騙される方も悪いと彼女は告げる
ダンジョン戦争が終わると、アイネスが真っ先に向かった場所はミルフィオーネ達が待つ白い空間ではなく、負傷したベリアル達が待つ第4階層と第5階層を繋ぐ階段前の部屋だった。
アイネス達が到着してすぐに見えたのは、応急処置が施され立ち上がれる程回復したベリアルとタンザだった。
2体が立ち上がって出迎える姿を確認すると、アイネスはすぐに2人に駆け寄った。
『ベリアルさん、タンザさん、もう大丈夫なんですか?』
「はい、アイネス様。まだ全快とは言えませんが、少なくとも移動するだけの力は回復しました」
『そうですか。さっきは私やタクトさん達を庇っていただきありがとうございました』
「いえいえ、これもアイネス様に仕える我々の仕事ですから」
「それにしても、良くアルファ殿のみを連れて最深部まで辿り着けたな」
『元々最深部の方はタクトとアルファによるソナー戦法とは別に攻略方法は考えていましたからね。最深部まで進む事自体は私とアルファさんだけでも出来たんですよ。ただ翼で飛べるベリアルさん達がいないとダンジョンコアに触れなかったので最深部攻略の目的を煽る方向に変更しただけです』
「なるほど、だからテアトロとバイフーが此方にいらっしゃるのですね」
ダンジョン戦争が終わった事で<オペレーター>を使用しても許されるようになったからか、アイネスは<オペレーター>の通訳を使ってベリアル達と会話をする。
ミルフィオーネがアイネスの言葉を理解出来るように自分の<オペレーター>を使って通訳しているのか、ベリアル達にもアイネスの言葉がハッキリと理解出来た。
奥の手として渡りの魔鏡を使用して召喚される予定だったものの、本来であれば出番がないはずだったバイフーとテアトロがそこにいる理由を察したベリアルは状況によって即座に作戦方針を変更したアイネスの対応力に笑みを深めた。
一方でタクトはアイネスに近づくと、トン吉の側に立っているオークの娘を指差しながら興奮気味に喋り始める。
「アイぴっぴ、聞いて聞いて! トン子ちゃんの薬がマジぱねぇんだわ!」
『トン子さんの薬? って言うとロッソさんの娘さんの……ですか?』
「そそ! アイぴっぴとアルアルが次の階層いっちった後トンちーとトン子ちゃんで色々あったんだけど、なんやかんやあってトン子ちゃんがベルっさんらの為に痛み止めくれたわけよ! その痛み止めのおかげか、ベルっさんらがこんな良くなった訳よ!」
『ロッソさんの娘さんがそんな事をしてたんですか……』
タクトの話を聞いたアイネスがオークの娘の方を見ると、彼女はアイネスに向かって一度頭を下げた。
その姿を見てアイネスが何か言いたげな表情を浮かべたものの、結局アイネスは何も言うことなくベリアル達の方に向き直った。
『取り敢えず、このままラファエレさんとイグニさんと合流して最初にいた空間に戻りましょうか。ベリアルさんとタンザさんはその時に治療を受けてください』
「畏まりました」
「分かった」
『それで、娘さんはどうするんですか? ダンジョン戦争が終わった事ですし、このままダンジョンに残っています?』
「い、いえ、わたしも一緒についていこうと思います。多分お父さん、ダンジョン戦争に負けてすごい怒っているでしょうから、わたしが行って宥めないといけないので……」
『……そうですか。お好きにどうぞ』
ベリアルとタンザはテアトロとタクトに肩を借り、アイネス達はオークの娘と共にミルフィオーネ達の待つ白い空間へと向かった。
『……』
トン吉の隣に寄り添うように付いてくるオークの娘に、アイネスは少し視線を向け、また前を向いたのだった。
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アイネス一行が白い空間に辿り着いてすぐ見たのは、怒りと屈辱に塗れた顔のオークジェネラルであった。
その背後にはミルフィー達の他に、今回のダンジョン戦争で脱落した魔物達の姿もあった。
オークジェネラルはオークの娘を見るとすぐに駆け寄って拳を振りかざそうとしたが、オークの娘の隣にいたトン吉が前に出て庇う事でそれを防いだ。
近くにいた女魔物達がオークジェネラルの暴走を宥め、負傷したベリアルとタンザがラファエレから回復魔法を掛けられている中、ミルフィーは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「今回も見事な戦いぶりじゃった、アイネスよ」
『ありがとうございます』
「ルールに反しないギリギリの駆け引きの戦法、フェスタンとバンチェットの実況を利用した行動の誘導。実にイノベーティブでエクセレントな戦いだった!アメイジング!」
『フェスタンさん達の実況を利用するのは少々ズルいかなって思ったんですけど、ルールには禁止されていなかったので……あ、もしかして駄目でした?』
「ノープロブレム! 使える物を使うのは当然の事! それが武器でも魔法でもスキルでも、フェスタン達の実況でも変わりない! なにより、面白ければそれで良し!」
「見上げたエンターテイナー魂だな……」
爽やかな笑顔でアイネスの戦法を褒め称え、自分の配下の実況をオークジェネラルの行動を誘導する作戦の一部として利用した戦術を笑うディオーソスに対し、バイフーはポツリと言葉を漏らした。
その時、プルプルと激情に震えていたオークジェネラルが声を上げる。
「こ、こんなの、イカサマではないか!」
『イカサマ?』
「相手に戦闘不能に追い込まれるかダンジョンコアに触れられて勝敗が決まるならまだしも、ルール違反だなんだという理由でダンジョン戦争を終わらせて勝利するなんて間違っている! こんなダンジョン戦争は無効にするべきだ!!」
本来の勝利条件とは違い、今回のダンジョン戦争のみに提示された『ダンジョン内に設置されたルールに従う事』という条件を破って敗北した事実がよほど気に食わないのであろう。
オークジェネラルはアイネスに掴みかからん勢いでアイネスにインチキだ、騙された、こんなダンジョン戦争は無効だと怒鳴り散らす。
好き勝手に喚き立てるオークジェネラルに対し治療を受けているベリアルや横で見ていたミルフィーが口をだそうとするが、それをアイネスが止めた。
アイネスは表情を一切崩す事なくオークジェネラルの暴論を何も言わずに聞き続ける。
そしてオークジェネラルが怒鳴り疲れて息を切らして言葉を止めると、アイネスは一つため息をついてオークジェネラルに言ったのであった。
『………で? それの何が悪いんですか?』
「なっ……!?」
普段よりも冷たく、淡々とした声にオークジェネラルだけでなく、ベリアル達やミルフィー達までも目を丸くし、唖然とする。
アイネスは頭を掻きながらオークジェネラルの顔を鋭く睨むと、言葉を続ける。
『人を騙してはいけない。ズルやインチキはいけない。そういった事を説教するなら納得出来ます。何事に置いても人を騙す事やズルを働く事は悪いですからね。でも、それを今此処で貴方がどうこう言うのはおかしいですし、矛盾しています。貴方だって他のダンジョンマスターを騙してDPや宝を奪っていますし、このダンジョン戦争に置いては娘さんに自爆特攻をさせて私の命を奪おうとしてダンジョン戦争自体を有耶無耶にさせようとしたという明らかなズルが見られているんですから』
「そ、そんな事はしていない! 全部これが勝手にしたことだ!」
『はい、でました責任転嫁。良いですよね、自分の罪を押し付けられる場所があるのって。でも知ってますか? 娘の罪の責任は親の責任でもあるんですよ。貴方が娘さんに責任を押し付けようと濡れ衣を着せようと、その責任を負うべきは娘さんを監督する義務がある貴方です』
「なっ! なんだと……!」
『それに、責任転嫁っていうのは元から周りの信用や信頼があって初めて成立することなんですよ。どんなに口が上手くても「コイツが悪いんだ」という事を周りが信じなければ意味がないんです。詐欺の疑いを課せられていて客の前だろうが構わずに自分の娘を怒鳴り散らして、挙げ句に問題事も罪も押し付けようとする貴方にそれほどの信用や信頼があると思いますか?』
アイネスの言葉を聞いたオークジェネラルは反論を述べようと視線を上げたが、そこで彼は気付いてしまったのである。
自分の配下と娘を除いた自分とアイネスのやり取りを見守っている者達全てが、オークジェネラルに冷めた視線を送っていることを。
《この期に及んでまだ言い逃れをするつもりか》
《ああ、なんと往生際の悪いことか》
そのような思いが込められた、オークジェネラルに対して呆れと不信の感情しかない温度のない視線。
自分の言葉なんて何の価値もないという事が怒りと屈辱で熱くなった頭でも分かってしまう程、その目は冷めきっていた。
そんな目で見られていた事に気づいてしまったオークジェネラルは、開いた口を思わず噤んだ。
一方、アイネスは言葉を続ける。
『前にも言ったでしょう? 騙す側が当然悪いですけど、騙される側も悪いんですって。誰だって生涯に最低一度は嘘を付いたり誤魔化したりするもの。人を騙すような事を言わない事が大前提ですけど、対して信頼も信用もない人の言葉を鵜呑みにする方にも責任があると私は思うんですよ』
「そ、そんな事……」
『確かに私は、貴方の行動を誘導するために幾つかのミスリードを置きました。しかし、貴方はそれらに少しの疑念も抱かなかったんですか? 何故わざわざ登りやすいように出来た取っ手がある壁の側にダンジョンコアが設置してあるのか、気にはならなかったんですか? 私が貴方の行動を読んで罠を置いているのではないかと一度も疑わなかったんですか?』
「ぐ、ぐぐぐ……」
『分かりますよ。なんでこんな娘の戦術に上手く騙されてくれたのか。「自分が騙されるはずがない」って思っていたんでしょう? 「あんな娘如きに自分を上回る事は出来ない」「騙す側の自分が、騙される側の者達に騙されるはずがない」って、驕っていたんでしょう? そんな凝り固まった考え方こそが、自分は絶対大丈夫だなんて油断が、貴方を詐欺に引っ掛かりやすい典型的な被害者の1人に陥らせたんですよ』
「ぐ、ぐぐぐぐがぐぐぐぐ……!!!!」
『当たり前、当然、絶対なんて先入観を抱いて根拠のない言葉を信じて痛い目見るのは被害者なんですから、そうならないように努力しないのは騙される側の責任なんですよ』
プライドが高く、自分の能力に過信し、誘導しやすい。
それは以前、ミチュ達に伝えた詐欺に引っ掛かりやすく騙されやすい者達の特徴であった。
今のオークジェネラルはその特徴に全て当てはまっている。
アイネスの言葉で核心を突かれたオークジェネラルはわなわなと顔を歪ませ唸った。
「随分と厳しい言葉をぶつけるのでぇすね。ミチュさん達もその騙された被害者でぇすのに」
「アイぴっぴ、実は嘘つきとか嫌い系?」
『嘘付きとか騙されやすい云々は別に。ただ、主張に一貫性のない人やあからさまに矛盾した言動とかってイラってするんですよね。自分は人に嘘つく癖していざ自分が嘘付かれると文句言うのとか、すぐ分かるような嘘付いておいて嘘ついてるよねって言ったらつまんないとか可愛げがないとか言う人とか特に。あとイベントだからって全員に参加をさせたがる人』
「やけに細かいのう」
眉間に小さなしわを作って不機嫌そうにそう告げるアイネスにミルフィー達は珍しいと思ったものの、それを深くツッコむ事はなかった。
先程まで怒鳴り声を上げていたオークジェネラルがただ唸るだけになったことで、ディオーソスは咳払いをしてアイネスに尋ねる。
「さて、クールガール! ダンジョン戦争に勝利したユーは勝者の権限として敗北者であるMr.テクニシャンに対して3つの要求をすることが出来る! 今回ユーは何を望むのかな!?」
『1つ目の要求はロッソさんとロッソさんの配下、そしてロッソさんの娘さん達が今までの詐欺で結んだ契約の破棄、及び騙して奪い取ったDP、財宝の返還。使ってしまったり無くなったりしてしまった物に関しては<カスタム>の相場のDPを支払って返してください。DPの返還に関しては分割にするかこの場で一括で支払ってもらうか、どうします?』
「当然、一括だ!」
「今すぐ返して貰わんと踏み倒してきそうだ!」
「こんな男の言い分など聞いてられん!」
『じゃ、一括で。DPが足りない場合、私の方で一つ考えがあるので不足分はもう少し待ってもらえると有り難いです』
「今回アイネスちゃんには借りを作られちゃったものね。アイネスちゃんのお願いなら聞くわよ」
『それでは、早速返還してもらいましょうか』
「くそっ……!」
アイネスの1つ目の要求により、オークジェネラルは渋々配下達に命令を出して今まで騙し取ってきた財宝やDPを被害者の会のダンジョンマスター達に返還を始めた。
『そういえばミチュさん。これ多分ミチュさんのでしょうから返しておきますね』
「あら、アタシの鬼魂ちゃん! これ、鬼人族としてはとっても大事なものなのよ! アイネスちゃん、本当にありがとうね!」
アイネスがオルトス達から回収した鬼魂のオーブをミチュに渡せば、ミチュは涙ながらにアイネスに礼を言う。
他のダンジョンマスター達もオークジェネラルに騙し取られた財宝を取り返すと、口々にアイネスに礼を述べたのであった。
しかし、オークジェネラルは余程派手に詐欺行為を働いたらしい。
ミチュを含め、何人かのダンジョンマスターは財宝もDPも満額取り返す事が出来たが、騙し取られたDPを全て取り返す事が出来なかったダンジョンマスターもいた。
そんなダンジョンマスター達に対しては、ミルフィオーネがオークジェネラルの借金として立て替える事となった。
それどころか、オークジェネラルが最低限ダンジョンを運営出来るだけのDPを渡す始末。
流石にこれにはアイネスも後で見返りを求められるのではないかと気になり、ミルフィーに尋ねた。
『本当に立て替えてもらって良いんですか?』
「何か彼奴らを利用してDPを全て彼奴に返させるいい考えがあるのじゃろう? それどころか、借りたDP以上の利益になるような事を考えているのではないのかえ? だったらこの程度、容易い事じゃ」
『抜け目ないなぁ……』
アイネスが何か利益になる事を考えている事に気づきつつ、絶対に利益を生んでそれを自分に還元せよと暗喩するミルフィーにアイネスは苦い声を零した。
アイネスは一つ拍手をして気を取り直した後、次の要求を述べた。
『2つ目の要求は、ロッソさんがダンジョンマスターという立場から降りてロッソさんのダンジョン経営権や配下、ロッソさんを含めダンジョンに関する全てを私達に譲渡する事です。簡単に言えば、私のダンジョンの子会社化……もとい子ダンジョン化ですね』
「なに!?!?」
「えっ……」
「「「「「ええええええええええええええ!?!」」」」」
アイネスの出した2つ目の要求に、オークジェネラルとその配下達、そしてオークの娘までもが驚愕の声を上げた。
彼らだけではない。
声にこそ出さなかったものの、ミルフィーやディオーソス達もアイネスの要求内容には目を丸くした。
オークジェネラルが他のダンジョンマスターやダンジョン戦争中のアイネスに対してやらかした事を考えれば、オークジェネラルのダンジョンの取り潰しを要求してもそれは当然のことだろうと考えていた。
なにせオークジェネラルは野良の魔物だけではなく、自分の同業のダンジョンマスター達まで食い物にしようとしたのだ。
到底DPや財宝を返還させた程度では許されるものではない。
アイネスが先程返還DPの不足分はまって欲しいと聞いた時、ミルフィーが想像したのはアイネスのダンジョンでオークジェネラル達を働かせる事だった。
返還させる為にオークジェネラル達人材は必要であるが、ダンジョンマスターなら自分のダンジョンを拡張し放題である故オークジェネラルのダンジョンにはさして価値がないのだ。
しかしアイネスが望んだのはダンジョン経営に関する全ての権限、人材、そしてダンジョンそのもの。
流石にこの要求は予想の斜め上で、ミルフィー達もつい驚いてしまった。
更にアイネスは、一同を驚かせる言葉を告げたのであった。
『因みに、ロッソさんのダンジョンの新しいダンジョンマスターはトン吉さんに任命しようと思います』
「「「「「「「ええええええええええええええ!?!」」」」」」」
白い空間にて、ほぼ全員の驚愕の声が響き渡る。
そんな中オークの娘は口を開かず、少し不安そうにポーチの紐を握りしめたのであった。




