ダイナミックアクロバティック『美味しい』
手紙がやって来た日の翌日。
普段は召喚部屋に使っている部屋には複数の魔物達が集まっていた。
それぞれの表情は、かなりの落差がある。
とある魔物は何処か誇らしげで、とある魔物は見るからに落胆した様子で萎んでいる。
そんな中、私はフォレスがスキルで精霊を召喚している様子をフォレスの横で眺めていた。
フォレスが正面に手を向けると何もなかった地面から魔法陣が現れ、そこから1人の手のひらサイズの精霊の少女が現れた。
精霊の少女は自身の背中についた羽でフォレスの周りを飛び回る。
フォレスはその精霊の少女に何かを伝えると、精霊の少女は頷いて私の肩の上に乗った。
「コレ、ダイジョウブ。カノジョ、アイネス**、マモル。」
「ありがとうございます、フォレスさん。貴方も短い間ではありますがよろしくお願いします」
「~♪」
人差し指を差し出せば、鈴が鳴っているような声で何かを言いながら握手を返してくれる。
とても可愛らしい。まるでお人形さんのようだ。
今度<ネットショッピング>でドールハウスの服を注文してプレゼントしたら喜ぶだろうか?
そこら辺はフォレスに相談してみないと分からない。
「あ、フォレスさん、彼女ってクッキーとか人間のお菓子って大丈夫ですか?パーティー中にあげられたら良いなって思ってまして。」
「ダイジョウブ。セイレイ、オイシイ、タベモノ、スキ。」
「お、それは良かったです。一応ベジタリアンクッキー作ってあったんで」
フォレスがベジタリアンなのでフォレスが召喚した精霊もベジタリアンかもしれないと思い、完全ベジタリアン向けのクッキーの料理動画を見ながら作ってみたのだ。
懐に入れたクッキーの入った袋を取り出し、クッキーの欠片を精霊に渡してみる。
精霊は恐る恐るといった感じでクッキーの欠片を掴んで、それを口にする。
すると、かなり気に入ったようでチリンチリンと喜びの声をあげる。
「あ、美味しかったですか?」
「~♪」
「それは良かったです。」
「……アイネス***、*****************…」
「ん?ごめんなさい、何言ってるか分かりません」
「イエ。タダ、ヒトリゴト。」
朗らかな微笑みを浮かべて私の頭を撫でるフォレス。
前は人に頭を撫でられるなんて乙ゲーみたいなこと、耐えられなかったのだけど、イグニやフォレスが良く頭を撫でるせいでいい加減慣れてきてしまった。
彼ら、此方が振りほどこうとしても止めないんだよ。
だから今は彼らの気が済むまで大人しく撫でられることにしている。
だって彼らが頭を撫でるのって同年代の男子が好きな女の子に頭を撫でるような感じじゃなくて、自分の可愛い孫か可愛いペットを撫でているような生暖かい感じなんだ。
乙ゲーであるような照れくささもなんにも感じない。
お前らそれでもイケメンかって言いたいぐらいの和やかっぷりなのだ。
「パーティーの時間までもう近いですし、そろそろ行きましょうか。ベリアルさん、マリアさん、ゴブ郎くん、準備は良いですか?」
「ハーイ!」
「モチロン、デス。」
「ぎゃうぎゃうー♪」
私の言葉に明るく良い返事を返したのは、今回見事にジャンケン大会を勝ち抜いてパーティーへの参加権をもぎ取ったマリア、ベリアル、それにゴブ郎だった。
マリア、ベリアル、イグニの最強クラス魔物達とゴブ郎達ノーマルな魔物達に別れてジャンケンをしてもらったのだが、ゴブ郎が代表たち全員とジャンケンをして一発一人勝ちした時は本当に驚いたものだ。
皆、今回のパーティーに合わせて綺麗な衣装を纏っている。
さて、それに対しイグニはというと…。
「………………。」
暗い。
いつも騒がしいぐらいに賑やかなイグニが、散歩を拒否られたワンコのようなしわくちゃに顔を歪ませ、あからさまに落ち込んでいる。
一発1人勝ちしたゴブ郎とは正反対に、イグニは一発1人負けしたからね…。
自分だけパーティーへ付いていけない事も相まって、凄い悲しいのだろう。
可哀想に思うけれど結果が出てしまった以上仕方ない。
これで情けを出してイグニの参加を許してしまったら、負けてしまったノーマル魔物たちや勝利したゴブ郎達に不公平だ。
「**********、*******。」
「イグニ**************♪」
「****!!!」
あ、何を言っているかは分からないけどベリアルとマリアがイグニを煽った事は分かった。
二人共そんなに嬉しいのか、パーティーへの参加。
「次にパーティーがあったらイグニさんは絶対連れていきますので。」
「アイネス…!」
「あと、お土産なんかも持って帰れたら持って帰ります。何が良いですか?」
「メシ!!!!」
私が次回のパーティーへの参加権をイグニに渡すこととお土産についてを話せば、イグニは感極まったように此方に抱きついてきた。
ここでお土産にご飯を頼むあたり、ブレないな。
それと抱きつかれるのはまだ慣れてないし、肩に乗ってる精霊さんが怯えているから止めてほしい。
ベリアルがイグニを引き剥がし、パーティー開催の時間間近になったので私は見送りに来てくれたイグニに手を振って軽く別れを告げる。
<オペレーター>曰く手紙の魔法陣はダンジョンマスターが手に持って念じればすぐに転移出来るらしいので、移動はとても簡単だ。
「じゃあ、行ってきます」
「ぎゃうぎゃーう!」
手紙を片手に持って、もう片方の手はゴブ郎の手を握る。
そして<オペレーター>の言う通りに念じてみれば、一瞬の浮遊感を感じた後、周囲の光景がガラリと変わった。
今までダンジョンの召喚部屋にいたけれど、気がつくとそこは豪華なお屋敷の中だった。
周囲には高そうな調度品が幾つも置かれており、キラキラと眩い明かりの付いた照明が何箇所も置いてあるためとても明るい。
マリアとベリアルとフォレスは特に動じていなかったけれど、マイホーム以外の転移は初めてだった私とゴブ郎は思わずポカーンと呆然とする。
その時、派手に回転しながら此方に近づいてくる仮面の男性が現れた。
ベリアル達は敵かと思って身構えると、男性は私たちの目の前でピタリと止まった。
「****!**********!」
ババーン!と効果音が付きそうなぐらいに派手な決めポーズを決める仮面の男性に、思わず全員呆然とする。
仮面の男性はド派手なファー付きのラメ入りタキシードを身に纏っていて、色んな決めポーズを決めながら何かを喋り続けている。
彼がパーティーの招待主だというディオーソスだろうか?
我に帰ったベリアルが、目の前の仮面の男性に声を掛けた。
「…*******************ディオーソス**********?」
「**!******、******************…ディオーソス!******************!」
どうやら目の前の男性はディオーソスさんで間違っていなかったようだ。
言葉を紡ぐ事にポージングを変え、最後には豪快に笑い声をあげるディオーソスさん。
なんというかあれだ、テレビに出てくるやたら動作が派手な芸人みたいな人だ。
耳が尖っていること以外は普通の男性に見えるけれど、雰囲気が人間っぽくはない。
ベリアルやフォレスのように元々の人型魔物か、イグニとマリアのように本当の姿を隠しているだけなのだろうか?
「**********…。****フォレス*****。*****アイネス**、*******ベリアル**、*****マリア****。」
「**、*******。**、***************?」
「アイネス***、テガミ、カクニン、ダッテ。」
「あ、手紙の確認ですね。これがそうです。」
マリアにこっそり通訳をしてもらい、私は言われた通りに手に持ってた手紙をディオーソスさんに差し出した。
すると突然、ディオーソスさんはキョトンとした表情になった。
そしてベリアル達と私を三度見した後、大袈裟なまでに驚愕を見せた。
「********、*************!?」
「**、*******。アイネス********************。」
「あ、やっぱり主従逆転して勘違いされてました?」
「ウン。」
「ですよねー…。」
手紙の魔法陣はダンジョンマスターが手に持って念じる事で初めて発動する。
つまり、最後まで手紙を持っていた人がダンジョンマスターなのだ。
それでディオーソスさんは自分の勘違いに気が付いたのだろう。
未だに驚いた様子で、私とベリアル達を見比べている。
「まあ、容姿やスペックにプラスして、そもそもの服装の差が歴然としていますからね…。」
「アイネス***、ホントウ、ニ、ソンナ、ジミ、ナ、イショウ、デ、ヨカッタ、ノ?」
「私、スカートとか派手な服は着ないんで……。」
実は今回のパーティーに合わせて、ベリアル達は服装にかなりの力を入れていた。
フォレスはアラクネ三姉妹に作って貰った青緑色の刺繍をあしらった白色のタキシード。タキシードの裏は、フォレスの羽のように綺麗な虹色の生地が見える。
この世界の糸や生地は染料自体が殆ど存在していないため、基本的に赤か黒か白しかないのだけど、私が<ネットショッピング>でアラクネ三姉妹たちが希望した生地や染料を注文してあげたのだ。
パーティーの招待状が来たのは前日だったというのに、一日でパーティー衣装を作ってしまったのだから彼女たちの裁縫技術は本当に凄い。
フォレスに対し、ベリアルは赤色の刺繍をあしらった黒色のタキシードだ。一見シンプルに見えて、所々の繊密な刺繍がベリアルの気品を高めている。
実はベリアルのこの衣装は私が<ネットショッピング>で注文したものだ。本当はアラクネ三姉妹の裁縫の参考用に注文したのだけど、それを見たベリアルが気に入ったのだ。
お陰でフォレスとベリアルの衣装で双子コーデのようになってしまったけれど、イケメンは何を着ても似合うので良いだろう。
そしてマリアが着ているのは異世界の世界観完全度外視のピンクの和服ロリータだ。しかも女の魅力対決でも見せた大人バージョンになっている。
どうやらあの対決で如何に露出を控えたまま魅力を最大限に出すファッションについて勉強中らしく、今回の和服ロリータもそのテストのためらしい。
確かに露出度は低いのだけど、何分和服ロリータというのは開けやすい和服がミックスされている上に今のマリアは大人バージョンになってるから、いつ人前で開けてしまわないか少し心配だ。
そんな立っているだけで大物芸能人に間違われそうなルックスの三人に対し、私が着ている服は白のシャツに黒のビジネスパンツ、それに灰色のベストという使用人の少年が着るような地味な服装だ。
私は三人とは違って派手な服装や露出の高い服装が得意ではないので、あえてこんな服装を着ている。
この衣装を作ってくれたアーシラ姐さん達には「もっと可愛らしい服を着ないと」と言われたけれど、彼女たちが見せてくれたミニスカやロリータファッションを人がたくさんいる場所に着て行く勇気はなかったのだ。
更には他の招待客から人間だと思われて絡まれないよう、猫耳カチューシャと尻尾も付けている。
ただの猫耳カチューシャではない。
巷で流行ったこともある、脳波に合わせて動くハイテクな猫耳カチューシャだ。
尻尾も猫耳カチューシャと同じく脳波で動く物だ。
一度これらを付けてベリアル達に見せた所、『アイネスが獣人に!?』と軽く騒動になった。流石のハイテクノロジーである。
元々の獣人と比べるとぎこちないところもあるだろうけど、それでもちょっと見ただけなら人間だと分からないだろう。
因みにゴブ郎は私とお揃いで黒のパンツと白のシャツ。
それに首にリボンも巻いている。
服に着られている感があるけれど、これはこれで良いとおもう。
そんな服装のため、私とベリアル達を見比べると思わずベリアル達がダンジョンマスター側に、私がその配下の獣人に見えてしまっても仕方がないのだ。
むしろ、そうなるように敢えて目立たない格好にした。
人間がダンジョンマスターで、しかもベリアル達のような強い魔物達を連れていると分かったら必ず他のダンジョンマスターに絡まれる事になるだろう。
世の中、ソシャゲで激レアキャラを持っているプレイヤーを僻む者がいるように、自分が手に入らない物を持っている人を見ると嫉妬を抱く人間はそう多くはない。
それが自分達よりも弱い人間が持っているとすれば、なおさら悪意が強まる。
そんな問題が起きないよう、敢えて勘違いが起きるような服装にしているのだ。
ベリアル達ともこの敢えて勘違いさせる事に関しては事前に相談して了承済みだ。
ベリアルはあまり好ましくは思ってなかったようだけど、この方法が変な問題に巻き込まれない方法だと分かってか了承してくれた。
「アイネス************、*************。***、***アイネス*****************************…。」
「****…、***********!!*******************!**********!」
どうやらベリアルが私のことについて説明してくれたようだ。
ディオーソスさんはベリアルの話を聞き、豪快に笑った後、私達全員と握手を交わす。
挨拶と説明が終わった所で、私はベリアルに目配せをすると、ベリアルは手に持ってた紙袋の一つをディオーソスさんに差し出した。
「あ、それと此方が手土産です。」
「?***?」
「アイネス***********************、***************。***『シャンパン』*****************、『ワッフルケーキ』***********。『ワッフルケーキ』***************************。」
「『ワッフルケーキ』*『シャンパン』*…。***********、***********!」
ディオーソスさんはベリアルから手土産の入った紙袋を受け取ると、ワッフルケーキの入った箱をその場で開けた。
ワッフルケーキは10種類の味が選べるものにしたのだけれど、ディオーソスさんはその中の一つを取り、くるくると回してその見た目を眺める。
「*************?」
「あ、食べ方ですか?こう、包装を破ればそのまま手づかみで食べられますけど…」
「***。」
「あっ」
私がジェスチャーで食べ方を教えると、ディオーソスさんは箱を脇に抱え、そのままワッフルケーキの包装を破ってワッフルケーキを口に入れた。
その瞬間、口を閉じて沈黙するディオーソスさん。
「あの…ディオーソスさん…?」
「********?」
此方が様子を伺う私達。
すると突然、ディオーソスさんはバッと顔を上げ、先程よりもダイナミックな決めポーズを決める。
「*~~~~~~~~*~~~~~~*~~~~*~~~~!!!」
「うわっ、びっくりした。」
「*******************、************************!******************、********!!!」
「……ディオーソスさん、なんて?」
「*******、***!!********!!**********!」
「…オイシイ、カクベツ、ニ、ダッテ」
「はぁ…気に入ってくれたようで何よりです」
多分もっと何か色々言ったのだと思うけれど、そこは敢えて追求しないでおこう。
マリアの通訳を聞きながら、仮面越しでも分かるくらいに喜びを表現するディオーソスさんを少し引き気味に見る。
イグニ達も結構『美味しい』って分かりやすいけれど、ここまでダイナミックでアクロバティックに『美味しい』を表現する人は初めて見たよ…。
ディオーソスさんはワッフルケーキの残りを紙袋に仕舞い、私の肩を叩き、喜ばしげに言った。
「アイネス*!***********************!」
「アイネス***、テミヤゲ、モッテ、キテ、クレテ、アリガトウ、ダッテ」
「は、はぁ…。」
「**アイネス********!****************!」
「パーティー、カイジョウ、ムカウ、ダッテ」
「ようやくか…」
楽しげに笑いながら闊歩をするディオーソスさんに付いていき、パーティー会場へと向かう私達。
言動がかなり大袈裟でダイナミックだけれど、きっと良い人ではあるんだろうなぁ…。
そんな人が開催するパーティー、一体どんなものなのだろうか?
私はそんな不安を胸に抱きながら、パーティー会場へと向かったのだった…。




