繧ュ繝?き繧ア
キッカケは、ただの気まぐれであった。
目的地を決めず適当な世界や空間を渡っていた途中に見つけた“ソレ”に気まぐれにも目に留まった。
そして気まぐれに彼女とその周囲に近づいた。
以上。
もしもこれまでの出来事を一部始終把握している者が何かしらの方法でこれを知ったのであれば、「ふざけているのか」と勝手にキレるのであろう。
異世界からやって来た人間の少女を攫おうと試み、
厳戒に管理されたダンジョンのシステムに干渉して彼女のダンジョンに新入りとして潜り込み、
彼女や彼女に付き従う魔物たちに命の危機を感じさせ不安と警戒を煽って、
誰も気付かぬ間に語り手として成り代わり、
理由も分からぬままダンジョン戦争中に彼女の危機を救ってみせて、
最終的にはこうして自ら事を語り出し始めたというのに、
章を区切ってまで語ったその動機が“気まぐれ”などという4文字で処理されるなんておかしい、というのであろう。
だけど、この●●●●からすればそんな勘違いをしている奴らの方が可笑しい。
大概の事柄の動機なんて、「つい」だとか「たまたま」なんて単語で始まり「それが欲しかったから」とか「気に食わなかったから」だとか一言で終わってしまうような浅いものであろう?
物語の中ならまだしも、現実でわざわざ理由を掘り下げようと過去を遡って自身の過酷な過去を語りだしたり、美談じみたポリシーなどを長々と語って周囲に動機を告げるなんて、周囲に注目を集めたい目立ちたがりか、同情を引きたい悲劇の主人公か、よほど自分に酔っている自惚れ屋といった少数派だけだ。
現実と物語を混同してそれが常識だと勝手に思いこんで「こんなのはおかしい」なんて言葉を吐く者たちを可笑しいと言わずなんだろうか?
キャハキャハッ♪
実の父親へただならぬ想いを募らせていた“同類”と違い、●●●●が今回姿を見せたのは海より深い事情があるわけではない。
必然でも、運命でも、因果でもない、ただの気まぐれだ。
理由もなく目的地もなくフラフラと世界や空間を渡り、やって来た世界で好きに遊んで食べて寝て、知り合いの“同類”らとやり取りをして。
そんな散歩の途中で、今はもう使われていないはずの古い<アイテムボックス>が動いているのが目に留まった。
神も使わぬその空間を誰が使っているのかと興味が出たので覗き込んでみれば、見るからにその世界の住民じゃない人間がいたではないか。
しかも異世界人なのに正規の<鑑定>や<アイテムボックス>はおろか<異世界言語>さえ持っていない様子。
これといって行き先も予定もなくただ世界を渡ってはやりたい放題を繰り返して退屈していたのだ。
いかにも訳アリなその人間を愉快に思い、自分は得意の気まぐれを起こしてその人間を“観察”することにしたのであった。
気まぐれで始めたその“観察”は中々愉快であった。
想像の斜め上に愉快であった。
一見すれば見た目が地味で鉄仮面でも付けているように顔の表情を変えることは殆どなく、反応に乏しいつまらなさそうな人間の少女。
だけどその実質は冷徹なほどに現実的で、無情なぐらいに公平。
味方と認識すれば自身のスキルと権利を存分に使い相手の仕事ぶりに対し恩を2倍にして返す。
敵と認識すればあらゆる手と策略を尽くして相手が自分にしたことと同じ苦しみを味わわせる。
英雄と称するには善性がなく、悪党と称するには甘すぎる。
まるで鏡のような彼女は観察すればするほど面白い。
そして彼女のその周りも此方の予想を上回る言動を取って、一度観ればついついそのままハマってしまう珍味揃いなのだ。
人間の彼女を抜きにしても、そのやり取りが実に滑稽。
女の魅力磨き(笑)という名目で調理の練習をしているマリアが毎日のように自作したゲテモノを飛ばして、つい先程“同類”と仲睦まじくやっていたトン吉に毎回のように掛かる光景など顎が取れそうになってしまうぐらいに笑い転げたぐらいだ。
普段弱肉強食だとか階級社会だとか変なルールが暗黙とされる魔物たちがまるで喜劇に出てくる道化師のよう!
これを滑稽と言わず、なんて言えばいい?
愉快? 愉悦? それとも、コミカルとでも言えば良いのであろうか?
キャハキャハッ♪
まあまあそういう訳で、自分はそのまま気まぐれを続行していたわけである。
普通に魔法で見るのではバレる可能性がある故に、空間に開けた穴からこっそりと。
感知魔法や遠視魔法なんて手もあるんだけど、ああいう類の魔法は好きじゃない。
気まぐれに一度魔法を使ってみたことはあるけれど、その時は彼女のすぐそばにいたライアンとマリアにすぐさまバレて妨害されてしまった。
やっぱり慣れないことはしないものである。
しかしその2匹は自身の個室に戻った後何故だかカンカンに怒っている様子で、それがまた愉快だった。
それを嗤っていたところ、「言ったら殴られるよ」と【同類】から連絡が来た。
風呂場を覗きこんだ程度でそんなに怒るものかと首を傾げたものだけど、理解者を称する【同類】が言うことだ、まあそういうことなのであろう。
他の異世界人との再会に、鬼ごっこ、ゴースト屋敷の謎解きゲームに、ゴースト家族の涙をそそる茶番劇。
短い間で色々な事が起きる故、暇潰しには飽きなかった。
その中でも何より気に入ったのは彼女が<アイテムボックス>に入れた食べ物だった。
鬼ごっこが終わりを告げた時、彼女はその直前に別のスキルで購入していた大量のパンを<アイテムボックス>に入れた。
その後数個を取り出しゴーストに渡していたのだけれど、それを食べたゴーストが美味しそうに食べているのを見て、ついつい気になって<アイテムボックス>に残された物を食べてみた。
そしたらソレが美味しかったのである。
彼女のいた世界と似たような所には何度か訪れた事があるしその時色々食べた事はあるけど、金とか食材の問題とかであまり食べられなかったのだ。
『お金』と言われた故にその場で作った金塊を渡そうとしたら受け取りを断られたし、色んな世界の『お金』を持っている【同類】はくれなかった。
そういうのが面倒だった故に単体でそういった世界に行くことを避けていた。
今までずっと観ていたところ、彼女はそういう面倒なやり取りは介さずに色々な物を購入出来るようだ。
しかも一度にまあまあな量を。
<アイテムボックス>に押し込まれたパンを拝借しつつ観ていたけれど、彼女自身“料理”というものが出来るよう。
正直なところ、●●●●は味とか見た目の違いなんてどうでもいい。
食べ物だって<アイテムボックス>の中に放置された物を勝手に食べてしまえばいいのだ。
今は面白くても少しすれば飽きるであろうし、そうなると後始末が色々と面倒くさい。
まあそんな事はどうでもいい。
面白そうだし接触しよう。
そうして<アイテムボックス>から彼女にコンタクトをとれば、拒絶されたのである。
強引に連れ去ろうとしたのが駄目だったようだ。
故に、●●●●の方から彼女の所へ行くことにした。
わざわざダンジョンシステムに干渉をしたのは単なる気まぐれだ。
彼女以外にも、あの愉快な魔物たちも間近で観たかったのである。
彼女のダンジョンで彼女たちのやり取りを観るのは、<アイテムボックス>から彼女たちのやり取りを見る以上に愉快であった。
言語の壁を通してのぎこちない会話とか、上位種と下位種の魔物の立ち位置が逆転している様子とか、その場にいるのといないとでは面白さの度合いが違う。
<アイテムボックス>越しや空間に穴を開けて観る方法は出来るだけ悟られぬように調整が必要故にその場以外の場所のやり取りを見逃してしまう事が多い。
だけどこうして世界に入ってしまえば見逃すことも少なくなる。
印も付けているから見失うこともない。
ダンジョンへの潜り込み以外にも色々と気分で行動していたせいで【同類】には文句を言われたけれど、それで一度は彼女を助けてあげたのだから大目に見てほしいものである。
どうやら彼女は●●●●が誰かを突き止めようと必死なようである。
策を練って話し合って推測を立て、一生懸命だ。
魔物たちの様子を見に行って様子を伺う様子や自分のテリトリーに隠れて考え込んでいる様子はまるで何処から出るかも分からぬ猛獣に怯える小兎のようであった。
彼女は●●●●が誰かは分かったのであろうか?
分からなくても別に構わない。
此方は気が変わるまで好きに過ごさせてもらうだけである。
それまでに分かるのであろうか?
ルークスが、11体目だってさぁ?
ねぇ、ニンゲンちゃん♪
キャハキャハキャハキャハッ!!
創造神もマヌケだよねぇ。
ニンゲンちゃんでさえおれがダンジョンに潜り込んだことにすぐ気づいたのにそんな大事なミスに気が付かないんだからね~。
まあ、当たり前か~。
何も考えずにバカの物覚えみたいに異世界人を転移して、他の管理は全部システムに放置している典型的なカミサマ(笑)なんだからぁ。
にしても、ニンゲンちゃんや悪魔くんらに警戒されてた割と溶け込めた方じゃない?
おれってぇ、“同類”と違って演技とかそーいうメンドウなの得意じゃないんだよね~。
まあ一緒に召喚されてた奴らも見るからにそれっぽそうな奴らだったしぃ?
見た目の胡散臭さとかおれがニンゲンちゃんに付けた印の特徴とかで考えてる奴もいたんじゃないかな~?
『せんにゅーかん』って奴?
なんにせよ、相手のことは中身までもっと良く見てろってことだよねぇ~。
キャハキャハッ♪
動機とか理由とか、そういうのを考える意味なんてないんだよ。
だっておれは、ただ自分のやりたいことをやってるだけなんだもの。
ニンゲンちゃんのことがもっと見たいと思ったから観察してたしぃ、
ニンゲンちゃんの出す食事が食べたいなぁって思ったからダンジョンにもやって来た。
おれ、ちゃんとニンゲンちゃんたちに言ってたもんね~。
『おれはご飯に釣られて配下になった』
ってさぁ?
おれが最初ニンゲンちゃんにちょっかい掛けた時、ニンゲンちゃんは丁度<アイテムボックス>で釣りをやってたしぃ、おれって一応海の生き物だから別に間違ってないでしょ~?
キャハキャハッ♪
ああそういえば、結局このダンジョンに入る前に【同類】から言われた忠告は分からずじまいだったなぁ。
確か『右側、飛び出し注意』、だっけぇ?
一応気を付けてはいたけれど、結局何も起こらなかったし~。
アレって”忠告”じゃなくて、ただの”心配”だったのかなぁ?
心配は心配でも、余計な”心配”になったみたいだね~。
さーてと、この後どうしようかなぁ?
ニンゲンちゃん、なんかよく分かんないけど眠っちゃったし~。
今日はいっぱい遊んだしぃ、さっきつまみ食いしちゃったけど食堂に行ってご飯でも取りに行こうかな~。
『いや、色々謎を残して勝手に終わらせようとするな』?
『結局お前の正体はなんなんだ』?
とか、そういう事を思っている奴がいるだろうけどぉ、今は教えてあげなぁい。
だってぇそういう気分じゃないからねぇ。
だからおれは教えない、教えてやる気もな~い。
キャハキャハ♪
あれれ~、どうしたの~?
『なんで此方に話しかけて来てるんだ』とか『もしかして此方を認知してるんじゃ』みたいに思ってたりするの~?
ざぁんねん。そういうのじゃあないんだよね~。
ただ前にチャンスがあったから一回齧った事があるだけぇ。
そういう事が好きだったり詳しかったりする【同類】は知っているけどぉ、おれは興味もなかったし知る気もないからよく分かってないんだよねぇ。
いわゆる、『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』って奴? あれ、意味違ったっけ~?
まあ正しいかどうかなんてどうでもいいや。
まあ要は、おれみたいなのの中にはそういう事に鋭いやつも多いんだよね。
下手すると誰かの目の前に現れてガブリと……
なーんてね♪
キャハキャハ!
はー、こうして独りで語るの飽きてきちゃった~。
今日はもう仕事も何もないし~、いっぱい遊んだから
早く何か食べないと~。
何食べようかなぁ?
どれ食べようかなぁ?
あ~でもぉ、今ニンゲンちゃんは寝ちゃってるからご飯出せないじゃん。
シルキーちゃんらはご飯の時間までは何もくれないしぃ、今はおれ、パンとか麺の気分じゃないんだよな~……。
ん~~~……。
それじゃあ、久々に自分で何か作るか~。
何使って作ろうかなぁ。
さっきのつまみ食いでは蛙を食べたし~、なーんかお肉が食べたいよねぇ。
サテュロスの肉は歯ごたえは良いんだけど臭いが独特だしぃ、ラクーンの肉は脂が乗ってるんだけど肉が硬いから今の気分じゃない。
毒鳥や精霊は舌がピリピリして面白いけど今一箇所に纏まってるから取るのが面倒だしぃ、ドラゴンと悪魔の肉は濃厚でジューシーだけどニンゲンちゃんの側に付き添ってるみたいだから手を出すのは面倒だ。
ワイト、コボルト、ケット・アドマー、エルダードワーフ、シルキー、鬼、天使、雷虎……どれも今食べたい気分じゃないな~……。
今から狐肉を獲りにいけば良いかなぁ? ああでも、そっちの気分でもないんだよな~……。
じゃあオーク肉? でもあっちは“同類”ちゃんがいるから手を出したら怒られそうなんだよな~。
あ、
そうだ~♪
ミノタウロスにしよう!
ミノタウロスなら数も多いし、すぐ元通りにしちゃえばバレることないもんね~!
ニンゲンちゃんのダンジョンにいるミノタウロスってなんかみーんな大人しいしぃ、ちょっと頼んだら疑いもなく付いてきてくれそ~!
ミノタウロスなら、あのミノタウロスちゃんが良いかなぁ?
確かミノタウロスの代表でぇ、メスの方!
ミノタウロスはオスよりメスの方が美味しいんだよね~。
メスのミノタウロスちゃんは丁度キッチンの掃除のお手伝いをしていたしぃ、調理して食べるには丁度良いよねぇ?
キャハッ、そうと決まったらメスのミノタウロスちゃんの方へ向かお~っと!
……ん~?
なんか、右の方で物音がしたような~?
でも気配みたいなのは感じないし~、気の所為かな~?
そんな事より、ご飯のために食材の方を取ってこないと~!
あれ?
そういえば、右って確か――――――――
##### #####
ダンジョンの廊下に突如響き渡った打撃音と共にルークスと呼ばれていた11体目が宙を舞う。
予測もしていなかった不意打ちにまともに防御も出来なかったようで、彼の口から「がはっ」と噎せるような声を出しくの字の状態になる。
そこに間髪を入れず、その顔にさらなる打撃が加えられ、ルークスは直線を描いて吹き飛ばされてしまった。
二撃目の衝撃に目をパチクリとさせるルークスは、そのまま吹き飛ばされた方向にあった扉に頭から突っこんだ。
その扉の先にあったのは青の扉ルートのルール違反者向けに用意された無限回廊だ。
ルークスが天井を見上げ呆然としている一方で、ルークスを襲撃した者はルークスの元へ近づいていく。
その手には木で作られた大きな棍棒が握られている。
“彼”は無限回廊に入るとすぐに出入り口の扉を閉じ、そのままノブを握り潰し外してしまう。
唯一の出入り口を使い物にしなくなったことで、外から救援が来ることは難しくなってしまった。
しかし“彼”はそんな事は気にもせず、棍棒を肩に担いだまま訛りの強い口調でルークスに話しかける。
「アイネ”ス”が最初に攫われかけた時、アイネ”ス”にマーキングが付けられたのはすぐ気付いたべ。けんど、それ自体はあんま気にしてなかったべさ。だってアイネ”ス”にはそれ対策のスキ“ルがあっぺぇな」
<隠蔽>とは、元より相手から姿や位置を認識させないようにするスキル。
それも、アイネスの<隠蔽>は掛けた対象に対する攻撃や魔法の当たり判定さえも認識出来なくなる程の強い力を持つ。
当然、マーキングや探知系スキルに対する効果は抜群。
実際にアイネスの<隠蔽>に探知スキルが通用しないことを、“彼”は既に知っていた。
だからこそ、“彼”は自分のスキルを駆使して現れたり消えたりするアイネスの位置を常に見張っていた。
「探知スキ“ルば確かに遠くにいる奴ん位置を把握するば丁度良いスキ”ルだべ。けんど稀に見えすぎるんが玉に瑕だべ。見えとぅに知らねぇフリすっとば、頭ば使うけんな」
過去に一度、“彼”は集落の外に出ればあっという間に迷子になる幼馴染を毎度すぐに見つけていたら、集落の大人たちに「どうしてそんなすぐ見つけられるんだ?」と疑問に思われてしまったことがあった。
自分のスキルを誰かにバレることを避けたかった“彼”はそれ以降、敢えて幼馴染が迷子になるのを知らないフリをして見過ごそうとしたが、それはそう長くは保たなかった。
知らないフリをしている間に迷子になった幼馴染がどんどん集落から遠ざかり冒険者の通る道や他の魔物の集落がある方向に向かってしまうので、知らないフリを突き通すことが出来なかったのだ。
だから“彼”は知らないフリをするのではなく、常に幼馴染の側に立ち、幼馴染が迷子になる前に声を掛ける方針へ変更した。
「オイラがシルキーたちのお使いに行った途中でオメェとバッタリ会った時、確かにアイネ“ス”が近くに来ていたべ。けんど、あん時オメェはアイネ“ス”が曲がり角来るよりも前にアイネ“ス”の方向かってたっぺ? スキ“ル解いたばっかりのアイネ”ス“を、なして気づけたんべさ?」
シルキーズに頼まれた荷物を運んでいる間も、“彼”は自分のスキルを駆使してアイネスの現在位置を見張っていた。
集落の住民全員が隷属化されるところを上手く救ってくれた借りを返す、そんな真面目なようで渋々とした行動だ。
“彼”の大事な幼馴染がアイネスと親しいのも大きな理由の一つだろう。
しかしその時は丁度アイネスは<隠蔽>を使っていて、位置が分からないようになっていた。
<アイテムボックス>の騒動以降、再度狙われる危険性を考慮したアイネスは一人で移動する際は<隠蔽>を用いるようにしていたのだ。
<隠蔽>使用時にアイネスが襲われる可能性は低いことは“彼”も分かっていたが、警戒心の強かった“彼”は偶然ルークスと会って話をしていた間もスキルでダンジョン全体の様子を伺っていた。
そしてダンジョンの話をしていたその時、“彼”のスキルがアイネスの存在を捉えた。
それも丁度自分たちのすぐ近くでアイネスが<隠蔽>を解除したのだ。
思わずアイネスに声を掛けようとアイネスのいる方向に視線を向けた時、ふとあることに気が付き、アイネスに話しかけるのを止めた。
そのあることというのは、アイネスの立っていた場所が自分のいる位置では見えないということだ。
アイネスが<隠蔽>を解除して姿を現したのは召喚部屋の扉の前。
“彼”のいる廊下の先にある、分かれ道の死角となる場所だった。
上手いことセダムたちがいる場所からは壁で視界が遮られており、アイネスの姿は完全に見えなかった。
<気配察知>や<感知>のみでは探知範囲内の何処に気配があることは分かっても、誰がいるかまでは読み取ることは出来ない。
此処でアイネスの名を呼んで駆け寄れば目の前にいるルークスに首を傾げられてしまうし、もしかすると“彼”のスキルに対し疑いを持たれるかもしれない。
そう思って“彼”はアイネスに話しかけなかった。呼ばなかった。気づかないフリをした。
だけど、ルークスは違った。
――――「あ~、あっちにニンゲンちゃんがいる~! おれ、もう行くね~」
曲がり角の死角で見えないはずのアイネスのいる方向へ振り向き、その先にいるのがアイネスだと完璧に理解した上で、確かにアイネスに話しかけに向かったのだ。
ルークスと“彼”が立っていたのはほとんど同じ場所だった上、アイネスのいる曲がり角があったのはルークスの斜め後ろ側。
直前にアイネスの姿が見えたとも、偶然アイネスが見えたともいえない、そんな位置取りだ。
そしてこのルークスの見せた矛盾する行動は、“彼”にとって“11体目”を特定するのに十分な判断材料だった。
「オイラたちいた位置で、曲がり角ん死角にいたアイネ“ス”がいることを知るにはよっぽど鼻がええか探知スキ“ル……それも、よっぽどたけ”ぇレベルの探知スキ“ルかオメェがアイネ”ス“さ付げだようなマーキングが必要だべ。オメェの場合、鼻は良ぐでも物の識別出来てねぇみだいだげんど」
獣系の魔物であれば鼻や耳が良い事は多いけれど、正確に見えない位置にいる誰かを当てるのは容易じゃない。
アイネスを“ニンゲンちゃん”と呼び、他の魔物も種族呼びにして括ってしまっているルークスなら尚更だ。
シーサーペント・リヴァイアという種族が探知に長けているなんて話も聞いたことがない。
となると残されたのはマーキング。
そしてそれを行うチャンスがあったのは、<契約>の前後か、<アイテムボックス>の襲撃時のみ。
この件をアイネスに伝えるため、ルークスに悟られないよう遠回りをした結果、“彼”はシルキーズの頼み事を遅らせてしまったのだ。
「で、オメェさっきオイラの大切な幼馴染さに何するっつったべ? ゴブすけのダチになにさらしとんだべ? ア“ァ?」
額に青筋を立て、不機嫌そうに尻尾を振り、蹄で地面を引っ掻き、“彼”は全身で怒りを見せる。
その今にも襲いかかってしまいそうなほどの獰猛な姿は、“彼”の種族、ミノタウロスの本来の姿だ。
普段は細い目を開眼させ、棍棒の先をルークスに突き出し、“彼”が――――
「よぐもオイラの目ぇ付ぐ所で好ぎ勝手すやがったな?! 歯ぁ食いすばれや!!!」
セダムが、声を荒らげて怒号を上げた。




