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嫌いな事には違いがない

***** *****


「控えめに言って超グロい……。」


あちこちで戦いや悲鳴が聞こえている中、アイネスが自身のダンジョンの最深部で沈黙していた。

その顔はかなり青ざめており、どこか具合が悪そうだ。

心配そうに見るスライム…スラっちを抱きしめ、アイネスは死にそうな声で呻く。


「ベリアル達に事前に途中休憩取ってもらうよう頼んでおいて良かった…。映像越しでも結構キツい…。」


アイネスは前の世界では、引きこもり体質の非リア充ではあったものの、それ以外は他と変わりない、普通の女子高生だった。

自分の周りで人が死ぬなんて滅多に起きたことがなければ、自分の目の前で誰かが殺されるなんて事も見たことがない。

親しい誰かに殺害なんて直接命じた事もなければ、その誰かを危険な場所へと行くように命じた事も無かった。

当然、それらに耐えきる精神力も持ち得ていなかった。

前の世界のゲームではかなりリアルな映像を使っているものもあるけれど、ゲームと現実は違うためやはり精神が削られる。

だからアイネスは出来るだけ、殺戮の様子は見ないようにしていた。


しかし、今回のダンジョン戦争でアイネスはどうしても指示をしなければいけなくなってしまった。

その理由は、ディオーソスとミルフィオーネ、それにタケルの存在にあった。

此処でアイネスが指示を出すことなく、全てベリアル達に任せて自分はマイホームで籠もってひたすらダンジョン戦争が終わるのを待っていれば、それを見た彼らは自分に対し「自分では何もしない口だけのダンジョンマスター」だと印象付けられてしまう。

そのレッテルが一度貼られれば、他のダンジョンマスター達にも舐められるようになり、今回の件のような事が起こりかねない。

だからアイネスは、ダンジョンマスターとして指示役を担当することになった。

しかし、指示を出すにはどうしてもその目で状況を見なくてはいけなくなる。

それはつまり、誰かが傷つけられる姿を、殺される姿を見なくてはいけないということだ。

ダンジョンの様子を全て伺えるモニター機能を使わずアーシラ達にタケル達の相手を任せたのは、そちらの方がより悲惨な事が起きるだろうと分かっていたため。

レベル100超えの格上を殺すには、より凄まじい殺し方をしなければいけないからだ。

遠距離の相手と会話する念話機能を使わないのも、自分の恐怖によって指示が滞るのを避けたためだった。


休憩をした事で幾分か落ち着いたアイネスがベリアル達の付けている小型カメラの映像をチラッと見てみれば、どうやらイグニレウスはホムラと、ベリアルはシズクと戦いを始める事になったらしい。

アイネスは一時的に外していたマイクを再び装着し、通信機を手にとってフォレスへの指示出しに集中する。


「あー…早く終わらないかなぁ…。」


アイネスの呟きが部屋の中で虚しく響いた。


***** *****


「はあああああああっ!!!」

「フンッ!」


その頃、タケルのダンジョンの中ではイグニレウスとホムラが壮絶な戦いを繰り広げていた。

その腕力で大剣を操り斬撃を繰り出すホムラと、その大剣の横を拳で跳ね返し素手で攻撃をするイグニレウス。

イグニレウスの力であればホムラの大剣など軽く受け止められるのだが、それは止めた。

アイネスから、絶対にタケル達の持つ剣を身体で受けてはいけないと事前に注意を受けていたからだ。

実際、それは正解だった。

ホムラが最初の一撃を繰り出そうとイグニレウスに大剣を振り下ろした際、イグニレウスがそれを回避すると、イグニレウスの背後に飾ってあったミスリルで出来た柱が容易く切れたのだ。

その切れ味に驚いてホムラの大剣を見れば、刃先が細かに振動しているのが分かった。


「なんだ、その剣は?恐ろしい切れ味の上に細かに振動しているように見えるぞ」

「これはタケルから作って貰ったミスリルの剣なのだが、<魔法付与>で少し魔力を込めると刃先が振動して物が切れやすくなるように作られているらしい。何故振動すると切れやすくなるかは分からないが、多少硬い物もこの剣なら軽く切る事が出来る。なので愛用させてもらっているのだ」

「確かにその剣であれば、俺様の皮膚に傷をつける事も出来そうだな。中々面白い武器だ」

「種族の中でも有数の頑強さを誇るエンシェントドラゴンである貴殿にそう言ってもらえるとは、誇らしいなっ!!!」


高速で振動する大剣を振り回すホムラ。

イグニレウスは余裕そうに振る舞ってはいたが、その内心はホムラの大剣の恐ろしさを冷静に理解していた。


(アイネスから如何に硬い物でも容易く切る事が出来る武器の可能性を事前に聞いてはいたが、まさか本当にあったとはな。下手に手を出せばあの大剣で腕を斬られかねないし、かといってブレスを使えば逆に目くらましに使われ懐まで入られかねん…。厄介だな。)


両者一進一退の激しい攻防の中、突然ホムラはイグニレウスから距離を取ると、一度剣を降ろした。

ホムラの攻撃が止んだ事でイグニレウスも攻撃を止めると、ホムラがイグニレウスに向かって言った。


「なんのつもりだ、エンシェントドラゴン!」

「なんのつもりだ、とは?」

「何故、本来の姿に戻って戦おうとしないのだ!その姿は仮の姿だろう。何故本気で戦おうとしない!」

「何故本来の姿に戻って戦わぬか…か。そんなもの、そういう気分だったからに決まっておろう。」

「それで此方が理解すると思ったか!貴殿が本来の姿になればステータスが上昇し、私など容易く屠る事が出来るはずだ!それなのに何故戻ろうとしないのだ!?見損なったぞ、エンシェントドラゴン!」


そう、イグニレウスはダンジョン戦争が始まってから一度も<竜化>で本来のドラゴンの姿に戻っていなかった。

ドラゴンの姿に戻れば人の姿を保っている時よりも能力値が上がり、スキルの効果も倍増する。

ホムラの超高速振動型大剣も、イグニレウスの本来の姿であれば受け止めることが出来るだろう。

しかし、イグニレウスは一向に本来のドラゴンの姿に戻る様子はない。

ドラゴンの姿に戻っても自由に動けるほどの広い空間があるにも関わらず、だ。

その事に不満を持ったホムラは、イグニレウスにその疑問をぶつけた。


イグニレウスはふとアイネスから貰った手甲を一瞥した後、フッと不敵な笑みを浮かべた。


「確かに俺様が本来の姿を現せば、その大剣で傷をつけられる事もない、貴様をすぐさま殺す事も容易であろう。」

「ならば何故!」

「だが、その分手加減が出来なくなり、酷い惨状を生むことになる」

「なに…?」


「俺様が<ブレス>を吐けば貴様は灰と化し、俺様が貴様を踏み潰せば地面を這う虫を踏んだ時のように身体から内臓を撒き散らし潰れる。爪で突けば身体を突き抜け、強く握れば忽ち握りつぶされる…。そのような惨劇は、心に傷を作るだろう。」

「私が、そのような事で傷つくような器だと?」

「貴様ではない。今この戦いを見ているだろうアイネスがだ。」

「!!」


イグニレウスの言葉を聞いたホムラはハッとなる。

アイネスが指示を出しているとするなら、何らかの方法で彼らの様子を見ているということだ。

つまり、この戦いも彼女が見ている可能性が高いのだ。


「俺様達魔物は人間や魔物の死体や血など見慣れているが、アイネスは違う。奴はそういった殺伐とした物からは縁遠い生活を送っていたらしい。故に死体や血など見慣れていない。そのような者が惨劇を見れば……」

「心に傷を負いかねない…か。」

「奴は常に無表情ではあるが、決して感情がない訳ではないのだ。このダンジョン戦争が始まる前日も、相当葛藤していたぞ。」


そう言って、イグニレウスは前日の夜に偶然見かけた光景を思い出す。

寝る前にこっそりゲームでもしようと企んでテレビゲームを置いてある部屋に向かおうとしたのだ。

その途中で明かりが付いている部屋を見つけ、気配を消して部屋の中を見たのだ。

そこには、<オペレーター>と会話をするアイネスがいたのだ。


「アーー、ダンジョン戦争###した#ないよぉぉ!今から中止**ない?」

「####!何処の###が、死体と血の海の########を見た##?」

「でも指示出しは##########為に#必要##…、なんとか死体みない##出来ない##…。」

「死体###、出来る##見ない#が良い####…。」


早口でまだ知らない単語を使っていたので全てを理解することは出来なかったが、それでも十分アイネスが何を言っているかは理解した。

その時に思いつめたように頭を抱えて悩んでいる様子から、アイネスがどれだけこのダンジョン戦争で必ず見るであろう死体と血の惨劇を嫌がっているのかがよく分かった。

その後、アイネスは一通り喋った後俯いたままマイホームへと戻ってしまった。

イグニレウスはすぐにベリアルとフォレスにこの事を伝えた。

二人は真剣にその事を聞き、ダンジョン戦争中の間の振る舞いをどうするか話し合った。

その話し合いの結果、攻略中は出来るだけアイネスの苦痛が減るように心掛ける事にしたのだ。


「俺様にはアイネスが死体や血を見るのを嫌がる理由は理解が出来ぬ。しかし、嫌なものを無理に強制する程外道ではない。誰だって、嫌いな食い物や気に食わぬ奴はその目に入れたくないと思うしな。しかしアイネスは、自分が避けたかった物を必ず見ることを理解した上で俺様達の様子を見て指示を出す事を決断した。己の苦手とする惨状をその目で見る覚悟を決めたのだ。ならば俺様達は、そんなアイネスが出来るだけ心に傷を作らぬよう配慮をしてやるだけだ。」

「…死体の一つも見れないとは軟弱な、とは罵らないのだな?」

「俺様は野菜が嫌いだが、奴はその事に対して罵倒を浴びせた事はない。むしろ同意して、出来るだけ食卓の野菜の数を少なくしたり食べやすいように工夫を考えてくれるのだ。それと同じ事をするまでよ。どっちも、嫌いで出来るだけ避けたいという事は変わりないからな。」


イグニレウスの強引な例え方にホムラはキョトンと一瞬呆然とした後、大声で笑い始めた。

突然笑い出したホムラに、イグニレウスは首をかしげる。


「ハハハッ!確かにそうだな!野菜嫌いも死体嫌いも、どっちも物が違うだけで嫌いであることには変わりない!そしてそれを克服するには、周囲の配慮も必要という事か!」


暫く笑い続けた後、ホムラはイグニレウスに笑みを浮かべて尋ねた。


「エンシェントドラゴン殿、名は?」

「イグニレウスだ。」

「イグニレウス殿、話が変わるのだが私は他の4人とは違い、元は野良のリザードマンだったのだ。そんな私だが、実は幼い頃から毛虫が大の苦手なんだ。」

「ほう、それは意外だな。」

「あの気味の悪い見た目とうねうねと這って移動する姿がどうしても苦手でな。友人のリザードマンや、タケルとアリア達には早く克服するように言われていたのだが、未だにあれを見ると震えて動けなくなる。貴殿のダンジョンマスターだったら、どんな反応をする?」

「…奴だったら虫が寄ってこなくなる薬でも渡すか、そもそも虫の出ない場所で働くように配置するだろうな。推測でしかないが。」

「なるほど。我慢をさせたり無理に克服させるのではなく、問題の物を避ける方法を教えるのか。確かにタケルとは全然違うな。」

「そうだろうな。アイネスは他の人間とは少し違った考え方を取る。」

「貴殿は、良い主人を持ったな。」

「ああ、俺様もそう思うぞ。」


互いに笑いあった後、再び各々の武器を構え、戦闘を再開する用意をする。

イグニレウスは拳を握ると、ホムラに向かって言った。


「そろそろ、戦いに決着を付けてやろうではないか!しっかりと受け止めるが良い!」

「ならば此方も、全力で立ち向かわせてもらう!行くぞ!!」


その瞬間、二人はお互いに距離を詰め、お互いの攻撃範囲へと入った。

ホムラはイグニレウスに向かって大剣を振り下ろし、イグニレウスを斬ろうとした。

しかし、イグニレウスはその攻撃を読んでいたように自らの腕で防御をする。

ホムラは超高速振動型大剣の力で、イグニレウスの腕ごと彼を真っ二つに斬るだろうと思っていた。

しかし、そんなホムラの予想を大きく外した。

イグニレウスの腕に付けられた手甲が火花を走らせながら振動する大剣を受け止め切ったのだ。


「馬鹿な!?」


タケルの作った大剣の斬撃を防がれ、驚愕するホムラ。

その一瞬の隙を突き、イグニレウスはもう片方の手をホムラの腹当てた。

その瞬間、イグニレウスの腕だけがドラゴンのものになり、ホムラの腹に掌底を食らわせた。

ドラゴンの腕で掌底を当てられたホムラはそのまま壁に叩きつけられ、大ダメージを受けた。

立ち上がれない程に衝撃を与えられたホムラは、息絶え絶えになりながらイグニレウスを見上げた。

イグニレウスの腕は、確かにドラゴンの腕へと変貌していたのだ。


「そ、れは……」

「前に陰険蝙蝠の前で<竜化>した際、奴に「そのバカでかい体躯をどうにか小さく出来ないのか」と馬鹿にされてな。それ以来こっそりと部分的にドラゴンのものに出来るように特訓していたのだ。<竜化>した時ほどの攻撃力や殺傷能力は持っていないが、貴様を一発で沈める程度の力は出る。あと、誤って潰さないように手加減がしやすい。」

「どう、やって、私の大剣を防いだ…?」

「アイネスから受け取った、この手甲のお陰よ。なんでもこの手甲は剣といった斬撃武器を防ぐことに特化した防具らしい。貴様と対決した時に大剣から身を防げるように装備しておけと渡された。念の為3つ重ねて付けていたのだが、その大剣を受けきって耐えきるとは思わんかった。」


事前に超高速振動する剣が使われる事を予測したアイネスはどうにか剣を避ける以外の防御方法がないかと模索した。

その時にふと思い出したのが、アイネスがアラクネ三姉妹にプレゼントした<ネットショッピング>産の防刃手袋だった。

異世界産の道具はその世界に合わせて力が変化する。

ならば名前に“防刃”とついている防具は斬撃に耐性が付くのではないのだろうか?とアイネスは考えた。

実際に防刃手袋をアラクネ三姉妹は付けているが、駄目になった様子はない。

試しにアイネスは防刃チョッキを人形に着せて、ワイトやイグニレウスに切れるかどうか試してもらったのだ。

そうするとアイネスが望んでいた通り、防刃チョッキは腕力の強いイグニレウスの剣でも斬られず耐えたのだ。

テオドールやデリックに<鑑定>を頼めば具体的な効果が分かったかもしれないが、二人は彼女の配下ではないしダンジョンにはいなかったので正確な効果は分からなかった。

しかし今回の戦争には十分だろうと判断し、アイネスは防刃手甲というものをイグニレウスに託したのだ。

それでも納得が行かないホムラは、続けてイグニレウスに尋ねた。


「あ、あのパーティーでは、剣は持ってこなかった…なのに何故…私が大剣を使うと…」

「そこはアイネスの推理だな。『タケルと幹部達6人がチームになって冒険者をしているならそれぞれ戦い方の役割分担が決まっている。6人の内3人は魔法特化した魔物だから遠距離での回復担当か攻撃魔法担当。空からの攻撃が出来るハーピーはその爪か身体かせめて槍での空中戦担当。タケルは定番の片手剣か銃で中距離から攻撃する。そうなると後はタンク役かパワーで押し切る超近距離攻撃担当が必要になってくるから、全体的に身体能力が高いホムラさんがそれ。ハンマーといった打撃武器を使う人ならもっと筋肉が発達していそう。槍はどっちかというとハーピーさんに持たせたいはず。だから使うのは恐らく大剣だろう』…と、言っていた。実際貴様が大剣を持って此方に追いついてきた時は、アイネスの洞察力の高さに思わず笑い声が出そうになった。」

「は、はは…。いくらなんでも、高すぎるだろう…。完敗、だ…………。」


最後にそう言い残した後、ホムラは意識を失った。

イグニレウスは気絶したホムラに背を向けて、さっきいた場所へと走っていった。

気絶したホムラの顔は負けたにも関わらず、一切の後悔のない、爽やかな笑みを浮かべていたのだった。




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