仏の顔も三度まで。平和主義者の顔は四度まで
タケル青年と目を合わせた瞬間、何かが弾け飛んだ。
これは比喩ではなく、実際に私とタケル青年の間で、見えない何かがバチッと音を立てて弾け飛んだのだ。
弾け飛んだ…というよりは、弾いた、の方が近いのだろうか。
ふと自分の肩を見てみれば、先程まで大人しく私達のやり取りを見ていた守護精霊が怒りの表情を浮かべ、タケル青年に威嚇している。
「~!」
「ちょ、どうしたんですか守護精霊さん。何かありました?」
「~!!」
「うん、何言っているのかさっぱりです。誰か通訳、通訳いませんかー?」
守護精霊が怒り気味にタケル青年を指差して私に何かを訴えるけれど、鈴の音のような声から理解するのは難しい。
恐らくタケル青年か美少女達がなにかしたのだと思うのだけど、それが何か私には分からない。
守護精霊の言葉を分かりそうなフォレスはその場にいないし、美少女達は元々言葉が通じない。
どうするべきかと悩んでいると、救いの手が現れた。
『告。守護精霊は貴方様がタケル・イノウエに攻撃された事を訴えています。』
「は、攻撃?どんな?」
『回答。闇属性に分類されるスキルによる精神攻撃です。スキルは守護精霊の魔法により弾かれました。』
「精神攻撃?」
「アイネス、君は一体誰と会話を…」
私は此方に話しかけてくるタケル青年を無視して、現在の状況を把握に思考を巡らせる。
闇属性のスキル。
精神攻撃。
見えない何かを弾いたような音。
タケル青年を威嚇する守護精霊。
そして私と目を合わせたタケル青年。
これらの情報を元に何があったのかを考え、ある推測が思いついた私は手を叩いてその推測を口に出した。
「もしかしてタケルさん、私に<誘惑>スキル使いました?」
「!?な、何故それを!って、あ…。」
「やっぱり…。」
ほぼ自白とも取れる反応を見て、私はようやく状況を理解した。
私はタケル青年に、スキルを掛けられそうになったのだ。
<魅了>。
主にサキュバスといった夢魔が持っているだろうスキルの一つで、相手を自分の虜にして思い通りにすることが出来るスキル。
マリアから聞いた話だと、そんな<魅了>スキルには一つ、派生スキルというものがあるらしい。
その名は、<誘惑>
マリアの持っている<魅了>の下位スキルで、相手に使用者に対する恋心を抱かせるというもの。
発動条件は二つ。
一つは相手が自分のレベルと同レベルかそれ以下であること。
もう一つは、スキルを掛けたい相手に目を合わせる事だ。
恐らくタケル青年は私にこのスキルを掛けて虜にして、私を自分のダンジョンに引き込もうとしたのだろう。
完全に自分の虜にする<魅了>と違ってこのスキルなら私がタケル青年に恋心を抱いたと勘違いして、違和感を抱くこともない。
似たようなスキルで<洗脳>や<催眠>なんていうのもあるらしいけど、恐らく彼が使ったのはこの<誘惑>だろう。
目と目が合って恋に落ちるなんて、普通によくありそうな話だ。
なにより、異世界転移者の男性が色んな女の子に惚れられてハーレム状態になるなんて、ラノベのテンプレ中のテンプレなのだから。
まあ、守護精霊が付いていたお陰で彼の異世界ストーリーの一部に組み込まれる事は無かったけれど。
「パーティーで揉め事起こしたくないんで口で言わせてもらいますけど、敵意のない人に闇属性スキル使うのって、常識的にも道徳的にもマナー的にもアウトなのでは?」
「いや、これは違うんだ…!」
「具体的にどう違うのかは不明ですけど、やった事はやった事ですからね。というかもしかして、勝手に<鑑定>なんかもしてたりしないですよね?」
「い、いや、それはしてないよ!前に「やたら魔物や人に<鑑定>を使うのは止めろ」って怒られて…」
「なるほど、つまりその前はしていたと。」
「あ…」
「いや、分かりますよ。今まで持ってなかったスキルをどんどん使いたくなる気分は。でもこっちの世界にもこっちの世界の常識やマナーっていうのもあるんですから、そういうのはどんどん頼りになる人に質問していかないと…。」
特に<オペレーター>ならそういった常識とかも教えてくれるはずだ。
無知を咎める気はないけれど、無知をどうにかしようとする努力をしないのは駄目だ。
この命の危機がどこにあるか分からない世界では、本来知っていて当然の常識や知識を知らない事が大きな問題に発展する事だってある。
私は分からない事は逐一<オペレーター>やベリアル達に聞いているし、そもそも気にするべき街に出る事がないのでそういった問題になりかねない場面に立ち会う事が少ない。
テオドールさん達と会った時だって最初に失礼な事をするかもしれない事を伝えて了承してもらっていたのだ。
そういった配慮や努力が必要にも関わらず、タケル青年はそんな努力を怠っている。
異世界転移して『俺TUEEEE状態』とハーレム展開に熱中しすぎるのは良いけれど、常識を覚えようとする姿勢を取らないのは結構な問題だ。
異世界転移してすぐの時ならまだ異世界に慣れていないからと説明出来るけれど、話を聞いている限りタケル青年は異世界転移してから数年はこの世界で生活しているようだし、その言い訳の適用外だ。
無知というのは、放っておけば後々大きなトラブルを持ち込むことになるし…いや、タケル青年はそんなトラブルを望んで敢えて無知であろうとしているのかもしれない。
この世界のトラブルや問題事は、タケル青年の異世界生活を彩るための『イベント』。
問題事が起きれば起こるほど、タケル青年が主人公のストーリーは盛り上がるのだから。
「先程も言ったように私は貴方のダンジョンに行くつもりはないので、他を当たってください。では、ここのパーティー会場をもう少し見て回りたいので私はそろそろ行きますね。パーリーウルフズの皆さんにいいライブだったと伝言をお願いします。それじゃあ…」
比較的に優しく、穏やかに立ち去ろうと別れを告げる。
これ以上タケル青年達といると、なにか揉め事が起きそうな予感しかしないからだ。
呑気にエールを飲んでいるゴブ郎の手を引き、未だにタケル青年に威嚇している守護精霊を宥め、私はそっと彼らから距離を取ろうとした。
その時、パシャッという音と共に自分の顔に何かが掛かった。
ふと自分の顔に手を当てれば、甘い果物と薬品が混ざったような独特の匂いをする液体が手についた。
袖で顔の液体を拭って正面の方を見てみれば、目の前には目を丸くしているパーリーウルフズの5人、驚きつつも何処か笑みを浮かべる美少女達、そして、顔を赤くして此方にエールの入っていたカップを向けているタケル青年。
どうやら、私の言葉に怒ったタケル青年が、私にエールを掛けてきたようだ。
此処まで行くと、流石に周囲の招待客も私達の騒ぎに気が付いて、遠目から此方の様子を伺ってきた。
よく見れば、先程まで他の招待客の接待をしていたベリアル達も此方に気が付いたようで、私の姿を見て此方に近づいてこようとしている。
特にベリアルは私にエールをぶっかけたタケル青年にブチギレらしく、私が今まで見たことがないような恐ろしい表情で此方に駆け寄ろうとしている。
というかベリアル、なんか凄い魔法使おうとしてない?
ベリアルの手元にヤバそうな魔法陣っぽいのがチラチラ見えるんだけど。
私はこっそり手で此方に駆け寄ろうとしているベリアル達にサインを送り、手を出すなとベリアル達に伝える。
此処でベリアル達が暴れれば、タケル青年はベリアル達を悪役に仕立て上げるかもしれない。
それにディオーソスさんのパーティーでタケル青年ごと何かを破壊なんてしたら他の招待客に悪い印象を与えかねないし、賠償金を請求されるかもしれない。
此処は彼らのペースに飲み込まれることなく、冷静に対処した方が良い。
フォレスが私のサインに気が付いてくれて、此方に駆け寄るのは一度止めてベリアルを宥め始めた。
察しが良くて本当に助かる。
タケル青年は怒りで周囲の野次馬達には気が付いていないのか、此方に怒鳴り声を上げてくる。
「煩いな!君だって僕と変わらないだろう!君にそんな事を言う権利なんてないだろう!」
「確かに私と貴方の此方の世界の常識や知識の把握量はどっこいどっこいでしょうね。別に知識がないことでとやかく言うつもりはないですよ。私はただ、分からない事があるならどんどん他の人に聞いていくべきでは?と尋ねているんです。」
「他の人って、まさか僕を追放した王族にでも聞けって言ってるのか?それこそ馬鹿のすることだろう!」
「なんでそうなるんですか…。聞く人ならそれ以外にもいくらでもいるじゃあないですか。ここのパーティーの招待客や、ディオーソスさんとか、冒険者界隈の人ならギルドマスターとか…。」
「そんなの、自分から聞けるわけないじゃないか!先生や親でもないのに!自分の無知をひけらかすようなものだろう!」
「いや、事実無知でしょう?私達はここの知識や常識を全く知らない状態で来ているんですから。そもそも、人に無断でのスキルの使用ならまだしも人にお酒を掛ける行為は普通に地球でもマナー違反だって分かるはずでは?」
「う、うぐぅぅぅ…!」
「あと、これ以上は後日話し合いの場を作るか、会場の外で話しませんか?此処だと他の招待客やディオーソスさんの迷惑になってしまいますし…。」
守護精霊がいるので大体の攻撃は大丈夫だろうけど、それだって魔力や守れる範囲の限界があるし、周囲に被害が及ぶ可能性がある。
口論の場を別の場所へ移そうとタケル青年に交渉を持ちかける。
タケル青年もやっと周囲の野次馬に気が付いたようで、少し我に帰った様子で場所を移す事を了承しようと口を開いた。
しかし彼が返事を言う前に、此方の会話を聞いていたアリアが、此方に物凄い勢いで詰め寄ってきた。
「*******!*****タケル************!」
「あの、申し訳ないんですが貴方の言葉が分からないんです…。」
「アリア、アイネスは異世界言語スキルがないんだ。君の言葉は彼女に通じないんだよ」
「***?!*************、************!」
「アリア、********!?」
「**、アリアリ*******!」
「****!*****************!」
何かを怒鳴りながら腕を振り上げて魔法陣を編みだすアリア。
それを見たホムラとパーリーウルフズの赤い体毛の人狼が慌ててアリアを止めるが、アリアは相当頭に血が昇っているようで、彼女より体格の大きいはずの人狼も軽々と跳ね除けた。
アリアの魔法陣を見た他の招待客が、慌て始めた。
守護精霊は切羽詰まった表情で私の袖を引っ張って逃げようと促してくる。
言葉が通じなくても分かる。アリアが今放とうとしている魔法は守護精霊でも守りきれない魔法なんだってことが。
私の足で逃げようとしても間に合わない。ベリアル達とも離れている。
マイホームに逃げようとしても扉を開けて中に入って閉めるまでのタイムラグがある。
私は咄嗟に守護精霊とゴブ郎を突き飛ばして私の傍から離れさせた。
此処は室内だし周囲に他の招待客もいるから広範囲に影響を及ぼす攻撃魔法は使ってこないはずだ。
そうなるとアリアはターゲット一点集中型の魔法を使ってくる。
アリアの狙いは私だから私が自分の身体で彼らを庇うよりも私の傍にいない方が安全だ。
アリアの魔法陣から黒い槍のようなものが出現し、私の心臓めがけて投げ飛ばした。
あ、死んだ。これ本気で死んだ。
自分の命の終わりを目の前に、私は思わず目を閉じた。
しかし、いくら待っても自分の心臓に槍が突き刺さる事はなかった。
恐る恐る目を開けてみると、私の目の前には虹色に輝くベールのようなものがあり、アリアの放った黒い槍を私から防いでいた。
私はその光景に、思わず見惚れてしまった。
「すごい綺麗…ですけど、なんですかこれ…。」
『回答。フェアリーロード限定スキル、<精霊結界>です。』
「<精霊結界>!?というと、フォレスさんが持ってるあのスキルですか?」
『告。<精霊結界>は使用者が守護したい対象、または範囲に事前に使用する事により、いかなる攻撃や災害も防ぐ効果があります』
「なんでそんな小学生とかで良くある「バーリア!」みたいなチートバリアが!?」
『回答。パーティー会場へと転移する直前に貴方様を対象に使用されていました。』
「いつの間に…。でもフォレスさん本当ナイス。」
まさかの二段構えの護衛に、驚きしかない。
そういえば、パーティー会場に行く直前にフォレスが私の頭を撫でていた。
あの時にスキルを使ったのだろう。
あまりに自然すぎて全く気が付かなかったけれど、お陰で助かった。
やがて槍が消えると、私を守っていたベールも姿を消した。
タケル青年達の方を見てみれば、彼らは少しカオスな状況になっていた。
「せ、<精霊結界>だって…!?フェアリーロードにしか使えないスキルをなんで…!?」
「アリア!********!」
「ア、アリア*******!****タケル*********…。」
「アイ***、******!?」
「アリアリ*********!?」
私を守った<精霊結界>に驚愕するタケル青年。
黒い槍で私を攻撃しようとしたアリアを怒るホムラと、自分は悪くないと弁解しているらしいアリア。
此方の心配をしてくれるパーリーウルフズ。
そしてそれらを各々反応を示しながらもただ傍観している他の美少女たち。
実にカオスだ。
私はそんな彼らを無視して、先程突き飛ばしてしまったゴブ郎と守護精霊の方に近寄り、中腰になって話しかける。
「二人共、怪我はないですか?」
「ぎゃ、ぎゃうぎゃうーっ!」
「~!」
「さっきは突き飛ばしてすみません。あれが一番巻き込み事故を防げるかな、と…」
「ぎゃー!ぎゃうぎゃう!」
「~~!」
涙目で私に怒りの声をあげるゴブ郎と守護精霊。
恐らく、「もうあんな危ない真似は止めて!」とでも訴えているのだろうか…?
謝罪の意を込めて頭を撫でてやると、ゴブ郎達もそれが分かったらしく、これ以上怒ることはなかった。
フォレス達の方を見てみれば、ほっと安堵した様子のベリアルとマリアの横で、いつもと変わらない様子のフォレスと目があった。
フォレスは私と目があった事に気がつくと、隣の二人にバレないようにサインを送ってきた。
[無事で 良かった。後で お説教]
(あ、アーシラ姐さんとのダブルお説教コースですね。把握しました。)
どうやらフォレスさん的にも、咄嗟の私の行動はアウト判定だったようだ。
これは正座でお説教二時間コース確定かな。
そんな事を思っていると、先程私に色々言われまくったことへの怒りと明らかに自分より格下の立場にある異世界転移者の少女が<精霊結界>で護られたことへの動揺でパニックになったのか、タケル青年が此方に向かって叫んだ。
「な、なんで<精霊結界>で君が護られているんだ!」
「うーん…私が一応重要だと思われていたからですかね…。」
「嘘だ!そんなはずない!」
「じゃあ、なんか別の理由があるのでは?私には分かりかねますが。」
タケル青年の追求をさらっと受け流して、私はベリアル達の方へと逃げようと彼らから距離を取る。
<誘惑>による精神支配未遂に、エールぶっかけ、さらには危うく命まで危ぶまれていたのだからすぐさま逃げるに他はない。
<精霊結界>で護られている事が分かったので彼らに背中を向けてさっさと去ろうとしたその時、私はタケル青年から信じられない一言を聞いた。
「君のダンジョンの奴らは本当に馬鹿じゃないか!?異世界特典も禄に使えない、欠陥転移者を囲うだなんて!君の傍には頭の悪い最弱ゴブリンと精霊一体しかいないくせに!」
ブチッ
「……………………………は?」
その言葉を聞いた私は、足を止めた。此方を心配そうに伺うゴブ郎と守護精霊をそっと撫でながら、私は今までの一部始終を見ていたミルフィーさんの方に視線を送った。
私が視線を送っている事に気が付いたミルフィーさんは私がこれから何をする気かを察したらしく、何も言わずにコクリと笑顔で頷いてみせた。
次に私は、ディオーソスさんの方を見てみる。
ディオーソスさんも何かを察したようで、それはもうド派手な○を作ってみせる。
私はそれを確認すると、すぐに振り返ってゆっくりとタケル青年達の方へと近寄った。
私がタケル青年の傍まで近づくと、タケル青年は何かを勘違いしたのか、さきほどまでの怒りっぷりが嘘のように笑顔を浮かべて此方に馴れ馴れしく話しかけてきた。
「どうしたんだい?もしかして、やっぱりダンジョンに来る事を考え直してくれたのかな?そうならそうって素直に言ってくれれば良いのに――――――」
「フンッ!!!!」
私はタケル青年が言い終わるのを待つ事なく、力を思いっきり込めてタケル青年に蹴りを入れてやった。
どこに向かって蹴りを入れたのかって?
そんなの、彼の股関節より下にある大事な息子さんに決まっている。
酔いが回り、かなり油断していたらしいタケル青年は私の突然の蹴りに反応しきれなかったのか、蹴りが狙っていた場所にクリーンヒット。クリティカルを叩き出した。
「ぴぎょぁ……!」
変な奇声を上げ、その場に倒れ伏したタケル青年。それに慌てて駆け寄る美少女達。
パーリーウルフズや私達の揉め事を野次馬していた男性陣は、悶絶するタケル青年を見て、皆短い悲鳴を上げて自分のを庇った。
自分の息子さんに手を当てて痛がっているタケル青年を上から見下ろした私は、小さくため息を付いた後、口を開いた。
仏の顔も三度まで。人に甘い平和主義の女の顔もここらが限界だ。
相手が揉め事を起こしたいって言うんなら、全力で油を注いでやる。
目には目を。歯には歯を。揉め事を起こしたいラノベ主人公願望の青年には、それ相応の痛みを。
「タケルさん………、アンタほんといい加減にしろよ?」




