噂のダンジョンのダンジョンマスター (ケネーシア王国第二騎士団副団長、シャロディ視点)
目が覚めると、私は見知らぬ部屋にいた。
最初は夢の中にいるかと思ったが、ふと我に返り上体を起こした
どうやら私はベッド…それも、かなり上質そうなベッドに寝かされていたようで、腰に携えていた剣や鎧が無くなっていた。
「アルベルト団長!」
「シャロディ、落ち着け。俺は此処だ」
「よっ、シャロディ副団長。大丈夫ですか?」
団長の名前を呼ぶと、自分の右隣から声が聞こえた。
横を見ると同じく鎧と武器を装備していないアルベルト団長とデリックが、私が先程まで寝ていたのと同じようなベッドの上に腰を掛けている姿が見えた。
二人共怪我はないようだが、何処か苦笑気味だ
「アルベルト団長、ご無事でしたか!デリックも大丈夫だったか!?」
「ああ、今はピンピンしているぞ」
「オレも無事ですよ~。さっきまで重傷だったけど」
「なに!?まさか、アルベルト団長も!?」
「ああ…だが、ダンジョンの主が親切にも治療魔法を掛けてくれたようだ。今は何処にも怪我はない。」
「ダンジョンの主が…?」
私はアルベルト団長のその言葉を聞いて、自分達がダンジョンに来ていたことを思い出した。
近頃、ケネーシア王国の貴族の中である物が注目を浴びていた。
それは、最近出回るようになった魔法道具だ。
取っ手を回すと綺麗な音楽を流し始める小箱、豪邸を購入できるような価値を持つ宝石がいくつもついたアクセサリー、鮮やかに咲いた花が閉じ込められた透明なガラス瓶。
どれもとても価値の高い宝ばかりで、到底人に生み出せるような物ではない。
そんな財宝を持ってきたのは世界をまたにかける大商人でも、王国の大貴族でもなく、何処にでもいるような普通の冒険者たちだった。
貴族が所有しているような財宝を冒険者たちが商人たちに売りにいった事で発覚したのだ。
一人二人なら貴族の家から盗んできたのかと疑ってその冒険者たちの身柄を拘束して事情聴取をするだけだが、売ったのは一人や二人ではなく、両手の指よりも多くの冒険者たちだったのだ。
人が作ったとは思えないような財宝を売られた商人に事情聴取をしたところ、その財宝を売った冒険者達は口々にあるダンジョンの話をしたのだ。
『物語のダンジョン』
一ヶ月ほど前に新しく生まれた、温厚で変わったダンジョンの主が管理するダンジョンだ。
そこではダンジョンの管理者が収集した物語の一部を体験できる魔法の扉があり、冒険者たちからは『物語のダンジョン』と呼ばれている。
冒険者たちが持ってきた財宝は全てそのダンジョンの宝箱から手に入れたらしいと商人は証言した。
実際にそのダンジョンに訪れた事のある冒険者たちに話を聞いてみたが、そのダンジョン内についてはあまり詳しい事が分からなかった。
なんでも、そのダンジョンにはダンジョンの管理者が決めたルールがあり、そのルールの一つにダンジョン内部の詳細を実際に訪れた事のない人間に話すのは禁じられているとのことだ。
なんとか聞いてみようとしたが、冒険者たちは皆口を閉ざすばかり。
事情聴取を受けた冒険者たちは皆、決まってある一言を担当騎士に告げたのだ。
「そのダンジョンに実際に挑戦してみたら分かる」
その一言だった。
ダンジョンの噂を聞いた国王は、私達王国騎士にそのダンジョンの調査を命じた。
「もし出来るならそのダンジョンにある財宝も手に入れるように」とも。
ダンジョンの調査に選ばれたのはケネーシア王国の第二騎士団の団長であるアルベルト団長と副団長の私と王国騎士団の中で数少ない<鑑定>スキルの持ち主であるデリック。
そして、ケネーシア王国第三騎士団の面々だ。
本当は私とアルベルト団長とデリックの三人で行くはずだったのだが、前日になって突然彼らも同行する事が決まったのだ。
第三騎士団の団長、ゲルマン・ハーホーフは王国内でかなり力のある伯爵貴族の血縁…恐らくはなんらかの圧力を掛けたのだろうというのは自明の理だった。
突然の決定に不満に思いつつも、私達は噂のダンジョンにやって来たのだ。
ダンジョンに入ってすぐにいる「ティアーゴ」と名乗る壺の蛇からの説明を聞いた後、すぐに真ん中の黄色の扉に入った。
黄色の扉に入って周囲の風景を確認していたら、突然…
「そうだ…私はハーホーフに後ろから突き飛ばされて、そのまま崖に落ちて…」
「ああ、俺たちも大体同じ感じだ。ハーホーフの部下に斬り捨てられて、そのまま崖に突き落とされた」
「気がついたらこのベッドで寝かされてたってわけですよ。二人が起きる前にシシリーちゃんっていう可愛いシルキーがいたんですけど、どうやら物語の中の異変に気がついたダンジョンの主さんが駆けつけてくれて、ダンジョンの主さんの配下さんに命令して絶体絶命の危機だった俺たちに治療魔法をかけてくれたそうですよ。」
「ダンジョンの管理人が…」
王国の防衛を担う王国騎士の私達が、本来は人類の敵に回るはずのダンジョンの管理人に間一髪のところを助けられるとはなんとも皮肉な話だ。
しかしそのおかげで私たちは今こうして生きているのだ。
ここのダンジョンの管理人は温厚だと聞いてはいたが、本当に感謝しかない。
「今シシリーちゃんがその噂の主さんを呼びに行ってくれてますよ。外には他の魔物達がいるから、俺たちにはこの部屋で待っているようにって。」
「そうか…武器や鎧はダンジョンの主が預かっているのか?」
「この中で暴れられると困るから、別室で保管してくれているらしいです。その後どうするかは主さんの采配次第だから分からないっすけど。」
「アルベルト団長、如何しますか?」
「相手はダンジョンの主といえど、俺達にとっては命の恩人だ。此処は彼らのルールに従うべきだろう。ひとまずここで待機だ」
「ははっ!」
「了解っす」
アルベルト団長の命令に従い、大人しく部屋で待機していると、扉の外からノックが聞こえた。
扉を開けて入ってきたのは、シルキーとゴブリン、そして、黒髪の幼い子供だった。
王国には様々な国の者がやってくるけれど、此処周辺に住んでいる人間は皆私のような金髪かデリックのような茶髪の者が殆どだ。
しかし、その子供の髪と目は純粋な黒色。
滅多に見ないような髪色だった。
魔族の中には黒い髪を持つ者もいるそうだが、彼女には魔族特有の翼も、血のように赤い目もない。
黒髪の子供の変わった点は他にもあった。
その子供は体型からして少女のようだったが、男のような長いパンツを履いて見たことのない服装を身にまとっている。
本来なら警戒するべき敵であるゴブリンを一匹横に連れて、私達の前に対峙していた。
『異質』、まさにその言葉に相応しい印象を持った子だった。
まさか、彼女が噂のダンジョンの管理人なのだろうか?
ゴブリンとその子供の姿を見て思わず私とデリックが身構えてしまうと、アルベルト団長に宥められ、一旦警戒を解いた。
私とデリックが警戒を解くのを見ると、黒髪の子供は私達に真っ赤な液体の入った三人分のカップと、茶色と焦げ茶色の四角い物体の山が載った皿を差し出し、口を開いた。
「#########。########。」
「えっ、なんて?」
「これは、一体…?」
「#########、##。」
黒髪の子供は聞き慣れない言語を発しながら、私達に差し出された物と同じ液体の入ったカップを手に持ち、そのまま飲み干す。
そして、茶色と焦げ茶色の四角い物体の山が載った皿から謎の四角い物体を手に取ると、隣のゴブリンに食べさせた。
ゴブリンは差し出された謎の四角い物体を嫌がることもなく、一口で食してみせた。
あれらは食べ物だったのか?しかし、目の前にある液体も四角い物体も、見たことがない色と形をしている。何が入っているのか…。
私がそう疑っていると、アルベルト団長とデリックが自分のカップや四角い物体を手に取り、なんの躊躇もなく口にしたのだ。
慌てて吐き出させようと声をかけようとすると、その前に二人が目を見開いて叫んだ。
「うっま!?なんすかこれ?!」
「これは…、とても美味だな…。」
「###############。」
味の感想を言う二人に対し、黒髪の子供は表情も変えずにペコリと一礼する。
二人の様子から見て、何か薬が盛られているようでもない。
目の前の液体と物体から良い香りが漂ってくる。
思わず四角い物体を手に取り、口に含むと、そのサクサクとした食感と香ばしい味に驚いてしまった。
私も貴族の出なのでそこそこ良い物を食べているつもりではあったが、それらが足元に及ばないほど美味だったのだ。
その後、黒髪の子供は聞き慣れない言葉を使いつつも、名前を「アイネス」だと教えてくれた。
表情こそ変わらない子供だけど、敵意や殺意などは感じられなかった。
アルベルト団長に続いて私とデリックも彼女に名を名乗ると、彼女はそれぞれの名前を復唱して確認し、名前を覚えようとする。
…デリックが彼女に名乗った時に、突然視線を逸らしたのは何故だろう?
そしてシシリーと名乗るシルキーが説明してくれたのだが、目の前の少女…アイネスは、私達が予想するようにダンジョンマスターだった。
更にアイネスは訳あって私達の言葉を喋る事も、文字を読み書きすることも、理解することも出来ないそうだ。
アイネスという少女が先程から聞き慣れない言葉を使っている理由をやっと理解した。
シシリーは、アイネスに何かを伝えたいのなら、分かりやすく絵を描いて説明するようにと白い板と一部フワフワとした物が取り付けられた細長い棒を手渡してきた。
使い方に戸惑っていると、アイネスが実際に細長い棒の一部を取り、白い板に絵を描いてみせ、それをフワフワとした部分で絵を消してみせた。
万年筆と紙の代用品…それも、描いた物を消せば何度だって再利用できる代物のようだ。
絵を描くのは、私達の中で絵が達者なデリックが書くことになった。
アルベルト団長が、アイネスとシシリーに対して今回のダンジョン調査の目的を全て説明した。
途中で何度かシシリーがアイネスの使う言葉と同じ言葉を使って通訳し、普通の事情聴取よりゆっくりではあるものの、アイネスは私達の事情を理解してくれた。
見た目の幼さとは裏腹に、とても聡明なようだ。
アイネスは少し考えた後、シシリーに此方には分からない言葉と身振り手振りで何かを伝えた。
その言葉を聞くと、シシリーは頷いて、アルベルト団長に尋ねた
「アイネス様が「持っていく宝物は何でも良いのか?」と尋ねております」
「ああ。だが、国王に献上する物だから出来るだけ価値が高い物の方が此方としては有難い。」
シシリーはアルベルト団長の回答をアイネスに話す。
するとアイネスは白い板に宝石とパンの絵を描いて、何か尋ねてきた。
それに対し、シシリーが付け加えるように話す。
「#########?」
「……「食べ物と宝石なら、どっちが好まれる?」、と仰っております」
「宝石の方が良いだろうな。この四角い物体や液体は確かに美味いけど、長期保存が出来ないから持ち帰ることが出来ない。見ただけで分かりやすく価値があると分かった方が良いだろう。」
確かにアイネスが出してくれた物は美味だが、このダンジョンから城に戻るまでに徒歩で半日は掛かる。
保存の効く干し肉とかなら持ち運びも出来るだろうが、パンや生肉は持ち帰ることも出来ない。
それに献上する相手はケネーシア王国の国王だ。未知の食べ物…それも、ダンジョンで手に入れた独特な見た目をした物を口にするとも思えない。
アルベルト団長の回答をシシリーが訳してアイネスに伝えると、アイネスは頷いて、私たちに部屋にいるように制しながら外に出る。
私達が首を傾げていると、アイネスはすぐに部屋に戻ってきて、ある物を差し出してきた。
それを見た私達は、思わず言葉を失った。
「こ、これは…!」
「まさか、雪景色を閉じ込めているのか…?!」
それは、向こうが透き通る程に透明な水晶玉だった。
しかし、ただの水晶玉じゃない。
ひび割れのない完璧で滑らかな球体の水晶玉の中に、手のひら程小さな家と、一本の木が雪とともに中に閉じ込められていたのだ。
その水晶玉が少し揺れる度に雪は水晶玉の中で宙を舞い、優雅に雪が振っていく。
そんな幻想的な光景を作る水晶玉を見せられた私達は、それに魅入ってしまう。
そして更に、デリックが私達に衝撃的な言葉を告げた
「……いや、マジかこれ…」
「どうした、デリック?」
「いや、アルベルト団長…。今、思わずその水晶玉に<鑑定>スキルを使ったんですけどね…」
「<鑑定>を使ったのか?そういうのは、事前にアイネス殿の許可を貰うべきだろう」
「す、すいません。そ、それでですね。その<鑑定>した結果がヤバいんですよ…」
「なんだと?」
「デリック。<鑑定>で何が分かったんだ?」
「それがですね…、その水晶玉…スノードームって名前らしいんすけど、付与効果として見た人を中確率で魅了させる事が出来るらしくて…それ一つで俺たちの国の城を軽く一つは建てられるほどの価値があるっぽいんですよ…。」
「なっ…!?」
ダンジョンアイテムの中でも付与魔法の掛かった調度品や装飾品はかなり価値が高い。
付与魔法がついてなかったとしても、これだけ完璧な球体に景色を閉じ込めたような繊細な造形をしていれば、相当な価値がつく。
目の前にある水晶玉が国宝級の価値がある事は物の価値に疎い私でも分かるほどだった。
そんな中、アイネスはデリックをじっと見た後シシリーに身振り手振りで何かを伝えた。
そしてデリックに対して、シシリーが尋ねてきた。
「失礼ですが、貴方はもしかして<鑑定>スキル持ちなのでしょうか?」
「え、ああ…、そうだよ。といっても、せいぜい物の名前と価値が分かる程度の<鑑定>だけど…。」
「##############?」
「アイネス様が「もしよければ他の物も見ないか?」と仰っております」
「はぁっ!?!」
突然の申込みに驚愕の声をあげるデリック。
それは当然だろう。
シシリーやアイネスの様子からして、この水晶玉はこのダンジョンの中ではそれほど凄い物ではないのだろう。
それはつまり、この水晶玉以上の価値を持つ物があるという事だ。
そんな誘いを受ければ、誰だって驚愕する。
「え、えっと…理由を聞いても?」
「#####、########…。」
「アイネス様は様々な宝を持ってはおりますが、そちらの市場価値をあまり詳しくは理解されていないのです。」
「################、#####?########。」
「ダンジョン内に設置する宝箱の中身の価値を出来るだけ均等にしたいのだそうです」
「なるほど、それで<鑑定>スキル持ちで王国の市民であるデリックに価値を見てもらおうという話という訳だ。デリック、お前はどうしたい?」
「お、俺ですか!?そうだな…。鑑定については全然構わないんだけど、俺の<鑑定>スキルはそこまで高い方じゃないよ?」
「#####。########。」
「大体の市場価値が分かれば大丈夫だそうです。」
「そ、それなら喜んでお受けしようかなー」
デリックがアイネスに頷いて見せると、アイネスも了承を受けたのが分かったのか、頷いてみせた。
そしてアイネスは、シシリーに何かを告げる。
すると、今まで微笑みを崩さなかったシシリーが、目を丸くした。
シシリーとアイネスは身振り手振りで何かを対話すると、アイネスは扉へと向かい、シシリーは私達に向けて話し始めた。
「これからアイネス様の配下の一人がこの部屋に入ってこられます。かなり驚かれるでしょうが、此方に害意はないということだけはご了承ください。」
「配下の一人…というと、魔物か?」
「一応確認なのだが、それは会話が出来るのだろうか?」
「はい。ですが、あの方を見て、貴方方が会話出来るかどうかは…」
「ちょ、それって大丈夫?!大丈夫だよね?!」
「さぁ?私からは何も言えません。」
「シシリーちゃん!?」
シシリーの言葉に段々と不安になっていく私達。
そうこうしている内に、アイネスは扉の外にいる誰かを呼んで、部屋の中に入るように招いた。
そして私達の目の前に現れたものに、私達は思わず血の気を引いた。
燃え盛る炎のように赤い髪に、体の所々についた鱗…。
そして、その種族特有の尻尾と羽。
その姿が見えた瞬間背筋が凍りつき、己の心が命の危険だと警告を鳴らし続ける。
人間の姿をしていても分かる。
彼は最強と謳われる魔物の一体…
「よく此処までやって来たな、人間よ。
我が名はイグニレウス。ドラゴン族の王者の血を持つドラゴンの中でも火を司ると謂われるエンシェントサラマンダードラゴンにして、ダンジョンマスターアイネスの配下をしている者だ。」
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