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ド派手で楽しいボス戦 その2

 アルカード、オルトスの2体の魔物を戦闘不能状態に追い込んだアイネス。

 彼女が次に挑んだのはポイズンレッドスパイダーだ。

 

 ポイズンレッドスパイダーの素早さはアイネスよりも圧倒的に高い。

 本来であればアイネスが<隠蔽>を解除して姿を現した時点で捕まっていても可笑しくない。

 しかし、それは普通の状況下であればのこと。

 ポイズンレッドスパイダーの本来の生息地は森林の中で、地面に氷が張る冬の間は冬眠してしまう。

 ウーの魔法で生成された水を利用してアイネスが急遽創り上げられたスケートリンクは、氷の上での戦闘どころか氷の上での移動する事自体経験がないポイズンレッドスパイダーにとっては相性最悪な戦場だった。

 氷によって足を滑らせてしまうためまともに移動することが出来ず、手加減というものが苦手な魔物達にとってスピードや進む角度の微調整が必要なスケートリンクの上はポイズンレッドスパイダーの素早さを完封するのに最適だった。

 いや、スケートリンクの上での戦いに相性が悪いのは高みの見物をしていたウーやビロープ達も同じこと。

 氷の上を滑るなんて遊びをしたことがない彼らに、氷の上を滑って移動するなんて出来る事ではないのだ。


「そもそも、このダンジョンってダンジョンマスターが環境を設定するからそうそう氷張る程寒くなるなんて事が起きないし、ゴシュジンと娘ちゃん以外は殆どダンジョンの外に出た事がないからね……。こんな不安定な地面の上で滑れって言う方が可笑しいでしょ普通……」

「こ、この地面は腰に悪くて叶わんわい!」

「#############」

「『スケート初心者お疲れ様でーす』」

「そして君は無駄に氷の上を滑るのが上手いなぁ?! もしかして極北の国育ちか何か!?」

「###########?」

「『極東の島育ちですが何か?』」


 一方、アイネスは元いた世界で中1の修学旅行でスケート教室とスキー教室に参加させられている。

 当時某スケート選手アニメにハマってた事も相まって真面目に参加していたお陰もあり、基本インドア派のアイネスでもスケート靴さえあれば人並み程度かそれ以上には滑る事が出来た。

 同じ動きにくい状況下でも、アイネスの方が幾分か相性の良いのだ。


 アイネスの魔力量ではコロシアムの地面全体を水で覆う事も、地面を直接凍らせる事も出来ない。

 しかし、誰かが用意した水溜りを凍らせるのであればアイネスでも状態変化の知識を利用して最小限の魔力で実行することが可能だった。

 花火や爆竹を打ち上げ続ければ頭が良く、魔法に長けているであろうウーが花火の仕組みを理解して水属性の魔法を使って対処してくるであろうという事をアイネスは予測し、撹乱作戦に花火と爆竹を使用した。

 そしてマタタビ粉末と犬笛の併用でより俊敏なオルトスと上空への逃走が可能なアルカードを一時的な戦闘不能へと導き、オルトスからは鬼魂のオーブを回収した。

 あとはポイズンレッドスパイダーの鬼魂のオーブを回収し、残る魔物達を戦闘不能にさせるだけ。

 しかし、それを達成するのはかなり苦難な事だった。


「KSYAAAAAAAAAAAA!」

「<#######>!」

 

 まともに移動して近接攻撃する事が難しいと悟ったポイズンレッドスパイダーは甲高い叫び声に似た奇声を上げながら毒針や糸を使い遠距離からアイネスに攻撃を始めた。

 アイネスは風属性の魔法や防御魔法を使い毒針や糸を吹き飛ばしてなんとか回避しているが、絶えぬ攻撃のせいで距離を縮める事が出来ずにいた。

 <隠蔽>を使い徐々に距離を詰めてはいるが、下手に近づこうとするとポイズンレッドスパイダーがその身を大きく動かして懐に入られる事を防ぐ為、中々会心の一撃を与える事が出来ずにいた。


(そもそも、虫なんて家で見かけたらすぐキャッチアンドリリースするから知識なんてないんだけど……)


 アイネスは母親の副業を手伝っていたお陰で犬や猫といった動物に関する知識には豊富だが、蜘蛛や蝶といった虫に関しては専門外だ。

 それが自分の身体よりも大きなクモだったら尚更だ。

 かなり近くにまで近づければ殺虫剤で瞬殺出来るかもしれないが、それにしても毒針や糸が邪魔をする。

 氷の上を移動出来るとはいえ、所詮アイネスは人並み程度に滑れる程度。

 このまま長期戦になれば体力の劣っているアイネスが捕まるのは時間の問題だった。


(自分を<鑑定>して……MPは残り45か。ロッソさんの方もそろそろあの事に気が付くかもしれないし、此処で1手進めるべきか)


 アイネスは懐から1つの棒を取り出し、その先端を伸ばした。

 先程<ネットショッピング>で注文した『蜘蛛の巣キャッチャー』というなんとも安直な名前の蜘蛛の巣除去道具だ。

 初めて使う代物だったため効果があるか半信半疑で使っていなかったが、アイネスは距離を詰める為にも此処で使用する事を選んだ。


 スイッチを押せば、蜘蛛の巣キャッチャーの先端部分が微振動を始める。

 アイネスが蜘蛛の巣キャッチャーを前に構えたのとほぼ同時に、ポイズンレッドスパイダーがアイネスに向かって糸を放った。

 ポイズンレッドスパイダーの糸は豪速球のままアイネスの胴体へと飛んでいったが、アイネスの数歩前に達した所で蜘蛛の巣キャッチャーに吸い込まれるように方向転換し、自ら絡められたように先端に巻き付き無力化された。

 予想外の方向での糸の無力化に、ビロープ達は呆気に取られる。


「「なにそれすっご!?(#######!?)」」

「って君もその棒の効果を知らなかったの?!」

「息が完璧にあったのぅ」

「########################……。####################」

「『まさかこんな方向で此処まで効果があったとは思わず……。一家に1本って売り文句は伊達じゃないな』」

「持っている魔法道具の効果ぐらいちゃんと把握しようよ……」


 ポイズンレッドスパイダーの糸を絡め取った蜘蛛の巣キャッチャーを振りながら感心する様子を見せるアイネスに、ビロープは思わず肩を落とした。

 此方の隙を付いた策や作戦を思いついて油断ならなかったり何処か気の抜けるような反応を見せたりとよく分からない子だ、とそう思ってしまった。


 蜘蛛の巣キャッチャーの効果を確認した所で、アイネスは改めてポイズンレッドスパイダーへの接近するため、氷の床を滑りながら駆けていく。

 アイネスがポイズンレッドスパイダーの糸を蜘蛛の巣キャッチャーを駆使して無効化し徐々に距離を詰めていくと、ポイズンレッドスパイダーも糸が通用しないと判断したのだろう。

 アイネスとポイズンレッドスパイダーの距離があと数メートルまで縮まった時、口から毒針を放って抵抗した。

 アイネスの胴体に向けて放たれた毒針にアイネスは大きく目を見開き、胴体を後ろに傾けて急ブレーキを取ろうとする。

 そのまま前に進めば毒針が胴体に刺さる。

 しかし左右に避けるには時間が足りない。

 そんな状況だった。


「#、#######!!」


 次の瞬間、アイネスは咄嗟に自分の上体を後ろに反らした。

 頭が地面に激突しそうになるのを氷の地面に両手を付けることで回避し、宛ら某SF映画のワンシーンのように毒針を回避してみせた。

 此処にアイネスと同じ異世界転移者であるカナタ、ソーマ、アヤカがいたのなら、彼らはこう述べていただろう。


 それは見事な立ちブリッジだった、と。


<<「「ええええええええ?!」」>>


 アイネスの、この世界の人間では到底真似出来ぬ柔軟な身体を駆使した回避術にビロープとウーは勿論のこと、実況席のフェスタンやバンチェットまでもが驚きの叫びを上げた。

 ポイズンレッドスパイダーもこのような回避方法を取られるとは思ってなかったのか、一瞬動きが停止した。

 その一瞬の隙を付き、アイネスは足を地面に付けて寝そべるような体勢に変えて氷の地面を滑りながらポイズンレッドスパイダーの身体の下へと潜り込んだ。

 ポイズンレッドスパイダーの首元に付けられた首輪に手を伸ばし、鬼魂のオーブを<アイテムボックス>の中へと仕舞うと、そのままのスピードでポイズンレッドスパイダーの胴体の下から潜り抜けた。

 再びポイズンレッドスパイダーから距離を取ると、アイネスは立ち上がってポツリと言葉を漏らした。


「###……。###################……」

「『危ない……。毎日ジューナンストレッチしてて良かった……』」

「何今の!? 今身体が2つ折りになってたよね?!」

「面妖じゃな……」


 毒針による攻撃によって出た冷や汗を拭うアイネスにビロープとウーが言葉を漏らすが、アイネスはそれに返事をすることはなかった。

 もう一つの鬼魂のオーブを奪い取り、あとは目の前の敵を戦闘不能状態にするだけとなった。


「GRUUUUUU……KSYAAAAAAAAAAAAA!!」


 ポイズンレッドスパイダーは鬼魂のオーブの縛りから解き放たれた今でも理性を取り戻す事が出来ず、暴走状態のままだった。

 奇声を上げるポイズンレッドスパイダーを前に、アイネスは再び蜘蛛の巣キャッチャーを前に構え、防御に備える。

 ポイズンレッドスパイダーは目の前に立つアイネスに向けて毒針や糸を放ち、アイネスを攻撃する。

 それに対しアイネスは魔法と蜘蛛の巣キャッチャーを駆使してポイズンレッドスパイダーの攻撃を防ぎ、隙あればポイズンレッドスパイダーに殺虫剤を吹きかけてダメージを与えようとする。

 アイネスとポイズンレッドスパイダーの一進一退の攻防が続く中、門番の魔物達は静かにその戦闘を見守っていた。

 

 数分後、戦況は突如として大きく変わる。


「!?」


 ポイズンレッドスパイダーの毒針の一本がアイネスの防御の隙間を抜けて、アイネスの左足に突き刺さったのだ。

 左足が麻痺したように動かせなくなった事により、アイネスはバランスを崩し氷の上で転んだ。


「####……!」


 アイネスはすぐに上体を起こすと、痛みを堪えながら足に刺さった毒針を引き抜いた。

 毒針が刺さっていた箇所から、アイネスの血がツゥッと流れる。

 足に刺さっていた毒針をその辺に投げ、アイネスは<アイテムボックス>から1つのペットボトルを取り出し、キャップを開けて中の水を一口飲んだ。

 すると毒に侵されたのが嘘かのように左足を地面につけ、立ち上がった。

 アイネスの持つペットボトルの水を見て、ビロープは目を細めた。


「なるほど、毒妃鳥の血を入れてあるのか。随分とまあ珍しい物を持ってるね」

「恐らく<契約(コントラクト)>を結んだ配下の一体がそれなんじゃろう。一滴水に垂らして持っておくだけでも毒対策には十分じゃろう」

「しかし、毒は回復出来てもその傷は回復出来ていないようだがな……」


 アイネスの左足からは依然として血が流れている。

 その傷は決して浅い物ではない。

 立つ事は出来ても、先程までのように器用に滑って移動することは難しそうだった。

 アイネスは手を前に出し、ポイズンレッドスパイダーに向けて攻撃魔法を繰り出そうとした。

 

「<#######>」


 しかし、それは空振りに終わった。

 アイネスが呪文を唱えても、魔法が起こらなかったのだ。

 それを見て、ビロープ達はすぐに何が起きたのかを瞬時に理解する。


 魔力不足。

 先程までの攻防により、アイネスの魔力が殆ど底をついてしまったのだ。

 ポイズンレッドスパイダーの毒針は風属性魔法なしでは防御することは難しい。

 アイネスにとって、まさに致命的とも言える変化だった。


 アイネスに残された魔力は残すところあと僅か。

 それも防御魔法や攻撃魔法は打つ程の魔力は残っていない。

 もしも残された魔力を使おうものならアイネスは完全に魔力が切れてそれまで掛けていた魔法が解除され、唯一アイネスにとって有利である氷のグラウンドを失う事になる。

 仮に魔法が打てたとしても、足の怪我を負った状態で戦闘を続けるのはアイネスには不可能だった。


「終わったね」

「此処まで来れば、もう降参する他なかろうよ」

「ビロープ、今ならあの娘の事も鑑定出来るのではないか?」

「えー! 仕方ないなぁ……」


 ビロープ達門番の魔物は既にこの戦闘が終わったと見て会話を始める始末。

 アイネスは顔を俯けフラフラの状態で立っている。

 そんな中でも、アルファは最初と同じ位置で表情を崩すことなく待機を続けていた。

 そんなアルファに対し、ビロープ達は呆れの感情を向けた。


「さ、見せてもらおうか。君が持つ力を……」


 ビロープは渋々といった様子でアイネスの方に顔を向け、額にある第三の目を開眼させた。

 何も言わずに俯いているアイネスに、ビロープは目の力を集中させる。

 未だに文字化けしているアイネスのステータスに視線を向けていたその時、ビロープはあることに気が付いた。

 その事に気が付いたビロープは思わず不思議そうな表情を浮かべ、ポツリと疑問を呟いた。



「…………なんで、」



――――こんな状況の中、そんな()()()()()()()()()()? 





 ビロープの言葉が言い切らない内に、アイネスは自分の足元に手を伸ばした。

 そして笑顔を浮かべたまま、口を開いた。


「<######(メイクアップ)>!!」


 アイネスがその呪文を唱えた瞬間、アイネスの足元が再び光に包まれた。

 残された魔力を全て使って放たれた魔法は、ただ着ている服を変えるだけの魔法だった。


 アイネスの靴がスケート靴から黒いブーツへと変化したその時、魔法によって凍りついていた氷のグラウンドは一瞬にして元の水が溜まった地面へと戻った。

 魔力が切れればそれまで掛けた魔法は解除される。

 そんな事は魔法を使う者ならば分かっていたはずなのに、アイネスは最後の魔力を使い切った。

 自らより不利な状況下に陥れるような一手に門番の魔物達が混乱していると、アイネスは<アイテムボックス>を展開しながら大きな声を上げた。


「アルファ!!!!!」

###(Yes)####(マスター)


 アイネスがアルファの名前を呼んだその瞬間、今まで最深部入り口前で待機していたアルファが動き始めた。

 アイネスの元へと素早く移動するアルファにビロープ達は呆気に取られながらも魔法を展開しようとするが、間に合わない。

 今アイネスは入り口側に近い場所に立っていたせいで入り口の反対の壁で待機していたビロープ達よりも入り口前で待機していたアルファの方がアイネスとの距離が近いのだ。

 おまけにアルファの前にはアイネスが立っている為、下手にビロープ達が魔法を使えばアイネスにまで重傷を負わせて仕舞いかねなかった。

 まるで、最初からそうなるように推測されて動かれていたように。


  突然のアイネスの奇行に動揺してしまった事もあり、ビロープ達が魔法を発動させるよりも先に、アルファはアイネスの背後に辿り着く。

 そしてアルファは両手をアイネスの肩に乗せると、背中から黒いチューブを出し、<アイテムボックス>から取り出したMP回復ポーションを手に持つアイネスの身体に接続を始める。

 アイネスは自身の腕に付けていた“魔女の装具”を外し、<アイテムボックス>へと仕舞った。

 そんなアイネスを支えるようにアルファはアイネスに優しく触れながら、言葉を連ねる。


「魔力補給線、コネクト完了。魔力残量、満了状態。事前に提示された条件に全て満たしていると判断」





「これより、魔力循環を利用したマスターの魔力補助を開始」 

「「なに!?」」


 魔力循環。

 それは、アイネスがベリアルとの魔法の特訓で魔力の操作を覚える為に行った特訓内容の1つだ。

 お互いが接触して相手に対して自分の魔力を流すことで、魔力の流れを作るこの特訓メニュー。

 オークジェネラルと初めて対面する数日前、アイネスはそれを自分の魔力のなさを補助する手段に使えないかと考えた。


 魔法を使えば魔力が減り、自分の魔力が切れれば魔法が使えなくなる。

 しかし、仮に別の場所から魔力が与えられていた場合、どうなるのか。

 外から内へと魔力を動かす魔力循環に、内から外へと放出する魔法の発動。

 それもまた1つの魔力の流れであるとアイネスは考えた。

 そしてその流れを利用して誰かに魔力を流して与えて貰えれば、魔力量の少ない自分でも高度な魔法が使えるようになるのではと。

 そう、推測を立てた。


 結果、その推測は合っていた。

 魔力循環を利用し魔力を与え続けられていれば、アイネスも大魔法を使う事が出来た。

 しかし同時に、これには幾つかの条件を満たさなければならなかった事が判明した。

 

 まず1つ、使用する大魔法は防御魔法以外であること。

 魔力を使用して盾や壁を生み出し己の身を守る防御魔法では魔力の放出が遅すぎて、魔力熱が溜まってしまうから。


 次に、魔法道具に使う場合はよほど大量のMPを必要とする物であること。

 でなければ大量に流し込まれ続ける魔力に魔法道具の方が耐えきれず、壊れてしまうからだ。


 最後に、アイネス自身が魔力を完全に切らしていること

 少しでもアイネスの身体に魔力が残ってしまっていると、それを相手に渡す為にもう一つの流れが出来てしまう為、魔法の発動に使える魔力の量が減ってしまうから。


 オートマトンであるアルファはアイネスのダンジョンにいる魔物達の中で最も魔力を保有する魔物だ。

 万が一アイネスが魔力切れを起こしても、アルファがいればアイネスはその場を切り抜ける為の大魔法を発動することが出来る。

 それが、今回のダンジョン戦争の攻略部隊の一体としてアルファが選ばれた理由だった。


 アルファに魔力を流し込んでもらうと同時に、アイネスは自分の持っているMP回復ポーションの全てをアルファに掛けて自分に与えられる魔力の量を更に増量する。

 当然そうすればアルファの多すぎる魔力がアイネスの身体に過剰に流し込まれ、アイネスは魔力の熱に悲鳴を上げそうになる。

 しかし、アイネスは毅然と笑う。

 怒りに満ちている時とは違った笑みを浮かべる。

 勝つ為の痛みだと思えば、ちょっと火傷するような熱さもまたアイネスを楽しませるゲームの要素の1つだと考えられたから。


 全てのMP回復ポーションを使い切った時、アイネスは<アイテムボックス>から1つの物を取り出した。

 それは、一枚の手鏡。

 先々月あたりにミルフィーから頂いた、“渡りの魔鏡”の片割れだ。

 

 ダンジョン戦争中、相手の陣地にて転移魔法を使用することは禁じられている。

 しかし、召喚魔法はそのルールに含まれていない。

 “渡りの魔鏡”を使った配下の召喚も、このダンジョン戦争において許された選択の一つなのだ。


「あれは……“渡りの魔鏡”?! 自分の配下を召喚する魔法道具?!」

「まさか、この場にさらなる増援を呼ぶつもりか?!」

「かの子は、最初からこの為に計算して動いていたのか!?」


 “渡りの魔鏡”にアルファから与えられた魔力を流し込み始めるアイネスに、門番の3人は顔を強張らせ動揺を走らせる。

 魔物達の中でもトップレベルの魔力保有量を誇るアルファの魔力補助を受けて召喚する増援なのだ。

 アラクネやスライムなんて程度の魔物ではないというのはすぐに分かった。


「KISYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 理性を失くした状態でも、アイネスが何やら良からぬ事を起こそうとしているのは察したのだろう。

 ポイズンレッドスパイダーは大きな叫び声を上げながらアイネス達へと接近していく。


 魔力補助をしているアルファも、その魔力の全てを魔鏡に流し込んでいるアイネスも防御魔法を展開する暇はない。

 アイネス達のすぐ目の前までやって来たポイズンレッドスパイダーが、アイネス目掛けて前足を大きく振り下ろした。






陌ォ螯ゅ″縺(虫如きが)悟享謇九↓隗ヲ繧九↑(勝手に触るなよ)


 アイネスに前足が触れるまであと数センチに達したその時、言語と言えぬ名状しがたき言葉と共に、何かしらの力によってポイズンレッドスパイダーの前足が弾かれ、切断された。

 宙を舞うポイズンレッドスパイダーの足の先に、強い力によって後ろへ吹っ飛び悲鳴を上げるポイズンレッドスパイダー。

 理解出来ぬ言葉の羅列であるにも関わらず、言葉の意味を理解する事が出来るその言葉の主の声に、ビロープ達は背筋が凍りつく。


 自分達が決して干渉してはいけない、接触してはいけないと瞬時に分かってしまう程恐ろしい、狂気の一片。

 それをそこまで接近していないにも関わらず、その恐ろしい殺気を感じ取ったのだ。

 門番の魔物達は自分達が経験した事がない脅威に、思わず畏怖してしまった。


 そんな中で唯一、第三の目を開眼させていたビロープは視てしまった。

 ポイズンレッドスパイダーの攻撃からアイネスを守ったそれの正体を。

 まるで“これは自分が先に手を付けたのだ”と示すように、アイネスの腕に巻き付いているそのナニカに。


(あれは……触手の一部?)

「バイフー!! テアトロ!!」


 ビロープがそう思うのとほぼ同時に、アイネスがこの場にいない2体の魔物の名を大きく叫んだ。

 その瞬間鏡が強い光を放ち、鏡の中から人化状態のバイフーとテアトロが姿を現した。

 召喚されてすぐ、テアトロはアイネスとアルファ立ちに立ち塞がるように立って防御魔法を展開し、バイフーはその両手に雷を帯びさせ宙を飛んだ。

 

 バチバチと音を鳴らす雷を帯びた大きな球体を形成すると、バイフーはポイズンレッドスパイダーと、その後方に立つ門番達に不敵な笑みを浮かべ手を振り上げた。


「<球雷>!!!!」


 雷を帯びた球体が振り下ろされた時、途轍もない爆音と強く白い光が最深部を包み込んだ。


 爆音と白い光が収まった時、バイフーは静かに着地する。

 バイフーはゆっくりと周囲を見渡した。


 バイフーの攻撃スキル<球雷>が直撃したポイズンレッドスパイダーは黒い炭と化している。

 その後方では、直撃を受けていないはずの門番の3人とオルトスが身体を痺れさせ呻いているのが見えた。


「な、にが……」

「アイネスより塩水は雷を通すと事前に聞いて半信半疑だったが……見る限りそれは本当だったようだな」


 <隠蔽>で隠れている間にアイネスが用意していたのは花火やマタタビだけではない。

 事前にバイフーとテアトロを渡りの魔鏡で召喚する事を決めていたアイネスは食塩を大量に購入し、それを最深部全体に振り掛けておいたのだ。

 事前に食塩を地面に振りかけておけば、ウーが水魔法で水を溜めた際に塩が溶けて食塩水になる。

 純粋な水と違い、塩水は電気を通す。

 水魔法で身体も服もずぶ濡れになっていた事もあり、バイフーの攻撃に直撃していないビロープ達にも感電してしまったのだ。

 <メイクアップ>で事前に靴を電気絶縁ブーツに取り替え、テアトロから守られていたお陰で感電せずに済んだアイネスはテアトロの後ろから炭と化したポイズンレッドスパイダーと感電の被害で殆ど意識を失った門番達を確認すると、ゆっくりと息を吐いていつもの無愛想な表情で片手ピースを掲げて言った。


「####……、#######」

「『Winner……、完全勝利ですね』」


 無愛想なその表情からでも分かる程、満足げだった。




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