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隠された物語の扉の先の末路

「…ハッ!」


ふと目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中だった。

ゲルマンは慌てて立ち上がり自分の状況を思い出す。


「た、確かあの時魔物たちに襲われて…」


そう、ゲルマンはつい先程部下の騎士達と共に黄色の扉のルートに入り、部下である騎士達を裏切り結果として大量の魔物達のいる部屋に誘導され、獰猛な魔物たちに襲われたのだ。

魔物たちに襲われた時の事を思い出し、ゲルマンは身震いをした。

ゲルマンはあの時複数のウルフにその身を食い千切られ、スライムにはその粘液で身体を溶かされた。

しかし、今のゲルマンにはそんな怪我は何処にもない。

あれは夢だったのか…?と思ったが、その身に感じた苦痛は確かに本物だった。


自分の身に起きた事を思い出したゲルマンは怒りと憎しみで顔を歪め、叫んだ。


「クソッ、クソッ、クソッ!!!下劣なダンジョンの主如きの分際で、この俺にあのような恥辱を…!!許さぬ、許さぬぞっ!」


地団駄を踏みながらダンジョンの主への暴言を吐くゲルマン。

髪を掻き乱し、目を血走らせて獣のように叫ぶその姿は、王国の騎士たる誇りも、由緒正しい貴族の矜持も微塵も感じさせない。

ギリギリと歯ぎしりを鳴らし、ふとゲルマンは周囲を見渡した。

すると、薄暗い部屋の中に開いた扉があった事に気がついた。

開いた扉の向こうには、何処かへと続く道が見える。


そこでゲルマンは気がついた。

まだ、ダンジョンは終わっていないのだと。


「ふはは…そうだ。俺にはまだチャンスがある!」


道の先が何処へ通じるかは分からないが、きっと出口か最深部へと続いているはずだ。

部下が数人崖から落ちてしまったので減ってしまったけれど、部下は他にも山程いる。

道の先が出口ならまた他の部下を呼んで挑めばいいし、最深部へ続いているなら国宝級を越える秘宝を手に入れられる。

最深部に繋がっているのであれば、もしかするとダンジョンの主に出会うかもしれない。

たしかアルベルトはダンジョンの主は元々人間だそうだと言っていた。

男ならば暴力で屈服させ、ゲルマンが味わった苦痛をそのままその身に刻みつけてしまおう。

女なら、奴隷商に売ってしまうのも良いかもしれない。見目が良ければ、屋敷の地下牢獄で飼ってしまおう。


そんな下卑な事を考えていたゲルマンは醜い笑みを浮かべ、道の方へと進んでいく。

道は一直線に続く簡素な道で、何処からともなく魔物が襲いかかってくる様子もない。

やがて、眩しい明かりが目に入ってきた。

出口か、はたまた最深部か。


ゲルマンは明かりの見える方へと進み、漸く終着点へと辿り着いた。

そこはとても広くて天井の高い洞窟の行き止まりで、中は太陽のように眩しい明かりを放つ魔道具に照らされていた。

そしてゲルマンが来た道と似たような道が二つ程あり、そこから見覚えのある姿が現れた。

そう、他の扉の中へ入っていった、ゲルマンの部下である騎士達だ。

赤の扉に入っていったはずの騎士達は何故か全身ずぶ濡れで、青の扉に入っていった騎士達はどこも外傷がないものの、その顔には疲労と重度のストレスが浮かんでいた。


「げ、ゲルマン団長…!無事だったのですね…!」

「化け物は…化け物はもういないのか…!?」

「やっと、やっと抜け出せた…!あの悪魔の屋敷から…!」

「出口は、出口は何処だ!早くこんな所から出ないと!」

「貴様たち、落ち着け、他の扉の中で何があったというのだ!それより、秘宝は一体どこに…」


ゲルマンの姿を見て喜びを浮かべる騎士や妙なことを呟く騎士たちを横目に、ゲルマンは秘宝を探す。

どうやら、騎士達もゲルマンと同じように何かしらの災難に遭ったようだ。だったら、秘宝を手に入れてこんなダンジョンからさっさと出てしまおう。

周囲を見回し、目を凝らした結果、ゲルマンは目的の物を見つけた。


「あ、あった!あれこそ、国宝級を越える秘宝だ!」


光に照らされ眩い煌めきを出す、大きな黄金の卵だ。

卵の周囲にはキラキラと輝く宝石が散りばめられており、アルベルト達が持ってきた水晶玉よりも美しい魅力を持っていた。

ゲルマンには<鑑定>スキルがないためその価値は分からないが、それが国宝級を越えるものであることはすぐに分かった。

ゲルマンは金の卵の元へと走り、間近で見る金の卵の美しさに見とれてしまう。

心身疲れ切っている騎士達も、ゲルマンの傍にある金の卵をマジマジと見つめる。


「ははは…。これで、あの憎きアルベルトを越える事が出来る!!フハハハハハハ!!」


金の卵に魅了されたゲルマンは、笑い声を上げてその金の卵へと手を伸ばした。

しかし、その両手は金の卵を掴むことなく、そのまますり抜けてしまった。


「……え?」


ゲルマンは何かの間違いかと金の卵を掴もうと手を伸ばすが、金の卵を掴むどころか、触れる事すら出来ないのだ。

やがて、金の卵が霧に消えるように姿を消してしまう。まるで、幻影だったかのように。


「こ、これは、幻影魔法…!?じゃあ、秘宝は何処に…!?」

「グハハハハ!流石はアイネスの用意した『ぷろじぇくたー』よ!あれほど間近に近づいても、見破れぬ者は見破れぬようだな!」

「当然でしょう?アイネス様の召喚した魔道具ですから。」


消えた金の卵に戸惑うゲルマンと騎士達だったが、上の方から誰かの声が聞こえてきた。

慌てて上を見上げてみると、背中から蝙蝠の羽とドラゴンの羽を広げ、天井近くから此方を笑う二人の魔物の姿が見えた。

片方の魔物は翼と尻尾の形状から見てドラゴンなのはすぐに分かった。対して、もう片方の、人の男の姿をした黒髪赤目の魔物は…


「あ、悪魔…だと…!!」

「ええ、悪魔ですとも。正確には悪魔族の王と言われる、アークデビルロードですがね。」


クスクスと優雅に笑い声をあげる悪魔の姿を見たゲルマン達は、顔を青ざめた。

魔物の中で強者に部類される種族で有名なのはドラゴンだが、高位の悪魔もその強者の部類に入る。

悪魔族は一見人の姿を取ってはいるものの、その性格は残忍で残酷で、目をつけられれば命の終わりだと言われるほどに人々から恐れられているのだ。

その中でも最高峰とも言える悪魔の王、アークデビルロードは、一体で国を容易く屠る程強力な力を持っているのだ。

一匹で大国をも火の海にしてしまうと言われるドラゴンだけでもゲルマン達には歯が立たないというのに、アークデビルロードの姿もあると分かれば、誰だって顔を青ざめて言葉を失うだろう。

絶望……まさにその一言だ。


「それにしても、今日はアイネス様が控えてくれていて本当に良かった。このように下卑た虫けら共の悲鳴を聴かせる訳には行きませんからね」

「おい、ベリアル…。人間を虫けら呼ばわりとは、同じ人間であるアイネスへの罵倒にも繋がるのではないか?」

「何を仰っているのです、イグニさん?アイネス様のように全てに平等でお優しい方と、卑しく傲慢な者達を一緒にし同じ人間として扱う方が失礼でしょう?なにせ彼らは、此方が事前に提示したルールもまともに守る事が出来ない愚か者ですので。」

「貴様…アイネスが此方の言葉が分からないからとそんな罵倒を使いおって…。まあ、最後の方には同感だな。宝を幾つも渡しておけばすぐ釣られるだろうとは思っていたが…まさか、此処まで此方の予測通りに動いてくれるとはなぁ?」


クスクスと恐ろしい笑みを浮かべながら楽しげに談笑する二体の魔物に、ゲルマン達は慄く。

アルベルトから聞いた話に、ドラゴンやアークデビルロードがいるなんて一度も聞いたことがない。

そこでゲルマンはようやく、自分が罠に掛かった事を悟った。


「しかし解せんな。アイネスは何故このように回りくどい方法を取るのだ?宝の幻影なぞ見せずに、さっさと殺ってしまえば良いだろうに」

「これだから頭の足りない羽トカゲは…」

「なんだと!?」

「そんなの、此方の方がより効率的に人から感情を搾り取る事が出来るからに決まっているではありませんか?極上の宝のために命の危機にまであっても先を進んで、やっとのことで辿り着いた先で宝を見つけて喜んでいる愚か者共に現実を叩きつけて、我々が出る事で更に地に落とす。落ちる所まで落としてそこから持ち上げて更に突き落とすなんて、なんて効率的で愉悦的な素晴らしい策でしょう。私の目に、狂いはなかった。」

「あのアイネスがこのような悪どい策を思いつくとはな…。まあその御蔭で、俺様たちにも出番があるのだがな。」

「そうですね。流石はアイネス様です。弱い魔物にも強い魔物にも、平等に虫けら共の蹂躙(人間を相手する)の機会を与えてくれるのですから。」

「ひ、ひぃぃ!」


にやりと口角を上げて笑い、威圧を掛けてきた魔物達に、ゲルマン達は悲鳴を上げた。

ドラゴンと悪魔の威圧など、人間が抵抗出来る訳もなく、一瞬で恐慌状態へと陥ってしまう。


「おやおや、始める前からそんな哀れな悲鳴を上げるだなんて…此方も蹂躙しがいがあるものです。」

「おい、勝手に始めようとするな。まずはどれをどっちが相手するか決めなければならんだろうが」

「こ、この、大嘘つきめ!」

「は?」

「ん?」


イグニレウスとベリアルが、楽しげに取り分を決めようとしていると、1人の騎士が大きな声で二人を罵倒した。

騎士に罵倒された事に気がついた二人は、上から騎士たちを見下しながら注視する。


「こ、国宝級を越える秘宝があるだなんて虚言を吐いて我々第三騎士団を誘き寄せるなんて…下等な魔物めが!」

「ほう、この俺様を下等呼ばわりだと…?随分と言ってくれるではないか…。」

「ひいいっ!」


騎士の罵倒が気に食わなかったのか、イグニレウスはギロリと罵倒してきた騎士を睨みつけ、威圧を強めた。

威圧が強くなった事で、腰を抜かし始める騎士達。

そこで、ベリアルがため息をついてイグニレウスを制止した。


「落ち着きなさい、羽トカゲ。このような単純な挑発に乗るから貴方方ドラゴンは脳筋と言われるのです。矮小な虫けら共が何言おうとどうせ命が尽きる運命なのですから、放置すればいいのです」

「ぐぅっ…、狡猾な蝙蝠に注意されるとは…。」

「それと、そこの方?少し発言を撤回してもらってもよろしいですか。我々は、決して貴方方にも、貴方方より前に来た騎士にも嘘など一つもついておりませんよ?貴方方の探している秘宝は、確かにこの部屋の中にあるのですから。」

「そ、そうなのか?」

「まあ、この部屋の中『にも』…ですがね。」

「え?」


宝が実際にあると聞いて一瞬喜びが顔に出るゲルマン達に対し放たれたベリアルの言葉に、ゲルマン達は戸惑う。

そんな様子にベリアルはニコニコと愉悦の笑みを浮かべながら手の平を広げ、答えてみせた。


「実はこのダンジョンのあちこちには、魔法を使えずとも高位の幻影魔法を使うことが出来る魔道具がダンジョンのあちこちに設置されているのです。」

「な、なに!?」

「雪景色も豪邸の中も深い深い崖も、全てその魔道具が作り上げた幻…。どうです?まさに、国宝級を越える伝説級の秘宝と言えるでしょう?」


その話を聞いたゲルマンは、口が閉じなくなった。

高度の幻影を生み出すことが出来る魔道具なんて、中位の魅了魔法の付与された魔道具など足元に及ばないくらいの価値を持っているに決まっているではないか!


(そんな魔道具がダンジョンのあちこちにあっただなんて…。もしその話が本当なら、最深部に来なくても良かったという事ではないか…!)


そんな事を思いながらも、ゲルマンは慌ててその魔道具が何処にあるか見渡し始めるが、ベリアルがそんなゲルマンの考えを打ち破った。


「ああ、残念ですが見つける事は出来ませんよ?魔道具は全て隠蔽魔法が施されていますし、この部屋にある魔道具はあなた達の手が届かない場所にあります。あるにはあると申しましたが、貴方方虫けらに渡すわけないではありませんか。」

「そ、そんな…」

「さて、イグニさん。侵入者の取り分の方ですが、私はあそこの台に近い男のみを。それ以外は貴方に譲りましょう。」


ベリアルはゲルマンを指差して、イグニレウスに告げた。

イグニレウスは意外だと言わんばかりに目を丸くして、ベリアルに問いかける。


「ほう、いいのか?」

「ええ。乱暴に扱って玩具を使い捨てにしてしまう貴方と違って、私は一つの玩具を長く、じっくりと楽しむ方なので。」

「悪趣味な奴め…まあ、良いだろう。今回の所は譲ってやろうではないか。」


ベリアルの答えにさほど興味はなかったのか、イグニレウスはベリアルの答えを聞くとすぐに騎士達の方を向いた。


「では、愚かな侵入者達よ。この俺様を楽しませるのだ!<竜化>!」


顔を青くさせて身体を震わせる騎士たちにそう告げると、イグニレウスはスキルを使い、本来のドラゴンの姿へと戻った。

ドラゴンの姿に戻ったイグニレウスの姿は、全体が紅蓮の緋色の鱗に覆われており、高い天井を占領するほどの大きさにまで巨大化したのだ。

恐ろしいドラゴンの姿へと変わったイグニレウスに悲鳴を上げる騎士たち。

イグニレウスは大きな雄叫びを上げ、ゲルマン以外の騎士たちの蹂躙を始めたのだ。


唯一イグニレウスの攻撃範囲外にいるゲルマンは、蹂躙される騎士達の悲鳴に怯えながら、後ろへ後退する。

しかし、背中に何かが当たった事でそれは止まった。

上から影が差し掛かり、ゆっくりと見上げてみれば、先程まで天井にいたベリアルが地面について、ニッコリとゲルマンの背後から見下ろしていたのだ。

その事に大きな悲鳴を上げるゲルマン。


「ひいいいい!や、止めてくれ!命だけは…!」

「はぁ…虫けらというのは、本当に(おつむ)が緩いようですね。入り口の看板にも載っていたでしょう?『ルールを守って当ダンジョンの探索を試みてください』と…。前回も含め、貴方方は此方が設定した全てのルールを破った。ならば、その命がどうなろうと気にしないという事でしょう?それに、貴方がたは本来の隠し条件まで達成されているではありませんか。」

「か、隠し条件…?それは一体なんなのだ?!」

「覚えておりませんか?最初の方で喋る蛇が歌っていた詩の内容を…」


ベリアルにそう言われ、思い出そうとするも、ゲルマンは入り口前の看板も、最初に現れた蛇の言葉もまともに確認していなかった。

そんなゲルマンに、ベリアルが言った。


「『蛮勇に溺れ、狡知に回り、孤独に走る者は隠された物語の扉を見つけた。それこそが物語の終わりだとも知らずに。』

貴方方は皆、向こう見ずの勇気で未知の化け物に反撃し自滅し、謎を解けと言われている部屋でインチキを働いて出口のない道を彷徨い、仲間を裏切って1人で大勢の魔物達に挑戦した。そんな命知らずな方は当然自分の物語の終わり…つまりは死を迎える。詩の通りでしょう?」

「そ、そんな……。」

「そういえば貴方、この終着点に来る前に、なにか仰っていましたね?『下劣なダンジョンの主如きの分際で』…でしたか?」


そこでベリアルは今まで浮かべていた優雅な笑みを消して、ゲルマンをゴミか何かを見るような瞳で見下し、その手をゲルマンに向けた。


「矮小で欲深い下等生物如きが、偉大で平等でお優しいアイネス様にそのような罵倒を向ける事がどれだけの重罪か、その身でご確かめくださいませ」



その日、ケネーシア王国の第三騎士団の存在が抹消された。

ダンジョンの途中で脱落した騎士たちは命からがらダンジョンから逃げ出して、王国に帰ってこられたが、彼らは第二騎士団団長の暗殺未遂で罪人として処罰を受ける事となった。

ダンジョンに行ったきり、二度と戻ってこなかった他の騎士達がどんな末路を向かえたのか知る者は、己のダンジョンマスターをこよなく愛するダンジョンの魔物達しか知らない。



魔物って……怖いね。(遠い目)


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[一言] 主人公ちゃん大好きなベリアルさん好きやわ〜 萌える。 続きを楽しみにしてます(*^^*)
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