緊急会議。そして幕は上がる。
「緊急会議を始めるよ~」
「ぎゃう~」
アルベルトさん達がダンジョンを出た後、私はダンジョン内の魔物達を呼んで緊急会議を開いた。
議題は勿論、アルベルトさん達を襲撃した騎士たちのことである。
シシリーの通訳でなんとかアルベルトさん達が来た理由は分かった。
アルベルトさん達を襲撃した騎士たちの動機もなんとなく分かる
大方、王宮内での自分達の株上げのためだ。
ダンジョンの中でアルベルトさん達を殺して、そのまま王宮に戻ってアルベルトさん達がダンジョンに挑戦して失敗した事を報告する。
その時に、「私達は未知のダンジョンなので一緒に協力しようと言ったんですが、アルベルトさん達が宝を渡して国王に気に入られるのは俺だって言って聞いてくれなくて…」的な事を伝え、アルベルトさん達の評価を下げるのだろう。
更に、国王にダンジョンの調査を自分から引き受けると志願して、このダンジョンに戻ってくる。
そうして財宝を取っていって国王に献上すれば、邪魔だったアルベルトさん達が消えた上に騎士が死んだ危険なダンジョンから見事宝を手に入れた優秀な騎士として王宮内での格が上がって一石二鳥というわけだ。
……うん、クズだ。
王宮ってそういうドロドロした事情がラノベとかで書かれてることが多いけど、実際にそういう事があるんだぁ。
まあ、私がアルベルトさん達を助けちゃって、更にはスノードームとか色んな財宝まで渡しちゃったから計画は失敗したわけだけど。だけどそういう事ならアルベルトさん達を襲撃した騎士たちはまた戻ってくる可能性がある。
その時の対処を考える必要があるだろう。
会議用に作った会議室には、私とゴブ郎とベリアルとイグニの他にスケルトン、ワイト、スライム、ウルフ、アラクネ、シルキーのそれぞれの代表が集まっていた。
会議室の前には意見をまとめる用の大型ホワイトボード、各々の前には私との意思疎通用のホワイトボードを置いている。
私の両隣にはベリアルとイグニが座っている……っておい。
「なんでイグニさんとベリアルさんが両隣にいるの?」
「アイネス、イグニ、ヒツヨウ!」
「ベリアル、アイネス**、ソバ。」
思わず口に出た言葉に対して、爽やかな笑顔で片言の日本語で返答するイグニとベリアル。
二人は魔物たちの中で積極的に日本語の勉強をしていたおかげなのか、この短い期間で私の言葉に対しすぐ返答できる程度の言語力を持っていた。
今ではこうやって笑顔で返してくる始末。
君達、いくら頭が良いとはいえ学習能力が高すぎではないだろうか?
しかも「傍」とか「必要」とか私、まだ教えてなかったはずなんだけど?
彼らに何を言っても、彼らは私の両隣から動くことはないだろう。
私は彼らを移動させる事を諦め、会議を始める。
「昨日、このダンジョンに挑戦に来たアルベルトさん、シャロディさん、デリックさんを第三者が襲撃する事件が起きました。犯人達は三人と同じ国の騎士です。アルベルトさん達は話し合いをして宝を渡して帰ってもらいましたけど、犯人達はそういう訳にも行きません。」
大型ホワイトボードに私が絵を描いて、私の言葉をイグニが他の魔物達に通訳していく。
他の魔物たちもアルベルトさん達の件については知っていたので、そこに関して聞く子はいなかった。
「<オペレーター>さん、アルベルトさん達の国の騎士事情について教えて下さい」
『回答。ケネーシア王国の王宮には3つの騎士団が存在しています。王族の警護を主な役割とする第一騎士団、城下町周辺の見回りと秩序を保つ事を主な役割とする第二騎士団、王宮の警備を主な役割とする第三騎士団です。アルベルト・デーべライナーは第二騎士団の団長を務めており、今回アルベルト・デーベライナー他2名を襲撃した者は第三騎士団の騎士に当たります。』
「ん?第二騎士団と第三騎士団の役割って普通逆じゃない?それか、王宮の警備も第一騎士団が担当しそうだけど…」
『回答。数年の研修期間を経て王国騎士団に入団試験に合格することで入団を許される第一、第二騎士団に対し、第三騎士団は王国の貴族達の推薦により入団した者が中心に所属しており、基本的には第一騎士団や第二騎士団の補佐役として仕事を任される事が多いです』
「あー…つまりはコネ入団した貴族のお坊ちゃん達が名目上王宮で働いている体に見せるための窓際騎士団ってことですか。」
『肯定。端的に言えばその通りです』
何処の世界にも自分の親族や子供を良い就職先に就職させたい金持ちはいる。
この世界での良い就職先というのが恐らく王国の騎士団なのだろう。
騎士団を管理する上層部にとって、無能で使えない人を王国の安寧を守るための騎士団に入団させると後々面倒な問題になるのでコネ入団した者達に仕事を任せたくはない。
しかし、下手に貴族たちのコネ入団を断ると貴族たちに反感を買う。
そんな板挟みの中考えついたのが第三騎士団なのだろう。
貴族たちは名目上自分の親族や子供を王宮直属の騎士団に入れられ、上層部は使えない人達を一箇所に纏めて面倒事を起こせない所に配置することで大事が起きる可能性を減らす。
使えない人をそんな大事なポジションに就職させない方が良いだろうとは思うけど、そこは学生の私にはまだ分からない大人の事情というものがあるのだろう。
「アルベルトさん達が王宮に着いたら、近日中に犯人達はまたこのダンジョンに挑戦しにやって来るでしょう。イグニさんの仕掛けたトラップに掛かっていれば、彼らはダンジョンのルールを無視して好き勝手暴れるでしょう。」
「*、アイネス?ナニ、*******?」
「言葉戻ってますよ。」
「アイネス**、ドウイウ、イミ*****?」
「いや、お宝好きのイグニがあんな豪勢にお土産持たせてたら流石に分かりますって」
アルベルトさん達がこのダンジョンを出る直前、イグニはスノードーム以外にお土産をたくさん渡していた。
アラクネ達が作ったレース作品や宝箱に入れる用の保存食、人工宝石のアクセサリーやヘアシャンプー…、この世界の人間が見たら目の色を変えるような物だ。
しかもシャロディさんはシルキー達やアラクネ三姉妹に地球産の美容品で髪から肌まで綺麗にさせられてた。美容品の効果を証明する良い人材である。
アルベルトさん達が王宮に戻ってこれらを献上すれば、アルベルトさん達の王宮での評価も上がる。
そんなアルベルトさん達に対し、犯人達は激しい妬みを覚えるだろう。
更にアルベルトさん達を襲撃して王宮に戻ってきた時に色々嘘をついて株を上げようとしたにも関わらず、当のアルベルトさん達が戻ってきたせいで嘘がバレる可能性がある。
しかし、実力者であるアルベルトさん達と正面で戦って勝つことは難しい。
そして、犯人たちはこうも考えるはずだ。
「ダンジョンの奥に行けばそれらと同じ物…いや、それ以上の価値を持つお宝が眠っているはずだ」と。
アルベルトさん達が持ってきた宝以上の物を献上すれば恩赦どころか王族に良い評価を貰えるかもしれない。
そう考えた彼らの取る次の行動は、ダンジョンへの挑戦…いや、ダンジョン荒らしと言ったところだろうか?
しかも、犯人たちはアルベルトさん達が告発するまでにそれ以上の宝を見つけて持って帰らなきゃいけない。
きっと此方が事前に設置したルールなど気にせず、価値のありそうな物は掻っ攫うつもりだろう。
そうなればダンジョン側もそれ相応の対処を起こす事が出来る。
その展開にイグニは持っていかせたいのだろう。
私が購入した地球産の商品は全て俺の物と言わんばかりに独占したがるイグニが何の企みもなく、あんなにこやかに貴重な品々を渡すなんて違和感しかない。
しかもお土産に選んだのは宝石と保存食以外は全てイグニが興味のない美容品や手芸作品のみ。
ここまで徹底して厳選した上で追加のお土産を渡すなんて、なんか企んでいるとしか思えない。
「まぁ、別に良いんですけどねー…。アルベルトさん達は悪そうな感じには見えなかったですし、あれで仕事場での評価が上がるなら此方としても渡したかいがありますもん」
『告。意外ですね。人はあまり得意でないのでは?』
「人っていうか、誰かとの直接の関わり合いが苦手なだけです。知っている人に良いことがあったら普通に反応はしますよ。」
ラノベだと生まれつき人間不信な主人公や異世界で散々な目にあって人間に憎しみを覚える主人公とかあるけれど、私はそれらの範疇には入らない。
別に人自体を嫌いではないが、誰かと喋ったりワイワイ戯れたりするのが嫌いなだけである。
オンラインゲームとかだったら普通にネット上の仲間と協力プレイをすることもあるし、SNS上だったら普通に呟く。
簡単に言ってしまえば、私は「面倒な子」なのだ
直接の関わり合いがかなり苦手で、皆でワイワイするというリア充イベントが嫌いなだけなのだ。
修学旅行の夜に同じ部屋の女子が恋バナしてキャッキャウフフしているのを見て心底「うるっっさいなぁ今何時だと思ってるんだ」と先生の部屋に避難しようと思うぐらいにはリア充イベントが嫌いなだけなのである。
だから知ってる人が賞を取ったら普通にすごいと思うし、遠目で見る分にはイグニ達のワチャワチャを見るのは楽しそうだなとは思う。
「イグニさんの罠に掛かっていれば、必ず犯人たちは行動を起こします。その日のためにダンジョンの仕掛けを一部変更します。ストーリーに関しては元々ダンジョンのルートは全てマルチエンド仕様ですのであまり変更しないで大丈夫でしょう。スケさん、スケルトン達の方で仕掛けの変更を任せても良いですか?」
「カタカタ…」
スケルトン代表のスケさんに尋ねてみれば、スケさんは手で胸を叩き、「任せろ!」と言わんばかりに頷いてきた。
ダンジョン随一の技術力を持つスケルトン達であれば、数日で仕掛けの変更を終えるだろう。
「あ、あと、もしその日が来たら私は私室に籠もってますね。なにか手に負えない事があった時だけ呼んでください。」
「?」
「当日の全体の指示はベリアルさんに任せますので、その日の挑戦者をどう相手するかは、皆さんの方で考えておいてください」
その意思を伝えた瞬間、魔物達全員がざわめき出す。
やはり、言葉が通じなくても分かる時は分かるんだろう。
今私は遠回しに「私は何も見ない事にするから、犯人達は好きにやってくれて構わない」と言ったのだ。
それはつまり、魔物たちが犯人を殺しても構わないと言っているようなもの。
今まで9割ノーキルをモットーにさせていた私からは考えられない言葉だろう。
「アイネス**、ナゼ?」
「犯人たちが好き勝手に暴れたら、此方がなんかしなくても全てのルールを破るでしょう?それに、最初の会議でそういった人はベリアルさんに任せるって決めてましたからね。」
『疑問。貴方様がダンジョン居住スペースに控える理由はなんですか?』
「だって、私は躊躇とか情けが出るかもしれないんで」
地球の充実した環境で暮らしていた私は殺しや人死には無縁だった。
犯人たちが実際に殺される様に立ち会ってしまうと、殺人なんて経験したことのない私は躊躇してしまうだろう。
いくら相手が悪人だと分かっていたとしても必ず何処かで情けが出てしまう。
それはベリアル達の為にならないし、アルベルトさん達の為にもならない。
そんな私が出来る事は、皆の邪魔にならないように指示役から一旦降りる事だ。
そういった事に関しては魔物である彼らに任せたほうが良い。
臆病だとか日和っていると言われてしまうだろうけど、戦争も殺しにも関係ない場所で生きてきた普通の女子高生にそんな暴力沙汰なんて到底出来るわけがない。
私の言葉に魔物たちが失望するかと思ったけれど、意外にも誰も何も言わなかった。
恐らく、彼らも私がいたら自由に相手を出来ないと思っていたのだと思う。
ベリアルは無言で私と目を合わせた後、胸に手を当て、いつもの笑顔で言った。
「ワカッタ。」
片言で、どこかぎこちない一言。
それでもベリアルの意思を理解するのは十分だった。
そこに、黙ってみていたイグニも頭を撫でてうんうんと頷いた。
聡明な彼らのことだ。私が当日にいることのデメリットも既に分かっていたのだろう。そして、私がどういった考えで指示役から一時離脱する事を考えたのかも。
他の魔物達の方を見てみると、皆大きく頷いて了承してくれた。
察しの良い人達で本当に良かった。もしもこれで断られたらどうしようかと思っていたのだ。
「じゃあベリアルさん、よろしくお願いしますね」
「ハイ、アイネス**。」
もうすぐ、私の見てない間にダンジョンの中で何かが起きる。
それは魔物たちの全滅かもしれないし、挑戦者達の危機なのかもしれない。
私が決めたこの行動が本当に正しいのかも分からないし、今にも緊張感で潰されそうだ。
だけど、当日に私が出来る事がないのも事実だ。
戦力外。足手まとい。お邪魔虫。これらなのだ。
私に出来るのは、彼らが事を終えるのを待つ事だけ。
まったく、なんて厄介なポジションに就いてしまったのだ。
今回の件が終わったら、気楽にゲームでもしたいものだ。




