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今を生きる

 一つの罰から逃れる代償として自由と死ぬ権利を失ってしまったオークジェネラルの悲痛な叫びが白い空間に響き渡る。

 どう足掻いても悲惨な未来しか待っていないオークジェネラルの姿に、彼に侍っていた女魔物も元配下たちも、彼に恨みを持っていた被害者たちでさえも顔を青ざめている。

 身を蝕む激痛と二度と立つことができないという事実。そんなものがこの先一生続くことを考えればその場で自害したくなるほどの最悪な末路と言って良いだろう。

 だが彼は死ぬことが許されない。返済する目処を失った負債を支払うまで逃げられないというアイネスの要求と、他でもない実の娘によってより長い時間生かされる。

 想像出来る以上に最悪なその未来が待つオークジェネラルに恨み言を吐く気持ちが失われてしまった。

 泣き崩れるオークジェネラルを用済みと言わんばかりに顔を上げると、今度はオークジェネラルの元配下たちにその笑顔を向けた。

 己の元主の末路の一部始終を見ていた元配下たちは、貼り付けられたような笑顔を向けられ悲鳴を上げ、恐怖を見せた。

 彼女たちの様子を気にする様子なく、ポラリスは明るく話しながら彼女たちに近づいていく。


「そういえば、お父さんの元配下さんたちにも今までお世話になってきましたよね! これからちゃんと恩返ししないと」

「い、いやっ! 来ないで!!」

「皆さんはお父さんしか身寄りがなかったわたしに仕事を教えてくれたり、忙しいわたしの代わりに作った薬や料理をお父さんに渡してくれたり……皆さん、お父さんの娘だとか関係なくわたしに厳しくも、素敵にしてくれましたよね!」

「あ、貴女に今までしてきたことは謝罪しますわ! だ、だから許してください!」

「許す? 何を言っているんですか? わたし、皆さんには感謝しかないんです! わたしは少し本当の自分を隠してしまっていましたけど、皆さんとの素敵な日々はわたしにとってとっても大事な思い出なんですよ」


 両目をより一層濁らせ、綺麗に笑うポラリスの異端な姿に周囲の者たちは近づけない。

 彼女にまともに対峙できるであろうディオ―ソスやミルフィー、アイネスの配下たちはそもそも止める気はない。

 ポラリスが何をしようとそれが自分とその周囲に害を成さないのであればそれを止める理由はないし、そもそもオークジェネラルと共謀していた彼女たちを助ける理由だってないのであるから。

 誰の制止も受けないポラリスはより一層イカれ始める。


「だから、是非皆さんにも恩返しをさせてください! 皆さんがわたしに素敵な思い出を作ってくださったように、わたしも素敵な皆さんに素敵な思い出を、物語を返させてください。アイネスさんに制限されちゃったのでそこまで大規模なものは出来ませんが、皆さんの望みが叶えられる素敵な物語を作ることは出来ると思うんです! 皆さんは何がお望みですか? 綺麗な姿のままでいたいですか? 働かないでいたいですか? ドキドキしてワクワクなスリルを味わいたいですか? 悪い事は出来ませんけど素敵な皆さんのためになることなら何でもさせてください。皆さんが素敵で素敵に素敵を素敵な素敵が堪能して――――――」

「ポラリスさん」


 いよいよ元配下たちの間近に迫っていたポラリスの名を呼び、彼女の暴走を止めたのはトン吉であった。

 アイネスでも、ミルフィーでも、ディオ―ソスでも、オークジェネラルでもない、彼であった。

 トン吉と名付けによる<契約(コントラクト)>を結んでいたポラリスは彼の呼び掛けを聞き、トン吉の方を向く。

 ポラリスの顔には、虚無的過ぎるほどに完璧な笑顔が浮かんでいる。

 しかしトン吉はそんな彼女の姿に揺らぐことなく、再び彼女の名前を呼んだ。


「ポラリスさん、もう良いんです……ブヒッ」

「良い? 何が良いんですか? ああ、素敵な物語作りが良いと仰っているんでしょうか? トン吉さんも何かわたしにお望みですか?」

「違う、違うんです」

「違うって、何がです? トン吉さんはわたしに何を望んでいるんですか? わたしにどんな素敵な物語を作って欲しいと―――――」


 ポラリスが息継ぎもなくトン吉に問いかけをする。

 その瞳は濁ってしまっているが、頬は赤く染まり何処か恍惚とした様子である。

 二匹の近くにいる者たちは異端的な様に恐怖しか感じられない。

 しかし、そんなポラリスを真正面から対峙しているはずのトン吉に怖気づく様子はない。

 かと言って、ポラリスを哀れむ様子もない。

 彼は凛として、ポラリスの問いかけを静かに聞いていた。

 ポラリスが息を吸おうと問いかけが一時止まったその時、トン吉は優しい声でポラリスに言った。


「ポラリスさん、もう、止めてください」







「もう、()()()()()()()()()()()()()()()()、止めてください」


「…………え?」


 トン吉の言葉に、ポラリスの笑顔が固まった。

 完璧過ぎた作り笑顔が、此処で初めて僅かに歪んだのである。

 その変化はアイネスが自爆特攻の真意を追求しポラリスの顔から感情が一気に抜け落ちた時と比べれば、本当に僅かばかりの変化であった。

 しかし、先程まで完璧な笑顔を見ていた者たちにとって、ポラリスが僅かばかりにその完璧さからずれたことはとても大きな変化であった。


 “動揺”。

 アイネスたちを騙し今回の詐欺騒動が大きくなるように誘導し、異端的な演技力をその場で披露し、そしてオークジェネラルを最悪の末路に追い込んだあのポラリスが、動揺を見せたのだ。

 トン吉は、そっと語りかけるようにポラリスに話す。


「おでは、どうしてポラリスさんがそんな風になったのか知りません。長年家族に虐げられてきた苦しみも理解りません。似たような境遇の方や、アイネス様のように心情を察するのが得意な方なら貴方のことを理解して貴方が救われるような言葉を言えたのかもしれませんが、そんな苦しみを味わったことのないおでがどう言っても貴方を傷つけるだけだ」

「だったら」

「でも、想像ぐらいは出来るんです。おでがもしもポラリスさんと同じ境遇だったら、って。的外れな考えの混じった、おでに都合の良い、自分の目線で思い浮かんだことですけど」


 ポラリスが本性を表してから現在に至るまで、トン吉はポラリスのことを考えていた。

 ポラリスがどうしてそうなってしまったのか、ポラリスはどんな気持ちを抱いているのか、ポラリスがどうしたいと考えているのか。

 とにかく彼はポラリスのことを考えた。自分なりに彼女の立場になって想像もした。アイネスのように推測を立ててみたりもした。

 ポラリスの姿を見て、ポラリスの言葉を聞き、ポラリスの感情を感じ、ポラリスのことを考え、ポラリスのことを想った。

 “彼女のことを知りたい”、“彼女の側に寄り添いたい”

 心の底からそう想ったからこその行動である。

 この感情を、この想いを、この願いを、『愛』と言わずしてなんだろうか。

 そしてそれは、ポラリス(実の娘)を所有物として見ていたオークジェネラルでも、全てを平等に扱うアイネスでも得ることが出来なかったものである。

 だからこそ気が付いた。

 気がつくことが出来た。

 異端的な彼女に対し正しく『愛』という感情を芽生えさせたトン吉であったからこそ、気づけたのである。


 ポラリスが昔に切り捨て、踏み潰し、押し殺し、欺いて封印したものを。


「そうして考えて思い浮かんだ感情は、心の奥から溢れるほどの父親への憎しみや周囲への怒り、そして母親を失ったことによる悲しさだと思ったんです。おでも想像するだけで胸が苦しくなって、けど、そういう本音や感情って、一度爆発してしまえば全部なくなるまで終わらないですけど、簡単に出せるものじゃないですよね。ポラリスのお母さんが望んでいた良い子でいるなら、尚更人に見せることが出来なかったんじゃないですか?」

「怒りとか憎しみとか、そんなことお父さんたちに感じたことはありません。だってそんな汚い感情を持つなんてお母さんの望んだ良い子じゃない」

「汚くないですよ。でも素敵でもない。ただ、当たり前のもの。怒りも憎しみも、あって当たり前の感情なんです。良い人だって怒る時は怒るし、憎む時は憎む。問題なのは多分、それらの感情にどう向き合っていくか、それだけなんです」


 自身のコンプレックスのために作り上げた己の個性を捨てて、トン吉は不器用ながらもポラリスに伝わるように話す。

 真摯に伝えるトン吉にポラリスは応えるものの、徐々に揺らいでいるのが目に見えて分かった。


「ロッソさんみたいに誰かに八つ当たりするのは勿論いけないことです。でも、ずっとそれを我慢するのも駄目なんだと思います。少しの間ならともかく、一生我慢しようなんてしたらポラリスさんがおかしくなってしまう」

「別に、我慢なんてしていません。そんな感情以上に歓喜しているんですから」

「喜びや感動という感情を演じて(・・・)いてもその感情がなくなった訳じゃないんですよ。喜んでいる演技や、怒ってない演技をしていても、その感情はポラリスさんの中に残ったままだ。……ポラリスさんがそうなのか分からないですけど、おでならそういって隠してきた感情を誰も気づいてくれなかったら、気づいてくれない周りが余計にムカついて仕方なかったと思います」

「そんなの、トン吉さんだけですよ」


―――――本当は憎かった。


―――――本当は悲しかった。


―――――本当はムカついていた。


―――――わたしを物扱いするお父さんが。仕事を押し付け虐げるお父さんの配下たちが。わたしの演技に気づいてくれない周りの皆が。「“良い子”でいるように」なんて呪いの言葉を吐いて、自分のやって来たおぞましい行為を娘のわたしに強いようとするお母さんが。


―――――でもこんな感情は見せちゃいけない。


―――――だってこんなの汚いし、役者は舞台上で自分の感情を出しちゃいけないってお母さんが言ってたもの。


―――――だから、ちゃんと<演技>しなくちゃ。


「そんな感情が募ってきていて、だけど我慢を続けなくてはいけない。そんな環境にいれば自分でも気づかない内に歪んでいくし、いつか我慢の限界が来る。自分をそうしたお父さんに復讐したいと思ってもおかしくない」

「おかしいですよ。だって、復讐や仕返しなんて『悪いこと』じゃないですか」

「そうですよね。だからポラリスさんは今、ロッソさんに『恩返し』をした」


―――――お母さんに後継者としてのお勉強を受けるようになってから暫くして、自分が何か分からなくなる時があった。


―――――お父さんと一緒に旅をするようになってからはその頻度が増えていった。


―――――自分が自分でなくなる感じが分かっていた。


―――――いつしか、復讐心が宿ったけど、わたしは自分を演技で欺いた。


―――――復讐をするなんてお母さんが言う『良い子』じゃない。


―――――良い子ならそう、『恩返し』をしなくちゃ。


―――――お母さんとお父さん、それに周りの皆がわたしにやってくれたことを返すように。


 怒りを歓喜に。憎悪を感動に。復讐を恩返しに。

 本当の想いと願いを全く異なるものに見えるように演じた。

 それ故に、余りにも“異端”。


「自分で自分を騙して、限界が来そうになったら更に演技を重ねて騙して……ずっと自分の身を削ってきたんでしょう? さっきポラリスさんは『父親に虐げられなくなく言われるがままに詐欺の実行犯をやらされる可哀想なオークの娘』を演じていたことを話してくれましたけど、今のポラリスさんは『死んだ母親の望んでいた通りの良い子』を演じているようにみえます」

「違います」


 その時、ポラリスの様子が大きく変貌する。

 アイネスに見せたような、作り笑顔も感情も何もかも抜け落ちた顔。

 けど、その目には何処か焦りが見える。

 まるで何かやましいものを隠す幼い子供のようだ。


「ダンジョン戦争が終わるその時まで、ポラリスさんはおでに色んなことを教えてくれましたね。その内の半分が、ポラリスさんのお母さんの話でしたよね。ポラリスさんは、本当にお母さんのことを想っていたんですよね? 良い意味でも、……悪い意味でも」

「違います」

「少し話しただけのおででも分かります。ポラリスさんは思いやりがあって周りの想いに共感することが出来て、自分の意志とご両親の言葉を大事にする女の子だって。ただ、お母さんの言うように育ってしまっただけで」

「違います」

「おではポラリスさんのお母さんに直接会った訳じゃないので、実際ポラリスさんのお母さんがポラリスさんに何をしたのかは分かりません。でも、ポラリスさんがおかしくなってしまうぐらいの教育が正しいとは思えないです」

「違う」

「自分の娘に誰かを操って多くの方の一生を弄ぶようなことを教えるのも、『良い子』なんて言葉でポラリスさんが此処まで追い詰められてしまうほど縛るのも、少なくともおでは『良いこと』だって思えない」

「違う」

「おでがポラリスさんに名付けをした時、ポラリスさんは本当に喜んでいました。おでがポラリスさんも一人の女の子であると言った時も、心から嬉しそうにしていましたよね。おではその時のポラリスさんの姿が、演技によるものには到底思えません。おでが間違ってたらすみません。ポラリスさんは、本当にそう感じたんじゃないですか? おでが名付けをする、今まで誰からもそれをされたことがなかったから――――」

「違う!!!!」


 ポラリスが長年貼り付けていた演者としての仮面が、剥がれた。

 剥がれた箇所から、ポラリスの動揺と怒り、周囲への恨みが溢れ出す。

 花が咲くような狂気を纏い、物心がついたばかりの子供のような癇癪を起こす。


「お母さんは悪くない!! お母さんが悪いわけない!! お母さんはわたしのことを思ってくれていました!! 後継者になるための修行だってわたしのためにやってくれたことなんです! 灯りのない洞窟の中に長時間籠もるよう言われたのも、知識を全部覚えるまでご飯が食べられなかったのも、母の物語作りの様子を見せられたのも、全部わたしを想ってくれたからなんですよ!! それがあったから今のわたしがいる!! 皆さんのために素敵な物語を作ることが出来るんです! もしもお母さんが悪いように見えるなら、それはわたしがまだ良い子になれていないからですよ!!」

「ポラリスさんは十分良い方ですよ」

「違う、違う、違う!! なんでわたしを責めないんですか?! 皆さんにとって、わたしは普通じゃないんでしょう!? 悪い子なんでしょう!? だったらそう言えば良いじゃないですか! わたしにはその言葉も素敵なものなんです! トン吉さんも思っているんでしょう? わたしは良い子じゃないって! お前なんて生まれなければよかったって!!!」


 トン吉の服を掴み、怒っているような泣いているような喜んでいるような声でポラリスは叫び続ける。

 実の母親によって歪まされたポラリスにとって、大切な母親が自分を愛していなかったこと、そしてポラリス自身がすでに気付いていて母親をも憎んでいたという疑いを掛けられることは最も避けたいことであった。

 同時に、それは舞台上に上がり客席からの罵倒も命乞いも救いの言葉も称賛と感想に騙してしまうポラリスに正しく伝えることが出来る唯一といって良い事実であった。

 命乞いをするように、あるいは怒鳴り散らすように、もしくは泣き喚くように声を上げるポラリスに、トン吉は問いかける。


「ポラリスさんが本当に悪い方なら、どうしてアイネス様に薬を渡したんですか?」

「そ!! れは……」


 ポラリスはトン吉の問いに答えようとするも、徐々に声が小さくなり、答える前に言葉を失くしてしまう。

 アイネスが意識を失ったその時、ポラリスが心を癒やす薬を持っていたことを知っている者は誰もいなかった。

 つまりポラリスはその時ベリアルたちに薬を渡さない選択があったのだ。

 呪いでも状態異常でもないのであれば、ポラリスが薬を渡さなくても時間が解決してくれた可能性が高い。

 アイネスに恨みはないであろうが、アイネスを助けたいと思うほどの感情も持っていないポラリスにとって、薬を渡すほどの理由がないのである。

 その行為が『良いこと』だからと言えば、あるいはアイネスに貸しを作るためと言ってしまえばそれで済むはずなのに、ポラリスは答えることが出来なかった。

 その様子を見て、トン吉は更に言葉を続けた。


「あの時だけじゃない。ダンジョン戦争中、重傷を負ったベリアルさんとタンザさんのために痛み止めを渡してくれた時だって、ポラリスさんは薬を渡さないことも出来たでしょう? 薬を渡さなければ、アイネスさんにポラリスさんがしていたことを指摘されずに済んでいたはずなのに。なんでか、教えてくれませんか?」

「それは、さっきも話したでしょう? わたしの母は演者でしたけど、薬剤師でもあったんです。怪我人や病人に毒を渡すこともそうですし、治す薬があるのにそれを使わないなんて『悪いこと』は……」

「『薬剤師のお母さんの娘であるポラリスさん自身が許せない』、そうですよね?」

「あっ」


 ポラリスの言葉に続くように告げたトン吉の言葉に、ポラリスは目を見開いた。

 前半はともかくとして、トン吉の言ったその言葉だけを聞けばそれはポラリス自身の主張を告げる言葉であった。


「ポラリスさんはきっと、薬剤師としてのお母さんのことが好きだったんですね。だから、おでがお母さんのことを話した時、必死に否定したんでしょう? 努力して身に付けた知識や技術の中でも薬剤師としての力はずっと使い続けてたのも、薬剤師のお母さんの姿が記憶の中に残っていたからではないですか?」

「……さぁ、どうなんでしょうね? でも、薬草の知識や調合のレシピを教えてくれる時のお母さんが一番優しくて、薬剤師として働く時のお母さんが一番素敵だと思ったのは確かです」

「ポラリスさんは確かにおでや他の皆と違う感性を持っているんでしょう。ポラリスさんが言うように、演者でもあるんでしょう。だけど、それと同時に、普通の女の子でもあるんです。普通の女の子なポラリスさんがなくなってしまった訳じゃない」


 トン吉は服を掴むポラリスの両手を優しく触れ、手に取った。

 ポラリスを映すその目には、嘘偽りのないポラリスの姿が映っていた。


「だから、自分を苦しめてまで我慢をしなくていいんです。怒りたい時は、怒っていいんです。悲しい時は泣いていいんです。仕返しがしたいならしたいでもいいんです」

「……そんなことして、いいんでしょうか? 良い子じゃなくなりませんか?」

「いいんですよ。仮にそうして良い子じゃなくなってしまったとしても、ポラリスさんは今の世界を生きているオークの女の子なんですから」

「……それと、さっきから、癖を付けるの忘れてますよ」

「フゴッ!? あ、いや、その……ブヒッ!!」


 数秒前までのトン吉は何処へ行ったのか。

 ポラリスの指摘を聞きトン吉は咄嗟に静かに二人の様子を伺うベリアルたちの方を向いた後、慌てた様子で癖を意識し始める。

 その姿が面白かったのか、ポラリスはクスクスと小さく笑い声を出し、そして独り言を呟くように言った。


「そう、ですか。そうなんですね」


 確かにその呟きを聞いたトン吉は少し目を見開いた後、優しく微笑んでいった。


「ええ、勿論」



 こうして、オークジェネラルによって引き起こされた詐欺騒動は幕を下ろした。

 ミルフィーたち他のダンジョンマスターたちが解散し白い空間を出たもアイネスは眠ったままであったが、ポラリスの渡した癒心薬の質が良かったのか、一時間後には何の問題もなく目覚めるであろうと医療班のサテュロスたちから伝えられた。

 アイネスが何故突然意識を失ったのかはまだ定かではないが、ひとまずアイネスに問題がないと知りアイネスの配下たちは安心した様子であった。

 実の娘からの恩返しという名の復讐によって一生残る後遺症を作ってしまったオークジェネラルであるが、当初の予定通りトン吉のダンジョンの配下となった。

 最早普通の魔物のように戦闘することも出来ないが、トン吉は何か別の仕事を用意することを話した。

 それまではポラリスにオークジェネラルの面倒を見させるそうだ。

 それが、今回のような大騒動を引き起こしたこと、そして長年虐げられたポラリスに対する一番の償いになるであろうから。

 

 一方、ポラリスだがトン吉とのやり取りをして数分後には何事もなかったように演者としての仮面を付け完璧な笑顔を浮かべていた。

 『トン吉の真摯な愛によってポラリスが更生する』という、昔からある物語のような展開にはならず、ポラリスが変わることはなかった。

 もう“手遅れ”。

 アイネスの言う通り、トン吉が手を差し伸べたところでポラリスの中の大きな歪みが元通りになることはないのであった。

 一度異端となった者が正統に戻るのは不可能なのである。

 だがトン吉はそれについて責めることもどうにか救おうと説得をすることもなかった。


『そういったことは、ポラリスさんが自分で考えるべきことですから。おではアイネス様がやってくれたように、ポラリスさんがポラリスさんとして生きやすいよう接するつもりです……ブヒッ』


 そう、ミルフィーたちに告げたトン吉の隣に立つポラリスの顔には変わらぬ笑顔が浮かんでいたが、何処か二匹の心の距離が近づいたように見えた。 

 意識を失う前にアイネスがそうするつもりだったためベリアルたちも反対することはなく、ただ口笛を吹いたり距離の近い二匹を温かい目で見たり先程二匹だけの空間を生み出していたことを冷やかしたりトン吉の恋を応援の言葉を掛けたりして、暖かく見送った。

 なお、子ダンジョン化の本格的な手続きはアイネスが目覚めた時にすぐ済ます事ができるよう、<オペレーター>が殆ど済ませることを<オペレーター>によって淡々と告げられたのであった。

 

 アイネスの異世界生活はまだまだ続く……















 なーんて、ね?



 キャハキャハキャハキャハキャハキャハ★



 いやぁ、まさか目的とは別にこんな愉しい劇を見ることが出来るなんて思わなかった!

 まだ誕生して数百年も経っていないであろう“同類”の存在には気が付いていたけれど、これは良い余興であった!

  異世界からやって来ただけのただの人間と、同じ主を持つ仲間というだけの己より弱者であるはずの魔物らを救うためだけに己から身を庇い瀕死になった悪魔族2匹。

 自身より強い魔物を翻弄し、更には同程度の下位種族とはいえ、殺気一つで成人した魔物を怖気させた生まれて間もないコボルト4匹。

 悪意もなく、ただ無邪気に周囲の魔物たちを騙し一つの物語を成すように誘導した“同類”と、生物としても存在としても異端と化した“同類”が演じて詐称していた真意を汲み取りいとも容易く説き伏せてしまったオーク。

 そしてそんな変わった行動を取る魔物たちの中心に立つ、ただの人間の少女。


 戦争も虐殺も蹂躙も策略も、そんなものは何百も見飽いたし聞き飽いたものであるが、今回のそれはこの飽き飽きする程に永く遠い生の中でも稀にしか見ないような珍妙な事が多かった。

 こういう珍味は酒の良い肴となる故、わざわざ面倒なダンジョンのシステムに潜り込んであのダンジョンに降り立ったかいがあるものである。

 何よりも愉しかったのは、今回の戦争にて戦い(蹂躙)を行う機会にありつけたということであろう。 

 久方ぶりの戦い(蹂躙)で興奮の余り、思わずあの“同類(演者)”のノリに合わせてそれっぽく語ってしまった!

 話の途中から割り込みする形で語りを半分横取りしてしまった訳であるけれど、それはそれで面白いというものであろう。

 否、一興と言えば良いのであろうか?

 生まれてこのかた「語り口調」なんてものはしたことがないし、そもそもどういった口調が「語り口調」になるのか分からなくてとりあえず先日図書室にて興味本位で見た小難しそうな……そうそう、確か厚目鉱石とかタライ落ちるみたいな名前の人間が書いた本であったはずだ。

 それらの本の口調を真似てみた訳であるが、なんか妙に違う気もしないわけでもない。

 途中オークと”同類”のやり取りが面白すぎてあまり周囲の様子を語れてなかった気もする。

 まあ、演者でもなければ執筆者でもなく、ましてや読者でもない自分からすればそんな違和感などどうでもいいことである。

 当事者ではない第三者にとって話の面白さは重要視すれど、誰が語るかはさして気にすることでないのだ。

 

 ああでも、もしかするとそれを気にする者も少なからずいるやもしれない。

 なにせこの●●●●(偽語り手)だって、彼女たちと共にあったのであるから。

 だがしかし、この愉快な茶番の余韻を愉しまずに次の話に進むのもあれだし……。

 であるならば、一回話を切り上げよう。

 うんそうそう、そうしようではないか。

 幸い話の区切りとしては丁度いいタイミングである故、ここで一旦休憩を挟んでもいいのではなかろうか?

 いや、良いに決まっている。

 

 ということで、オークジェネラルとその配下達を手のひらの上で踊らせた名無しの<演者>の話はこれで一旦オ・シ・マ・イ。

 11匹目、つまりはこの●●●●(偽語り手)の話はまた別の機会に持ち越しといこうではないか。

 なぁに、時間も世界も空間も道も存在どころか定義すらままならない故に有り余っているのだ。

 話と話の間に区切りを挟んで干渉したとしても、問題が存在するどころか定義されることもないであろう。

 だから暫しの間、酒でも飲んでその余韻を楽しんでいようではないか。


 次章は●●●●(偽語り手)と現在に至るまでの裏事情録。

 近日公開予定。

 まあ、いつを近日と定義するのかも定かじゃないんだけど。

 

 なーんてね。

 キャハキャハッ★



――――――告。メッセージを送信します。


――――――告。送信を完了しました。

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