王国内にて
某日、『物語のダンジョン』にてケネーシア王国第二騎士団団長、アルベルト・デーベライナーと他二名が生還した。
その報告を受けたゲルマンは、謁見の間へと向かっていた。
それは同じ騎士の精神を持つ同僚と言える存在が生きていたことを聞いて歓喜し、彼らの無事をその目で確認する為ではない。
己の罪が明かされるのではないかという、焦りの為だった。
(馬鹿な…。あの時確かに殺したはずなのに……!)
ゲルマンはあの日、信頼が厚い第二騎士団の団長アルベルトと女でありながら第二騎士団の副団長を務めるシャロディ、それに数少ない<鑑定>スキル持ちのデリック三人のダンジョン調査に第三騎士団を連れて同行した。
噂の『物語のダンジョン』で価値の高い宝を獲得し、国王に渡す為の調査だったのだが、ゲルマンには別の思惑があった。
それは、妬ましいアルベルトを失墜させるためだ。
ゲルマンは、ずっと前からアルベルトの事を妬ましく思っていた。
ゲルマンよりも剣の腕も才能も、周りの信頼が高いアルベルト。
由緒正しき伯爵の出であるゲルマンをさしおき、そこまで力のない辺境の田舎貴族の出であるアルベルトが第一騎士団の次に王族たちからの信頼度の厚い第二騎士団の団長になっている。
自尊心が人一倍高いゲルマンにとって、それは憎たらしい事だったのだ。
だから今回のダンジョン調査で、あのアルベルトとその取り巻きである二人も事故に見せかけて殺し、その名誉を失墜させてやろうと目論んでいたのだ。
三人が入るのと同時に他の冒険者たちを追い返し、事前の聞き込み調査で崖があることを知っていた黄色の扉へと誘導、そして見事、油断していた第二騎士団の三人に奇襲を掛けて深い崖下へと突き落としたのだ。
流石のアルベルトも味方だと思っていたゲルマンに奇襲されるとは思わなかったのか、なんの反撃も出来ずに崖底へと落ちていった。
あとは王宮に戻ってアルベルトたちがダンジョンで死んだ事を報告し、数日後に適当な傭兵に金を積んで噂のダンジョンから宝を取ってきてもらってそれを国王に献上するだけで良かった。
元々ゲルマンに噂のダンジョンへ直々に向かう気はなかった。ダンジョンなんてどこも薄汚く危険が多いので、伯爵貴族であるゲルマンに相応しい場所じゃないからだ。
しかし、ゲルマンがアルベルト達を始末した翌日、三人が戻ってきたのだ。
その報告を受けたゲルマンは、内心焦りでいっぱいだった。
アルベルト達が生きていたと分かれば、今までの計画が水の泡になるどころか、告発され罪に問われる可能性があるのだ。
本当にあのアルベルトが生きているのか、生きていたとすればどう始末するべきかを考えていた。
謁見の間の前に駆けつけると、ゲルマンは息を落ち着かせ、声を上げた
「失礼します!第三騎士団団長、ゲルマン・ハーホーフで御座います!アルベルト殿たちが生還したという報告を受け参りました!」
「入れ」
謁見の間へ入る許可が出たため、ゲルマンは扉を開けて中へと入っていった。
謁見の間にはケネーシア王国の国王、アルフォンス・フォン・ケネーシアと王妃、カタリーナ・フォン・ケネーシアと、二人の息子である第一王子のテオドール・フォン・ケネーシアが玉座にいた。
そしてその玉座の前には、ゲルマンが殺したはずのアルベルト達三人がいた。
ゲルマンの部下が斬りつけたはずのその背中には傷なんて何処にもなく、無傷のまま三人は王の前に跪いていた。
ゲルマンは動揺する心を抑え、慌てて王に頭を下げて取り繕った
「アルフォンス国王様、突然の謁見の間への来訪、申し訳ありません」
「気にするな、ゲルマン。丁度君も呼ぼうとした所だ。それでアルベルトよ。よくぞ生還して来てくれた。ゲルマンからの報告でダンジョン内に行ったきり帰ってこなくなったと聞いていたのでな…」
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありませぬ。」
にこやかに威厳のある笑みを浮かべ、優しくアルベルトに話しかけるアルフォンスに対し、姿勢良く返答するアルベルト。
アルフォンスは信頼高いアルベルトが変わらぬ様子にうんうん頷いた後、真剣な表情でアルベルトに問いかけた。
「それで、聞こうかアルベルト。噂の『物語のダンジョン』で何があったのだ?」
「実は…ダンジョンの中で賊に奇襲されました。」
「なに、賊だと?」
アルベルトの言葉を耳にしたゲルマンは思わず身構えた。
今この場で己の罪を王の前で暴かれると思ったからだ。
しかし、そんなゲルマンの考えは大きく外れた。
「どうやら賊は我々がダンジョンに訪れる前から一つのルートに待ち伏せしていたようで…。突然のことだった故、抵抗も出来ずに斬りつけられ瀕死状態になりました。」
「ほう…、しかしそなたは見た所どこも負傷を負ってないように見えるが、それはどうしたのだ?」
「信じられぬやもしれませんが…………アラクネに救われました。」
「なにっ、あのアラクネにか?」
アラクネとは、ダンジョンによく出る魔物の一種類。
人間を見つければ魔力を帯びた糸を使って人間を拘束し、そのまま捕食する恐ろしい魔物だ。
そんな魔物に救われたと言うアルベルトに、アルフォンスもゲルマンも目を丸くした。
「我々は気を失っていたためあまり良くは覚えていないのですが、偶然にも我々が奇襲を掛けられる様子を見ていたアラクネがダンジョンの主に報告し、ダンジョンの主の指示により治癒魔法を使える配下の魔物が治癒魔法を使用したのだとか…。」
「ふむ…信じられない話だが、目の前のそなたは現に生きている…。嘘をついているようにも見えないな。」
「更に、我々はその時にダンジョンの主とも対面致しました。」
その言葉を聞いたアルフォンスとゲルマンは更に目を丸くした。
ダンジョンの主は、基本的に自分から姿を現す事はない。
何故なら冒険者たちに討伐されれば、ダンジョンは崩壊するからだ。
冒険者ギルドの許可なくダンジョンを崩壊させるような真似は禁じられてはいるが、それでも滅多に姿を現すことはないのだ。
そんな存在がアルベルト達の前に姿を現したという事実を聞かされれば、当然驚愕してしまう。
「ほう…あの噂のダンジョンの主にか。実際に会ってみてどうだった?」
「そうですね……一言で言えば、『異質』でした。」
「ふむ、『異質』か?」
「見た目は我々と同じ人間…それも幼い子供のようでしたがその振る舞いはまるで貫禄のある大人のようで、その身に纏うオーラも一線離れた何かを感じました。まるで、この世界の者とは違った存在のようでした。ダンジョンの主は自分を『アイネス』と名乗り、我々に風味の変わった紅茶と茶菓子を自ら振る舞われました。そして我々の事情を話すと、快くそのダンジョンにある宝を幾つか分けてくれたのです。それが、此方です。」
「おお…これは…っ!」
アルベルトが横のデリックに目配せをし横の袋を開けて取り出された物は、まさに『宝』と称するべき品々だった。
雪景色をそのまま封じたような美しい水晶玉に繊細な加工のなされた宝石のついたアクセサリー、アラクネの糸で作ったと思われる布や変わった容器に入った物体など、袋一杯に国宝級の宝が詰め込まれていたのだ。
「このような素晴らしい宝をダンジョンの主がそなた達に渡したのか?」
「はい。『元々ダンジョンにあってもなくても支障のない物だから』と言って…。」
「此方の円柱の器に入れられている物は長期保存の出来るように施された食べ物で、赤い器に入っている物は美容品と聞かされました。美容品の方は既に全く同じ物をシャロディ副団長が検証済みです。王妃殿下や姫君が使ってくれたら幸いだ、と。」
「まぁ…親切なダンジョンの主さんね…。」
デリックの言葉を聞いたカタリーナ王妃は、思わず頬を手に当てて喜びを見せる。
実際アルベルトの横で跪いているシャロディの姿は、ゲルマンの目から見てもとても美しく変わっていた。
化粧などは施されていないが、その髪は輝きを放つかのような艶を持ち指通りの良さそうなさらさらとした髪へと変貌しており、肌も潤って肌質が良くなっている。
あれがダンジョンの主の持つ美容品の効果なのだとしたら、かなり質の良い物なのだろう。
「しかし、人類の敵と言われているダンジョンの主の一柱が、このような国宝級の宝を王国に差し出してくれるなんてな…。」
「アイネス殿に仕える魔物たちと会話をしてみたのですが、どうやらダンジョンの主であるアイネス殿は元々我々と同じ人族らしく、魔物たちにはアイネス殿からダンジョンにやって来た挑戦者は出来る限り殺すなと命じているとのことです。ダンジョンの魔物達もアイネス殿をかなり崇拝しているようで、我々がダンジョンの中に留まっている間も丁重に歓迎してくれた程です。事前の聞き込み調査で聞いていたように、かなり温厚で平和的な思考の持ち主のようです。」
「なるほどな。アルベルト達は良くこれらの宝を持ち帰ってきてくれた。そなた達には後日、褒賞を与えよう。」
「ハッ、ありがたき幸せでございます。」
国宝級の宝が手に入った事で喜び、アルベルト達を褒めるアルフォンス国王。
国王から褒め称えられるアルベルト達を、ゲルマンは妬ましく睨みつける。
ダンジョンの主からの余計な介入のせいで計画がぱぁになったどころか、逆にアルベルト達の評価を上げる結果となってしまった。
(なんとか、あのアルベルトたちを越えるような実績を残さねば…!)
ゲルマンが妬みを募らせ次の謀略を練っていると、アルベルトがふと国王にこんな頼みをしてきたのだ。
「つきましては国王陛下、お願いがあります。」
「良いだろう。何が望みだ?」
「デリックと私は再度ダンジョンに訪れる予定なのですが、出来れば高レベルの<鑑定>スキル持ちの者を連れて行く許可が欲しいのです。」
「ふむ…<鑑定>スキルか。それは構わんが、理由を聞いても?」
「実はアイネス殿から直々に、ダンジョンの財宝の鑑定を頼まれているのです。」
「財宝の鑑定…とな?」
「アイネス殿は此方での市場価値には疎いそうで、今回のように国に価値の高すぎる財宝が大量に流出しないために一度財宝の価値を調べたいのだそうです。特に、それぞれの道の最深部にはこれらの宝を越えるような財宝の入った宝箱もあったらしく、近日中に宝箱の中身を全て一新したいのだと頼まれました。」
その言葉を後ろで聞いていたゲルマンは、思わず耳を疑った。そして、一つの企みを思いついた
(アルベルト達の持ってきた財宝を越えるような宝がダンジョンの最深部に存在するだと?それを手に入れて国王に献上すればアルベルト以上の実績を…いや、それがあればこの国で王の次の財力を持てる!)
思わず下卑た笑みを浮かべてしまうゲルマン。
王の前であるためすぐに表情を戻した。
アルベルトの話を聞いたアルフォンスは、大きく頷いた。
「分かった。では近い内に此方でそなた達以外に<鑑定>スキルを持つ者を用意しよう。正確に期限を定めてあるか?」
「出来ることなら、10日後にはすでに宝箱の一新をしておきたいと言っておりました」
「そうか。では、7日…いや5日までには此方で用意しよう。それまでは一時休息を取るといい。」
「ハッ、心遣い感謝いたします!」
「ゲルマン、時間を取らせたな。戻ってもらって構わないぞ」
「ハッ、畏まりました。では、失礼します。」
アルフォンスに言われ、ゲルマンは素直に謁見の間から去った。
アルフォンス王とアルベルトの会話によると、5日以内に宝箱の中身が全て変更させられてしまうらしい。それまでにダンジョンの最深部へと進み、宝を手に入れなければいけない。
傭兵や冒険者たちに頼むのは駄目だ。国宝級の宝を取るように命じたら、そのまま国外逃亡を図るかもしれないからだ。
そうなるとゲルマン達が直々にダンジョンに挑戦しなければいけない。
(待っていろ…アルベルト!!)
ゲルマンはギリッと憎々しげに歯ぎしりを立て、自分の部下達が待つ部屋までへと速歩きで向かう。
その宝こそ、己をダンジョンへと誘い込む罠だとも気づかずに…
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一方その頃、アルベルトは心の中で一つの心配があった。
己に対する心配ではない。先程謁見の間から去っていった同僚に対しての心配だった。
実はあのダンジョンで、エンシェントドラゴンの一柱であるイグニレウスと、ある取引をしたのだ。
イグニレウスはアルベルトに、国宝級の宝を土産として渡す代わりに、「ダンジョンを荒らした者達を此処に呼び戻すように罠を掛けろ」と取引を持ちかけたのだ。
『もしも罠に掛からなければその不届き者は不問としてやろう。しかし、罠に掛かり再びダンジョンを荒らすようであれば、此方のやり方で対処させてもらう』
恐らく、聡明なアルフォンス国王は既に全て知っているだろう。
アルベルト達を奇襲した賊の正体も、イグニレウスがアルベルトにした取引についても。
しかし、アルフォンスは何も言わなかった。
それはつまり、こう言いたいのだ。
『賊の始末は、ダンジョン側に全て任せよ』と。
確かにゲルマンは身勝手な奴だし、自分の大切な部下のシャロディ達にまで手を掛けた事も許せない。
しかし、それでも見殺しにするような真似をするのはとても歯痒い気持ちだった。
(出来れば、奴がまた仕出かさない事を祈るばかりだな……。)
そんなアルベルトの祈りは誰に聞かれる事もなく、闇に消えた。




