問題。嫌いな人に愛を持って接するにはどうすればいいのか?
「あああああああもぉ!このダンジョンなんなのよ一体!本当腹が立つわ!」
『<マップ>持ち潰し』の罠とアラクネ三姉妹の妨害によりピカラと数十もの攻略部隊の魔物達を犠牲に出しつつも、タケル、リリィ、そしてアリアの3人と3分の2まで減ってしまった攻略部隊の面々は命からがら向こう岸まで辿り着く事が出来た。
アラクネ三姉妹はタケル達が向こう岸まで渡り切ると、深追いすることはなく、むしろ笑顔で手を振って見送った。
本来なら一フロアを攻略できた事に喜ぶ所だったが、ピカラの無残な死が頭に残っていて誰も喜びの声を上げる者はいなかった。
暫く歩いていった先にあった扉を開けて中に入ってみると、いつの間にかアリア達は別の部屋へと分断された。
扉の先にあった部屋は、様々な物が置かれた貴族のお屋敷の一室のような部屋。
青の扉ルートのものだった。
アリアは一人で部屋に閉じ込められ、戸惑っていると、何処からか声が聞こえてきたのだ。
『初めまして、挑戦者御一行様。わたしは臨時的に青の扉の管理人を担当している、ルーシーと申します。』
「ちょっと!アンタ隠れてないで出てきなさいよ!」
突如聞こえてきた女性の声に驚きを見せつつも、怒りっぽいアリアが無理やり道を開こうと攻撃魔法を発動させようとした。
しかし、次に聞こえてきた声にアリアは魔法を中止させられた。
『此処はあなた達の知識を試す場所。無闇に武器や魔法を振るえば、即座に各部屋に仕掛けられたトラップが発動し、天井が降りてくる仕掛けとなっております。下手に攻撃を仕掛けない方があなた達の身のためです』
「天井!?」
『それぞれの部屋を出て次の場所へと向かうには、各部屋に存在する謎を全て解く事が条件となっております。謎の答えは次の謎の書かれたメモのある物へと導かれるようになっており、全ての謎が解ければ目の前にある扉が開く仕組みです。闇雲に物を調べていた場合、管理人側が「あなた達に謎を解く気がない」と判断し、その部屋の天井の仕掛けを発動させますのであしからず。』
「ぐっ…!」
いの一番にやろうとしていたことを封じられ、アリアは悔しそうに唇を噛んだ。
ルーシーは冷淡に彼らに説明を続ける。
『謎を解いて、部屋から脱出をする。ただそれだけの事です。前の扉とは違い、途中で妨害が入ったり魔物が襲いかかってきたりということはありません。』
「な、なによ、だったら簡単じゃない!落ち着いて部屋の謎を解いていけば…」
先程のような妨害がないと知るやアリアは余裕の笑みを浮かべた。
しかし、その笑みはすぐに剥がれる事になる。
『一つ忠告があるとすれば、なるべく早くその部屋から出る事ですね。』
「え?」
『その部屋はあなた達が部屋の中にやって来た時点で、隙間から特殊なガスを放出しています。あまり長く居続ければ、その部屋にいた者はそのまま窒息死を迎える事となります。』
特殊なガス。窒息死。
その言葉を聞いたアリア…いや、別室にいるタケル達も顔を青くさせた。
アリアは思わず女性の声に向かって叫んだ。
「ち、窒息死!?」
『また、次の扉へと向かう事が出来る者は20部屋ある中でも謎をいち早く全て解いた5部屋のみ…。それより後の皆さんの部屋は完全に封鎖され、脱出不可能な状態となります。』
「そ、それってつまり、早いもの勝ち…!?」
『そちらの攻略組にはダンジョンマスターがいるのでしたね。でしたら、実質その配下達が出られるのは4部屋のみがその部屋から出られる事となるでしょう。ああ、それと使用するガスは毒ガスも考えましたが、毒耐性をお持ちの方には効果が薄いだろうと考え、密室空間に充満すると呼吸困難に陥るものを選ばせてもらいました。』
他人事のように告げられる事実に、アリアは言葉を失う。
毒ガスだったら高スキルレベルの<毒耐性>を持つアリアは平気だったかもしれないが、窒息死を引き起こすガスであればそんなスキルは全く意味がない。
アリア達は自分が生き残るために味方同士で競い合いながら我先に部屋の脱出をしなければいけなくなったのだった。
『因みに、各部屋に閉じ込められた者の数はその部屋によって違います。お一人様が閉じ込められている部屋もあれば、10人閉じ込められている部屋も存在します。ダンジョンマスターと一緒の部屋にいるのは…リリスでしょうか?良かったですね。ダンジョンマスターと一緒の部屋に割り振られたお陰で確実に次の部屋に行くことが出来ますよ。』
ルーシーの言葉を聞いたアリアは、怒りの感情が頭を支配する。
「リリス…って、リリィのこと?なんであの子がタケルと!」
アリアはリリィが嫌いだった。
タケルがいる前では表面的にそこそこ仲が良いように振る舞っていたが、タケルと最も長い関係であるリリィをアリアはずっと気に食わなかった。
リリスでありながら清純そうに振る舞い、タケルの隣にいつもいるリリィ。
その気になればその力で多くの配下を従わせヴァンパイアの国を築く事が出来て、欲しい物は全て自分のものにしたといわれるヴァンパイア・ロードの種族であるアリアにとって、タケルと最も親しい関係にあるリリィは激しい嫉妬と憎悪を抱く対象でしかなかった。
(あの雌犬が、あたしのタケルと二人きりで密室空間にいるだなんて!)
アリアはタケル達もアリアと同じような危機に陥っているということを忘れ、リリイに激しい嫉妬と怒りを向ける。
アリアにとって、リリィという存在はそれだけ気に入らなかったのだ。
『最初の謎の書かれた紙は部屋の真ん中の机の上にあります。どうぞ、存分に攻略を楽しんでいってくださいませ。』
ルーシーがそう告げると、これ以降声が聞こえる事はなかった。
アリアはハッと我に帰り、すぐに机の上の紙を手にとった。
エルダーウィッチのシズク程博識ではないにしろ、アリアも知性は高い方だ。
こんなダンジョンの主が考えた謎なんて簡単に解ける。そう思っていた。
しかし、そうはいかなかった。
「な、何よこれ!!」
その紙に書かれていた謎は、以下のような問題だった。
『謎1。次の式の示す物を探せ。 10000+10』
アリアが戸惑うのも仕方ない。何故ならアリアの見ている紙にかかれているのはタケルとアイネスがいた世界に存在していた『アラビア数字』という物だ。
タケルやアイネスのような異世界転移者やアイネスからアラビア数字を教わったベリアル達だったら普通に読む事が出来るのだが、アリアはアラビア数字というものの存在自体知らなかった。
その理由は、双方のダンジョンマスターの<異世界言語>スキルの有無に関係があった。
此方の世界の言語や数字が全く分からないアイネスはベリアルに使い慣れたアラビア数字を教え、逆にベリアル達も此方の世界の数字を教えた。
そのおかげで、アイネスとベリアル達はどちらの世界の数字も理解する事が出来る。
しかしタケルはアイネスとは違い<異世界言語>があるため、此方の世界の数字を理解する事が出来る。
だからアリア達にアラビア数字や日本語を教える必要がなかったのだ。
その違いが、この青の扉のルートでアリアが膠着する理由となってしまったのだった。
「こ、こんな問題、解ける訳ないじゃない!」
謎の書かれた紙を机に叩きつけ、喚き散らすアリア。
こうしている間にもガスは溜まっていき、他の部屋では脱出のために謎が解かれている。
爪を噛みながらこの部屋の脱出方法を考えていたアリアは、あることを思いついた。
「そうだ、タケルに相談すれば良いんだわ!」
自分には分からない事も、タケルなら分かるかもしれない。
そう思ったアリアは念話を使ってタケルに話しかけた。
「タケル、聞こえる?!ちょっと助けてほしいの!」
《その声は…アリアか!?大丈夫か?!》
「今は大丈夫!でも、この部屋の謎が酷いのよ!何が書いてあるのか全く読めないの!!」
《何だって?》
アリアは念話越しに自分の部屋の状況をタケルに説明する。
タケルは相槌を打ちながらアリアの話を聞くと、口を開いた。
《まさかそんな謎を用意しているだなんて…。それじゃあインチキじゃないか!》
「タケル達の所は違うの?」
《僕たちの所は今5つ目を解いているけど、今の所そういった記号の謎はないよ。》
「じゃあ、もしかしてあたしの所だけあんな意味分かんない謎を出したの?何よそれ!」
《もしかしたら、他の部屋の皆もアリアのようにそういった問題を出されているのかもしれないね…。アイネスめ、僕たちの戦力を確実に削るつもりか!》
タケルが、自分が手を出せない事に悔しさを感じながら歯痒そうに叫んだ。
すると二人の会話に、タケルの横にいたリリィが入ってきた。
《アリアさん、ご無事だったんですね!》
「リリィ…!」
《どうしましょう、タケル様。先程の声によるとこの部屋を抜け出せるのは謎を先に解いた5部屋の者だけ。アリアさんを助けようにも何が書かれているのか分からないのではアドバイスも出来ませんし、こうしている間にもガスが…。》
《そうだな。どうにかして、アリアが無事に脱出できる方法を探さないと…。》
タケルと一緒にアリアの救出方法を考え始めるリリィ。
見えない場所にいるにも関わらず、リリィがタケルに身体を近づけて考えている姿が目に浮かびアリアの苛立ちが募る。
苛立ちながらもどうにか脱出できる方法がないか調べていると、アリアはふとあるものを見つけた。
それは、棚の上に隠れるように存在していた通気口だ。
「待って、棚の上になんか穴みたいなのがあるわ!」
《穴、ですか?》
「なんか横に幾つも線みたいに開いてる蓋が付けられた小さな穴よ!丁度腕が入るぐらいで、奥まで何処かに続いているみたい!」
《でかした!多分それは排気口だ!きっとこの部屋を管理している裏側まで続いているんだよ!》
《まあ!でしたらその穴を通ってあちら側に行くことが出来れば、彼女たちを一網打尽に出来ますね!》
《アリア、<霧化>でその穴の奥に行けるか?》
「誰に聞いてるの?勿論出来るわ!」
もう一つの脱出方法に気が付いたアリア達は希望が見え、喜んだ。
タケルはアリアに対して指示を出した。
《じゃあアリアはその排気口を通って裏にいる魔物たちを倒して来てくれ!その後合流しよう!》
「分かったわ!」
《此方は正規ルートでの脱出を試みるから、何かあったら念話で連絡してくれ!》
タケルはそう言うと、アリアとの念話を切った。
アリアはタケルとの念話を終えると、すぐに<霧化>を発動した。
試しに扉の隙間も入り込めないか試したが、扉の方はしっかりと密封されているようで、扉の隙間から出ることは難しそうだった。
「フフフ…覚悟しなさいよ!あのルーシーとか言う女、ギッタンギッタンにしてやるんだから!」
リリィに対する怒りをルーシーにぶつけて発散しようと目論むアリアは、排気口の中へと入っていった。
排気口は普通の人や魔物には通れない程の小さな隙間だったが、<霧化>を使えるアリアなら余裕で通る事が出来た。
彼女は気づかなかった。
何故自分の部屋にはタケルの世界の言語を知っていなければ絶対分からないだろう謎が出されていたか。
何故自分だけ一人部屋に閉じ込められ、タケルにはアリアが目の敵にしているリリィが一緒にいたのか。
何故ガスを充満させるための部屋に換気をするための穴なんて物があるのか。
何故扉の隙間も完全に密封するほど徹底された部屋に、これみよがしに穴なんてあるのか。
…何故<霧化>のことをパーティーで聞いていたはずのアイネスが、アリアだけ確実に逃げることが出来そうな脱出ルートを用意していたのか。
##### #####
「着いた!此処が出口ね!」
長い排気口を通り抜け、やって来た場所は4畳ぐらいの狭い部屋。
中は身が震える程寒く、正面にはいかにも頑丈そうに封じられた怪しい大扉が見える。
「妙に寒いわね…。もしかしてルーシーって女はフロストヴェールとか寒い土地に住む魔物かしら?まあどうでもいいわ。どうせあたしの手に掛かれば一瞬だもの。」
余裕の表情を浮かべ、扉の方へと歩いていくアリア。
その時、後ろから何かが閉じるような小さな物音が聞こえた。
「ん?物音?」
振り返って辺りを見渡すが、何も見当たらない。
それはそうだろう、今いる部屋にあるのは目の前の怪しい扉とアリアが通って来た排気口のみ。
他にはなにもないのだ。
「気の所為ね、きっと!」
すぐに気の所為であると判断し、アリアは大きな扉の前までやって来た。
どうやら扉はボタンで開閉する仕組みとなっているらしく、扉には開けるためのボタンがついていた。
「フフン!これでこのムカつく部屋とはおさらば。今までの鬱憤をぶつけられて、タケルに良い所を見せられるわ!さぁ、どっからでも掛かってくるが良いわ!」
そう言って、アリアは力強く扉のボタンを押した。
ボタンを押せば、扉はすぐに作動して開いてみせた。
「…………ぇ?」
その次の瞬間、アリアの声は誰に聞こえる間もなく消えてしまった。
##### #####
「まだでしょうか?」
「まだですね。」
「ちゃんと出来ているかしら?」
「出来ていると良いですね」
「アイネス様にも見せる?」
「アイネス様には…見せない方が良いのでは?」
「それもそうですね。こんな醜い物見せてはアイネス様が哀れです。」
まるで初めての調理を楽しむかのように喋る二人の女性。
一人は明るい笑顔を浮かべて、もう一人は大人しい笑みを浮かべて、目の前のモニターをくっついて眺めている。
彼女達はアイネスから合わせてシルキーズと呼ばれている調理場の番人、シシリーとルーシーだった。
まるで双子のようなそっくりな見た目をした彼女達の仲睦まじげな会話の後ろでは、アイネスのダンジョンの中でかなりまともな部類に入る常識人のオークのトン吉が軽くドン引きしながら見ていた。
今回のダンジョン戦争で、トン吉はシルキーズのサポートをする役に回っていた。
シルキーズと同じように言葉を話す事は出来るけれど自分は頭が然程良い方ではないと自覚していたし、いつも自分や他の魔物達の料理を用意してくれている二人が自ら管理人役を名乗り出たので、ささやかなお礼として出来る限りの事をしてあげたいと思ったからだ。
「そろそろ凍ったのでは?」
「確認しましょうか。……ちゃんと凍ったようですね。」
「では、中の液体を排出しましょうか。」
「そうですね。排出してしまいましょう。」
「此処で待つのもなんですし、あちらへ行きましょうか?」
「そうですね。トン吉さん、あれを運ぶのを手伝ってくださいませんか?」
「ブヒ、了解です。」
トン吉はシルキーズに頼まれ、横にあった“ある物”を持ってシルキーズ達の後をついていく。
二人は何処か楽しげにスキップをして道を進んでいく。
「シシリー殿、ルーシー殿、一つ聞いても宜しいですか?」
「なんでしょうか、トン吉さん?」
「何故、この方法を選んだのですか?他にもっと方法があったのでは…」
「ああ、その事ですか。」
「実はわたくし達、『あいす』が大好物なんです。」
「『あいす』?というと、あの冷たくて甘い食べ物ですか?」
「はい!わたしは特に、『じゅーす』を氷にして砕いた奴には目がなくて…」
「アイネス様が持ってきた模範品を試食した時には衝撃を覚えましたね。」
「他にも、色々な『あいす』があるそうなんですよ。」
「今度、トン吉さんにもお出ししますね。」
「ブヒッ、それはどうも…。それで、それと今回の事はどんな関係が?」
いまいち話のつながりが見えずにトン吉が尋ねた。
扉の前までやって来た二人はトン吉の方に振り返り、にっこりと笑って答えた。
「わたし達はあのヴァンパイア・ロードがとても許せないです。それはもう憎たらしいぐらいに。」
「アイネス様の命を脅かそうとした者を許せる訳がありません」
「面と向かって会えば、つい罵倒をぶつけたくなるぐらいには嫌いです。」
「ですが、相手には優しく、愛を持って接するのが女性としてのマナーです。」
「だから、そう出来るようにわたし達は考えたんです。」
「それで話し合った結果、考えついた答えがありました。」
シルキーズは扉に手を掛けると、同時に口を開いてトン吉に告げた。
「「自分たちの好きな物にしてしまえば良いじゃないか、と。」」
シルキーズが扉を開けば、部屋の中から凍りつくような寒い風が外に出てきた。
シルキーズ達のいる場所の反対には、驚きで顔を歪めたままカチコチに凍りついたアリアの姿があった。
シルキーズとトン吉は分厚い防寒ジャケットをしっかりと着て、凍りついたアリアの元まで近づいていく。
目の前にまで近づいてもアリアは動き出す様子はなく、完全に凍りついていた。
「ちゃんと完全に凍ってるみたいですね!流石はアイネス様が用意してくれた薬品!」
「確か、『えきたいちっそ』という名前でしたっけ?一度実験でアイネス様が『ばなな』を凍りつかせるのを見せてもらいましたが、こうして実際に見ると凄まじいですわね。」
「そういえばこの大型冷凍庫の温度ってどのくらいでしたっけ?」
「-200度くらいじゃなかったですか?ベリアル様が部屋全体に魔法を掛けてうんっと寒くされてましたし。」
「流石のヴァンパイア・ロードも、何でも凍らせる『えきたいちっそ』と-200度は耐えられなかったようですね。わたし達も、アイネス様が用意してくれた防寒服とフォレス様の保温魔法が無かったら彼女と同じように凍っていたでしょうね。」
クスクスと笑いながら凍りついたアリアを見る二人を見て、トン吉はそっと天を仰いだ。
今三人がいるのは、普段<ネットショッピング>で購入した業務用の食品を貯めて置くためにある『大型冷凍庫』の中だ。
元々氷点下の温度まで下げられていた場所をベリアルの魔法で更に下げられており、まさに身も凍るような寒さだ。
三人はフォレスの保温魔法とアイネスが<ネットショッピング>で購入した防寒服のお陰で中にいてもピンピンとしているが、防寒服を持っておらず、火属性の魔法も保温魔法も使えないヴァンパイア・ロードには耐え難い寒さだった。
更にアリアが扉を開けるまで、大型冷凍庫の中には部屋を満たす程の大量の液体窒素があった。
当然、アリアが扉を開けて先を進もうとすれば、大型冷凍庫にあった液体窒素はアリアのいた部屋にも流れていき、やがて満たされる。
慌てて戻ろうとしても、背後の排気口は直前で封鎖されているため、アリアは戻る事は出来ない。
そのまま液体窒素で満たされた部屋で-200度の世界を体感したアリアは、抵抗することも出来ずに凍りついてしまったのだった。
「……ブヒッ、お二方…。」
「はい?」
「なんですか?」
「ベリアルさん以上にエグい方法取りますね。」
「えー、そうですか?」
「心外ですね。」
最初、この計画を聞いたトン吉はかなりドン引きした。
確かにその方法なら此方の実力関係なくヴァンパイア・ロードであるアリアを倒す事が出来るかもしれないが、傍から見たらかなりえげつない方法である。
なにせ、強力な魔物でも有名なヴァンパイア族の頂点に立つヴァンパイア・ロードを文字通りアイスにしてしまうのだ。
部屋の温度関係なしに寒気がする策略である。
「彼女、死んでいるのでしょうかね?」
「死体が消えてない限り、ただ凍りついているだけではないですか?ヴァンパイアが、これほど容易く死ぬわけないでしょうし。」
「ですよね。そうなると、やっぱりトドメは刺さないと行けないですね。」
「トン吉さん、あれを。」
「はい。…あの、もしかしてコレ使うことを決めたのは…」
「あたしですよ!」
「あ、やっぱり…」
にっこりと笑って返事をするシシリーに、トン吉はドン引きしながらも、持っていた“ハンマー”を2本シルキーズに手渡した。
シルキーズは渡されたハンマーを手に取ると、ゆっくりとアリアに向かって振り上げる。
「アイネス様曰く、『えきたいちっそ』で芯まで凍りついた物はとても壊れやすいのだとか。」
「流石のヴァンパイア・ロードも、その体をバラバラに砕かれたら死にますよね♡」
「「ごめんあそばせ」」
そう言うと、シルキーズは力を込めて思いっきりハンマーを振り下ろした。
その瞬間、何かが割れたような鈍い音が大型冷凍庫の中に響き渡ったのだった。
くすくすと笑いながらもう一度ハンマーを振り上げるシルキーズの後ろで、トン吉は心底憐れむような表情を浮かべ、自分の元まで飛んできた破片の一部に向かって呟いた。
「ブヒッ、ご愁傷さまです…。」
トン吉の呟きは、ハンマーの打撃音と共に消えた。




