アレルギーも視点変えれば恐ろしい呪いに早変わり☆
地球で最も人類を苦しめているであろう病気、アレルギーの中で代表とも言える花粉症。
くしゃみも目の異常も、全部花粉症が原因だったのだ。
無知と先入観とは恐ろしい。ただの花粉症が謎の不治の呪いとして扱われるとは…。
フォレスが近づいた時にエルミーヌさんに症状が出ていたのは、フォレスの身体についた花粉が反応したんだろう。
フォレスの個室には沢山の植物を育てられているから、その中の一つがエルミーヌさんの花粉症の症状が出る対象だったのだ。
しかも、聞いている感じ、食物アレルギーも掛かっているらしい。
最初の飲み物がアレルギー反応の出る物が入ってなくて本当に良かった。
危うくこのダンジョン内でエルミーヌさんがアナフィラキシーショックを出す所だった。
しかしこれで呪いの正体が分かって良かった。
アレルギーは治す事は出来ないけれど、症状を抑えたりアナフィラキシーショックを避けたりする事は出来る。
それなのに、ベリアル達は何故か首を傾げている。
何故か聞こうとしたら、ベリアルとテオドールさんがよく分からないと言った様子で呟いた。
「アレ、ルギー…?」
「カフン、ショウ…?」
「うっそ、知らないんですか?マリアさんとイグニさんは分かります?アレルギーと花粉症…」
「イヤ…」
「ワカル、ナイ……」
「え、え、もしかして全員知らない感じですか?私の世界ではかなり有名な病気の一つなんですけど…。」
全員に尋ねてみるけれど、どうやら全員そもそもアレルギーがなんなのかも分からないらしい。
どうやら、エルミーヌさんのアレルギーで初めてその存在を知ったという感じだ。
そりゃあ呪い騒ぎになるよ…。だって存在自体知らないんだもの…。
普通の風邪や病気とは違ってアレルギーというのは身体の免疫の異常によるものだから普通のヒールじゃ治る事はない。
だから当然優れた医師にも魔法使いにもエルミーヌさんの『呪い』を解く事は出来なかったのだ。
彼らにはまず、アレルギーというものが何なのかを説明する必要があるようだ。
……その前に。
「シシリーさん、エルミーヌさんをお風呂に入れてあげてくれませんか?化粧も全部落としちゃって、服も今着ている服じゃなくて倉庫にある新品な服を渡してあげてください。」
「ハイ、アイネス**。エルミーヌ**、****…」
「*、**…。」
「フォレスさんも一度服についた花粉を落とすために、ちょっとコロコロしますね」
「コロコロ?ハ、ハイ…。」
私はイグニに手伝ってもらい、会議室に備え付けてあった粘着クリーナーでフォレスの服に付いた花粉を取る。ついでに、他の皆の服もコロコロして花粉を取る。
リドルフォさんが「何やってんだ」って顔で見ているけれど、勘弁して欲しい。
これが今出来る花粉症を抑える方法なんです。
やがてお風呂から出たらしいエルミーヌさんが、倉庫に仕舞っていたであろうパーカーとジャージを来て戻ってきた。
金髪碧眼のお姫様がパーカーとジャージを着ている姿なんてちょっと新鮮だ。
一度お風呂に入って身体についた花粉や肌の刺激の原因になる化粧を落としたからか、先程までより元気そうだ。
皆が再び席に付いた所で、私はホワイトボードを使って話す。
「えっと…。まずこの世界って身体の構造についてどのくらい分かってる感じですか?」
「カラダ、コウゾウ?」
「イグニレウス、ハ、ワカル!チ、シンゾウ、ナイゾウ、チョウ、ホネ!」
「そうですね。じゃあ赤血球とか抗体とかは分かります?」
「セッケキュー…?コウタイ…?」
「あ、はい。すっごい曖昧にしか分かってない事は分かりました。」
「ナニ!?」
どうやら骨とか内臓のような大まかな器官や組織は分かるらしいけれど、赤血球や免疫体のような細胞レベルについては分からないようだ。
そうならアレルギーの説明が凄く難しい。
私は色々良い説明がないか考えた後、テオドールさんに尋ねた。
「えっと、テオドールさん。少量の毒を定期的に摂取して段々毒に慣らしていって、万が一の時に毒が効かないようにするってあります?」
「******************************。」
「*****…。リドルフォ、********?」
「…*****、***********************…」
「ベツ、ノ、クニ、ソレ、アル、ダッテ。」
「私のいた世界では毒を無効化にする物質を『抗体』って言うんですよ。死なない程度の毒を摂取して、身体の中で抗体を作ってその毒を無毒化するようにするんです。例えば…ベリアルやイグニが持ってる耐性スキルみたいな物です。」
「アイネス*********************『コウタイ』******。******、**************。」
「エルミーヌさんの場合はその逆で、本来は毒性のない物が身体の中で逆に身体に害を与える毒になる現象なんですよ。えっと…弱体化スキル、って感じですね。」
「***!?」
「イグニレウス*、アイネス*********。」
「……********、************************。」
「**!?」
イグニが的確に通訳してくれるおかげか、テオドールさん達にもちゃんと説明が通じているようで、顔を青ざめて驚きを見せている。
そこで、リドルフォさんが難しい顔で私に尋ねてきた。
「*******************…**************?」
「ドク、ナイ、モノ、ガ、ダレカ、ヒトリ、ニ、ドク、ホントウ、アル、コト?」
「それがあるんですよね…。私はあまり詳しくないですけど、人にはそれぞれ抗体を作るための司令塔みたいな組織があって、それが食べ物とか埃とか花粉とかに入っている物質が身体の中に多く入ったりするとその司令塔の組織がその物質を外へ追い出そうと色々身体に異常が出るらしいんですよ。どのくらい物質が入ったらって言うのも人に違いまして…。ちょっと例題出しますね。」
私はシシリーに水の入ったコップを2個と箸を持ってくるように頼んだ。
その間に私はテオドールさん達に背を向けて<ネットショッピング>を操作して、ある物を注文した。
出てきた箱から取り出した所で丁度シシリーが水の入ったコップを数個持ってきてくれたので、それら全てに注文した物を入れてかき混ぜた。
十分に溶けた所で、私はコップの一つを自分が、もう一つを机に置いた。
「えっと、誰か代表して私と一緒にこれを飲んで欲しいんですが…。」
「*****************。」
「……**、********。******************。」
どうやらリドルフォさんが代表になってくれるそうだ。
リドルフォさんが机に置いたコップを手にしたのを確認すると、私はテオドールさんに頼み事をする。
「テオドールさん、この飲み物に毒がないか<鑑定>で確認してもらえませんか?」
「テオドール、************************。」
「****。……****、********。」
鑑定スキルで毒がないことを確認したのか、テオドールさんは此方に頷いてみせてくれた。
そして私はリドルフォさんに目配せをして、リドルフォさんとほぼ同じタイミングでコップの中身を口にする。
「***!?******…**********…。」
二人で飲み物を口に入れたその瞬間、リドルフォさんが盛大に噎せて何かを叫んだ。
その間私はそのままの勢いで一気飲みし、空になったコップを静かに置いた。
リドルフォさんは信じられない物を見るかのような顔で私を見る
「************?******!」
「ふっ…流石は食の変態国、日本が生み出した魔の飲み物、青汁…。超絶不味い…。」
「…ソンナ、マズイ?」
「ほら、オレンジジュースがあるでしょう?あれは果物を絞った汁で出来たものなんですが、この青汁っていうのは野菜を絞った時に出る汁なんですよ。身体には良いんですが、すっごい青臭い上に苦いです。マリアさん達も飲んでみます?」
「ヤダ!」
「賢明な判断です。」
いつかベジタリアンのフォレスに試し飲みしてもらおうと思っていたのだけど、まさか此処で自分が飲む事になるとは思わなかった。
私は気を取り直して、説明を再開する。
「今リドルフォさんが毒のない飲み物を飲んで噎せたように、アレルギーというのはそういった特定の物が身体の中に入ると、鑑定では無毒と出る物であるにも関わらず身体が拒絶反応を起こさせる病気なんです。例えば口や鼻から入った害悪な物質を吐き出そうとくしゃみをしたり、皮膚から入った物質を出そうと炎症…肌が赤く腫れたりとか。」
どうやらテオドールさん達もアレルギーの症状がエルミーヌさんの呪いと全く同じ事に気がついたようだ。
まだマルクくんの呪いに関しての説明がついていないのに、かなりの労力を使った気がする。
「エルミーヌさんの場合は、その中でも特定の植物の花粉に反応する花粉アレルギー、通称『花粉症』に掛かっているようなんですが、他にも特定の食べ物に反応する食物アレルギーにも掛かっているようです。」
「*****、*****************アレルギー、カフンショー*、***********************************。」
「…アレルギー*********?」
「アレルギー、ニハ、シュルイ、アル?」
「はい。アレルギーっていっても色々あるんですよ。特に食物アレルギーだと、アレルギーが酷い場合はそれを食べたり触れたりするだけで気絶したり、喉の中が炎症を起こして気道が狭くなって呼吸が出来なくなるんですよ。」
呪いの正体の一つが分かってしまえば、他の症状も大体予想が付く。
花粉症によっては一緒に食物アレルギーを起こす場合もあるとネットで書いてあるのを見たことがあるし、エルミーヌさんも恐らくはそうなんだろう。
恐らく、10年程前の呪いが収まったのは、エルミーヌさんのお母さんがエルミーヌさんの為に部屋の模様替えや呼吸困難の出た食べ物を避けさせた事でアレルギー対象の植物が離され、反応が出た食べ物を避ける事が出来たからだろう。
娘想いの良いお母さんだ。
「なにか呼吸困難を起こす前に食べた食べ物で心当たりがありますか?」
「************************?」
「…*****、*********************************…。」
「ムカシ、チグラス、ト、インゲル、タベル、ト、ヨク、コキュウ、クルシイ、ナル、オオカッタ、ダッテ」
「<オペレーター>さん、チグラスとインゲルってどんな食べ物ですか?」
『回答。チグラスは地球のマンゴーに近い果実の名前、インゲルはナッツと性質に近い種の名前です。どちらも、ウルシ科に属しています』
「ナッツとマンゴーで、ウルシ科…。なら、ウルシ科アレルギーかな?シシリーさん、フレーバーティーは何の茶葉を選びました?」
「マンゴーティー、デス。」
「あっぶない!止めなかったらアナフィラキシーショックを起こしてた!」
まさに間一髪だった。
私はシシリーにエルミーヌさんのマンゴーティーを片付けて、別にダージリンを淹れるように頼んだ。
イグニには紅茶入れ替えの説明と、アップルパイの方は食べて大丈夫だろうという事を話してもらった。
あと、いつも使っているタブレットでウルシ科アレルギーと関係がある花粉症の対象の植物の写真をエルミーヌさん達に見せてみた。
すると、ここ近年で王宮の庭に植えられるようになった花とエルミーヌさんの症状が収まるまで王宮内にあった花が幾つか見つかった。
どうやら、キク科の花粉が駄目だったようだ。
「***、アレルギー**************?」
「アレルギー、ナオス、デキル?」
「一応アレルギーの治療法はあるにはあるんですが、その治療法は完治するのに数年程掛かるらしいですし、その間副作用とか酷いって聞くので、難しいです…。」
地球にあったアレルギーの治療法というと、少量のアレルゲンを摂取してアレルギー反応を弱めていくものが上げられるけれど、私は医者じゃないのでその治療法の具体的な方法を知らないし、何より何かあった時の責任が取れない。
幸い、食物アレルギーはアレルギー反応の出る食べ物を避ければ大丈夫だし、花粉症も症状を抑える薬が<ネットショッピング>で売っている。
私は<オペレーター>に頼んで、この世界に存在するウルシ科の果物や食べ物を教えてもらいホワイトボードにリストアップしていく。
マリアにそれらを訳してもらい、今後はこれらの食べ物は絶対に食べたり触れたりしないよう心がける事を言った。
あとは部屋で花粉症に困らないように空気洗浄機を渡そうとしたけど、それはエルミーヌさん自身から断られた。
マリアを介して理由を尋ねてみたのだが、エルミーヌさんの答えはこうだった。
「確かに気持ちは有難いですが、それは全て貴方の持つ財産だったのでしょう?ダンジョンを攻略すればその一部を手に入れる事が出来るそうですが、わたくしはダンジョンの攻略はおろか、このダンジョンに訪れる事すら初めてでした。空気を綺麗にする魔法の付与された魔法道具はどう考えても国宝級以上でしょう。長年苦しめられていたアレルギーに関する知識や症状を抑える薬だけでも有難いというのに、そのような魔法道具を無償で受け取るなど王族の血を引く身として出来ません。今回の事は、後日何かしらで報酬を渡させてください。」
そう、深々と頭を下げてお姫様らしくお辞儀をするエルミーヌさんに思わず感動した。
今までずっと花粉症やアレルギーに悩んでいたのなら何から何までサポートを貰いたいと思うだろうに、王族としての矜持のために花粉症対策の最強アイテムを断るとは、見事な貴族精神である。
私だったら謎の病気だったら完全に人任せにしてしまうので、普通にエルミーヌさんが格好良く見えた。
正直<ネットショッピング>でいくらでも購入できるので空気洗浄機くらいと思う面もあるけれど、そういう事なら渡さない方が彼女のプライドを傷つけずにすむだろう。
「***、エルミーヌ*******アレルギー****************…*******************…。」
「カフンショー****************、********アイネス******************…。*******…。」
「…マリアさん、二人は何の話をしているんですか?」
「エルミーヌ***、ノ、アレルギー、マタ、オキル、ノ、ナゼ、ダッテ、ハナシ、シテル。」
「あー…。」
エルミーヌさんのお母さんのお陰で一度は収まっていたアレルギー反応。
言われてみれば確かに不思議だ。
花粉症に関しては花粉症の原因が分からなくて庭師の人が誤って植えてしまったとしても、食物アレルギーに関してはそうではない。
実際エルミーヌのお母さんはアレルギー反応の出る食べ物を特定して避けさせていたそうだし、王族のお姫様がそう簡単に外食をする機会などないだろう。
一体どこで、どうやって、エルミーヌさんがアレルゲンを摂取したのか。
そこで私は、ある一つの推測が思い浮かんでしまった。
「あっ。」
「?ドウシタ、ノ、アイネス***?」
「……いや、なんでもないです。ちょっと変な推理を思いついちゃっただけですので…」
マリアに尋ねられた私は、慌てて取り繕う。
地球でも似たような問題を聞いたことがあるしこの世界自体がまさに小説のような展開だし有り得そうな話だとは思ったけれど、これは下手に言ってしまえば王宮内を揺るがす騒ぎになりかねない。
これ以上、騒ぎの渦中に入るのは流石に勘弁したいのだ。
しかし、そんな私の願いは叶わなかったらしい。私の様子に気がついたテオドールさんが何か悟って、此方に話しかけてきたのだ。
「アイネス**、*****、*********?*****エルミーヌ*アレルギー***********…」
「え、えっと…マリアさん、テオドールさんさんはなんて…」
「エルミーヌ***、ノ、アレルギー、マタ、オキル、リユウ、アイネス、ワカル?」
「なんとなく察しは付いてた…。いや、これはあくまで推測の範囲なので、ただのダンジョンマスターである私が下手に口出しする事じゃなくてですね…。」
通じないとは分かっているけれど、私はテオドールさんに言い逃れを試みる。
しかし、私とテオドールさんの対話は他の皆も見てしまっていて、言い逃れが難しそうな状態に陥っている。
リドルフォさん達どころか、ベリアル達でさえも此方に何か期待するかのような目で見ていた。
止めて。そんな見ないで欲しい、私は職業賢者でもなければコミュ力の高い人間でもないんだ。
「アイネス**、*********?」
表面上はニッコリ、けれど有無を言わせない王族オーラを漂わせながら、此方に微笑みかけてくる。
通訳を通さなくても分かる。教えてくれって言っているのだ。
私は観念して、「これは、私の推測でしかないですからね?」と先に念頭してから言った。
「いや、アレルギーって鼻や口から対象を入れなくても、肌に触れた場合とかにも反応する事があるそうなんですよ。香水とか化粧とかにその対象が入ってたら当然アレルギー反応が起きるでしょうし、果物とかだったら分からないように絞った汁や細切れにして食事に入ってたとしても分からないだろうなぁ…と。ほら、アレルギーって要は無毒な物が毒になる病気ですし、結果的に毒を盛られたのと同じような感じでして…」
「………。」
「あと、エルミーヌさんのお母さんが気づいたように、エルミーヌさんをよく見ている人達もなんとなーくどの食べ物が駄目か分かるんじゃないかなぁ…って。…いや、ミステリー小説の見過ぎですね。本当すみません勘違いです。」
それを聞いた瞬間、私の言葉が分かるベリアル、イグニ、マリア、フォレスは目を丸くし、ベリアルとイグニはすっごい悪い笑顔を浮かべたのだ。
そして、イグニが私の推測をテオドールさん達に言うと、テオドールさんはベリアル達と同じように黒い笑顔を一瞬浮かべるのが見えた。
あ、これ私知ってる。内心ブチ切れてる時の笑顔だ。
テオドールさんはリドルフォさんに短く何かを命令すると此方に向き直り、それはもういい笑顔で私に頭を下げてお辞儀をして言ったのだ。
「*****。*************。」
「アリガトウ。キョウミ、フカイ、ハナシ、キケタ。ダッテ」
「あ、どういたしまして…」
万が一、私の推測が当たってしまっていたのなら、犯人さんの末路が可哀想だ。
出来ることなら私の推測が全くの的外れで、単にたまたま偶然アレルギー物質がエルミーヌさんの食事や飲み物や化粧品に混入していたことを祈るばかりだ。




