クソゲーとチーターには、運営側へのクレームが一番の解決策である
予約掲載って便利だけど何時に設定するのが良いのかよく分からないですね。
扉。それはどこのご家庭でも必ず一つはあるはずの一部。
開閉の役割や外部と遮断する役目など、当たり前のようで深く考えると結構重要度の高い役目を持っている物だ。
そんな身の回りにあるけど必要不可欠な『扉』が、今私の目の前にある。
確かに私はなんか起きてくれ、と思ってユニークスキルを使ったけれど、まさか『扉』が出てくるとは思わなかった。
目の前の『扉』は地球ではよく見るような、シンプルだけど少しモダンなスタイルの、派手すぎず地味すぎない、中々オシャレな『扉』だ。正直、私の好みのデザインの『扉』だが…気にすることはそこではない。
問題は、何故突然この扉を一切必要としないであろう洞窟の最深部で地球デザインの『扉』が出てきたのか、だ。
「いや、なんで扉…?ゴブリンくん、なんか分かる?」
「ぎゃうぅ」
そこそこ知能のあるゴブリンくんにもさっぱりなようで、ゴブリンくんの方を向いたらオロオロとした表情で首を横に振られた。
「もしかして、噂の帰還の魔道具もこういう感じなのかな……?」
『否定。帰還の魔道具『バック・ポイント』を使用した際は、瞬時に使用者を転移させるように作られています。何かが召喚されることはありません』
「即答じゃん……」
<オペレーター>に推測を即否定されて思わず肩を落とす。
だけどその話が本当なら、色々事実が変わってくる。女神は私のユニークスキルを使えない魔道具と同じ効果だと思っていたようだが、本当は魔道具とは全く別の効果を持つのではないだろうか?
それを確かめるには、目の前の『扉』を開けてみるしか方法はないだろう。
「ゴブリンくん、そこで待っててくれないかな?」
「がうっ!」
扉の先に一体何が待っているか分からない。ゴブリンくんは『扉』の前で待ってもらうべきだと判断した私は、ゴブリンくんにジェスチャーでここに残ってもらうよう頼んだ。
それに対してゴブリンくんは大きく頷いて、紙飛行機片手に『扉』の隣に座った。どうやら分かってくれたようだ。
私は恐る恐る『扉』の取っ手を掴み、扉を開いた。扉の中から何も出てこないのを確認した後、私は覚悟を決めて扉の中に飛び込んだ。
一瞬の浮遊感の後、私は前のめりによろけつつもゆっくりと目を開いた。
目を開けて確認した光景に、私は驚愕した。
「い、家じゃん!!!!」
今までは光が入らなくて薄暗い、ジメジメとした洞窟の中にいたはずが、目の前に広がっていたのは、文字通り『家』の中だった。
LED照明の灯りが全体に行き届いており、手前右側にはガスコンロや冷蔵庫の設置されたキッチンが、反対側にはトイレがついたユニットバスが見える。更には奥の方に清潔でシンプルな白色のシーツが掛けられたベッドや、低めのテーブル、ソファまで設置されているのが見えた。奥にはベランダに通じているらしき窓ドアも見えるが、窓の向こうに見える美しい夕焼け空は明らかに洞窟の中のものではない。
元いた世界で良くあるような、家具付き六畳1Kの間取りそのものだった。
私が呆気を取られていると、再び頭の中に聞き覚えのない言葉の羅列が入ってくる。
私は混乱しつつも、<オペレーター>にステータスの確認をしてもらった。
すると、付属スキルとして新しいスキルが2つ手に入っていた。
<お出かけ>ユニークスキル【ホーム帰還】の付属スキル。玄関の扉から使用者が望む空間に行くことが出来る。
<ネットショッピング>ユニークスキル【ホーム帰還】の付属スキル。何時でも何処でも注文が出来るスキル。注文した物はその場で配達される。
それらのスキルの説明を読み終えた後、私は大きな声で叫ばずにはいられなかった。
「ホームはホームでも、リアルの家って意味のホームじゃん!!!!!!!」
何ということだ。まさかの事実が判明してしまった。<ホーム帰還>は説明の通り、家に帰還するスキルだったのだ。
シンプル・イズ・ザ・ベストとはよく聞くけれど、あまりに説明がシンプル過ぎる。これはちょっと目を通しただけじゃ勘違いしてしまう。
スキルや魔法は一度実際に使ってみないとどれほどの効果があるのか分からない事が身に沁みて理解した瞬間だった。なんというか、脱力感を感じてしまう。
そこでふと、新しく手に入った付属スキル2つが目に入る。
その説明を最後まで読んだ後、ふとある事に気が付いてしまった。
「いや、まさかねぇ……?」
私はスキル欄にある<ネットショッピング>の説明を何度も見返した後、<オペレーター>に頼んでスキルの使い方をインストールしてもらう。幸いにも<ネットショッピング>の使い方は<ホーム帰還>と同じ方法だった。
「<ネットショッピング>」
ぽつりと唱えた瞬間、私の目の前にいかにもなオンラインショッピングのサイトが表示された。
此処まではまだいい。ラノベで見たことあるやつだ。
私は震える手で目の前に表示されたサイトから500mlのペットボトルに入った水2本と卵サンド4つを選択し、注文ボタンを押した。
その瞬間、私の目の前に突然現れる段ボール箱。
恐る恐る段ボール箱の中身を開けてみれば、中に入ってたのは先程注文したばかりの水の入ったペットボトル2本と卵サンド4つ。
注文してから配達されるまで、支払画面らしきものは出てこなかった。
さて、ここで<ネットショッピング>のスキルの説明をもう一度思い出してみよう
<ネットショッピング>ユニークスキル【ホーム帰還】の付属スキル。何時でも何処でも注文が出来るスキル。注文した物はその場で配達される。
確かにスキルの説明には注文ができることと注文した物は即日配達されると記されている。しかし、支払いに関する説明は一切されていない。
それはつまり、何かを支払わなくてもサイトにある物ならなんでもタダで手に入るということだ。
「……いや、このスキルバグってるでしょ!!」
スキルにバグがあるなんて、前代未聞の事態すぎる。
確かに<ネットショッピング>は一文無しの私には有難い。非情に有難いのだが、ゲーム好きとしては余りにバグっているとしか言いようがない。
もしもオンラインRPGゲームにショップで何でもタダで購入できるバグなんてものが出ていたら課金ユーザーからのクレームが多発するだろう。
「なんでこんなバグのあるスキルが存在してるの……? そもそもスキルって誰が考えてるの?」
『回答。スキルは創造神による権限かシステムの自動創造によって創造されます。作成されたスキルは創造された際に創造神達共有のスキルリストに記録されます』
「<オペレーター>さんの有能っぷり的にバグが起きたとは思えないし、神様の誰かがミスしてこんなスキルを作ったってことかな……? それにしたっておっちょこちょいじゃないかな、その神様。おかげで衣食住が簡単に手に入って助かるけど」
まんま文字通りの<ホーム帰還>に支払い不必要の<ネットショッピング>と来ると、残ったもう一つのスキルも似たような感じがする。
何より恐ろしいのが、これだけ便利な付属スキルが付いているにも関わらず<ホーム帰還>のスキルレベルが1しかないという点だ。
これでレベルが上がったら一体何が起きるか予測ができない。
「それにしてもちゃんとスキルが使用できて良かったなぁ」
いくら便利なスキルでも、使えなかったら何の意味もない。それは先程のスキル名を叫びまくっていた時に実感した。どんな変なスキルでも使えた方が役に立つ。
「それにしても、なんでさっき<アイテムボックス>とか<鑑定>が使えなかったんだろう?」
『回答。貴方様のスキル回路がオフ設定になっている事が原因です』
「え? スキル回路…ってなんですか?」
『回答。スキル回路とは、スキルの出力を操作する為に存在する各スキルに存在する回路の事です』
話を聞いてみると、なんでも昔はスキルを獲得したらすぐ使えるように設定していたけれど、稀にスキルに掛かる出力が強すぎるあまりにスキルが暴走して使用者とその周囲一帯が大惨事になる事故が多かったらしい。
だがここ数千年はそんな事故を未然に防ぐため、スキルリストに載っているスキルには出力を操作するための回路が組み込まれたらしい。
一度出力をオンにしてしまえば以降はオフになることはないが、もしもオフの状態で放置されれば誰かの手によって回路がオンに設定されない限りそのままらしい。
つまりステータスに表示されたスキルでもその回路がオフ状態になっていたら、持ち主はそのスキルを使用する事が出来ないという事だ。
私はその説明を聞いて、何故そんな重要な回路がオフになっているのかと<オペレーター>に尋ねてみた。すると、こんな回答が返ってきた。
『本来、異世界転移者に共通で与えられる<鑑定>と<アイテムボックス>は転移先の世界の創造神の手によって転移前に回路をオンに設定されます。しかし、貴方様の記憶を確認した限り、此方の世界の創造神は貴方様の保持する異世界特典スキルのスキル回路をオフ状態のままこの世界に送ったようです』
「ほほう」
『転移前から所持されていた初期スキルは既にスキル回路がオンに設定されていた為、此方の世界の創造神による変更を必要としていませんでした。また、付属スキルは付属スキル獲得時に自動でスキル回路がオンに設定されるようプログラムされているため、使用することが出来ました。しかし、本来創造神の手によって設定されるはずだったスキルに関してはスキル回路がオフになったままです』
10割の割合であの糞女神のせいでした☆どうしよう、怒気怒気が溢れて止まらない!
スキル回路の設定を変えなかった件は恐らく故意でやった事だろう。スキルの使用を出来るようにするなんてそんな大事な作業を忘れるなんて有り得ない。完全に私を処分する気満々だ。先程女神に会ったら一発殴ろうと決意したが、変更だ。軽く10発ぐらいは殴ってやりたい。
「因みにそのスキル回路ってやつ、<オペレーター>さんの方でオンに出来ませんかね?」
『回答。可能ですが本来の手順とは違うため2、3ヶ月の時間を要しますが宜しいですか?』
「オッケー。使えるようになるなら全然構わないです。お願いします」
『了解。<アイテムボックス>と<鑑定>のスキル回路の設定の変更作業を行います』
時間は掛かるようだけれど、なんとか<アイテムボックス>と<鑑定>は使えるようになるようだ。<ホーム帰還>のおかげで衣食住も確保したし、思いつく問題は大体解決した。
困っていた問題が解決し、やっと気持ちが落ち着いてきた。そこでふと、ある事を思いついた私は<オペレーター>に話し掛ける。
「あ、もう一つお願いしてもいいですか?」
『了解。命令をどうぞ』
「<オペレーター>さんって確か、女神の干渉を受けない、独立したシステムの一部なんですよね?」
『肯定。その通りです』
「じゃあ、女神とは別の神様にメッセージを送る事って出来ます?」
『……回答。前例はありませんがシステムの機能に世界の歪みを報告するための報告機能があるため、それを使用すれば可能かと』
システムとか定期報告と聞いてなんとなくそういう機能があるんじゃないかと思って尋ねてみたけれど、本当にあったようだ。
思わずガッツポーズをした後、悪い笑みを浮かべて<オペレーター>に再度お願いをした。
「おっしゃ、それじゃあその機能使って女神にバレないように女神の上司にあたる神様とまともそうな神様にクレーム送ってください。出来れば毎日、若干内容を変えて送ってください」
『了解。メッセージの内容は如何致しますか?』
メッセージの内容? そんなものは決まっている。
「『突然異世界転移しろって言われた上、断ったら元の世界に返してもらえずに無理矢理別の世界のダンジョンの中に放り込まれました。しかも、ステータスも自分で見れないし異世界特典のスキルというやつも使えなくて困っています。返信待ってます』で!」
『了解。メッセージを送信いたしました。以後、<オペレーター>が自動でメッセージの内容を製作し、送信致します』
これでいつになるかは分からないが、メッセージを確認した神様が女神をどうにかしてくれるだろう。
やはりクソゲーとチーターには、運営側へのクレームが一番の解決策である。
あの女神へ何らかの処置が行われ、返信が来るまで結構な時間が掛かるだろう。
神様に捨てられたというなら、もういっそのことパーッと気ままにマイホームでぐーたら引きこもりスローライフを満喫してやろうじゃないか。
幸いにも、私には長期滞在に丁度いいスキルを持っている。食事も衣類も、娯楽でさえもタダで購入できるバグスキルがあるから困らない。この非常事態にもってこい過ぎるスキルだ。
目指す目標はリア充たちよりも快適な生活だ。主人公らしくない? こちとら前の世界でやった文化祭の劇では『モブ役のプロ』『最も裏方に適した女』というあだ名を手に入れた事があるのだ。
私の父(40代後半、仕事はITエンジニア兼黒魔道士)もこんな事を言っていた。
『大事なのは学歴や立場じゃない。どれだけ楽しんでいるかが大事なんだ』
良いじゃないか、公認引きこもり生活。引きこもりのスペシャリスト、略して引きこもりストなら誰だって欲しい生活だ。
精々、私なりにこの状況を楽しませてもらおう!
いざ、引きこもりスローライフの始まりだ!
「……って言っておいたらRPGゲームっぽくない?」
『……』
やっと話の本筋がスタートした気がしてならない…




