【番外編】 男たちの理想
実は家で数日ほど停電&インターネットがダウンして、保存していた続きが全部吹き飛びました…_:(´ཀ`) ∠):
スマホで急遽番外編を書いたので、今回はそれを投稿させて戴きます!
「ありがとうございます、ラクさん。」
「いえ、わたくしどもも好きでやっている事ですので。」
「我々がいない間のダンジョンの全体指揮は羽トカゲに任せるつもりですが…、何かあればマニュアル通りに行動してください。」
「はい。ではわたくしはアイネス様のパーティーの衣装の確認をしなくてはいけませんので失礼します」
そう言ってアラクネ三姉妹の一体、ラクは個室から出て行った。
ここはアイネスこと小森瞳子が経営するダンジョンに存在する脱衣所。
普段は大浴場に入る時にしか使わない部屋なのだが、今朝に届いた招待状によりパーティーに参加する事になった為、フォレスとベリアルはそのパーティーに着て行く為の衣装の確認をしていたのだ。
本来だったら翌日に迫るパーティーに着て行く衣装を前日に決めるのは遅すぎるのだが、そこは流石〈ネットショッピング〉を持つアイネスと裁縫や服飾に長けたアラクネ三姉妹のいるダンジョン。
アイネスが〈ネットショッピング〉により生地や糸、それに参考にする衣装のサンプルを大量に用意し、マリア達が選んだサンプルを元にアラクネ三姉妹がマリア達のサイズにあった衣装を3体がかりで作っているのだ。
その為今日は彼女達が番人をしている黄の扉ルートは1日お休みだ。
余談だが、朝早くから来た冒険者達の数人が黄の扉ルートを封鎖しているスケルトン達を目撃して困惑したとかしていなかったとか…。
それはさておき、ベリアルとフォレスは今こうして衣装の最終チェックを行っていたのだ。
美しいパーティー衣装に身を包み、上品に微笑んでいるベリアルとフォレス。
そんな二人を、陰湿な雰囲気を纏い不満げに睨んでいる者がいた。
ベリアルはその彼の方を向くと、ため息混じりに声を掛けた。
「はぁ…、貴方はいつまでそうやって置物になっているおつもりですか?邪魔で仕方ありませんので、置物は倉庫にでも引っ込んでいて貰えませんか?」
「解せぬ…!何故俺様だけ…。マリアやフォレスならまだしもこの陰険コウモリに遅れをとるなど…!」
「まぁまぁ…、イグニさんは次の機会がありますよ。」
「そうですよ。アイネス様も次に外出する際には貴方を同行させるとわざわざ約束までしてくれたではありませんか。まあ、その『次』が貴方にあるかどうかは存じませんがね」
「むがぁぁぁぁ!この似非優男めが!その回る口にブレスをお見舞いしてやろうか‼︎」
「ふっ、やれるものならやってみなさい脳筋爬虫類。トカゲ程度の吐息など軽く払って差し上げましょう」
「お二人共落ち着いてください。此処で暴れたらアイネス様に怒られますよ」
「「チッ!」」
フォレスの言葉を聞いて乱闘になればアイネスに失望されるやもしれないと分かったベリアルとイグニレウスは、ほぼ同時に舌打ちをして発動寸前だった攻撃魔法とブレスを中止させる。
普段アイネスの前では紳士のように振る舞っているベリアルだが、愛しの主が居ない時はその被っていた分厚い猫を剥ぎ取り、悪魔らしい姿を少し露わにする。
イグニレウスもイグニレウスでそんなベリアルに対し敵意をむき出しにして対抗するため、アイネスがその場にいない時はいつもこうなのだ。
勿論彼らも本気でダンジョン内で魔法やブレスを乱発する事はないけれど、一度喧嘩が始まれば中々終わらない。
なので、アイネスがいない時は彼らと同等の力を持つフォレスが二人の仲裁をしているのだ。
「ところで話は変わるのですが、ベリアルさんは本当にその衣装を着ていくのですか?」
「ええ、この衣装を着ていきますよ?アイネス様が私にと態々用意してくれた衣装ですので。」
「正確には貴様の着る衣装の“参考”として用意した物だろうが。それを貴様が無理矢理パーティー衣装として即決しただけであろう。」
「それが何か?アイネス様が自らこれが似合うだろうとお選びになった事には変わりないでしょう?」
「いや、それはアイネスが次の候補を出そうとする前に貴様がさっさと衣装を決めてしまったからだろうが。アイネスの奴、貴様が無理に押し切ろうとするから珍しく困惑して言葉を失ってたぞ。」
「アイネス様が一番に見繕った物こそが全てでは?アイネス様が選んでくれるのであれば、例え女物の服……それこそ先の女性達の対決でアラクネ達が着ていた『ちゃいなふく』や『ぼんてーじ』であろうと着るつもりです」
「やめい、そんなたとえ話は!貴様の女装など、考えただけでも寒気がする!」
ベリアルの言葉にチャイナ服を着たベリアルの姿を想像してしまったイグニレウスが、かなり嫌そうな表情を浮かべて制止した。
本人は本気なようで、それを撤回する様子はない。
それをイグニレウスもフォレスも感じていたようで、敢えてそこを追求することはなかった。
「ですが、アーシラさん達に頼めば全く同じデザインの衣装を作ってもらえるのでは…」
「私にとってアラクネ達がその糸とその手で作り上げた衣装よりも、アイネス様がアイネス様のスキルで用意された物の方が高級品ですので。周囲にどう思われようが、この衣装が私にとって全てです。それに…」
「それに?」
「今回のパーティー衣装は、アイネス様が私の事を考えて初めて見繕ってくれたものなのですよ。ティーセットは私が紅茶に興味を示した事でプレゼントされましたが、今回の衣装はアイネス様がこの服が最も私に似合うだろうと私のことを想って用意してくれた一品。赤の他人が作った模造品よりも、オリジナル品を欲するのは当然の事でしょう?」
そう言って恍惚な笑みを浮かべ、その衣装を抱きしめるように自分の肩を抱きしめるベリアル。
そんな悪魔の様子に、イグニレウスとフォレスは少し…いやかなりドン引きした様子で、コソコソと会話を始めた。
「おい、悪魔というのは皆彼奴のようなものなのか?俺様とて人間の常識にそこまで詳しいほどではないが、彼奴はどう見ても人間でいう所の“変態”という奴だろう!」
「うーん…少なくともマリアさんはあそこまでではないので、ベリアルさんが特別アイネス様を気に入っているのかと…。」
「こやつ…早急に始末した方がアイネスの為ではないか?」
「始末って…。ですが、アイネス様自身にまだ直接危害を加えた訳では…。」
「いや、あやつならいつかやらかす。いつか、俺様たちの手の届かなさそうな場所で茨の蔦が生えた檻にアイネスを閉じ込めて「貴方は私だけを見てください」とか言って監禁するだろう。」
「やけに細かいですね。」
「アイネスが所有していた書物にそういった話が載っていた。なんでも、“オトゲーノアクヤクレイジョー”という娘?の話らしい。」
「どんな話なんですかそれ…?」
「全部聞こえてますよお二方。そもそもアイネス様は異空間系のユニークスキルがあるのですから私ごときが監禁など出来ませんよ。残念ですが」
「残念なのか…」
「思った事はあるのですね…。」
ベリアルの発言に更にドン引きするイグニレウスとフォレス。
ベリアルはそんな二人の事など気にも留めてないようで、パーティー衣装をその身に抱いてニコニコと微笑んでいる。
なんともいえない空気をなんとか脱っそうとしたフォレスが、思いついたように話題を変えた。
「あ、そういえばベリアルさんはアイネス様がパーティーでどんな服を着ていくか聞いていますか?わたしはまだ知らなくて…」
「む、そういえば俺様も知らないな」
「ああ、アイネス様の衣装ですか…。」
「どうせ貴様のことだ。アイネスが何を着るのかぐらい既に把握しているのだろう?で、アイネスは何を着ていくのだ?」
「それが、私もまだ知りません」
「知らないだと?」
「それは意外ですね」
ベリアルの性格から、アイネスが着ていくパーティー衣装などアイネス自身から聞いて既に把握しているだろうと思っていたイグニレウスとフォレスは、これまた意外だと目を丸くした。
そして、次に言ったベリアルの言葉に二人は納得することとなった。
「アイネス様に尋ねようとした所、アーシラに「女の勝負服を男が把握しようとするんじゃないよ!」と一蹴されまして…」
「あぁ…」
「奴なら言いそうだな…。」
アラクネ三姉妹の長女、アーシラは他の魔物達からも『姉御』として慕われていて、アイネスの女性話…特にファッション関係に関しては最強クラスの魔物であるベリアルにでさえ正面から堂々と意見をするぐらいに気が強い。
ベリアルの力があれば一アラクネでしかない彼女を一瞬で屠る事は容易いのだが、ここは流石というべきか、ベリアルがアイネスの前では紳士として振る舞いたいのを逆手に取って、先にアイネスの話題を出す事で自分の身を守るという方法を取っていた。
更にはベリアルがアーシラに関しては口を閉ざす事をなんとなく察したアイネスが、アーシラをノーマル魔物代表の最強クラス魔物達への意見番として任命したのだ。
そのため、普段からわがままし放題のイグニレウスもアイネス関連で突っ走る事が多いベリアルもアーシラには大人しく説教を受けるのだ。
そのため、イグニレウスとベリアルの中でアーシラは『苦手な女魔物』として認識されている。
喧嘩の仲裁は防御魔法に長けたフォレスが、最強クラスも含めた魔物達へのお説教は気の強いアーシラが受け持っているのだ。
本来なら力を持った事で調子に乗ってしまいそうな所だが、そこはお互いがお互いを諌める事で未然に防いでいる。
そういう訳があり、ベリアルもアーシラに一蹴されてしまえば何も言えないのだ。
「やはり、アイネス様は少女のような愛らしさをお持ちですからね。女性達の対決でルーシーが着ていたような白いワンピースのような清楚な服が似合いそうです。やはりそういった服を着ていくのではないでしょうか?」
「いや、アイネスはああ見えて女としては体型が良い方だぞ。対決時のマリア程ではないだろうが、それなりに豪華で露出の高いドレスを着ても可笑しくはないぞ。」
「そういえば、アイネス様から『キモノ』というアイネス様の生まれ故郷の伝統衣装について聞いたことがあります。華やかでありながら大人も子供も着れる服らしいので、もしかしたら今回のパーティーでもその衣装を選ばれるやもしれませんね。」
「伝統衣装というのなら、確か『ちゃいなふく』もアイネスのいた場所の異国の伝統衣装だと聞いたことがあるぞ!あれも選ばれる可能性はありそうだな!」
ベリアルも知らないと分かったからか、イグニレウスとフォレスはアイネスがパーティーに着ていく予定の衣装を予想し始めた。
単に自分達がアイネスに着て欲しい服を挙げていっているだけなのだが、アイネスや女性魔物たちがその場にいないので誰も止める者はいない。
そんな二人に対し、ベリアルは鼻で笑い、嘲るような笑みを浮かべて彼らに反論する。
「全く…貴方達はアイネス様の事を本当理解しておいででない。というか、貴方達の好みの服を挙げているだけではありませんか。」
「なんだと!?」
「というと、ベリアルさんはアイネス様が着る予定の衣装は全く別だとお考えで?」
「確かに普通の女性ダンジョンマスターや貴族の女性の方でしたら、パーティーに着ていく衣装はより華やかで、周囲から一目置かれるドレスを選ぶでしょう。しかし、アイネス様は貴族の生まれの女性でなければ、普通の女性ダンジョンマスターとは感性や状況が違います。女の魅力対決の衣装部門でのアイネス様の反応を良く思い出しなさい。アーシラやラク、それにマリアの衣装を見た時の反応は、あまり好感触とは言い難いものでしたでしょう?」
「言われてみれば…どちらかというと若干引いているような反応だったな」
「逆に、シシリーやネアさんの衣装の方に良い反応を示していたような…。」
「アイネス様の普段の服装だってアイネス様は露出の高いものや派手な服装ではなく、露出の殆どないパンツスタイルや黒や白といった上着を着ている事が多いでしょう?恐らくアイネス様は、あまり女性の面を意識した服装は得意ではないのでしょう。パーティーだとしても、好みに反するような派手なドレスは選ばないはずです。」
ベリアルの言葉を聞いたイグニレウスとフォレスは普段のアイネスの服装を思い出した。
確かにアイネスはどちらかというと長袖の地味な色のパーカーやシャツに長ズボンを履いている事が多い。
スカートや短パンは勿論、女の魅力対決でチャイナ服や紐水着を身に纏った女性陣を見た時は遠い目で平坦な反応をしていたのだ。
直接聞かずとも、アイネスが派手な服装が得意ではないことがよく分かった。
「更にこれは私の予想ですが…、アイネス様は自らを美しく着飾るつもりはないでしょう。」
「何故、そう思うのですか?」
「想像して御覧なさい。アイネス様がそれはもう美しく着飾った姿でパーティーに出た際の、他の招待客の反応を…。」
「反応だと?そんなの、アイネスは元々見目が悪くないのだから当然………」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「……………他のダンジョンマスター達から引き抜かれそうだな。」
「最悪、攫われそうですね……。」
「そういう事ですよ。だから敢えて自分から目立つ真似はしないはずなのです。」
三方、同じ結論に至った事で苦笑を浮かべた。
実を言うと、アイネスはこの異世界ではかなりスペックが高いのだ。
料理も掃除も出来て、アラクネ三姉妹程ではないにしろ裁縫もそこそこ出来る。
そして、自分ではコミュ症だと言いつつも周囲の様子を気にしては気を使う気配り上手。
経営術も<オペレーター>やベリアル達に助けてもらいつつも卒なくこなし、戦闘スキルこそないけれど、他の者達が持っていないような生活を大いに充実させるスキルを持っている。
容姿もマリアのように目をみはるような美しさはないにしても、素朴で小動物のような愛らしさを持っている。
戦闘要員としては役に立たないかもしれないが、生活面であればどこを任せても問題のない人材なのだ。
そんなアイネスがパーティーで目立てば、当然アイネスの魅力にいち早く気づく者が現れる。
そうなれば、彼らは黙ってアイネスを置いておくはずがないだろう。
表面上ではにこやかに、しかしかなり強引な引き抜き話が出てくるはずだ。
この場にいないアイネスが内心考えるものとは全く違うけれど、結果としては絡まれる事は間違いがないのだ。
「それは…確かに間違いありませんね…。」
「アイネスはただの人間とは違うからな…。」
「そういう訳で、他者の目を引く『キモノ』や『ちゃいなふく』はまず選ばれる事はないでしょう。有り得るとすれば白のワンピースといった素朴な服を選ぶでしょうね。私としてはアイネス様には『ごすろり』という衣装を着て欲しかったのですが、こればかりは仕方ありません。」
「って、貴様も自身の好みを言っているではないか!」
「ははは…」
さり気なく自分の好みを言うベリアルにツッコミを入れるイグニの様子を見て笑うフォレス。
その時、誰かが脱衣所の扉をノックするのが聞こえた。
「む、誰だ?」
三人が扉の方を見てみれば、半透明のガラスの扉越しに外にいる人物のシルエットが見えた。
シルキーズ達がいつも着ているロングのメイド服に、二つの三角が飛び出た頭。
その姿を見た三人はそのシルエットの特徴から、ツインテールが特徴のシシリーだと思った。
「ああ、シシリーですか。入っても大丈夫ですよ。」
「何かそちらでトラブルでもありましたか?」
「もしくは、何か料理のリクエストでも聞いてくれるのか?」
外にいる人物がシシリーだと分かると、特に警戒することなく脱衣所へ案内する三人。
外からの来客は三人の返事を聞くと、脱衣所の扉を開け、暖簾をくぐって三人の方へと接近してきた。
「え?!」
「なっ!?」
「?!」
そして、その姿を実際に確認した三人は、驚愕の声を上げるのだった。
「「「あ、アイネス(様)!?!?」」」
そう…、脱衣所に入ってきたのはシルキーズの片割れシシリーではなく、三人の主人であるアイネスこと、アイネスだったのだ。
アイネスは普段着ているパーカーとズボンではなく、シルキーズが着ているようなメイド服を身に纏い、その頭には人間であるアイネスには存在していないはずの彼女の髪の色と同じ黒色の猫耳が付いていた。
それだけではない。アイネスの後ろの方を見てみれば、なんと尻尾まで生えているではないか。
尻尾も耳も、まるで元からあったかのようにピクピクと動いている。
突然の種族変化に動揺を示すベリアル達とは対照的に、アイネスはいつもと変わらない無愛想な表情で三人に声を掛ける。
「ミナサン、##オワリ###?ダッタラ、コッチ#イケン####…」
「い、いや、待てアイネスよ!『ソノ、ミミ、ハ、ナニ?!』」
「『ドウヤッテ、シュゾク、カエル???』」
「##、コレ?コレハ、ニセモノ###。タダノカザリ」
「これが…飾り…?!」
「動いているが!?」
状況の把握が追いつかないベリアル達に、アイネスはある紙を差し出した。
それにはアイネスに付いている猫耳と尻尾と全く同じ形のカチューシャとアクセサリーにそっくりな絵と、説明書きが書いてあった。
三人の中でも日本語の読み書きに長けているイグニレウスが代表して読んでみれば、そこには多少分からない文字があるものの、ある説明が分かった。
「『装着した者の感情に合わせて耳と尻尾が動く、全く新しい玩具』……だと!?」
「この本物にしか見えない耳と尻尾が玩具とは…。」
「どっからどう見ても、猫の獣人にしか見えませんね…。」
「パーティー#ニンゲン#イルノハ、ナニ##カラマレ#######?ナノデ、##ニナリスマ####。」
「なるほど…。人間である事を隠すために獣人に成り済ますのか…。」
「確かに、ダンジョンマスターというのは本来魔物や妖精のような者達がなる職業ですからね。人間というだけで目立ってしまう可能性も有り得ますね…。」
「しかし…、これはなんというかその……。」
アイネスが何故獣人のような姿になっているかは把握した三人は、改めて今のアイネスの姿を見た。
長年極力外に出ることを控えていた為に日焼けの少ない白い肌。
この異世界には珍しい黒髪と同じ色でありながらふんわりと触り心地の良さそうな猫耳。こちらを誘うようにゆらりゆらりと揺れる尻尾。
高身長なベリアル達と比べ、背丈が小さく、無表情ながらもあどけない幼い顔。
穢れなど一切知らないような無垢な雰囲気で、ベリアル達を上目遣いで見るその仕草。
そして、世界でも社畜大国と呼ばれる日本人が持つ従順そうなオーラ。
ベリアル達はオタク文化にハマったマリアとは違い、アイネスのいた世界でいう所のオタク文化というものにはまだ疎い方だ。
しかし、この世界でも『癒やし』というのは存在していた。
可愛らしい物や見ているだけで心を癒やす子猫や子犬のような見た目を持つ者が、種族を超えて『癒やし』という認定を受けていた。
更に、魔物というのは本来強ければ強くなるほど、支配欲が増していく存在だ。
狡猾な悪魔も、暴虐のドラゴンも、思慮に溢れた妖精も、皆王者の格を持つ者は、大小あれど皆従順な者を好ましいと思うのだ。
『癒やし』と『従順さ』、その両方を持ち合わせたアイネスのその容姿はまさに三人…というより、自分以外の者を全て従わせたいという本能を持つ王者級の魔物達全員に共通するべき、所謂『どストライク』というものだったのだ。
ダンジョンマスターとその配下という立場であるため、すぐに手を出すような愚行は起こさなかった。
しかし、ベリアル達は自分たちの好みど真ん中の姿をしたアイネスに対し、己の欲求と理性がせめぎ合っていた。
彼らの雰囲気が変わったことを悟るものの、一体なにか分からないアイネスは首を傾げるばかり。
ふと三人の中の誰かの手がアイネスに触れようとしたその瞬間、三人はその背筋に凍りつくような、鋭い殺気を感じた。
すぐさま我に帰ったベリアル達。アイネスに悟られないように周囲を伺おうとして、ある一点を見た時に三人は硬直した。
それは困惑するアイネスの背後に静かに立って、まるで極寒を思わせるような凍りつく視線を浴びせる二人の女性。
アラクネ三姉妹の次女、ラクと、シルキーズの片割れ、ルーシーだった。
本来なら種族的な格差があるため、アラクネとシルキーの殺気などで怖気づくはずがない。
しかし、この時ベリアルたちは、確かに身が凍るような殺気を感じ、動けないでいた。
『少しでも変な真似を仕出かしたら殺す』―――――。
そんな、確固たる殺意を感じたからだ。
ベリアル達が動かなくなったことで戸惑いを見せるアイネスにルーシーが声を掛けた。
「アイネス様。」
「ルーシー、ラク###。ドウシタ####?」
「ベリアル様達は『マダ、フク、キガエ、ヒツヨウ。ダカラ、ソト、デル。』」
「##…ワカリマシタ。ベリアル##、イグニ##、フォレス##、オジャマ####。」
「う、うむ。『マタ、アトデ!』」
イグニレウスが震える声を抑えながら手を振れば、アイネスはルーシーに背中を押されて、脱衣所を出た。
そして、アイネスの後を付いていこうと後を追って脱衣所を出る直前、ルーシーがまるで虫でも見るかのような表情のまま一言、
「皆さん、サイッテーな趣味をお持ちですね。」
と残して、動けないでいる三人とラクを置いてその場を後にした。
脱衣所にいるのは、ベリアル、イグニレウス、フォレスの三人と、未だに氷河期のような視線を送るラクのみ。
ラクは、心臓に突き刺さるような冷たい声で、ベリアル達に言った。
「………その場で手出ししなかったので、今回は何もなかったということでお姉様に伝える事は致しません。しかし、今後はアイネス様に対し、変な目で見るような真似はしないでくださいませ。」
「「「は、はい…」」」
「では、わたくしはこれで。」
表情を変えぬまま、扉の方を向いて脱衣所を出ようとするラクに安堵の息を吐く三人。
しかし、そんな三人に対し、ラクがベリアル達の方向を見ずに口を開いた。
「ああそれと、もう一つ」
ラクの言葉に、またその身を硬直させる三人。
そこに、種族的な格差もステータスの強さなど関係なかった。
ベリアル達は、己の強さなど関係なしに、目の前のアラクネに己の死を目の前にしたかのような恐怖を感じていた。
「アイネス様にこちらの言葉が通じないのを利用して好きに雑談するのは構いませんが、わたくしどもには普通に通じますので声の音量の方は抑えた方が身のためですよ?」
「では、失礼しました」という一言を最後に、その場を後にするラク。
ようやく重圧から解放された三人は深いため息をついた。
沈黙が続く中で、フォレスが一言、こういった。
「………最近の女性というのは、とてもたくましいのですね…。」
「……ええ、本当に。」
「……同意する」
翌日、パーティー衣装に着替えたゴブ郎、フォレス、ベリアル、マリア達の前に現れたアイネスが着ていた衣装はベリアル達に見せたメイド服ではなく、少年の着るような使用人の姿だった。
その頭と尻には猫の耳と尻尾。
しかし、ベリアル達がアイネスに変な真似をしそうになることは、一切なかったのだった。




