教育担当の教えは偉大なり(ラファエレ視点)
懺悔致します。
最初その御方を見た時、なんて小さな存在なんだろうと思いました。
アークデビルロードとブラックデーモンパンサーと一匹のゴブリンと共にいた、幼い人間の少女。
新月の夜の闇を思い起こさせる黒を瞳に宿した彼女。
その御姿は、その存在感は、そのオーラは、両隣にいる悪魔族2人と比べてとても小さく、弱く、そしてあどけないものでした。
しかし、その考えを塗り替えられたのはその直後の事です。
エンシェントポイズンドラゴンの毒にも物怖じしない度胸。
異世界の物を召喚するという変わったスキルを操るその力。
わたくし共セラフィムがダンジョンの魔物と化した理由を知っても敢えてわたくしの気持ちを配慮して聞かなかった事にしてくれる気遣いぶり。
そして、普通の人間とは何処か違う異質さ。
それら全てがアイネス様はダンジョンマスターであると証明していたのです。
『アイネス様は感受性が高い御方なんだと思います……ブヒッ』
わたくしの最初の教育担当となったトン吉さんにアイネス様について尋ねたところ、そう仰りました。
『アイネス様は普段自分の事は秘匿しているのでおでからじゃ上手く説明することが出来ないのですが、アイネス様は第三者の視点に立つ事が出来るだけでなく他者の視点に立ち、共感することが出来る方です』
『他者の視点に立つ、ですか』
『違う種族でも、自分とは違う性格の者でも、ブヒッ、それが例え悪人でも、アイネス様は肯定と否定の理由をどちらも論理的に、感情論的に述べることが出来ます。ただ客観視しただけでは、これは難しいです。相手の感情を理解出来るのは、その方と殆ど同じ視点に立てる方ですから』
アイネス様の話をするトン吉さんの顔は、柔らかなものでした。
正直わたくしは、ゴブリンやオークといった自分よりランクの低い魔物には興味があまりありません。
『自分より弱い哀れな魔物』、それがわたくしの認識でした。
そんな認識を持つわたくしは、そんな方々に教えてもらう事などないだろうと考え、一度トン吉さんが教育担当につくのを拒否しようとアイネス様に掛け合いました。
その時アイネス様はわたくしの考え方を否定することなく、わたくしがトン吉さんの下で教えを願いたくなるように説得をなさいました。
そのおかげでわたくしはトン吉さんからダイエットに良い食事方法などを教わる事が出来ました。
ただただわたくしの考えを否定されていれば、そのようなこともなかったでしょう。
明るい表情を浮かべていたトン吉さんでしたが、ふと曇った表情を浮かべ、独り言を呟くように仰りました。
『だけど……』
『だけど?』
『だからこそ、アイネス様は周囲に一定の距離を保とうとしている気がします……ブヒッ。自分が、傷つかないように』
『それは、どういう事でしょうか?』
『……いや、何でもないです。ブヒッ。これは、おでがちょっと思い浮かんでしまった事なんで……』
その後はトン吉さんに話題を変えられてしまったため、トン吉さんが何を思ってそう仰ったのかは分かりません。
ですが、その言葉は今もわたくしの心の片隅に残っています。
『嬢ちゃんを一言で表すんだったら……『根っからの苦労人』って感じだな』
トン吉さんの次にわたくしの教育担当となったマサムネさんにトン吉さんと同じ質問をしたところ、このような答えが返ってきました。
彼は片手に持ったグラスを揺らしながら、わたくしに話してくれました。
『嬢ちゃんはどうも、自分で自分を差別しちまってる質があるんだよ。言うなりゃ、自己差別主義者だ』
『自分で自分を差別する……ですか?』
『そう。人間から魔物、国王様から見ず知らずのホームレスまで、老若男女全てが自分より上の存在だと無意識に思い込んじまっている。ただヘコヘコしてるって訳じゃねぇ。周りがやった間違いにはちゃんと間違いだとハッキリ言うし、本気でキレた時には容赦なく拳なりなんなりを振るう。ただ、その相手が天下の国王様だろうと殆ど面識もねえホームレスの爺さんだろうとほぼ全く同じ対応をするってだけだ。ある意味、本当の平等主義者ってこった』
本当の平等主義者。
その言葉に、わたくしは思わず「ああ、確かにその通りだ」と思いました。
アイネス様はわたくし共の種族によって優劣を付ける事がありません。
最強魔物とノーマル魔物と称する事がありますが、それはあくまでわたくし共を『区別』するための呼称。
そこには侮蔑も贔屓もない。
ただ、相手を『相手』として見る。
そんなアイネス様に相応しい呼び方だと思いました。
しかし、わたくしは少々納得がいかない部分がありました。
『全てが自分より上だと思いこんでいる人間……ですか。本当にそのような方がいるのですか?』
『いるも何も、俺は実際にその片鱗を知っちまってるからな。そして、そんな嬢ちゃんだからこそ俺は『根っからの苦労人』つった。だってそう思わねぇか? 誰だって本心は自分が第一なのに、周りにいる自分より上のやつに気を配って裏から支えてんだとしたら、誰が嬢ちゃんを想ってやれる? 誰が嬢ちゃんの苦労を支えてやれる? 自分の苦労はそのまま、周りの奴らの苦労まで支えなきゃなんねぇなんて、正に『苦労人』じゃねぇか』
『それは……当然わたくし共が支えればよろしいのではないですか? その為の配下なのですから』
『ああ、そうだ。だが嬢ちゃんはその“当たり前”が頭にねぇ。知ってはいても、理解が出来てねぇんだ。だからこそ、自分の事に関しちゃ肝心な時に俺らを頼る事が出来ねぇし、自分のことなんざ考えねぇ間違った頼り方をしちまう。悪人の証拠集めを俺らに任せて、自分は一人で命にも関わる危険な屋敷に自分を殺そうとするヤベぇ奴と命をかけた追いかけっこ……とかな』
その例えを聞いた私は「それは流石にないでしょう」と否定しようと顔を上げましたが、マサムネさんの顔を見て思わず口を噤んでしまいました。
だってマサムネさん、口調こそ笑いながら冗談混じりで話していましたが、その目は全く笑っておりませんでしたもの。
マサムネさんは真剣な眼差しを向けながら、言いました。
『俺らがちっと過保護になってやらねぇと嬢ちゃんはその悪い癖で自分が怪我することになんだ。身体だけじゃねぇ、心もだ。嬢ちゃんのダンジョンでいい暮らしさせてもらう代わりに、配下の俺らが嬢ちゃんに目を掛けてやって嬢ちゃんが困ってそうなら自分で前に出て助けになってやる。それが嬢ちゃんのダンジョンにいる魔物達の中での暗黙のルールってやつだ。ま、ちぃと心にとどめておいてくれ』
その後、マサムネさんがわたくしの質問に対してそれ以上の言葉を返す事はありませんでした。
自分で自分を差別する自己差別主義者。
自分以外の全ては上の者だと無意識に認識してしまう。
故に本当の平等主義者。
こうして言葉にしてみると、何処かの伝承にしかいなさそうな方ですね。
そんな伝承に出るような方がアイネス様なのだと思うと、有り得ないと思いつつも少し誇らしい気持ちが強いです。
だって、そうでしょう?
わたくしの種族はセラフィム。
元は偉大なる神々に仕え、天界と地上を行き来する従順な天使。
少しの欲に揺らいでしまったが故に天界へ戻ることを禁じられたわたくしが、神々の伝承に並ぶ伝承のような御方に仕える事が出来る。
なんて誇らしいこと。
アイネス様が真に伝承されるような偉大な御方となる手伝いをするためならば、わたくしはこの力で貴方様の矛となり、盾となり、そして支えましょう。
その為にわたくしが出来ること。
「このっ……小生意気な小娘がぁ!!!! タダでは済ませてやらぬ!! お前達、敵を殲滅するのだ!!」
「雑魚どもは俺様が相手してやろう。ラファエレ、貴様はあの堕天使の相手でもしてやれ」
「ええ、勿論。構いませんわ」
わたくしの目の前にいる、アイネス様の敵を殲滅することです。
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軽い。
身体が、軽い。
「<フラッシュ・アロー>!」
「くっ……<ダークシールド>!!」
わたくしと敵の幹部である堕天使は第1階層の天井近くで戦っていた。
そこでわたくしはある事を実感していました。
第2階層の階段前に向かう途中から薄々感じていましたが、目の前の堕天使との戦いでそれをハッキリと感じておりました。
「な、何故だ……!」
「あら、何故、というのは一体どういう事でしょう?」
「何故、何故追いつけないのだ!! 天使である貴様に、堕天使である私が!!」
「まあ、どうしてでしょう? 貴方の具合でも悪いのではありませんか?」
「とぼけるな!! こんな事、有り得ない!! 地上の食べ物を食した事で翼を重くした貴様ら天使に、堕天使である私が飛ぶ速さで負けるはずがないのだ!!」
目を見開き、歯を食いしばり、アイネス様に歯向かった敵の堕天使はボロボロになった姿で叫びました。
それが余りにも惨めで哀れで、わたくしは思わず笑ってしまいました。
そういえば先日、ウーノさんにある質問をされた事がありましたね。
「天使と堕天使って、どう違うんだ?」と。
コボルトの……それもまだ幼いコボルトにはその違いが分からなくても致し方ないでしょう。
他の方にこのような質問をされたのでしたら軽くはぐらかすか話題を変えるか何かしていましたが、その瞳には一切の悪意は見られなかったので正直に答えを教えて差し上げました。
――――色々違いはありますが、ダンジョンにいる天使と堕天使の違いとして一番大きいのは、ダンジョンの魔物として召喚されるまでの経緯でしょう
――――けーい?
――――わたくしどもセラフィムのような天使族は、ある規則を破った事で翼が重くなってしまい、天界に帰れなくなった罰として、ダンジョンマスターに仕えます。それに対し、堕天使は自ら堕落し、地上に害をなす魔物となった天使のことを指します。
天使と堕天使との違い。
それは罰によって地上に滞在する事になった者か、自ら翼を黒くし地上に堕ちたか。
魔物にならざるを得なかった天使か、自ら魔物となった天使か。
この違いは他の種族の者にとっては些細なものでしょうが、天使族と堕天使族にとって、この違いは能力の差でもあります。
一つ、天使族は堕天使族の者より素早さが劣る。
翼が重くなった天使と違い、堕天使達は翼が重くなったから地上に堕ちた訳ではないですから。
更に彼らは中途半端に魔物となったわたくしどもと違い、完全な魔物と化しています。
純粋な速さで言えば、天使族は堕天使族の者に負けるのです。
その代わり天使族は堕天使族よりも魔法の威力が格段に上ですが……、それも当たらなかったら意味がない。
そう、だからこそ、この堕天使の言う通り今の状況は普通では有り得ない。
空という場において素早さが劣るわたくしを、素早さに優れた堕天使が、捕まえられないはずがないのです。
そう、普通であれば。
「フフ、確かに、普通ならそうでしょうね。本来であれば翼を重くしてしまったわたくしには、自ら魔物と化し力を強めた貴方と飛行速度では負けてしまうでしょう」
「その通りだ! 私が天使一匹如きに負けるはずがない!」
「ですが、貴方とわたくしでは全く異なる点があります」
「異なる、点だと……!?」
「己と主と共に他者を見下し、騙し、嘲笑う貴方と違い、わたくしには最適な環境を与えてくれる主様と、素晴らしい事を学ばせてくれる良い研修者方がいるのですよ」
アイネス様はわたくしがこれ以上翼を重くしたくないというのを察してか、食事にかなり気を配ってくださった。
そしてトン吉さんからは健康に良く、ダイエットに良い食事方法や運動方法などを教わりました。
それを今までずっと続けてきた結果、わたくしは召喚された当初よりも翼が少し軽くなりました。
翼が少し軽くなった事で、わたくしは他の同種族より早く飛ぶ事が出来るようになったのです。
そして、幼いコボルトであるウーノさんからはとある秘訣を教わりました。
わたくしから堕天使と天使の違いを聞いたあの子は少し考えた後、ある提案をしてくれたのです。
――――えっと、つまりビューンってまっすぐ飛んでるとラファエレ姉ちゃんは堕天使のやつに追いつかれるんだよな?
――――ええ。ほんの僅かな能力差ですが、劣っているのは間違いありませんから。
――――だったら行けるな! 俺、自分より速い奴にも追いつかれないコツ知ってるぜ!
――――追いつかれないコツ?
――――ラファエレ姉ちゃんはこの後特に用事ないだろ? これからツヴァイ達と追いかけっこするから一緒にやろうぜ!
そうして、わたくしは子供のコボルト達と共に追いかけっこをすることとなりました。
最初はたかが子供の遊びで何を学ぶのか、と思いましたが、実際に彼らと遊んでみてウーノさんの言うコツというのを理解する事が出来ました。
幼いコボルト達との遊びで、わたくしは学びました。
自分より素早い相手に追いつかれないようにする為の“追いかけっこ”の秘訣。
素早さに優れた魔物相手に、如何に技術で勝つかを。
自分より速い相手のすぐ正面を飛んでいては捕まってしまう。
ならば障害物を作り動けば良い。
ただ前に走るよりも、自分の左右や後ろに飛ぶだけでも相手から逃げる事が出来る。
自分より速い相手を捕まえたいのなら、相手の行く先を先回りすれば良い。
試しにイグニレウスさんに手伝ってもらいダンジョン戦争前に実践してみた結果、エンシェントサラマンダードラゴンであるイグニレウスさん相手でも余裕で追いつく事が出来た。
自分よりも素早さがある悪魔相手にも、互角に渡り合える事が出来た。
「軽くなった翼と、追いかけっこの秘訣。これらは全て、わたくしよりも下位の魔物達から与えられたものです。自分の持っている力だけで満足している貴方とは違うのです」
「舐めた口を、聞くな……この天使風情がぁぁあああああ!!!!! 第一階層にいる魔物達よ、この神の従僕の翼を血に染め上げてやるのだ!!」
堕天使の命令が第1階層全体に響き渡ると、イグニレウスさんが相手をしていた魔物達が一斉にわたくしの方へと飛んできた。
その数はざっと60体以上。
下位種族の魔物の群れなど光魔法を使えば簡単に全員を殲滅出来るでしょうが、その隙に堕天使が攻撃をしてくる可能性がある。
なんて哀れなのでしょう。
なんて愚かなのでしょう。
わたくしは、この展開を待っておりました。
先程アイネス様より連絡が来たお陰で、タイミングをあわせる事が出来る。
イグニレウスさんはわたくしの様子でわたくしの作戦を察したのか、わたくしから遠ざかるため入り口前へと飛んでいっている。
結界系の魔法と支援魔法は、わたくしが中でも得意とする魔法です。
わたくしは自分に防御系の支援魔法と結界を張ると、懐からアイネス様から渡された通信機を取り出し、堕天使達に向け、この後襲いかかるものに身構えました。
アイネス様は側にはいないらしく、通信機から聞こえるのは何かのカウントのみ。
堕天使は怒りのままに、他の仲間達と共にわたくし目掛けて黒い槍を突き立てようとしています。
「死ねえぇぇぇええええええ――――」
『<咆哮>!!!!!!!!!!』
通信機を通して響き渡るタクトさんの<咆哮>と、<咆哮>と共に旋律を奏でるギター音。
通信機越しにでもビリビリと振動が伝わるそれは、まさに音の爆弾でした。
なんの防音対策もなくその音の爆弾を間近で受けた堕天使達が耳から血を吹き出しているのが見えます。
一回目の音の爆弾を浴びた際、彼らの驚きようと苦しみようは凄まじいもので、それで数匹の下位魔物達は崖へと堕ちてしまった。
事前にアイネス様から連絡を貰い咄嗟に防音結界を張っておかなければ、わたくし共も同じように苦しんだ事でしょう。
そんな音の爆弾がもう一度、それも先程よりも近い距離で浴びてしまったとなれば、その威力は一回目よりも凄まじい。
かのペテン師のダンジョンマスターの直属の部下だった堕天使と、無数にいた魔物達は皆タクトさんによる音の爆弾によって気を失ってしまい、そのまま谷底へと落ちていってしまいました。
ただ残念なことに、あちら側の幹部が戦闘不能になるとその幹部がいる階層より下に行けなくなるような仕掛けが設定されていたのでしょう。
第2階層へと続く階段が黒い鎖によって封鎖されてしまいました。
耳を抑えたイグニレウスさんが此方に飛んできて、話してきました。
「今すぐこの下へ向かうのは難しそうだな。どうする、力づくで追いかけるか?」
「いえ、どうやらあの鎖には反撃系の呪いが付与されているようです。誤れば酷いダメージを受ける事になるはずです。どうにか呪いを解くことは出来るでしょうが、それだと時間が掛かっていまいかねませんよ?」
「呪いを解呪するなどという細かな作業は俺様には分からん。アイネスに連絡を取った方が良いだろう」
「申し訳ありませんが、イグニレウスさんに頼んでもよろしいですか? わたくしの通信機は少々壊れてしまったようですので」
試しに自分の持つ通信機を動かしてみましたが、雑音が鳴るばかりでアイネス様と繋がる様子はありません。
どうやら、無理をさせてしまったせいで少し壊れてしまったようですね。
マサムネさんに頼めば直してくれるでしょうか?
「俺様はアイネスに次の指示を聞き、周囲を見張っといてやる。貴様はどうにか第2階層への階段を塞ぐ鎖の呪いの解呪をしてみてくれ」
「勿論です」
短い会話を終え、わたくしは階段の鎖に仕掛けられた解呪作業を行います。
今のわたくしがあるのは、下位種族であるけれど優れた研修者である方々のおかげ。
そしてそんな彼らから教えを請う機会を与えてくださったのは、アイネス様なのです。
嗚呼、アイネス様。
アイネス様の下に仕える事が出来たこと、わたくしは光栄に思います。
どうか、アイネス様の威光が伝承となれるお手伝いをお側でお手伝いさせてください。




