トラップ?アスレチック?ノー、ハンティング!
「なるほど、つまり此方の出口の先に待っているのは即死級のトラップか鬼人レベルの魔物の可能性が高いのですね」
『その通りだ。出口の数がどれだけあるか分からないが、既に小娘の魔物達にやられている者たちもいるだろう。自分がもう少し早く気が付いていればこのような事にはならなかったのに……』
「ロッソ様は悪くありませんわ! 悪いのはこんな姑息な罠を仕掛けていたあの小娘の方です!」
アイネスのダンジョンの中で分散されてしまったオークジェネラルの配下達。
紫の扉ルートに仕組まれていた罠に気が付いたオークジェネラルは、すぐにこの事を知らせる為に他のゴールに到着した魔物達と<念話>で連絡を取っていた。
紫の扉ルートの迷宮に存在していた黒い扉の出口はオークジェネラルが入ったものも含めて全部で5つ。
エルフとラミア、それに数名の女性魔物達はオークジェネラルと共に先に進むつもりで待機していたため、先へ進んで罠に掛かってしまう前にオークジェネラルの連絡を取る事が出来た。
一度スタート地点まで戻ってオークジェネラルのいるゴールに再度向かえれば良かったが、鏡の迷宮への道は既に封鎖されているため迷宮に戻ることはかなわない。
オークジェネラルと別れてしまった彼女達に与えられた選択は先に進むか、その場に残るかの2つしかなかった。
『君たちはそこで待機していなさい。先へ進んだ先に何が待っているのか分からないからな……』
「いえ、ロッソ様! わたくし共もこの先に向かい、その先でロッソ様と合流したいと考えています」
『なんだって?』
その場での待機を命令しようとしたオークジェネラルに対し、エルフは奥へ進む事を主張した。
驚きを見せるオークジェネラルに対し、エルフは言った。
「このダンジョンの主の小娘がロッソ様の行道を誘導した、それはつまり、彼女は何らかの方法でロッソ様がこの先どう行動するのかを知っている可能性があります。此処でロッソ様がわたくし達に待機を命令するというのを読んでいる可能性があります」
『ふむ……確かにその通りだな。だが自分は君たちがあの小娘の配下達の手に掛かることが恐ろしい』
「ご安心ください。幸い此方にいるのは全員高レベルの者達です。ロッソ様がこうして危険を知らせてくれた今、わたくし達も用心しながら先へ進む事が出来ます。連携して敵を倒せば問題ないでしょう」
ドラゴンや悪魔といった魔物達はその能力値が高いのに対し、連携や協力に関しては壊滅的だ。
高レベルの魔物が連携を取りつつ戦闘をすればその勝率は決して低くない。
トラップに関しても、無闇に進まなければ良い話だからエルフ達だけでも対処が出来る。
何より、オークジェネラルを恋愛的な意味で慕う彼女たちは考えていた。
(((((ロッソ様と一緒にダンジョン攻略したい!)))))
異世界の食品も娯楽もその場で取り寄せられるアイネスとは違い、オークジェネラルの下についている女性魔物達の行動動機は主に一つ。
自分の主であり自分が色んな意味で慕うオークジェネラルに良い顔を見せることだ。
オークジェネラルにアピールしたい。オークジェネラルに良く思われたい。
そんな恋する乙女のような考えが彼女達を動かしているのだ。
オークジェネラルはエルフの言葉を聞き少し考え込んだ後、少し心配そうにしながらもエルフに言った。
『分かった。では奥で合流出来たら合流しよう。ただし、無理はしないでくれ』
「はい、勿論ですわ!」
『じゃあ、自分は他の者達に連絡を試みてみる。気を付けてくれ』
「はい、ロッソ様♡」
そしてエルフとオークジェネラルの<念話>は終わった。
エルフは他の女性魔物達にオークジェネラルから聞いた情報を伝えた。
「たかが小娘のダンジョンといえど、油断なりませんわ。いつでも戦闘準備に入れるよう魔法の詠唱は済ませておくのよ」
「「「はい!」」」
「近接攻撃の得意な子達は武器を構えるだけにしなさい。無闇に攻撃して脱落したら危険だわ」
「「「了解です!」」」
黒い扉を開け、エルフとラミアが率いる女性魔物部隊は周囲を注意深く伺いながらアイネスのダンジョンへと進んでいく。
少し歩いてみれば、彼女達は如何にも怪しい黒い扉を見つけた。
エルフ達はその扉を見つけると、警戒心を上げた。
代表としてエルフとラミアが扉に立ち、他の魔物達と目配せをした。
エルフとラミアはドアノブに手を掛け、勢い良く扉を開けた。
そして女性魔物達は一斉に扉の中へと駆け込み、各々の武器を構えて戦闘態勢に入った。
そこにいたのは……
「いらっしゃい、レディ達。ボクらのダンジョンの居住スペースへようこそ」
「「「「ようこそ、レディ」」」」
……高貴で格好いいスーツを身に纏った、麗しい美男子美少女達だった。
武器を全く構えていない、魔法陣の構成もしていない、完全に無防備な状態の美男子達に女性魔物達は目を丸くし、呆然としてしまう。
周囲を見渡せば、エルフ達が入ったのは美しい照明によって綺羅びやかに照らされた場所。
部屋の中には座り心地の良さそうなソファやガラスで出来た美しい机が複数設置してあり、その先には何やら別室へと続く道が見えた。
今までのエリアとは違った光景に何も言えず立ち尽くしていると、一人の麗人が女性魔物達の前に一歩出た。
「いらっしゃい、レディ達。取り敢えず危ない物は収めてくれるかな? 此処では両者戦闘行為は禁止されているんだ」
「両者戦闘行為禁止? わたくし達だけでなく、貴方達も?」
「ああ、本当だよ。そこの看板にも書いてあるから、目を通してくれると嬉しいな」
麗人の指し示した方向を見てみると、自分たちが入ってきた扉の真正面に看板が吊るされていた。
謎の麗人が言う通り、その看板には『両者戦闘行為禁止!』と記されていた。
それで漸くこのエリアのルールを理解したオークジェネラル側の魔物達は顔を見合わせた後、武器を降ろし、魔法陣の構成を解除した。
全員が武器を降ろしたのを確認すると、その麗人はニッコリと笑みを深めた。
「ありがとう。それじゃあ此処から次の部屋へ向かうための条件を話そうか。この先へ向かう為の条件は2つ。1つは君達のダンジョンマスターが指定の部屋にたどり着くこと。そしてもう1つの条件はそれまでの間ボク達のもてなしを受けて、楽しんでもらう事だ」
「もてなしを受ける、ですって?」
「このダンジョンの居住スペースは元々アイネスちゃんの配下の魔物が充実して過ごす為に用意されたエリアだからね。だったら此処に挑戦に来た相手に出す条件もそれに相応しい条件がいい。まあ、自分達の主と合流する前の休憩場所とでも考えてくれれば大丈夫だよ」
麗人は女性魔物達に説明をしながら、2回拍手を打った。
するとスーツを身に纏った男性のサテュロスと黒いグレーターワーウルフが麗人の後ろに立ち、女性魔物達にメニュー表を見せた。
「マッサージのコースは全て10分から20分。オイルマッサージからアロマ、指圧まで対応可能です。希望があれば温まるための足風呂にも入る事が出来ます」
「ま、まっさーじ?」
「しあつ……?」
「あ、足風呂……」
「……ネイルや顔パック、プロによるヘアアレンジなどを体験出来る美容コース、もある。ダンジョン攻略の疲れを取りたい魔物や、より美しい姿でダンジョンマスターと合流したい魔物達にオススメ」
「ネイル……?」
「美容コース……」
オークジェネラル側の女性魔物は2人に渡されたメニュー表をマジマジと見ながら、顔を見合わせる。
そしてなんとも言えない表情を浮かべながら、エルフは目の前の麗人達に尋ねた。
「……1つ確認させてもらっても良いかしら?」
「何かな、レディ?」
「これ、このダンジョンでは普通にある事ですの?」
「「「ある(ありますよ)」」」
「異常ですわ……」
3人の揃った回答にエルフは呆れた様子でため息をついた。
変わってる、異常だとは思っていたが、こんなのが普通だと言いのけるなんて明らかに普通のダンジョンからかけ離れている。
呆れた表情を浮かべる女性魔物達に対し、麗人はニッコリと笑みを浮かべた。
「さぁ、席に座って。今から此方の料理人が腕によりをかけた軽食と、エルダードワーフが推薦するお酒を用意するよ。時間が来るその時まで、ボク達と楽しく会話しながら充実した時間を過ごして欲しい」
元々美形の多い魔物達の目から見ても麗しく中性的な美形による、完璧なお辞儀に数名の魔物達がほぉ、と息をつき、頬をほんのり赤く染めた。
その後ハッと我に返ると、他の女性魔物達はエルフとラミアの方を見た。
「ど、どうなさいますか?」
「……仕方ありませんわね。ルールとして設定されている以上、わたくし達は言う通りに過ごすしかなさそうですわ」
「ええ、少しだけならダンジョン攻略に問題はないはず……」
「そう言ってくれて有り難いよ。さあ、席までエスコートしようか。ホストくん達、レディ達を席までエスコートするんだ」
麗人がそう指示を出せば、先程まで静かに待機していた美形達がオークジェネラル側の女性魔物一人ひとりの手を取り、席まで案内をする。
黒いグレーターワーウルフは軽く会釈した後、部屋の真ん中に置かれたピアノの前に腰を掛けジャズを演奏し始めた。
説明役となっていた麗人も、女性魔物達のリーダー格になっていたラミアとエルフの手を取り、エスコートをする。
そんな中、麗しの麗人は……否、男装をした彼女は、心の中で笑みを浮かべた。
(引っ掛かった)
##### #####
女性の魔物達が美形軍団にもてなされている頃、別のエリアではオークジェネラルと別けられた魔物達が幼子達によって踊らされていた。
「やーい! 此処まで来れるんなら来てみろよ! あっかんべー!」
「このっ! 待ちやがれこのクソ餓鬼!」
「魔物さんコーチラ、てのなーるほーへ!」
「クソ! 調子に乗りやがって……っておわぁ!」
彼らが辿り着いた先にあった部屋は、南の島の海を模した水上エリア。
そこにはアイネスの世界に存在する水上の遊具のように浮き袋や浮動ボード、うんていなどが設置されている。
4匹の子供のコボルト、ウーノ、ツヴァイ、トリー、カランセは慣れた様子で浮動ボードの上を駆け、オークジェネラル側の魔物達から愉快そうに逃げる。
この部屋に辿り着いた魔物達は子供のコボルト達と対面し、彼らからこのエリアを抜けるためのルールの説明を受けた。
『此処から次の部屋に行く条件は1つ! 俺たちと追いかけっこをして俺たちを全員捕まえることだ!』
『武器やスキルや魔法の使用、それとエリア内での飛行は全部禁止。僕たちに攻撃するのも禁止。移動は全部この水上にある浮き板を使って移動しないと駄目だよ』
『あたし達全員を捕まえたら次の部屋に向かう為の扉が開くよ! ただ、あたし達は他の子達にタッチされたら復活することが出来るよ!』
『アスレチックから落ちても脱落にはならないけど、早く上がった方が良いよ。大変なコトになるから気を付けてね』
『それと、そっちは味方同士の喧嘩や口論をするのは禁止だよ。僕たちの誰かが『アウト』って告発したらすぐ脱落するよ。ま、おじさん達は大人なんだし、そのくらい簡単に守れるよね?』
バランスが取りにくい浮き板が置かれた水上のエリア。
体重が軽く身軽な子供のコボルト達は何の恐れもなく渡る事が出来る。
しかしオークジェネラルの魔物達は皆彼らより身体が重く、バランスを保つという行為になれていない。
それ故に、オークジェネラルの魔物達は幼いコボルト達を捕まえるどころか、触れることも出来ない。
手足を滑らせた者達から次々と遊具から落ちてゆく。
「ふざけやがって……! 大人しく掴まれ!」
「ギャッ! 走るな! バランス崩すだろうが!」
「うるせぇ! お前がチンタラしてんのが行けねぇんだよ!」
「はい、今そこのお兄さんたち喧嘩したよね? 『アウト』」
『告。ダンジョンマスター・ロッソの配下2体、ダンジョン内のルール違反により脱落。速やかに退場させます』
少しでも喧騒を始めようとすればウーノ達によって告発され、そのまま脱落させられる。
こうしてオークジェネラルが選出した配下達は短時間の間にその数を減らしていく。
数十匹はいた配下の数が両手で数えられるほどの数にまで減り、焦りと動揺が募り始めた所、中でも動揺と焦りを募らせている一人の魔物に対しツヴァイが声を掛けた。
「「おかしい」って顔してるね、おじさん。前に来た時と構造が違っててびっくりした?」
ツヴァイの言葉にその魔物はギョッと驚愕の表情を見せた。
冷や汗を流す彼に対し、子供のコボルト達はじっと睨み付けた。
「わたし達、ちゃーんと覚えてるよ。おじさんのこと。おじさん、前のダンジョンでアイネスお姉ちゃんのダンジョンの攻略組に入ってたおじさんでしょ?」
「オッサン、前のダンジョンマスターにへこへこして俺たちコボルトの前じゃ散々馬鹿にしてたよな。「下級種族はどぶ水と残飯でも食ってろ」って言って大人たちを蹴ったりとかもしてた」
「チーリンお姉さんに「毛がない醜い汚物」って言った事もあるよね? チーリンお姉さんは何も悪い事してなかったのに……」
「し、仕方ないだろう! あのダンジョンではそうしなければ自分が痛い目に遭う事になっていたんだ!!」
幼いコボルト達の軽蔑の混じった言葉に、オークジェネラルの所の蛙に似たその魔物は言い訳するように声を上げた。
幼いコボルト達に睨まれ、オドオドとしつつも「自分も被害者だったんだ」「本当は君達を傷つけるつもりはなかったんだ」と自身の罪から逃れる為に言葉を連ねる。
そんな彼の言葉に耳を貸さず、ウーノ達は言った。
「全部ウソばっか。俺ら、ちゃんと覚えてんだからな。大人達を馬鹿にしてる時、オッサンめっちゃ笑ってたじゃん。傷つけるつもりがなかった奴があんな怖い笑い方しねーよ」
「それに、あの人は別に日常的に暴力を振るえとか侮辱しろとかなんて命令は一度もしてない。ただレベルを上げる為に大人のコボルト達を使ってただけ。日常的な暴力や侮辱は、全部おじさんが自分でやってた事だよね? 自分が上なんだって優越感に浸りたいからって」
「そ、それは……」
「わたし達あの人のことは勿論好きじゃないけど、おじさんはもっと嫌い。わたし達コボルトが一生懸命育てた食べ物を当たり前のように食べてるくせに、お兄ちゃんやお姉ちゃん達に酷いことをしてたもん」
「あの人のダンジョンを出てオークジェネラルのおじさんの所に行ったのだって、自分の為だろう? 彼処にいたら自分の身が危ない。でも今更一人で食べ物も寝床も用意するのも嫌だから、あの人と仲の良かったオークジェネラルのおじさんの所に頼ったんでしょ? アイネスお姉さんのダンジョンの構造の情報を売って」
全て、子供のコボルト達の言う通りだったのだろう。
図星を突かれたかの魔物は顔色を更に悪くさせ、何も言えなくなってしまった。
気がつけばその場に残っているオークジェネラルの配下はその魔物だけとなっていた。
子供コボルト達はその魔物の周囲に立ち、低い唸り声を上げながらその魔物を睨み付けていた。
「ヒッ!!」
子供の、それも自分より下位にあたる種族。
だけどその視線には強い殺意が抱かれていた。
その視線を逃げようと後ずさった魔物だったが、足元を良く見ずに後ずさった事で足を滑らせて水の中に落ちてしまった。
幸いその魔物は泳ぐことは得意だったため水中に落ちたからと言って溺れることはなく、再び浮き板の上に戻ろうとした。
しかし浮き板に触れる直前、彼は足を下方に引っ張られた。
「ガボッ!」
強い力によりどんどん深い場所へと引きずり込まれる魔物。
彼は抵抗を試みるものの、何十匹のものによる力で引っ張られている為、水面に上がる事が出来ない。
魔物の想像よりも深い、深い水中の底、彼は漸く引力から解放される。
引力から解放された彼はすぐに水面へと上がろうと手足を動かしたが、水の底で待っていた者に目玉をひん剥いた。
「フフ、よくいらしたわね。無謀な挑戦者さん♡」
『アハハ、これが最後の一匹ぃ?』
そこにいたのは下半身が触手となったスキュラ、オメアと彼よりも何倍もの大きさを持ったシーサーペント・リヴァイア、ルークス。
己よりも水中戦に長けたその2柱の姿を見た魔物は、愚かにもその場から逃げ去ろうとした。
しかしそれをスキュラが触手で絡め取り、逃さなかった。
「先程のやり取り、全て下から聞いていましたわ。あなた、二度目の挑戦者でしたのね。おまけに、フフ、下位種族相手にふんぞり返っていただなんて……」
『こういうのって何ていうんだっけぇ? 自分より下の奴にしか相手に出来ないお馬鹿さん? おれ、こういうつまんなさそうなの嫌い~』
「あら、わたしは好きよ? だってゾクゾクするじゃない。強い魔物相手にはへりくだるしか出来ず、逆に弱い魔物にはそのなけなしのプライドを剥き出しにして嘲笑を浮かべる自己中心的で自尊心の高い男を身体的にも精神的にも甚振ってその自尊心を粉々のグチャグチャにするのは♡」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
真の強者による、強者たるオーラを前にかの魔物は悲鳴を上げて慄く。
それは彼女をより高ぶらせる材料にしかなり得なかったようで、オメアはそっと舌舐めずりをした。
「そういえば、ルークス。あなた確か面白い魔術が使えたわよね? 対象の状態を元の状態に戻す魔術……だったかしら?」
『そうだよ~。壊れた物を元通りに直したりとか、狂っちゃった精神を正気に戻したりとか~。一応回復系~』
「だったら、このダンジョン戦争が終わるまでの間何度甚振って壊してしまっても身体的にも精神的にも元通りに出来るという事ね。それなら暇潰しにもなるし都合が良いわ」
オメアは自分が愛用する鞭を持ち、周囲に魔法陣を構成する。
強者達から獲物を見るような瞳を向けられたその魔物は、恐怖と絶望にカタカタと震えた。
「さぁ、たっぷりと可愛がってア・ゲ・ル」
「――――――――っ!!!!」
オメアがうっとりとした笑みを浮かべるのと同時に、かの魔物は口を開けて声にならぬ悲鳴を上げた。




