異質なダンジョンの主の異常な悪魔(テオドール視点)
物語のダンジョンに訪れて6日が経過した。
アイネス嬢の薬を試した所、エルミーヌもマルクも、まるでそんな物が無かったかのように呪いの症状が出る事はなくなった。
更に体の不調を訴えることはなかったので、明日迎えの馬車が来たら王国に戻るつもりだ。
一ヶ月分の薬を渡してくれるそうなので、暫くの間はエルミーヌ達の呪いを心配せずとも大丈夫だろう。
にしても、アイネス嬢の薬の効果には驚いた。
あれだけ酷かったエルミーヌ達の症状がピタリと止まった。
王国一の治癒魔法師も医師も手に負えなかった呪いをたった数錠の薬を飲ませるだけで容易く抑える事が出来るとは…。
驚くことはまだある。アイネス嬢が所有していた財産の山だ。
大型の箱に入れても入り切らないような宝石に繊密な細工の施された魔法具の山、金銀で出来たアクセサリー…。
アルベルト達が持って帰ってきた手土産で彼女がかなりの財宝の所有者である事は分かっていたが、予想以上だった。
その前に此方で<鑑定>することが出来たのは此方としても運が良かった。
あれらの財宝が一つでも市場に出てしまえば、価値の大暴落が起きていただろう。
この5日間、鑑定依頼をしていない時間は物語のダンジョンを普通の冒険者たちと同じように挑戦させて貰ったが、物語のダンジョンが冒険者たちの中で密かに人気になっている理由が分かった気がする。
自分達の能力や好みに合わせて選択できるルートに、それぞれのルートに存在する相手を引き込む魅力的なストーリー。
難易度も緊張感も他のダンジョンよりも高いが、その分一つ攻略した時の達成感が強い。
なにより宝箱の配置位置や冒険者たちの疲労を回復させるタイミングが丁度良くて、冒険者たちがより深く攻略を進めようという気持ちにさせる。
特に気に入ったのは新しく開放したという紫の扉のルート…。
数日間何度も挑戦してようやく攻略する事が出来たけれど、かなりの曲者だった。
あれは相当賢い者か、精神力の強い者でないと攻略が難しいだろう。
王宮に戻ったらお父様にこの物語のダンジョンを騎士団達の演習として攻略させるよう提案してみるのも良いかもしれない。
赤の扉はその者の胆力と冷静さを欠かない平常心が試されるし、青の扉は柔軟な思考力を鍛えることが出来て、黄色の扉では騎士団で最も重要な協調性を高められ、紫の扉では精神力と知識を鍛えることが出来る。
アイネス嬢が決めたルールにさえ従っていれば命の危険もないし、演習にはもってこいだ。
ああ、それと学園の友人たちにもこのダンジョンの事を教えるのも…
「こんばんは、テオドール・フォン・ケネーシアさん。」
突如、人の気配を存在しなかった真後ろから、表面的には穏やかな、けれどどこか寒気を感じさせる声が掛けられた。
僕は恐る恐る後ろを振り返ると、そこには物語のダンジョンの最強格魔物の1体、アークデビルロードのベリアル殿が立っていた。
彼は笑顔を浮かべているが、アイネス嬢の傍にいる時に浮かべている時の笑顔とは違う、どこか恐ろしい感情を秘めているように感じた。
ああ、やはり彼が来たか。
「貴方は確か、ベリアル殿だったね。夜遅くに出歩いてしまって申し訳ない。お手洗いに向かっていたんだ。迷惑だったかな?」
「いえいえ、構いませんよ。貴方様方は、名目上アイネス様のお客様ですので。」
「名目上…か。これは手厳しいね。」
僕はベリアル殿の方に身体を向けるとその畏怖を心の奥に抑え込み、返事をする。
ベリアル殿は一見親しげに会話をするものの、その発言の一つ一つはどこか此方を突き放すようなものだ。
彼が僕達の来訪をあまり歓迎していないのは分かっていた。
恐らく、今後のダンジョンの経営で一度財宝を全て<鑑定>する必要があったことと、アイネス嬢が快く歓迎していた為に表面上では冷たく突き放すような真似をしなかっただけなのだろう。
その気持ちを察して、エルミーヌ達にもあまり彼を刺激しないようには伝えていた。
そんな彼が、何故か自ら僕に声を掛けた。
きっと、何か話があるのだろう。
「確か、テオドールさん達は明日の馬車で王国へお帰りになられるそうで。」
「ああ。アイネス嬢がエルミーヌ達の病気に対して良い薬を手早く用意してくれたお陰でもある。本当に彼女には感謝しかないよ。」
「それは良かった。アイネス様の素晴らしさを他者に認識されるのは此方としても喜ばしい限りですから。」
「それで、用件は一体なんだろうか?別に雑談をしに来たという訳ではないのだろう?」
「おや、気が付いておりましたか。では、これ以上の社交辞令も必要ありませんね」
自分の思惑が悟られていた事にも動じず、ベリアル殿は少し口元を隠した後、雰囲気を変えた。
理性的な見た目とは裏腹に、此方の心を透かして見ているような狡猾な笑顔。
それはまさに、『悪魔』そのものだ。
目の前の化け物は僕に誘惑をするかのように、話しかけた。
「テオドールさん、貴方に少しお話があります。お時間の方はよろしいですか?」
「……ああ、勿論だ。」
一見、選択肢があるように見えながらも僕の命など容易く刈り取れるのだと言わんばかりの威圧。
僕は彼の誘いに、乗っかることにした。
##### #####
「ただ立ち会話するだけ、というのもなんでしょう。食堂の方でお茶とお菓子でも食べながら会話しませんか?」
そんなベリアル殿の提案を了承し、僕はダンジョンの中に存在する食堂の机の一つに座っていた。
夜遅くに来たためか、早朝や夕方には賑わっている食堂には僕達以外に人も魔物もいない。
ベリアル殿は僕を席に座らせて調理場に入って少しすると、トレーに食べ物と変わった形のカップを乗せて戻ってきた。
目の前に差し出されたのは緑色の独特な香りのする飲み物と細長い木の棒が刺さった3色の食べ物だった。
「緑色の飲み物と木の棒が刺さったお菓子…、いつも食事に出ている紅茶やお菓子とは見た目も香りも少し違うね」
「アイネス様は此方の物を『リョクチャ』、木の棒が刺さったお菓子の方を『ダンゴ』と仰っておりました。『リョクチャ』の方は、アイネス様が元いた場所でも良く飲まれていたお茶の一種だそうです。『ダンゴ』の方は、木の棒に刺さっている3色の物を食べるそうです。」
「ふむ…頂こう。」
少し調べてみたけれど、毒の類は入っていないようだ。
僕は『ダンゴ』を一つ食べ、『リョクチャ』を一口飲む。
紅茶とはまた違った独特な風味だけど、少しほっとさせる味だ。美味しい。
ベリアル殿も自分用に用意した『リョクチャ』を飲み、カップを置いた後、此方に話しかけてきた。
「さて、本題に入る前にお聞きしたいのですが、テオドールさんの所持している<鑑定>スキル、あれは正確には<鑑定>とはまた違ったスキルですね?」
「…ふむ、どうしてそう思ったのかな?」
「この数日間、貴方方の仕事の様子を拝見させてもらいましたが、同じ<鑑定>スキルを所有しているデリックさんに比べて、貴方の仕事はより早く、より正確だった。スキルレベルの差、と言ってしまえば簡単でしょうが、それにしたとしてもかなり仕事が早い様子でした。」
「<鑑定>スキル持ちにしては、あまりにも優秀すぎたという訳か。」
「先日、ダンジョン内で女性魔物たちの関係トラブルを収束する際にアイネス様が女の魅力対決という決闘会場を開いたのですが、その時にマリアが使った幻惑魔法を魔力の低いアイネス様が見事見破ったことがあったのです。後でアイネス様に聞いたところ、「掛かった手間や時間に比べて、明らかにマリアさんの作った物は上手すぎた」と。その時の事を反映し、貴方方の仕事ぶりは全て記録させてもらいました。」
どうやらいつの間にか監視されていたようだ。
いや、自分の主人を大事に思っているのなら、それも当然だろう。
ベリアル殿の言う通り、僕の持っている<鑑定>スキルは正確には普通の<鑑定>とは違う。
僕が持っているのは、ユニークスキル<真贋>。
<鑑定>の上位スキルに当たるスキルだ。
本来、<鑑定>は余程の高レベルでないと妨害魔法で阻害されて失敗する事が多い。
<真贋>はそんな妨害魔法に邪魔されることなく、<鑑定>では分からないような情報を知る事が出来るスキルだ。
普段は高レベルの<鑑定>と称しているのだが、ここでそれが見破られるとは思わなかった。
「確かにベリアル殿の言う通りだ。僕の持つスキルは正確には<鑑定>ではなく、その上位スキルに当たる<真贋>だよ。」
「やはりそうでしたか、では、本題の方ですが…」
「もしも、その本題というのが『アイネス嬢の鑑定結果を見たのか?』という質問の答えを聞きたいというなら、僕は彼女を視ていないよ。」
「!」
「いや…正確には視たけど分からなかった、と言った方が良いな。」
「視たけど、分からなかった…とは?」
「だって、彼女のステータスを僕には解読が出来なかったんだから。」
実は一度、アイネス嬢のステータスがどんなものなのか気になって<真贋>で確認したことがある。
ステータスが確認できたら最高、僕のスキルを何かのスキルで阻害されたのならそれはそれで良いと思っていた。
しかし、鑑定結果は僕の予想とは全く別なものだった。
【#$】#* #3
【@1】)$3^*
【職業】ダンジョンマスター
【%#】(?
【`Y】ダンジョンマスター、$3*@&^、*&3(4#@
【*&^】!)
【^%S】
*(^%V&($ ?。―
#$ ?。―
………
……………
彼女のステータスは意味が分からない謎の文字の羅列で形成されていて、その職業以外は何も分からなかったのだ。
それは何度確認しても変わらず、解読不明のまま。
まるで、彼女のステータス自体がそもそも僕のスキルで知ることが出来る領域範囲外にあるような、まさにそんな結果だったのだ。
「最初は自分のスキルがおかしくなったか高位の妨害魔法が使われているのかと思ったけれど、それとは何か違った感じだ。貴方は何か知っているかな?」
「ふむ…確実とは言い切れませんが、少し思い当たる節があります。恐らくはアイネス様が此方に来た経緯に関係があるのでしょう。」
「その経緯というものも気になるが聞くのは止めておこう。下手に彼女の事を聞いたら口封じの為に塵にされそうだ。」
「おや、己の脆弱さを理解していない人間にしてはよくお分かりですね。貴方がアイネス様のステータスの内容を把握していたのなら、アイネス様の知らぬ所で抹消するつもりでしたが…その必要はなさそうで良かったです。」
やはり、ベリアル殿はアイネス嬢の能力が僕達に漏れてないか確認に来たようだ。
しかもその気になったら僕を殺す気だったようだ。
もしも彼女のステータスが分かっていたらと思うと、ゾッとする。
自分の好奇心で身を滅ぼす所だった。
「しかし、今になってその事を確認してくるとは思わなかったよ。貴方だったら来た初日に警告すると思っていたよ。」
「此方も事情が変わりまして。本当なら三日前に確認を取りたかったのですが、貴方方には鑑定依頼が残っておりましたので。」
「ふむ、三日前に何かあったのかい?」
「実は、アイネス様と約束をしたのです。」
「約束?」
「アイネス様の力を信頼できる者以外に秘匿することを…です。『ユビキリ』というアイネス様のいた場所に存在していた約束の絶対を誓う儀式も行ったのですよ。小指と小指を絡めて呪文を唱えるという簡易な儀式なのですが、約束を反故すれば針を千本飲まされる事も辞さない、高尚な儀式なのです」
「約束を破ったら針を千本…それは随分と厳しいものだね」
「ええ。ですがそれだけの誓いを私と結んでくれるのです。とても素晴らしいとは思いませんか?」
自分の小指を見て悦に浸った表情を浮かべるベリアル殿。
しかし、事情はなんとなく理解した。
お父様にこの事を報告し、アイネス嬢の情報は出来る限り外に漏らさないように配慮してもらおう。あと、密偵を送るというのも止めた方がいいと伝えたほうが良い。
アイネス嬢自体は温厚で危険性が少ないけれど、目の前の彼を筆頭とした魔物たちは違う。
アイネス嬢が温厚で平和的であるから彼らもそのように振る舞っているだけで、本来の彼らの本性は本来の魔物と同じく獰猛で残酷なもの。
いや、アイネスという守護対象がある分普通の魔物達よりも更に獰猛だ。
下手にアイネス嬢に危害を加えるような事をすれば、彼らが黙ってはいないだろう。
「しかし、一つ聞きたい事があるのだが構わないだろうか?」
「構いませんよ。此方もわざわざ時間を取らせましたので」
「では聞かせてもらうが、君は何故アイネス嬢に追従するんだい?」
「……それは、アイネス様への侮辱ですか?」
「いや、純粋な疑問だ。僕はこの6日間彼女を間近で見てきたが、アイネス嬢の持っている知識も力もこの物語のダンジョンのアイディアも何をとっても素晴らしいと思っているし、双方の被害を最小限に抑えより高い結果を求める考え方も好ましく思っている。彼女の持つ力が世に出れば王国…いや、世界に影響させるほどだと考えているくらいだ。」
「ええ、そうでしょうね。アイネス様はそれだけの力を持つ御方ですので。」
「しかし、平和的で慈悲深い彼女の考えは世の破滅と混沌を望む悪魔である君の考えとはまるで正反対だ。考えの方向性の違いは時に関係の険悪化を生む。だからこそ、君が今もアイネス嬢に付き従い、そして慕っているのを疑問に思う。君の忠誠心を僕は知っているけれど、他の者はそうじゃない。」
「なるほど…、そちらの国の愚か者がアイネス様や我々にその件を追求しそして愚弄して此方の怒りを買うことがないよう、明確な答えが欲しいのですね?」
「ああ、その通りだ。」
アイネス嬢の持つ知識や力は確かに素晴らしいが、それは表面上で読み取ることは難しい。
彼女の力を間近で見た僕やエルミーヌ達は彼女や彼女の魔物達を愚かだと蔑むことはない。しかし、彼女のことをあまり知らない者は違う。
彼女は見た目が幼い子供だから、彼女を理解していない大人達は彼女を侮るだろう。
にも関わらず、彼女に追従するアークデビルロードやエンシェントドラゴン達の姿を見れば、彼らは疑問に思うだろう。
そして愚かな者は、アイネス嬢に侮辱の言葉をぶつけるかもしれない。
もしもそうなったら、彼らの怒りを買う事になるだろう。
彼らの怒りを買うことは破滅を意味している。
それだけは避けたい。
「貴方の考えは分かりました。しかし、少し答えに困りますね。私がアイネス様に追従する理由はアイネス様の存在自体が私にとって追従するに値する理由ですので。」
「…どういう事かな?」
「貴方も仰ったでしょう?アイネス様は世界に影響を与えるだけの力を持ち、平和的な思考の持ち主だと。」
「それは…」
「アイネス様は貴方の言うように平和的な御方だ。しかし同時に、己の欠点を理解している多角的な考えと他者の意見を配慮する平等な考えの持ち主であり、他者を容易く突き放す事も出来る異質な考えの持ち主でもあるのです。」
「異質な考え…?」
ベリアル殿の言葉を復唱すると、ベリアル殿は話を続ける。
「王国の騎士達の襲来の件は当然把握しているでしょう?」
「ああ。その件では巻き込んでしまって申し訳なかったと思う。」
「実はあの時、前日にアイネス様が緊急会議を開いて我々に言ったのですよ。
『自分はその日ダンジョンの指揮から一時外れ、居住スペースに残る。全ては皆の判断に任せる。』と。」
「なに…?」
つまり第三騎士団が物語のダンジョンにやって来たであろう日、ダンジョンの指揮をしていたのはアイネス嬢ではなくその配下の魔物たちということになる。
元々人間を襲う事が性である魔物達に指揮を任せればやって来た第三騎士団の者達がどうなるか、すぐに予想が出来る。
アイネス嬢もその事をすぐに予想できたはずだ。
もしも騎士団達を生かしたいと考えたのなら、魔物達に指揮を任せ自分は外れるなんてしなかっただろう。
「ただ平和を押し付けるだけの平和ボケした考えの持ち主だったら私も従わなかったでしょう。しかし、アイネス様は違いました。アイネス様は確かに平和的な御方ですが、我々の意見や生き方を尊重してくれるのです。
争い合う者たちには正式な決闘の場を作り、
菜食を求める者には彼らの望んだ肉の使われていない料理を別に作り、
格上の魔物に意見を申したい者には同格に意見を交換し合えるようにし、
残虐な殲滅を望む魔物にはその機会が来た時の指揮権を与えてくれる。
決して無理に抑え込む事はしないのです。むしろ、それを勧めてくるのです。
例えばもし、私がアイネス様を見限ってこのダンジョンを出ようとしても、恐らくアイネス様は止めないでしょう。
むしろ手土産を渡して盛大に見送るでしょうね。私に縋ることも、媚を売ることもせず、他のダンジョンマスターなら何が何でも欲っするであろう私に対し、執着なんて一切みせずに、まるで一時の別れのように別れの言葉を告げるのです。
アイネス様にとって我々は、強者も弱者も種族も肩書きも関係なく、ただの生きる魔物の1体でしかないのです!
これを異質と言わず、なんと呼べば良いのでしょう!」
目の前の悪魔の王は恍惚な表情を浮かべ、この場にいないアイネス嬢に愛を囁くかのように言葉を紡ぎ続ける。
僕は目の前の悪魔が今までどんな生を過ごしていたかは知らない。
しかし、アイネスの事を想うその姿は、まるで神を信仰する狂信者のようだ。
狂っている。
「アイネス様は我々を平等に見て、考えを聞いてくれる。だからこそ私や他の魔物たちもアイネス様の考えを尊重し叶えたくなるのですよ。アイネス様が望めば平和的な魔物を演じますし、本来なら倒すべき人間を救いだってする。私はその中でも、アイネス様から特別な存在として認められたいのです。平等な精神のアイネス様から他の者より信頼を、信用を、愛を得るためならばアイネス様に媚を売り、そして縋ることすら辞しません。自分こそ、特別な存在であると認められるのであれば。」
「……そう、なのか。」
明らかに異常とも言えるアイネスへの盲信ぶり。
先程の命の危機とは違った寒気で背中がゾクッとする。
こんな化け物が外に出れば、世界は破滅しかねない。
彼がそうしないのは、アイネスの存在があるからだ。
異質な存在のダンジョンの主と、異常なまでに主を崇拝する悪魔。
ある意味、相性が良かったのだろう。
ベリアル殿はそれまで話し終えると一息ついて、いつもの微笑みに戻る。
先程までの異常な様子がまるで嘘のようだった。
「知っておられますか?現状アイネス様から一番信頼されているのは私や羽トカゲではなく、アイネス様の傍にいるゴブローさんなのですよ。次に信頼されているのは、名前は少々言えませんがアイネス様の『助っ人様』。私は、良くて三番目でしょうね。」
「ああ、あのアイネス嬢と一緒にいるゴブリンの彼だね。確かに彼はかなり温厚というか…、魔物としてはかなり変わっているように見える。」
「ええ本当、そう思いますよ。なぞなぞの時といい、『バドミントン』の時といい、ただのゴブリンだと油断すると此方が足をすくわれるのです。私とあの羽トカゲの威圧をものともしませんし…、一度解剖して確かめたい所です。」
「その彼は本当にゴブリンなのかい?」
少なくとも僕の知っているゴブリンはアークデビルロードとエンシェントドラゴンの威圧に耐えられる魔物では無かったはずだ。
なにか変わったスキルでも持っているのだろうか?
「まあ、話は分かったよ。聞かせてくれてありがとう。」
「いえいえ、此方も時間を取って頂きありがとうございました。」
「エルミーヌ達の薬の補充のためにまた物語のダンジョンに戻ってくるけれど、何か僕に出来る事はないかな?流石に生贄を捧げろという頼みは聞けないけれど、何かを調べることぐらいは出来るよ。」
「………ではお言葉に甘えて、少し調べて欲しい事があります。それも、出来るだけ内密に。」
「…何を調べたいのかな?」
「実は――――――――――」
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アイネス嬢のダンジョンに訪れてから7日、リドルフォが迎えの馬車と共にやって来た。
アイネス嬢はエルミーヌとマルクの薬一ヶ月分とは別に、お弁当とエルミーヌにあった美容品をプレゼントしてくれた。
美容品はエルミーヌが特に喜んでいた。
僕はリドルフォと同じ馬車に乗り、窓からアイネス嬢を見ている。
此方に手を振るアイネス嬢の横には、ベリアル殿が綺麗な微笑みを浮かべて立っている。
僕はふと、昨晩の会話を思い出した。
『実は、教会が信仰している神と異世界転移者に関することを調べて欲しいのです。』
一体どのような目的でそれらの情報を求めているのかは僕には分からない。
恐らく、アイネス嬢のためなのだと思うけれど、アイネス嬢とそれらの関連性が分からない。
「もしかしたら、アイネス嬢は…」
「?どうかされましたか、テオドール様」
「…いや、なんでもない。」
少し気になる事もあるけれど、これ以上彼女の事を追求する真似は止めておいた方が良いだろう。
アイネス嬢は良い関係を持つことが出来れば王宮にもメリットが多い。
そのためには、アイネス嬢の配下の魔物たちの怒りを買わない事が必須だ。
物語のダンジョンに再び訪れるのはこれから一ヶ月後。
それまでに、頼まれた事ぐらいは済ませておくとしよう。




