同じ異世界転移者だからといって、必ずしも仲良くなる訳ではない
「いやぁ、驚いたよ!まさかこんな所で同じ世界の人と出会えるなんて!」
「……はぁ…。」
「猫の耳と尻尾があるっていうことは、君は異世界転生者なのかい?」
「いえ、これはただの飾りでして。一応私は異世界転移…に入るんですかね?」
「そうなんだ!僕も異世界転移なんだよ。嬉しいなぁ。同じ異世界転移者の子と遭遇するだなんて!」
「そうですか…。」
人狼5人組と美少女達の視線の中、自分と同じ仲間に会えた事に喜び会話を続ける青年に対し、私は心の中で黙々と思考を巡らせていた。
まさかこんな所で人間の…それも、私と同じ異世界転移者に出会うとは思わなかった。
彼はどうやら私と同じ日本人のようだけど、髪の色や外見が此方の世界寄りよりというか…かなり顔面偏差値が高い。
スキルか何かで顔を変えているのだろうか?
顔のことも気になるし、何故彼がダンジョンマスターになっているのかも気になる。
けど、その前に一つ、凄い気になっていることがあった。
「あの、そこの女性たちに私達が偶然出会った同郷の赤の他人だって説明してくれませんか?初対面の私の言葉より貴方の言葉の方が聞いてくれそうですので」
「え?ああ、ごめん!」
美少女達がすごい睨んでくるんだけど??????
ベリアルとイグニがダンジョン内で口論しまくってた時のように今にも相手の首を刈り取ってやろうとしている強者の獣のような目を此方に向けているんですが?
もしかしなくても此方に<威圧>スキル掛けてますよね?
ベリアル達の時はその余波を受ける感じだったけれど、実際に真正面から受けるとこんなにキツいものなんだね。
まるで空腹状態の獰猛な肉食動物に壁に追い込まれた兎の気分だよ。
<威圧耐性>スキルが無かったらパニック状態になってたよ。
人前で堂々と喧嘩して<威圧耐性>付けてくれてありがとう、二人とも。いや良くはないんだけど。
というか青年は何故こんなに威圧を浴びてて気づかない?
あれか?異世界転移もののラノベの主人公特有の女性と恋愛関係には鈍感になる謎の隠れスキルのせいなのか?
強い魔物や命の危機には鋭い直感が働くのに、異性関係になると鈍感になる人って本当にいたんだ…。
ひとまず青年に誤解を解いてもらうと、美少女達は渋々といった感じで私に威圧を掛けてくるのは止めてくれた。
睨むのは止めてくれなかったけれど。
「ああ、そういえばお互い自己紹介をしていなかったね。僕の名前は井上タケル。この世界じゃあ下の名前で呼ばれてるよ。君は?」
「…小森瞳子です。此方の世界ではアイネスという名前で通っています。此方がゴブ郎くんです。」
「ぎゃう!」
「アイネスか…じゃあ僕もそう呼ばせてもらうね。僕の仲間も紹介させてもらうよ。」
異世界転移者の青年…タケル青年はそう言うと美少女たちの方を向いて、彼女たちの紹介を始める。
……タケル青年が振り向いた瞬間、今まで般若のようだった美少女たちの顔がたちまちキュルルンとした女の子の顔に戻っていたことは敢えて口には出しておかないようにしよう。
「まず、この子はヴァンパイア・ロードのアリア。攻撃に特化した子で、スキルで霧になって敵の陣地に潜入する事も出来るんだ。」
「*********。」
「気難しい所もあるけど、たまに甘えてくれる可愛い女の子だよ。」
「***、タケル!**********!」
タケル青年の「可愛い女の子」発言に照れたのか、凄い抗議をする吸血鬼ロリっ子、アリア。
なるほど、気難しい女の子だと此方に「下手な真似をしたらお前の首を掻っ切るぞ」ってジェスチャーを送るんだね。
というか潜入班ならその潜入方法を人に教えちゃ駄目でしょ。
アリアもそこは照れる所じゃなくて自分の手段を晒した事を怒るべきだよ。
「次にこの子がエルダーウィッチのシズク。魔法は勿論、とても博識で彼女に聞いたらなんでも教えてくれるんだ。皆のお姉さん、って感じの人だよ。」
「**…*********。」
魔女の帽子を外して会釈をする出来るOL系の魔女っ子、シズクさん。
一見朗らかそうに微笑んでいるように見えて、その目はまるで凍てつく氷のように冷めている。
皆のお姉さんって人がしていい目じゃないよ
「それで次に、この子がリザードマンのホムラ。防御力と物理攻撃に長けているアタッカーで、真面目でクールで、とても格好いい女の子なんだ。」
「アイネス*、****。**ホムラ***。******。」
「あ、どうも…」
自分も名前を言い、此方に手を差し出してくるキリッとした爬虫類っ子ことホムラ。
私が手を握り返せば、がっしりと、それでも強すぎない力で握手をしてくれた。
殺意を送ってくる美少女たちの中で唯一殺意を送ってこなかったし、この中では一番まともなんだろう。
「次にこの子がハーピーのピカラ。空中戦で彼女に勝る魔物はいないんだ!皆のムードメーカーみたいな感じかな。」
「******!アイネス***!」
ニカっと元気そうな笑顔で手…いや羽…?を振る元気っ子天使、ピカラ。
一見歓迎しているように見えて羽を大きく広げて此方に威嚇しているのが丸わかりだ。
ハーピーの威嚇やマウント方法って鳥と同じなんだね。知らなかったよ。
「最後にこの子が、リリスのリリィ。僕がダンジョンマスターになって初めて召喚した魔物なんだ。」
「*********。」
タケル青年の紹介に合わせ、普通のワンピースを着た清純系サキュバス、リリィは私に会釈した。
その微笑みはまさに異世界転移もののラノベに出てきそうな清純系ヒロインそのものだ。
…先程まで他の美少女たちと一緒に顔を膨らませて此方を睨んでいたけど。
一通り美少女達の紹介が終わり、次は人狼5人組かな?と思っていたのだけど、タケル青年は次の話題に進もうとしていたので、私は不思議に思ってタケル青年にきいた。
「あの、そちらの人狼5人組の紹介はしてくれないんですか?」
「ん?ああ、もう既に紹介し合ったのかと思ってたよ。」
「いえ、彼らはなんというか、喋るペースが速すぎて追いつけないというか…」
「陽キャ過ぎて此方から話しかけにくい、とか?」
「あー…、やっぱり貴方もそう思っちゃう感じですか?」
「実は少しね…。彼らには悪いけど……。」
どうやらタケル青年も私と同じ、オタク勢だったようだ。
人狼5人組を見る目が陽キャの光のオーラに目が潰れそうになっているオタクの目をしている。
やっぱりチャラ男というのはオタクにとって要注意人物なんだなぁ。
「といっても、彼らに名前は付けてないんだけど…。」
「え?でも<契約>を結ぶには確か、名前を付ける必要があるんですよね?」
「あれ、もしかして知らないのかい? <契約>は別に名前を与えなくても結ぶ事が出来るんだよ?」
「そうなんですか?」
「うん。魔物を50体以上召喚して<契約>を結ぶとレア級以下の魔物なら握手とかでも<契約>が結べるようになるんだよ。これは偶々画面が表示されて分かったんだけどね。」
「へぇ…知りませんでした」
「ほら、流石に魔物を沢山召喚していると、段々名前を考えるのが難しくなってくるだろう?それで、50体目以降は名前じゃなくて握手で<契約>を結んでいるんだ。」
これは私も知らなかった。
なにせ私は<ネットショッピング>や<カスタム>などといったスキルで表示した画面以外は自分のステータスすらも自分で見ることが出来ない。
ダンジョンマスターになった時に表示されたものが最初で最後だったのだ。
スキル獲得やレベルアップも、頭に直接聞こえてくる声が頼りだ。
こうやって誰かからの説明がなかったら、ずっと知る事はなかっただろう。
そこでふと、<オペレーター>の事を思い出した。
もしかして<オペレーター>は、自身が説明できない細かな説明を他のダンジョンマスターに頼むために今回のパーティーへの参加を勧めていたのではないのだろうか?
<オペレーター>は基本的に、私が尋ねない限りアドバイスをくれない。
普通のダンジョンマスターなら画面による表示や頭の中に聞こえるアナウンスで分かるけれど、私は糞女神のせいでそれらを得ることは難しい。
よって、私の持っているダンジョンマスターとしての知識が次第に遅れてくるのは明白だ。
<オペレーター>はそれをカバーしたいけれど、一付属スキルでしかない<オペレーター>はスキルの持ち主である私から質問……私から使ってもらわなければ答えることが出来ない。
そんな<オペレーター>が出した前提能力が色々欠けている私に対する今現在出来る最善のサポートが、他のダンジョンマスター達の集まるパーティーへの参加を勧める事だったという訳だ。
心優しくダンジョンマスターとしての知識を教えてくれる者を見つけられれば、遅れがちにある私のダンジョンマスターとしての知識問題を解決できる。
私が<ネットショッピング>で注文できる物を対価として渡せば、どんなダンジョンマスターだって快く教えてくれるだろう。
まさに私に対して出来る、最善で最大限のサポートだ。
スキルの持ち主である私とは正反対で<オペレーター>が優秀すぎて今にも褒めちぎりたくなってしまう。
いつもありがとうございます<オペレーター>。
『回答。どういたしまして。』
脳裏で<オペレーター>とそんな会話をしているとは露知らず、タケル青年は話を続けた。
「そういう訳で、彼らに名前は付けてないんだ。ただ、彼らはいつも一緒にライブとかしているから、5体纏めて『パーリーウルフズ』なんて呼んでたりするよ。」
「ああ…確かにパーリーしてそうですもんね…。」
「彼ら、いつの間にかダンジョン内とかで演奏を始めるようになってね。それがあまりに騒がしくて、アリア達が怒ってダンジョン内でのライブを禁止にしたぐらいなんだ。まあ、偶々僕のダンジョンに来ていたディオーソスさんがこっそりライブをしていた彼らの演奏を聞いて、彼らだけ演奏者枠として個別にパーティーに紹介されるようになってね。それからは、毎回パーティー会場で大騒ぎしているんだよ。いつもはスルーされて終わるんだけど、今回は違ったようだね。」
「まあ確かにこういった貴族のパーティーには合わない感じでしたし、リズムも滅茶苦茶でしたけど、個人個人の演奏や歌は普通に良かったと思いますよ。というかこの世界、楽譜とかもないんですか?」
「そもそも紙自体がかなり高価らしいからね。楽譜という概念もないんじゃないかな…?」
「なるほど。それなら仕方ないですね。私も彼らの演奏の感想の方は言いたくても山々なんですが、私の言葉は彼らには通じないので…」
「え、どういうこと?」
そこで私はタケル青年に私が異世界転移してきた経緯と、異世界言語スキルや異世界転移者特典のスキルが使用できない事を説明した。
ダンジョンマスターになった件やベリアル達についてなどは余計な追求をされるかもしれないので敢えて伏せておいた。
しかし、それでもタケル青年やタケル青年を通して話を聞いた面々にとってはかなり衝撃的だったらしく、事情を説明するごとに驚愕の表情になっていった。
一通り説明を終えると、タケル青年は私の手を握って、涙をその瞳に潤ませながら、口を開いた。
「君も大変だったんだね…。言葉も通じず、自分のステータスすらまともに分からないような環境下の中、今のダンジョンマスターに縋らなきゃ生きていけないような生活をしていたなんて…」
「君『も』…ということは、貴方も何か?」
「ああ、そうなんだよ。僕の場合は少し違うんだけど…。実は僕のユニークスキルは、<造形>っていうんだ。」
「<造形>……何か物を製作するスキルですか?」
「ああ。僕のスキルは材料さえあればどんな物だってイメージ通りに作れるんだけど材料も質が良い物でなければ耐久力もないし、この世界じゃあその材料を用意するのだって一苦労だろう?おまけに、ステータスもそこまで秀でてる物じゃなくてね…。転移先だった国にステータスを見られた時にその事で凄い非難されて、森の最深部に追いやられてしまったんだ。」
「その国ってどんな名前の国なんですか?」
「アスペル王国という名前の国だよ。そこの王族が本当に酷いクズだったよ。以前にも異世界転移者を召喚したみたいな話も言っているのを聞いた。まあ、僕はあいつらにさっさと追放された訳なんだけど…。」
「アスペル王国…ですか。」
タケル青年が言っているのがケネーシア王国ではない事を知り、私は心の中で安堵した。
テオドールさん達がそんな事するわけないとは思っているけれど、彼らの国が無関係なようで少し安心した。
話を聞いている感じ、タケル青年は女神に途中で捨てられた私とは違い、この世界の人たちに捨てられたタイプの異世界転移者なようだ。
イメージ通りの物を作れるだなんて、普通に強力なスキルだと思うんだけどね。
「食料も水もなく彷徨っていた先でダンジョンマスターのいない空きダンジョンを見つけてダンジョンマスター登録をしたんだ。その後は<ガチャ>でリリィを召喚して、一緒にダンジョン経営を進めながら仲間を増やしてレベルアップして…。経営が安定した頃には近くの街に行って冒険者にもなったんだ!お陰で今はレベル100超えのSランク冒険者。更には地球の知識を使って商売とかも始めて大金持ちになったんだ!あ、胡椒や塩を調味料として使う料理も僕が広めたんだよ。」
「……確認なんですが、タケルさんって前の世界ではお料理とかは?」
「いや、実は異世界転移の前は実家ぐらしだったから料理は家庭科の授業ぐらいでしかしたことないんだ。でも料理って、調味料を適当に味付けすれば大丈夫だろ?」
「……そうですか。」
なるほど。やたら味の濃いパーティー料理達はこの目の前の青年のせいだったようだ。
料理をしたことがない人が料理関連の事を異世界に広めるとこうなるんだね。
別に直接彼に文句を言うつもりはないけど、あとでさり気なくディオーソスさんに間違った料理知識の修正をしといたほうがいいだろう。
「確かに殆ど何もない状態からレベル100超えは凄いですね。やはり冒険者とダンジョン経営の同時進行だと、レベルの上がり方が良いんですか?」
「ダンジョンの経営?なんでレベル上げにダンジョン経営が関係あるんだい?」
「え?でもレベル上げしてきたんですよね?<オペレーター>さんから聞いてないんですか?」
「<オペレーター>っていうと、あのダンジョンマスターのチュートリアルしてくれる為だけにあるスキルの事だよね?チュートリアルが終わった後は一度も使った事がないけど…。」
「え?じゃあどうやって…。」
ダンジョンマスターは配下の魔物が侵入者を倒せば経験値が手に入る。けれど地球生まれの私やタケル青年にとって人殺しというのは躊躇いがある。
だから彼のダンジョンも私のダンジョンと同じように人を殺すような構造にはなってないはずだ。
そうなると冒険者活動のみでレベルをここまで上げてきたのか?
いや、ダンジョン経営というのは意外にも大変なので一日中冒険者活動を行う事は出来ないはずだ。
一体どんなハードなトラブルに巻き込まれたらレベル100超えなんて所業を成し遂げたのか?
タケル青年が私に告げた答えは私が考えていたものよりももっとシンプルで、もっと簡単で、
もっと、残酷なものだった。
「ダンジョンマスターだったら弱い魔物をいくらでも召喚出来るだろう?それを沢山倒してレベリングしたんだよ。自分で召喚した魔物はダンジョンマスターに逆らう事はないだろう?だから安心して自分のレベリングが出来るんだ。」
私はこの答えを聞いて、一瞬思考が止まった。
確かにその方法であれば本人は安全な状態で効率良くレベリングすることが出来る。
私もオンラインゲームだったら同じ方法でのレベリングを試みるだろう。
けれど、今私がいる世界はゲームなんかではない。現実なのだ。
口に出せば偽善者だと鼻で笑われるかもしれないけれど、この世界の魔物はゲームとは違って生きているのだ。
此方の世界の住民ならまだしも、異世界転移者にとって動物や人を殺すのと同じなのだ。
それを、目の前の青年は分かっているのだろうか?
「…なるほど。そんな方法でレベリングしたんですね。でもそれだと逆に効率悪くないですか?使い捨て型の魔物は確かにDPの消費が少ないようですけど…。」
「使い捨て型の魔物って、要は本来意志がある魔物の意思を無理矢理なくして傀儡にしているようなものだろう?そんな酷い選択をする訳がないじゃないか。僕はこのかた、自分の配下になる魔物は復活型の魔物しか選んだことがないよ。」
「へぇ……。」
「ああ勿論、レベリングに協力している皆にはちゃんと事前に話し合ってお願いしているよ。無理矢理言うことを聞かせるだなんて仲間に失礼じゃないか。君もそう思うだろう?」
「確かにそんな真似は出来ませんね。」
「だろう!」
まあ、決してタケル青年の意見に賛同するつもりはないけれど。
この一言を私は必死に心の奥に押し込んだ。
確かにタケル青年の言う通り、使い捨て型の魔物はそういう見方をする事も出来る。
そう考えれば、使い捨て型よりも復活型の魔物の方が幸せに見えても可笑しくはない。
けれど、それは普通にダンジョン経営をする上での話だ。
復活型の魔物はその言葉通り、ダンジョンが存在している限り何度だって復活することが出来る。
それは不死を意味すると同時に、その魔物は一度以上の死の苦痛を味わう事になるという事だ。
タケル青年がそんな方法でレベリングを行えば、当然倒される側の魔物は何度も何度も殺される羽目になる。
しかもそれはタケル青年がレベルを上げていくにつれて回数が増える。
沢山の魔物達が交代制で彼のレベリングに付き合ったとしても、その回数はどんどん増していくばかり。
例えばレベルを1つあげるのに魔物を一匹倒す必要があった場合、タケル青年が50体の魔物達を<契約>させていたとしてもレベル100を越えるのには魔物達は2回以上の死の苦痛を味わう事になる。
…いや、もしかしたらタケル青年の連れている彼女達のレベリングもしていたのだったら、その5倍以上は殺されているのかもしれない。
話し合いというのもだって、殆ど意味はない。
ダンジョンマスターと<契約>した魔物はダンジョンマスターに逆らう事が出来ない。
ダンジョンマスターであるタケル青年が魔物達にお願いという名の命令をした時点で、彼らはそれに逆らう事が出来ないのだ。
タケル青年のしていることはただ魔物を討伐するよりも、魔物たちにとって苦痛を与える方法だ。
これは、ダンジョンマスター達の中では普通の方法なのだろうか?
『回答。復活型の魔物を使用してのレベリングを行っているのは極少数です』
(つまり、全く普通じゃない方法という訳ですか?)
『肯定。その通りです。』
(……一応聞きますが、<オペレーター>さん的にこの方法はありですか?なしですか?)
『回答。なしです。レベリングとしては効率が良いですが魔物達の本来の利用用途を大幅に外れている上、魔物たちに常時恐慌状態が付与される可能性があります』
(そりゃあ自分の主に何度も何度も殺されればストレスマッハになりますよねぇ…。)
それだけ死の苦痛とは恐ろしい。
誰だって死ぬのは怖いのだ。
そのことを当然タケル青年は知っているはずにも関わらず、魔物にそれを強要するのは、少し頭がおかしいようにしか思えない。
私が密かに<オペレーター>と会話している間にも、タケル青年の異世界生活話は終わらない。
冒険者ギルドが悩ませていた盗賊を自分達が倒したとか、とある貴族の令嬢の病いを治すためにドラゴンを討伐したとか、ラノベでありそうなイベントをタケル青年は興奮気味に私達に話してくる。
私はそんな自慢話のような話を一方的に聞かされ、少々うんざりしていた。
恐らく彼はラノベの主人公で良くある所の、『俺TUEEEEEE!!!』に憧れでもあったんだろう。
美しい美女の姿をした魔物達を傍に連れているのも、常識外のレベリングでレベル3桁まで上げるのも、まさに異世界転移もののラノベで主人公のテンプレ的展開だ。
だったら、明らかにモラルに反してそうな行為を躊躇なく行えるのも分からなくはない。
彼にとってここは夢にまで見ていた小説やゲームの中。
魔物も美しい美女達も、全て彼の異世界転移生活を盛り上げるためのただの登場人物にしかすぎないのだ。
悪役令嬢転生もののラノベに、ヒロイン転生して浮かれるキャラクターがいたなぁ。
タケル青年もジャンルは多少違うけれど、まさに『勘違いヒーロー』という奴なのだろう。
もしも此方にも実害があるようなら私も何かしら言うけれど、今の所私に実害は及んでいない。
強いて言うなら、辛すぎるパーティー料理ぐらいだ。
今ここで私が何か文句を言えば、揉め事の要因になりかねない。
少々苛立つ所はあるけれど、我慢だ我慢。
私がただ相槌を打って聞いているのを見て何か勘違いしたのか、タケル青年は私の手を握って至って真面目そうな顔でこんな事を言ってきた。
「そうだ!もし良かったらアイネスも僕のダンジョンに来ないか?」
「は?」
「「「「「*?」」」」」
「君は<鑑定>も<アイテムボックス>も使えないんだろう?だったらここでの生活はかなり大変なんじゃないかな?」
「いや、そこまで大変という感じでは…」
「それに、言葉が通じない魔族の下で働くのはかなりストレスがあるんじゃないかな?僕だったら君の言葉も通じるし、通訳だって出来る。悪い話ではないと思うよ?」
「いえ、基本皆さんジェスチャーとかでも通じますし、見た目と違って良い方ばかりですよ。それに、私は貴方とは違って戦闘スキルもありませんので冒険関連ではお役に立てないかと…。」
「だったらダンジョン内で料理係や雑用をするのはどうかな?大丈夫、最初は何をするか分からなくても、アリア達が助けてくれるだろうから!」
(その彼女達が一番の問題なんだよなぁ…!!!)
タケル青年の後ろにいる美少女達を見てみれば、美少女達はにっこりと微笑みながらも此方に威圧を掛けてきている。
もしもタケル青年の誘いに乗って彼らの元に行けば、ドラマ以上の新入りいびりを体験することになるだろう。
案の定タケル青年は私が誰か強いダンジョンマスターの配下として拾われたと思っているようだ。
何故自分がダンジョンマスターになっているのに、他の異世界転移者が違うと思うのかが良く分からない。
正直、彼と私は意見が違いすぎて今は良くても生活していく上で仲良くしていく自信がない。
そもそも私、コミュ症だし。
「パーティーで飲まず食わずっていうのもあれだし、何か飲まないかい?エールとかはどう?」
「いや、エールって確かお酒ですよね…?私、未成年なので…。」
「大丈夫だよ。エールって案外ジュースみたいな感じだし、そもそもここじゃあ16歳以上はお酒を飲んでも大丈夫らしいし。無理そうなら残して良いからさ。」
「…じゃあ、一口だけ頂きましょう。」
タケル青年に押し切られ、渋々リリィさんが持ってきてくれたエールを受け取った。
タケル青年がいる前で毒殺なんてしないとは思うけど、少し不安なので<オペレーター>に確認を取ればエールに毒は入っていない事が伝えられた。
私はゴクゴクとエールを飲んでいくタケル青年を横目に、エールを一口だけ味わう。
ちょっとしたジュースみたいな感じの味だけど、薄味すぎてあまり美味しいとは思えない。
私はそっと残りをゴブ郎に渡して飲んでもらっていると、酔いが回ったらしいタケル青年が頬を赤くして、私に近づいて話しかけてきた。
「ねぇ、ちょっと本気で考えてみてくれないかな?僕のダンジョンに来ること。」
「んー…、ですが本当に、今の生活に不満はないですからね…。多少肝が冷えるような事もなくはないですが。」
「もしゴブ郎くんと一緒が良いなら、彼も一緒で良いからさ。頼むよ。同じ異世界転移者である君と出会えたのも何かの必然かもしれないし、ね?」
私に顔を近づけて、詰め寄ってくるタケル青年。
あまりに顔が近いので、私は一度離れるように言おうと、彼に目を合わせた。
その瞬間、私の目の前で何かが弾け飛んだ。




