蛮勇に溺れ、狡知に回り、孤独に走る者
遅刻してしまいましたが、投稿です!
「クソッ、クソッ…なんだよあの化け物!」
雪景色の広がる道の中で、1人の騎士が悪態をついた。
彼の隣には同じ騎士団所属の者達が咽び泣きながら走っていて、後ろには下半身のない女の化け物が追いかけてきている。
彼らは今、とあるダンジョンの中に来ていた。
物語を実体験出来て、しかも価値の高い宝物が眠っているとされると噂の『物語のダンジョン』だ。
今回は彼の上司にあたる第三騎士団団長、ゲルマン団長の命令で騎士団の半数を連れてそのダンジョンにやって来ていた。
目的は最奥に存在すると言われる国宝級を越える秘宝を手に入れるためだ。
実は彼らは、つい先日一度このダンジョンにやって来た事があった。
ダンジョンの調査の為ではない。第二騎士団団長、アルベルト・デーベライナーとその取り巻き二人の暗殺のためだった。
アルベルト・デーベライナー。第一騎士団の次に王族から信頼を寄せられる第二騎士団を纏め上げる大剣の騎士。
そんな彼は第三騎士団の手によって命を落としたはずにも関わらず何故か生きていて、更に国宝級の宝を持って帰ってくる始末。
しかしそんな彼のおかげで国宝級以上の秘宝の存在について知ることになった。
第三騎士団は壺の中に潜む喋る蛇の言っている事は無視して、3班に別れてそれぞれの扉に入った。
そして、彼らが入ったのは赤の扉……冒険者の中で別名『恐怖の扉』と呼ばれる扉のルートだった。
事前調査では冒険者達がダンジョンの内部の詳細を黙秘したため、彼らはこのダンジョンがどうなっているかを何も知らず、武器も魔法も効かない恐ろしい女の化け物に追いかけられ恐怖していた。
中には腰を抜かして失禁して気絶する者もいる始末…彼らの主人である王族が見たら呆れ果てる姿だが、それも致し方ない。
何故なら彼らは皆自分の親や親戚の力によって騎士団に入る事を許された根っからの坊っちゃん達。
強力な魔物の退治もした事がなければ、自分より強い者を相手にした事がないのだ。
騎士道精神なんてものは勿論のこと、魔法も物理も効かない化け物を相手にする勇気すらもないのだ。
闇雲に武器を振るい、建物も道際にあった装飾品も破壊しながら突き進む彼ら。
彼らが辿り着いた場所、それは開けた広場だった。
障害物も何もなく、好きに武器が振るう事が出来る場所。
下半身のない化け物はそんな広場の真ん中で、待ち伏せしていた。
「クソッ!これでも喰らえってんだ!」
1人の騎士が襲いかかろうと身構える化け物に剣を振りかざした。
すると、化け物が悲鳴を上げ始めたではないか。
化け物に攻撃した騎士は目を見開きつつも、ニヤリと口角を上げた。
「おい!コイツ物理攻撃が効くようになってるぞ!」
「本当か!」
「ああ!確かに手応えがある!」
それを聞いた騎士たちは、こぞって化け物の近くに集まって、悲鳴を上げる化け物に剣を振り下ろす。
最初に攻撃した騎士の言う通り、先程までの攻撃がすり抜けるような感じはなく、何かが突き刺さる感覚を感じる。
化け物は悲鳴を上げるばかりで、何の抵抗もしてこない。
「ヒャハハ!流石の化け物も多勢に無勢みてぇだな!」
「さっきまで散々追いかけ回しやがって!これは仕返しだ!」
「化け物が人に歯向かおうだなんて、生意気なんだよ!」
先程までの怯えぶりが嘘かのように化け物を囲って暴虐を振るう第三騎士団の騎士達。
その表情は騎士の誇りを感じさせない、まるで弱い生き物をイジメて喜ぶ子供のようだった。
そんな彼らは気づかなかった。
彼らが剣を振るう度、彼らの地面からひび割れるような音が聞こえてくる事に。
「由緒正しい王国騎士団の力を舐めるんじゃねー、ぞ!!」
1人の騎士が強い力を込めて化け物に向かって剣を突き刺した瞬間、それは起きた。
ピキピキピキピキッ……………バリンッ!!!!
ひび割れる音が聞こえ、何かが割れるような音が騎士たちの耳に聞こえた瞬間、彼らは一瞬の浮遊感と、全身に水が纏わりつくような感覚を覚えたのだ。
「ガボッ!?」
騎士たちは突然の事に混乱する。
パニックを起こす頭で慌てて周囲を見回すと、彼らは漸く自分達が水の中にいる事に気がついた。
そう、全体を覆う雪によって分からなかったけれど、彼らが立っていたのは広場なんかではない。人間が数人ギリギリ乗っても壊れない程度の厚みを持つ氷が張られた湖だったのだ。
彼らが化け物を攻撃する度に感じていた手応えは化け物のその下…自分達が立っている氷に剣が突き刺さった事で感じる物だった。
彼らが化け物に攻撃をする度、彼らの攻撃はそのまま彼らの立つ氷に当たり、ダメージを蓄積していく。
そして一定量のダメージを受けた氷は、音を立てて割れてしまい、彼らは凍えるような寒さの湖の中へと落ちてしまったのだ。
彼らは誰でもない自分の手によって、己の首を締めてしまったのだ。
(は、早く、地上に上がらねば…!)
このままでは溺れて死んでしまうと感じた騎士たちは、慌てて手足を動かして上に上がろうとする。
しかし、それは下にいる誰かに足を掴まれた事で邪魔をされる。
騎士達が思わず下を見れば、それはダンジョンに訓練に行った時によく見る魔物だった。
ワイト。ダンジョンではよく見慣れた低級アンデッドで、既に死した身体のために呼吸を必要としない魔物だ。
ワイト達は騎士達の足を掴み、そのまま湖の底へと引きずり込もうとしているのだ。
武器をふるおうにも、先程落ちた拍子に持っていた武器は離してしまった。
さらに、身体を突き刺すような寒さによって手が悴み、思うように手足を動かす事が出来ない。
万事休す。まさにその一言だった。
(た、助けてくれ~~~~~…!!)
騎士たちの声にならない叫びは凍える水の中で泡となり、そのまま消えていく。
蛮勇に溺れた彼らは、その言葉通り水の中へと溺れてしまったのだった。
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「クソッ、クソッ、ここは何処なんだ…!?」
また、青の扉…冒険者の中では『知恵の扉』と呼ばれる扉の中へと向かった騎士達も、同じく危機に陥っていた。
彼らは青の扉に入ると、すぐにその部屋にあった調度品を袋に詰め始めたのだ。
元々彼らの目的はダンジョンの中にある宝を掻っ攫う事。
何処からともなく聞こえる音など気にせず、価値の高そうな物は全て持って帰ってしまおうと、机の上に置かれた謎を無視してしまっていた。
その最中に、絨毯の下に隠されていた、何処かへと続いていそうな隠し扉を見つけたのだ。
隠し扉を見つけた彼らは、これ幸いにと騎士達はその隠し扉の中へと入って先に進んだ。
その隠し扉は人1人程度しか入る隙間がなかったため、せっかく集めた調度品の山は諦めることになった。
しかし、先へと進めばきっと他に価値の高い物も見つかるだろうと思った彼らは、調度品を置き去りにして、隠し扉の中へと進んだ。
隠し扉の先には、やたらと広い廊下が広がっていた。
窓はないけれど、天井に取り付けられた明るい灯りによって昼のように中が照らされている。
あちこちには同じような扉が並んでいて、同じようなインテリアがずっと先まで続いていた。
最初、騎士達はなにも気にせずに適当な扉を開けた
扉の先にあったのは、入る前と同じような扉の並んだ廊下だった。
そこで、騎士達は違和感を抱いた。
けれど、どうせ適当に扉を開けていけばどこかにたどり着くだろうと軽く考え、適当な扉を開けて先を進む。
しかし、どの扉を開けてもその先にあるのは全く同じ形の廊下だけだった。
最初の部屋のような調度品いっぱいの部屋に辿り着く事もなければ、どこか出口のような場所を見つける事もない。
暫くして、調度品にうつつを抜かしていた騎士達もこの異常に対し、不安と恐怖を感じるようになった。
元々そこまで留まるつもりはなかったため、全員食料も水も3日分しか持ってきていない。
窓がないため外の様子や自分達がどれだけの間彷徨っているかも分からず、自分達以外いないために頼る事もできない。
また、一見豪邸にも見えていてもここはダンジョンの中…、壁に傷をつけて目印を付けようとしても、ダンジョンの壁に傷を付ける事は敵わない。
目印を付けるのに丁度良いインテリアもないため、ただただ歩き続けるしか方法がない。
時間も分からず体力と食料ばかりをすり減らす廊下は、騎士たちの精神を徐々に削っていく。
既に気が狂ってしまう者が現れ始めている。
やたらと喉が乾いてしまうため、その分水も消費してしまう。
「で、出口はどこなんだよぉっ…!」
喉の乾きに苦しみながら騎士達は出口を求めて、永遠に続く廊下を進む。
己の狡知を回した末に、彼らは出口のない廊下をグルグルと回る事となったのだった。
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「ひぃぃっ!」
赤の扉、青の扉、で騎士達が苦しんでいる中、第三騎士団の団長、ゲルマンもパニックに陥っていた。
黄の扉…、冒険者の中で『結託の扉』と呼ばれる扉にして、ゲルマンがアルベルトを襲撃した場所に、ゲルマンはいた。
ゲルマンは中に入るとすぐに一人しか乗れない橋を渡り、指示役へと回った。
それが一番無難に先に進める方法だと思ったからだ。
しかし実際はそうではなかった。
まずゲルマンのいる向こう岸に向かおうとする部下たちが6人程いるのだが、指示役であるゲルマンは全員の位置を把握して指示を出さないといけない。
台から手を離しては行けないのにも関わらず、上から虫が降ってきたり魔物が現れたりと妨害が出るため苛立ちが募る。
今の所全員落ちずに済んでいるが、指示を出しているゲルマンはすぐにでもこの場から離れたい気持ちだった。
それでもなんとか全員に指示を出し、漸く全員があともう少しでゲルマンのいる岸へと辿り着く事が出来るところまで到着した。
部下の騎士たちからゲルマンのいる岸までの道は、トラップは存在していない。
つまり、ゲルマンがただ台に手を離さなければ大丈夫なのだ。
(ようやく先を進む事が出来る…。なんて悪趣味なダンジョンなのだ…!)
周囲に魔物たちが来る様子もない。
今の状態から抜け出せると分かったからか、気を抜きはじめる騎士たち。
その時、ゲルマンは見てしまった。
此方側へと渡ろうとする騎士たちの後ろに突如現れた、血だらけの男の亡霊の姿を。
「ぎゃあああああっ!」
「ゲルマン団長っ!?うわああああああっ!」
その姿を見たゲルマンは、思わず台から手を離し、その場から逃げ出した。
後ろの方で騎士達の悲鳴が聞こえていたが、散々ストレスを溜めさせられた所に亡霊の姿を見て恐慌状態に陥ったゲルマンは気にせずに逃げ出す。
森の中の道を走っていると、細い脇道のある道中でスライムに遭遇した。
スライムはゲルマンに今にも襲いかかってきそうだった。
「じゃ、邪魔だぁ!どけぇ!」
ゲルマンは剣を抜いてスライムに斬りかかるが、それは避けられてしまう。
パニック状態にあったゲルマンは、スライムがいない方向にある細い脇道へと入り、走る。
そこに騎士の矜持は微塵も感じられない。ただただ恐怖から逃げ出そうとする愚かな者の姿がそこにあった。
暫く走っていると、灰色の扉を見つけた。
灰色の扉には、「逃げ出したい者は入るがいい」と書かれていた。
ゲルマンが冷静であれば、その扉を疑って入らなかっただろう。
しかし、既に恐怖と苛立ちで頭がいっぱいになったゲルマンは何の疑いもなく灰色の扉の中へと入ってしまった。
扉の先にあった部屋の中心には、宝箱があった。
「や、やった!宝だ!」
ゲルマンは髪を振り乱しながら宝箱へと近づくと、その宝箱を開けた。
しかし、宝箱の中には何も入っていなかった。
ゲルマンが宝箱を開けた瞬間、部屋の中で何か仕掛けが動く音が聞こえてきた。
物音に気がついたゲルマンが顔を上げれば、ゲルマンの周囲には数え切れない程の魔物たちがいるではないか。
『モンスターハウス』
地球のRPGゲームによくある、魔物が大量に配置された部屋だったのだ。
一匹一匹は、低級の魔物たち。
しかし、その数は優に20を越えていた。
突然現れた魔物達は、ゲルマンのことを睨みつけ、今にも襲いかかろうと構えていた。
「く、来るな!来ないでくれえええええええ!」
ゲルマンの情けない叫びも虚しく、獰猛な魔物たちはゲルマンに襲いかかってきた。
ゲルマンも持っている剣で応戦するが、多勢に無勢でとても敵わない。
やがて剣も弾かれてしまい、抵抗手段を無くしたゲルマンはそのまま魔物たちに蹂躙される。
部下の騎士を裏切り、孤独に走ったゲルマンの進んだ道にあったのは、獰猛で攻撃的な魔物たちが待っている魔の部屋だったのだった。
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騎士たちの様子を、モニター越しに愉快そうに眺めている者達がいた。
仕掛けの操作をしていたスケルトン達の背後でモニターを見ていた絶望の悪魔は、それはそれは優雅に、上品に、高貴な笑みを浮かべ、口を開いた。
「さぁ、彼らの物語の終焉を始めましょう。」




