やっぱりイケメンはただ者ではない。
リドルフォさんとアルベルトさんとシャロディさんが王国へ戻って3日が経過した。
今の所、問題らしい問題は起きた様子はない。
薬の相性を見る為に残ったエルミーヌさんとマルクくんも、鑑定依頼の達成のために残ったテオドールさんとデリックさんも、ダンジョンの魔物達と問題なく過ごせているようだ。
マルクくんの掛かった呪いというのは、小児喘息だった。
私のダンジョンはスライム達が埃一つなく掃除しているため発作を起こさなかったけれど、テオドールさんから聞いた過去の症状とマルクくんが呼吸する際に「ヒューヒュー」といった音がしたことで判明した。
喘息というのは喉が炎症を起こして気道が狭くなる病気。
呪いや怪我を治す事が出来る治癒魔法では治せなくて当然だ。
炎症というのは目に見える怪我や風邪とは違い、身体の異常が起きた時に身体を守ろうとした結果に生まれる反応なのだから。
マルクくんは今7歳だそうだから恐らく二十歳になる前には自然治癒しそうだけど、一応こちらの方でステロイド剤や予防薬を渡すつもりだ。
<ネットショッピング>って凄いね。普通だったら売ってないはずの薬品も注文できたんだもの。
ただ、薬の相性や副作用もあるため、二人に薬を渡して問題がないと分かるまではダンジョンに留まってもらうことになった。
最初は魔物のいるダンジョンということで戸惑っていたけれど、フレンドリーな皆の対応に次第に慣れてきたのか、マルクくんは面倒見の良いスライムやトン吉と仲良く遊んでいる姿を良く見るし、エルミーヌさんも女子魔物たちと仲良く談笑している。
特にエルミーヌさんはマリアと仲が良く、一緒にシルキーズから料理を学んだり裁縫をしたりしているようだ。
シシリー曰く、マリアが「女は見た目だけじゃなくて、能力も磨かないと駄目なのよ!」とエルミーヌに熱心に主張したそうだ。
王国のお姫様である以上料理なんてする必要はないだろうけど、別に出来ても困らないから良いだろう。
一方、<鑑定>スキル持ちのデリックさんとテオドールさんには宝箱に入れるアイテムの選別を頑張ってもらった。
宝箱のアイテム候補自体は<ネットショッピング>や<カスタム>で大量に入手出来たのだけど、<ネットショッピング>で購入した物の価値がどれほどなのか分からなかったのだ。
だから赤の扉ルートではナイフや包丁といった武器を、青の扉ルートでは綺麗な飾りや雑貨を、黄の扉では食べ物のみを限定していた。
結果、私のその判断は正解だった。
デリックさんとテオドールさんを倉庫へ案内して宝箱アイテム候補を見せてみたら、デリックさんは口をあんぐりと開けて驚愕し、テオドールさんにはバツサインを貰った。
私が宝箱候補に入れられるだろうかと注文して取っていた殆どはどれか一つでも市場に流れれば王国内が大騒ぎになるものだったらしい。
良かった、適当に宝箱に突っ込まなくて。
デリックさんには倉庫の中のアイテムのランクを選別してもらい、テオドールさんにはダンジョンに出しても問題ない物を見てもらうことになった。
今の所オッケーだったのは数個限定で保存食と<カスタム>や<ガチャ>で手に入れた武器類、アラクネ達やスケルトン達が自由時間に作った作品とビーズのアクセサリーやビー玉だ。
此方の世界のアクセサリーというと、綺麗な石を磨いてネックレスにした物が基本らしいので、ビーズで出来たアクセサリーやビー玉でもかなりの大金になるらしい。
だからダンジョン内で冒険者たちが手に入れる前提なのであればこれらがギリギリラインなのだとか。
因みに人工宝石のアクセサリーは軽く国宝級を超えてしまい、アウト判定を食らった。
試しにエルミーヌさんに人工宝石のアクセサリーを見せたら、すごい勢いで捲し立てられた。
事情を話したら、「貴族の婦人や令嬢達が大変なことになるだろうから絶対に宝箱には入れないように!」と忠告された。
それだけヤバい価値があるのだろう。こわっ。
基本的に鑑定依頼の仕事は3時間から4時間程度。
それ以外の時は居住スペースのみ自由にしていいと言ったのだけど、なんとテオドールさん達はダンジョンの挑戦がしたいと言ってきた。
なんでも、元々ダンジョンの内容には興味があったのだそうだ。
まあ普通に挑戦してくれる分なら問題はないとオッケーを出したら、結構スムーズに攻略していっている。
赤の扉ルートでは主人公の恋人の献身ぶりにデリックさんが号泣しまた見ようと何度も挑戦し、青の扉ではテオドールさんが王族の教育で磨かれた頭脳で次々と問題を解いていたし、最初にアルベルトさん達が挑戦しようとしていた黄の扉はまさかのノーミス一発クリアを達成された。
黄の扉ではテオドールさんが指示役、デリックさんが渡る役だったのだけど、なんとテオドールさんは渡る役の橋が出てすぐ、台から手を離し、台から手を離しても消えない場所を確認したのだ。
それを全て記憶したテオドールさんは、冷静にデリックさんを指示し、時折出る妨害も上手く台を離す事で卒なく撃退した。
大体の挑戦者たちが失敗する最後のパートでも、テオドールさんは突如現れた悪霊が手出しをしないことをすぐに看破し、落ち着いてデリックさんに向こう岸に渡るように指示を出し、そのままクリア。
黄の扉に挑戦した中でも最高の協力プレイを見せたのだった。
そしてそれをモニター越しに見ていたスケルトン達とベリアルは何を思ったのか、テオドールさん達用に黄の扉ルートの大幅アップデートをしていた。
別に勝手にアップデートするのは良いけど、他の冒険者達がクリア出来る範囲にしてね。
そんな中、テオドールさん達が唯一クリア出来なかったのは、最近新しく開放した紫の扉ルートだ。
紫の扉のルートは赤と青のコンセプトを足して割ったものだけど、他の扉とは全く違ったタイプのルートだからね。
下手に進めば進むほど苦労するのだ。
テオドールさん的にはかなり気に入ったようで、1人で挑戦するようになった。
挑戦する度に進行度が上がっているので、いつか完全クリア出来るようになるだろう。
王国の4人がダンジョンに溶け込んでいる中、私は久々にゴブ郎と一緒の時間を過ごしている。
ダンジョンの魔物が増えれば増えるほど、経営やダンジョンの魔物たちの喧嘩の仲裁やらでゴブ郎と二人っきりで過ごす事が少なくなっていたから、久々のフリータイムだ。
誰もいない談話室の中で、ゴブ郎と私は一緒に日本茶とコンビニのあんまんを食しながらタブレットでゲーム実況の動画を見ていた。
マイホームで過ごす事も考えたけど、ダンジョン内でまたトラブルが起きると困るので、ダンジョンに王国の人達がいる間は出来るだけ居住スペースにいるようにしているのだ。
「久々の人に干渉されない時間…良いわぁ…」
「ぎゃう~。」
「ゴブ郎くんもお疲れ~…。」
ゴブ郎と誰にも干渉されない時間を過ごしていると、途中で日本茶が切れた事に気がついた。
食堂まで取りに行こうとしたその時、誰かが横からお茶の入った湯呑を私の前に置いた。
ふと顔を上げて見れば、私のすぐ横にベリアルが立っていた。
ベリアルは、胸に手を当て、にこやかに微笑んでいた。
「アイネス**、オチャ、ノ、オカワリ。」
「あ、ありがとうございます。」
「イエ。ナニ、ミテル?」
「これですか?私の世界のゲーム実況動画ですね。…気になるなら見てみますか?」
「ハイ。」
私が誘ってみればすぐにベリアルは了承し、私の隣に座った。
丁度私が見ているのは、ベリアルの名前の由来にもなったゲームキャラ、『悪魔王ベリアル』がバトルをしている動画だ。
ベリアルはタブレットの中で動く絵が面白いのか、興味深しげに眺めていた。
「コレ、キョウミ、フカイ。」
「あ、面白いですか?実はこっちの男性の方は、ベリアルさんの名前の由来になった悪魔なんですよ」
「…コレ、ガ?」
「はい。正確にはこっちはゲームキャラなんですが。」
「…ワタシ、コンナ、ゲヒン、ワラウ、ナイ。」
「確かにそうですけどね。これは別人…別悪魔?ですから」
確かに動画のゲームのキャラはいかにも傲慢な俺様な感じでどちらかというとイグニに似ている。
仮にも悪魔伯爵という称号が付いているベリアルから見ると、かなり不満なのだろう。
「デモ、ツカウ、スキル、ハ、キョウミ、フカイ。」
「あ、そうですか?見てて凄いですもんね。炎の槍を生み出したり、途中で武器の形状を変えたりって。ベリアルさんが使ったらなんかもっと凄そう。」
「フム…ワカッタ。」
「え、何が分かったんですか?」
なんか、とんでもない事をしてしまった気がする。
願わくは、それが自分や他の誰かにぶつからないことを祈るばかりだ。
しかし、こうしてゲーム動画とかを見ていると、自分の戦闘力のなさが良く分かる。
能力値が超絶高い上に強力なスキルを持っているベリアルに対し、私は村人と同じ能力値で持ってるスキルも一番役に立ちそうな<鑑定>や<アイテムボックス>は未だに使えないまま、<ホーム帰還>やその付属スキルは満足な暮らしをするには丁度良いけれどバグってるし戦闘力はゼロ、残る<隠蔽EX>も使い所が見つからない。
ステータスだって<オペレーター>に頼まないと見れないし、私の力というのはほぼ使えないのである。
同じ人間でもコミュ障な非リア充にして超絶引きこもり体質な引きこもりっ子の私に対してテオドールさんの方がカリスマ性は高いし、エルミーヌさんの方が顔は良い。
スペックの高い皆に対し、スペックが圧倒的に低い私。
正直、彼らの輪に自分なんかが入って良いのか疑うくらいだ。
「ベリアルさん達って、本当優しいですよね。」
「?」
「ほら、ベリアルさん達は私みたいな人間が足元にも及ばないくらい強いじゃないですか。顔も良いですし、こうやって気遣いも上手ですし、私には勿体ないくらいですよ。」
ベリアルやイグニは本来、魔王だとか言われていてもおかしくはないくらいのチートキャラだ。
もしも彼らがその気になれば、私を殺してダンジョンマスターになるくらい容易いだろう。
それをしないのは、彼らは私に召喚されてダンジョンマスターに逆らわないようにされているからだ。
そう考えれば、私はまさに虎の威を借る狐その者である。
ベリアルは私の言葉を黙って聞いた後、にっこりと笑顔を浮かべて言った。
「…アリガトウ。」
「いえいえ…思った事を言っただけなんで。」
「デモ」
「でも?」
「アイネス**、ノ、ホウ、ガ、モット、ヤサシイ、ソシテ、スゴイ」
「……………マ!?!」
ベリアルからの突然の褒め言葉に、私は驚愕のあまりに変な声を上げてしまう。
いや、だってそうでしょ。
ベリアルみたいな悪魔系イケメンが圧倒的モブに褒め言葉を掛けるなんて、乙女ゲームでも早々ない。
きっと私の耳がバグったんだろう。きっと幻聴だ。だからベリアルは褒め言葉なんて…
「アイネス**、ハ、リョウリ、ジョウズ、デ、ミンナ、ヲ、ヨク、ミテル、デ、ジヒ、フカイ、デ、カシコイ、デ、キズカイ、ジョウズ、デ…」
「まさかの褒め殺しキターーーーーーっ!?!?!?」
ベリアルめ。此方が聞き間違いだと思わないように褒めまくって来た。
というか慈悲深いとか気遣い上手とか私教えてないですよね!?どこで覚えてくるんですそういうの!あ、ハイ、マリアが良く見てる恋愛ドラマからですかそうですか!
この褒め殺しには超絶リア充アレルギーの私も参ってしまい、顔が熱くなってきた。
多分私の顔は林檎みたいに真っ赤なのだろう。
「ソレニ…」
「うっそでしょまだあるの?!私のHPはもうゼロよ!」
「トテモ、アイラシイ。」
「ア“――――――――――っ!」
ベリアルの、本当に愛おしいと言わんばかりの笑顔が私にぶつかる。
乙女ゲームならスチルになること間違いなしだ。
女なら誰もが憧れるような言葉だけど、今まで家族以外の男性はおろか人間自体まともにコミュニケーションを取らない私にはオーバーキル級の精神攻撃だ。
ベリアルは私のそんな反応が面白いのか、クスクスと笑っている。
くそう!仮にも女を弄ぶなんてどうかしている!悪魔か!いや悪魔だった!
流石に堪えきれなくなった私は湯呑に残った日本茶を飲み干すと、マイホームに逃げ込むために<ホーム帰還>で扉を召喚し、すぐさま逃走を図った。
しかし、動揺のあまりまともに周囲を見てなかったからだろうか?
私は扉を開けてマイホームを入る直前に、自分の足でもう片方の足を引っ掛けてしまい、そのまま前方へと倒れ込みそうになった。
「うわ、やばっ…!」
「アイネス**!?」
私が転びそうになるのを見たベリアルが、慌てて私に向かってて手を伸ばして引っ張ると位置転換を試みた。
マイホームの扉はベリアルやイグニのような人型の魔物が入ることは出来ないため、そのまま扉の境界線で止まる、そう思っていた。
しかし、そんな私の予想とは裏腹に信じられない事が起きたのだ。
「***!?」
「はっ!?」
「ぎゃ?!」
なんと、ベリアルの身体がマイホームの扉の境界線をそのまま通り抜け、マイホームの中へと入ってしまったのだ。
これには<ホーム帰還>の持ち主である私も、私が転びそうになって駆けよろうとしたゴブ郎も驚いた。
慌てて二人で扉の中に入ると、そこは私が毎日寝泊まりしているいつも通りのマイホーム。
だけど、本来はマイホームに入ることが出来ないはずのベリアルが確かにマイホームの玄関にいたのだ。
ベリアルは突然周囲の風景が変わった事に、驚きの表情だ。
私は、ポカーンと呆然としながら、確かにベリアルがそこにいることを確認する。
そして、思わずポツリと呟いた。
「……もしかして、<ホーム帰還>になにか変化が起きた?」
「ぎゃうぅぅ…」
私の独り言に賛同するかのように、ゴブ郎が戸惑いの鳴き声を上げた。
突然の出来事に混乱した私は、思わず<オペレーター>を呼ぶ。
「<オペレーター>さーーーーーーーーん!ヘルプミーーーー!」
『回答。お呼びでしょうか。』
「なんかマイホームにいるんですが!どうすればいいですか!!」
『推奨。一先ず落ち着くべきかと。』
変なテンションでパニックを起こす私に対し、<オペレーター>は冷静に私にツッコミを入れたのだった。




