族の魔物の顔なんてよく覚えようとも思わなかった為リリィは最初気が付かなかった。


『アイネスちゃんのダンジョンのモットーはね。「9割ノーキル」なの。多少怪我したり精神的にキツい罠を仕掛けられてたりするけど、挑戦者達が死ぬような罠は仕掛けていないの。』


そのモットーに則り、アイネスのダンジョンでは安全対策を外す事はなかった。

崖底や落とし穴にはいつも通り安全保護マットを敷いておき、青の扉の部屋では危険なガスと称して水蒸気を送っていた。

殺傷能力のあった罠は、それぞれの扉の番人が提示したルールに逆らった幹部たちが引っかかるように設定された即死罠のみだった。


『けどそれじゃあ幹部を全員倒し切ることは出来ないでしょ?だけどあんた達を倒すために用意できる魔物たちもレベルも今のあたし達には足りなかった。今回援助してもらったDPはステージ作りに使いたかったしね。』


『だから』、とマリアはリリィに告げる。


『アンタ達の配下、ちょっと借りちゃった♡』

「こ、このアマが………!!!」


マリアが今回防衛側へと回った理由、それはこの為だった。

アイネスのダンジョンの中で途中脱落した魔物達は安全対策によって死ぬことはなく、当然アイネスのダンジョンの中に留まる事になる。

そんな彼らに対し、マリアが<洗脳魔法>を使って彼らを洗脳した。

洗脳した彼らにマリアは部屋に入ってきた者を全力で倒すように命令していたのだ。

流石攻略部隊に選ばれる事もあり彼らは戦闘能力が高く銃や振動剣といった強力な武器を持っていて、リリィ達ほどでないにしろ、かなり高レベルの魔物達だった。

今回のダンジョン戦争でタケルとリリィ達と共にアイネスのダンジョンに入った攻略部隊の魔物達の数は優に100を超えている。

タケルと分断され迷路の中を彷徨っていた魔物たちも全員洗脳し、此方に連れてきていた。

そんな彼らが一斉に襲いかかれば、レベルが150を超えているリリィでもひとたまりもない。


「洗脳されてるなら、その洗脳を上書きすれば…!」


そう言って、リリィは襲いかかる魔物達に洗脳魔法を掛けて上書きを試みる。

ところがいくら洗脳魔法を掛けても魔物達にリリィの洗脳魔法が掛からず、襲いかかる事を止めない。

それどころか、幻惑魔法も<魅惑>も、一切が効かないのだ。


「なんで、なんで私の洗脳魔法が掛からない…!!!雑魚達の癖に!」

『ねぇ知ってる?幻惑魔法や洗脳魔法って、現実を混ぜて掛けた方がもっと掛かりやすいんだよ。』


リリィは知らない。

マリアがリリィの本性をタケル達に暴露した時、洗脳魔法を掛けられていた攻略部隊の魔物にもその映像を見せていた事を。

リリィが本性を出して魔物たちを見下している様子も全て彼らは見て、聞いていた事を。


元々、女幹部達の横暴とタケルの女幹部達とその他の魔物達の扱いの差の酷さで内心彼らに対して不満を持っていた魔物達は多かった。

そんな中リリィは下位種族の魔物たちに対しても優しく接した。

魔物たちが辛い時はリリィが側で励まし、いつも頑張る自分たちを凄いと褒めてくれた。

そんな優しさに加え、リリスらしからぬ清楚さも相まって好意を抱いている魔物が多かった。

今まで魔物たちがタケルの元を去らなかったのは、そんなリリィの存在が大きな理由だっただろう。


しかし今、良心的だと思っていたリリィの本音を明かす映像を彼らは見てしまった。

その映像を見た魔物たちはリリィの本性に愕然し、絶望し、そしてタケル達への負の感情は強めた。

そして、そんな攻略部隊の魔物達にマリアが命令した事はたった一つ。


―――――「その心の内に秘める憤りを全てぶつけろ。」


リリィに怒りと恨みを抱いていた魔物たちはその命令によって、より強く、より深く、マリアの洗脳に掛かった。

それも、リリィの洗脳魔法では上書き出来ない程だ。

元からある負の感情を洗脳魔法で更に倍増された魔物たちにとって、心の内では密かに願っていた願いを叶えるマリアの命令はまさに願ってもないことなのだ。


願いを叶えても良いという洗脳とそれを止めろと制止する洗脳。

どちらの洗脳を受け入れるかを魔物たちが選ぶかなんて自明の理である。

更に、リリィが洗脳に掛かった彼らに攻撃をすればするほど、侮辱の言葉を浴びせれば浴びせる程魔物たちはよりリリィに怒りを感じ、マリアの洗脳に強くのめり込む。

『リリィは自分たちを陥れるどうしようもないクズな女である』という洗脳を事実だと受け入れるような証拠を、リリィ自身が作ってしまっているのだ。

そんな事を知らないリリィは、ひたすら向かってくる魔物たちに攻撃魔法を放ち、罵倒を浴びせ、彼らの怒りを煽る。


重傷を負っても襲いかかってくる魔物たちに、リリィは次第に恐怖を覚え始めた。

タケルが作った最強の武器、銃火器でリリィの身体はドンドン傷が増えていく。

攻撃しても攻撃しても魔物が寄ってきて、回復魔法を使う暇もない。

魔力やHPを回復させるポーションもタケルがリリィ達の分まで<アイテムボックス>に入れて持ち歩いているから、手持ちに持っていない。

もしかしたら負けるかもしれない。

そんな考えが思考を徐々に侵していくように広がっていく。


「く、来るな!来るなぁ!!私は、テメー等如きに負ける魔物じゃねえんだよぉぉぉ!」

『フフフ、頑張って生き残ってね~。生き残ってたら次はあたしがリリィちゃんの相手をしてあげるからさ♡でもその頃には多分リリィちゃんは魔力も体力もジリ貧になっちゃってるだろうけど!まあ、今はその子達の相手を頑張りなよ☆』

「く、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


悲痛な叫びを上げるリリィに、願っていた仕返しをすることが出来て笑う魔物たちはそれぞれの武器を振り下ろしたのだった。



##### #####


「<精霊の小箱>」


その声が聞こえた瞬間、タケルの周囲が虹色の結界で覆われてしまう。

突如起きた現象にタケルもブラックデーモンパンサーも驚愕の表情を浮かべた


「な、なんだこれは?結界か?」

「この結界は…もしや…。」

「ええ、その通りです。しかしそれは、貴方を守るための結界ではありませんよ、タケルさん。」


二人が声の聞こえた方向を向けば、そこには先程タケルの奇襲によって胸を撃ち抜かれて死んだはずのフォレスが服の砂埃を払って立ち上がっていたではないか。

自身の拳銃で倒したはずのフォレスが生きている事に、タケルは思わず口をパクパクと開閉させた。

フォレスは銃撃で穴の空いてしまった自分の服を見て、少し眉を下げた。


「あぁ…、やはり服に穴が開いてしまっていますね…。アーシラさん達が作ってくれた服だったので傷を付けたくなかったのですが…。」

「ど、どうなっているんだ!?なんで生きて…!」

「ああ、きちんと対処していたからですよ?アイネスさんは貴方のユニークスキルを聞いて、真っ先に貴方が銃という武器を使っている事を見抜いていたんです。だから事前に対処も出来たんです。」


タケルのユニークスキル、<造形(モデリング)>は材料さえあれば自分のイメージ通りの物を作り出す事が出来る。

アイネスはタケルがそのスキルで銃火器を作っている事をすぐに予測した。

だから念の為、番人の魔物達とベリアル達には“ある物”を渡して装備させていたのだ。


「対処、だって…?!有り得ない!だって、僕の作った銃弾には防御魔法を貫通させる効果を付与しているんだぞ!?さっきだって防御魔法を貫いていたはず…。」

「ええ、あの防御魔法では貴方の攻撃を防ぐ事が出来ませんでした。しかし、“これ”は違ったようですね。」


フォレスが自身の上着を少し開けさせると、タケルは上着の下から見えた物に言葉を失った。

タケルが驚愕するのは当然だろう。

何故ならフォレスが見せたそれは、この世界には絶対ないはずの代物だからだ。


アイネスが用意した“ある物”、それは防弾チョッキだ。

それもただの防弾チョッキではない。

アイネスが<ネットショッピング>で購入した、地球産(・・・)の防弾チョッキだ。

異世界の道具を此方の世界に持ってきた場合、その道具は此方の世界に適応するために何らかの変化を起こす。

電気スタンドであれば電気の通っていないダンジョンの中でも明かりが付くようになり、タブレットはWi-Fiが繋がっていなくても地球のネットにアクセス出来るようになる。

そして今フォレスが着ている防弾チョッキも同じように変化が起きた。

その変化とは<銃撃無効>の効果だったという訳だった。

タケルの持つ拳銃の銃弾に貫通効果があろうと、そもそも銃撃自体が無効になっているため防ぐ事が可能なのだ。

銃火器を扱うタケルにはうってつけの防具だったという訳だ。


「流石に頭を撃ち抜かれたらこの防具も無意味でしたでしょうが、アイネスさん曰く『平和な時代の日本で生まれ育った一般市民のタケルさんが銃を遠距離から打ったとして、当てられるのは精々胸か足』だそうなのであまり警戒していませんでした。実際、本当に胸を狙われましたしね。」

「見事に読まれているな。」


アイネスの推測が見事に当たっていた事にフォレスは勿論、ブラックデーモンパンサーも鼻で笑ってしまう。

そんな二人を見て、タケルは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「う、煩い煩い!!!それよりなんだよこの結界は!どんなに攻撃しても壊せないし、此処から動くことも出来ないぞ!<精霊結界>とは違うのか!?」

「スキルの力自体は<精霊結界>と全く同じですよ。如何なる攻撃もスキルも防ぐ事が出来る防御結界。その気になれば見えない攻撃すらも防ぐ事が可能です。」


「しかし、」とフォレスは続ける。

フォレスは妖精王に相応しく、気高く高尚な笑みを浮かべ、タケルに告げた。


「その<精霊の小箱>が<精霊結界>と違う点…それは、『相手を守るための結界』ではなく、『相手を閉じ込めるための結界』であるということです。」

「相手を、閉じ込めるための結界……!?」

「<精霊結界>が結界の“外”からの攻撃を防ぐのに対し、<精霊の小箱>は結界の“内”からの攻撃を防ぐ。私が動かそうと思わない限り結界を動かす事も、中にいる者も出ることは叶いません。そう……それこそ“このダンジョン戦争が終わるまで”、ずっと。」

「あ、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


その言葉を聞いたタケルは、顔色を真っ青にさせ、結界に闇雲に攻撃を始める。

フェアリーロードのフォレスが作り出した最高の結界はタケルの魔法も銃撃も物ともせず、びくともしない。


「わたしはあなたがアイネス様にやった所業をどうしても許せず、どうにかあなたに仕返しが出来ないかを考えていました。殺す事は許されないので、それ以外であなたが苦痛を感じる方法を」

「出せ!出してくれ!」

「すると、どうやらあなたは自分が目立つ事、活躍する事に対し強い願望を持っているようだ。“英雄願望”…という強い欲求を。」

「なんで、なんで壊れないんだよぉぉ!」

「お互い最深部間際まで攻略を進め、ダンジョン戦争も終盤に近い。此処で大きな活躍を見せることが出来て、逆転できればあなたの欲求は満たされる事になる。ですが、その結界内にいる限り貴方は何もすることが出来ない。わたしやベリアルさん達を倒すことどころか、わたし達が最深部に向かうのをそのまま見届けなければいけない。ダンジョン戦争で逆転勝ちした“英雄”になる事は出来ない。」

「いやだ、誰も倒せず、何も出来ないまま終わるのだなんて!!こんな呆気ない終わり、死んだほうがマシだ!!」


悲痛な悲鳴を上げ、攻撃を放つタケル。

次第にMPが減って魔法が放てなくなり銃の弾が切れると、今度は素手で殴って結界を壊そうとする。


「気絶させていないのでダンジョン戦争の勝利条件を満たしてはいませんが、実質の戦闘不能状態です。誰か強い敵と戦って負けるよりも、大掛かりな罠に掛かって負けるよりも、ずっと地味で冴えない、“英雄”らしくない終わり方です。アイネス様だったらもっとマシな方法であなたを倒してくれたかもしれませんが、わたしはアイネス様に酷い行いをしたあなたにそんな優しい事はできません。」

「嫌だ…嫌だ、嫌だ…!」

「さぁ、このままダンジョン戦争の決着が付くまで他の方たちが戦い合い、そして活躍する姿をそこで眺めていてください。」

「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


異世界転移生活の主人公になる事を望んでいたタケルは絶望の表情を浮かべ、泣き叫んだ。

フォレスとタケルのやり取りの一部始終を見ていたブラックデーモンパンサーはタケルが最も苦痛を感じる方法でタケルを完封してしまったフェアリーロードの怒りに畏怖を感じつつも、その見事な手腕に感心させられた。

腕を組んで彼らの様子を眺めていると、ふとタケルに「ブラックデーモンパンサー!」と呼ばれた。


「ブラックデーモンパンサー!あのフェアリーロードを倒してくれ!そして僕をこの結界から解放するんだ!!」

「あの妖精王を倒す、か…。」


自分の主からの命令を聞いたブラックデーモンパンサーは、そっとフォレスの方を見る。

ブラックデーモンパンサーは手に顎を乗せ少し考えた後、タケルに告げた。


「それは…無理な相談だな、小童よ。」

「!!」


予想外の答えに、フォレスは目を丸くした。

タケルの命令に従わなければいけないはずの彼がタケルの命令を背いた事はタケル自身も予想外だったらしく、慌てて問い詰める。


「な、何故だ!?」

「先程、小童は我に自分が銃でエンシェントドラゴンとアークデビルロードを倒すまで我に待機するようにと命じたであろう。我はその命令に従い、小童が銃で敵を倒さぬ限り待機し続けなければならない。」

「なっ…!」

「勿論、彼奴らが攻撃を仕掛ければ我も動く事が出来るだろうが、少なくともそのエンシェントドラゴンとアークデビルロードとやらが見えるまでは我はこのまま此処で待機しているしかないのだ。残念だったな、小童よ。」

「う、うぎぎぎぎ…!!」


悔しげに顔を歪めるタケルを横目に、ブラックデーモンパンサーはフォレスにニヤリと笑った。

本当は動くことは出来たが、タケルに散々振り回された身として軽く意趣返しをしたのだ。

その事に気が付いたフォレスは、笑うブラックデーモンパンサーに対し、笑みを返した。


そこでふと、フェスタンからの声が聞こえてくる。

何処かの実況でもするのだろう、そう思っていたが、そこでフェスタンは衝撃的な事を言ったのだ。

それを聞いたフォレス、イグニレウス、ベリアル、マリアは一斉に声を上げた。


<な、なんという事でしょう!アイネス様のダンジョンの最深部前のエリアに到達したタケル様の魔物が現れました!アイネス様の魔物は殆ど他の魔物に抑え込まれて身動きが取れない様子!敵の前にはアイネス様が対峙しています!これはアイネス様、大ピンチか!!>


「「「「な、なんですって!?!?(なんだと…!?!?)」」」」



一方その頃、件のアイネスは目の前にいる魔物を見てため息をつき、冷や汗を流しつつも落ち着いた様子で他人事のように呟いた。


「あー……これは流石に予想外、ですね。」




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― 新着の感想 ―
[一言] この相手を追い詰めたリーチ状態で確実な手を使わず舐めプに入る展開何とかなんないのかな 気絶させるだけで終わるのにそれをせず案の定主人公がピンチになるとか無駄にグロ映像観ることになって弱ると…
[気になる点] >今回のダンジョン戦争でタケルとリリィ達と共にアイネスのダンジョンに入った攻略部隊の魔物達は優に100を超えている。 >そんな彼らが一斉に襲いかかれば、レベルが150を超えているリリ…
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