お客様に驚きを
ダンジョン戦争が始まってすぐ、アイネスはオークジェネラル達に背を向けゴブ郎を連れて自分のダンジョンへと入っていった。
オークジェネラルの配下達はそれを追いかけようとしたが、オークジェネラルはそれを制止した。
「ロッソ様? 追いかけなくてよろしいのですか?」
「構わん。どうせ最深部に隠れるつもりなのだろう。我々はただそこにあるダンジョンコアに触れれば良いだけの話だ」
「それもそうですわね! 流石はロッソ様!」
「ロッソ様、頭が良い~♪」
オークジェネラル達はとある情報網により、把握していた。
アイネスとタケルとのダンジョン戦争での様子を。
ダンジョンの構図がどうなっているかの詳細までは把握することが出来なかったものの、その時にアイネスが何処にダンジョンコアを隠していたかを知った。
ダンジョンコアの場所さえ把握してしまえば無理にアイネスを捕まえる必要もない。
だからオークジェネラルは敢えてアイネスを見逃したのだ。
(それに、仮にあの小娘が俺のダンジョンに入って奥へ進もうとしても、俺にはアレがあるからな……)
アイネスとゴブ郎が自分のダンジョンへ向かったのに対し、ベリアル達は何も言わずにオークジェネラルのダンジョンへ向かった。
オークジェネラル達には目も向けず、笑顔のままにオークジェネラルのダンジョンに入っていく様子は少し不気味だった。
だがオークジェネラルは、きっと自分たちのダンジョンコアの隠し場所がオークジェネラル達に知られてないと思っているのだろうと判断した。
(所詮は亜人の子供に仕える配下というわけか)
オークジェネラルは自身のダンジョンの敗北の危機にも気が付かないベリアル達の浅はかさを鼻で笑い、アイネスのダンジョンの中へと入っていく。
少し進んでいけば、最初の部屋である大きなツボが置かれた小部屋に辿り着いた。
オークジェネラル達がツボの前までやってくると、部屋の中心に置かれたツボの中から声が聞こえてきた。
『やぁやぁ、よくぞいらっしゃいました!わたくしめの名はティアーゴ、ちょっとお喋りな、しがないただの蛇でございます。どうぞ、わたくしめのおはなしをお聞きくださいませ』
「キャァッ、壺の中から声が聞こえてきましたわ!」
「こわーい♡」
「事前の情報通り、壺の中から声がするな……」
壺の中からの声にオークジェネラルの両側に付き添う女性エルフとラミアがオークジェネラルの腕に密着する。
オークジェネラルは事前の情報通り、壺の中から顔を出さずに声を上げる蛇の存在があった事に口角を上げて笑った。
そんなオークジェネラル達に対し、壺の中の蛇は話す。
『このダンジョンにはルールが幾つかありまして、それについて説明をさせてもらおうかと思います。今回は特別なお客様をご紹介ということですので、このダンジョンも少しスペシャルな作りとなっております。なので、此方から出すルールはたった1つでございます。そのルールとは、ダンジョン内にある設置物や物の破壊禁止で――――』
「ウェルダ、パズド、ガラスを取って壺の内側に仕掛けられた鍵を開けなさい」
「はーい!」
「了解です、旦那様!」
ティアーゴが喋っている途中にも関わらず、オークジェネラルは自分に侍っていたサキュバスとハーピーに命令し、壺を覆うように置かれたガラスを撤去させる。
ティアーゴと名乗るその蛇はそんな事も気づかずに喋り続けている。
「パズド、アンタ邪魔するんじゃないわよ! あたしがロッソ様に褒められるんだから!」
「貴方こそ邪魔しないで! 私が旦那様に褒められるのよ!」
「良いからどいてってば!」
オークジェネラルに命令されたサキュバスとハーピーはガラスの箱を撤去すると、壺の錠前を開けようと壺の前で小競り合いを始める。
オークジェネラルに侍っている女性たちのロッソの命令を巡っての喧嘩はオークジェネラルのダンジョンでは日常茶飯事なことだ。
オークジェネラルは軽くため息をつきながらも、笑いながらハーピーとサキュバスを軽く注意する。
「二人共、喧嘩はやめろ。今回はパズドに壺の錠前を開けてもらおう。ウェルダには、また別の時に頼もうか」
「はい、旦那様♡ わたくしにお任せくださいませ!」
「ロッソ様がそういうなら……」
オークジェネラルの言葉を聞くと先程まで小競り合いをしていたハーピーとサキュバスはすぐに喧嘩を止め、サキュバスは笑顔で、ハーピーは少しむくれ顔で答えた。
ハーピーは壺から離れ、またオークジェネラルに侍った。
「ふふふ、では早速ご覧しましょうか! この壺の蛇とやらを!」
オークジェネラルから命令を受けたサキュバスはご満悦そうな笑顔を浮かべ嬉しそうな口調でそう言いながら壺の中を覗き込み、壺を開ける為の錠前を探す。
しかしその顔はすぐに疑問を浮かべた表情へと変わった。
「――――え?」
壺の中を大きく覗き込んだサキュバスは、その壺の中身に大きく目を丸くし、素っ頓狂な声を上げる。
覗き込んだ壺の底が、二層構えの壺にしては深すぎるのだ。
壺の中身は真っ黒な闇に包まれており、壺を開く為の錠前のような物はどこにもない。
これはおかしいと思った彼女は、一旦顔を上げ、オークジェネラルに尋ねた。
「旦那様、本当にこの壺で合っているのでしょうか?」
「ん? どういう事だ?」
「良く見てみたのですが、この壺にはそれらしい錠前なんてどこにも――――」
オークジェネラルに問い返され、サキュバスはそれに答えながら再び壺の中に目をやった。
すると彼女は、キラキラと光る2つの光を見つけた。
それがなんだろうかとサキュバスが上半身を大きく乗り上げると――――
次の瞬間、そのサキュバスは壺の中に上半身を引きずり込まれた。
「なっ!?」
「ひっ!!」
突然自分の配下の一人が壺の中に引きずり込まれたのを見てオークジェネラルは驚愕の声を上げ、他の女性魔物達は短い悲鳴を上げた。
壺の中に引きずり込まれたサキュバスはパニックになりながらも手足を動かし抵抗するが、余程強い力で引きずり込まれているのか、そんな抵抗も虚しくどんどん引きずり込まれていく。
壺の中ではミシミシと骨が軋んでいるような音が聞こえてくる。
それに合わせて、サキュバスの声も恐怖と痛みに苦しむような悲鳴へと変わっていく。
「い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! やだやだやだやだやめてやめてやめて痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!!」
「パズド!!」
「ロッソ、様……! イァァァア“ア“ア“ア”ア“ア“!!!」
そして壺の中でゴキッ、と何かが折れるのが聞こえた。
その音が聞こえるのとほぼ同時に、壺の中に上半身を引きずり込まれたサキュバスは力を無くしたようにダランと足を垂らした。
そしてゴキッ、バキッという音と共に、サキュバスの下半身は壺の中へと引きずり込まれてしまった。
サキュバスの身体が丸々壺の中へ引きずり込まれていく姿を、オークジェネラル達はただただ眺めるしかなかった。
全身の骨を折っているような音が暫く続いた後、ゴクリッと何かを飲み込むような音が聞こえた。
そして、壺の中から声が聞こえてくる。
『全く、紳士の寝床を勝手に覗くなんてとてもはしたないレディーです。味もそこそこであまり美味しくありません。これなら、普段ダンジョンの主様がくれる牛ヒレステーキの方がまだ美味しい』
「な……っ!」
『それにしても今回のお客様はとてもせっかちなお方だ。わたくしめが話している途中にわたくしめの寝床を暴こうとするなんて……。もしもこの場にダンジョンの主様がいるのならこう言うでしょうね。「予測通り過ぎて逆に面白みがないですね」と』
「予測、通りだと……!? いや、それより貴様は言葉を記録して再生する魔法道具のはずだ! 何故此方に対話してくる?!」
『何故? それはわたくしめがこのダンジョンの説明役だからでございますよ』
「へ、返答した!?」
記録した声を再生する魔法道具でしかないはずの壺の中の主、ティアーゴがオークジェネラルの言葉に返答したことにより、オークジェネラル達は驚愕の声を上げる。
ティアーゴはそんな彼らを笑いながら喋り続ける。
『此処で一つ、わたくしめがお話をいたしましょう。ダンジョンの主様が先まで抱いていた悩みを。ダンジョンの主様は悩んでおりました。器なき蛇に如何とすれば器を与えられるか、と』
「な、何を言っているの!?」
『ダンジョンの主様は願っていた。器なき蛇がその身に相応しい器を得ることを。しかし、それはダンジョンの主様の手を持っても難しかった。だから配下の手を借りて作ろうとしたのです』
「配下の手を、借りて?」
オークジェネラルに侍っていた一人が声を震わせながらもティアーゴの言葉を復唱した。
ティアーゴはそのまま物語を語るように続けた。
『蜘蛛の用意した器は優しく、柔らかかった。しかしそれは余りに優しすぎて、簡単に破れてしまった。
悪魔の用意した器は本物に近く、ダンジョンの主様に従順だった。しかしそれは余りに本物に近すぎて、見た者を恐れさせてしまった。
鍛冶師の用意した器は頑丈で、万が一の時の反撃が出来た。しかしそれは余りに頑丈すぎて、寝床にヒビがついてしまった。
魔女の用意した器は美しく、キラキラと光り輝いていた。しかしそれは余りに美しすぎて、お客様に盗まれてしまいそうだった。
あれも駄目、これも駄目。どれも器なき蛇には相応しくない。そんな時、一人の配下が提案をしたのです。
意志が器と相容れないのであれば、器が意志と相容れる物を用意すればいいと。
そしてそれは、ダンジョンの主様の目にも叶った』
ティアーゴの語りと同調するように、オークジェネラルの前にある壺がカタカタと震え始める。
そして、中から何かが徐々に壺の中から姿を現していく。
『今回のダンジョン戦争が始まる前、ダンジョンの主様は仰っておりました。「どうせ相手側は此方の情報を探ってあるんだろう」と。「ダンジョンコアの隠し場所も把握しているはずだ」と。だからダンジョンの主様はその裏を掻いた』
「なっ、此方がダンジョンコアの場所を知っている事まで把握していたというのか!?」
『把握ではありません。一人の少女の推測でございます。核心に至るものではない。だからこそ、あらゆる危険性を考慮する事が出来るのでございます。お客様は、ダンジョンの主様を甘く見すぎていた!』
胡散臭いながらも、ハキハキとした声と共に、そのティアーゴはその姿の全貌を見せた。
それは、灰色と金色の鱗を持つ巨大なコブラだった。
シルクハットを頭に乗せたそのコブラは壺のサイズと見合わない大きな胴体を見せ、チロチロと舌を出しながら言った。
『わたくしめはこのダンジョンの説明役でございます故、お客様方にもご説明しましょう。お客様方が一体どんな方を敵に回してしまったのかを!』
「っ! <ウィンド――――!」
「ま、待て! この蛇に手を出してはいけない!」
「え?」
「<ウィンドカッター>!」
「<ウォーターショット>!」
威嚇の鳴き声を発しながら今にも襲いかかろうとするティアーゴに対し女エルフは思わず魔法を繰り出そうとし、ある事に気が付いたオークジェネラルがそれを止めた。
しかしその制止は一歩遅く、女エルフ以外に魔法に長けた魔物数体が、ティアーゴに魔法で攻撃をしてしまった。
オークジェネラルの配下達数体による攻撃はいとも簡単にティアーゴの身体に直撃し、ティアーゴの胴体は粉々になり、地面に倒れた。
その直後、彼らの頭に直接声が聞こえてきた。
『告。ダンジョンマスター・ロッソの配下7体、ダンジョン内のルール違反により脱落。速やかに退場させます』
「「「はっ!?」」」
突然の脱落報告に驚愕するオークジェネラルの配下達。
オークジェネラルは自分が思い浮かんだ最悪の想定通りの結果に、舌打ちを打った。
ティアーゴに攻撃をした魔物7体は訳も分からない様子のまま足元に現れた転移魔法陣によって何処かへと転移されてしまった。
突然自分の仲間が脱落した事に驚く魔物達に対し、オークジェネラルの配下によって胴体を粉々にされ床に落ちたティアーゴはオークジェネラル達を笑った。
『シャッ、シャシャッ、シャシャシャッ……』
「ヒッ!」
「こ、この蛇、胴体を破壊されてもまだ喋るのか!?」
『「ダンジョン内の物を破壊してはいけない」というルールを早速破ってくださるとは、本当にダンジョンの主様の予測通りでございますね~』
「クソッ、やはりそうだったか……!」
「ど、どういう事ですか、ロッソ様? この蛇は明らかに魔物では……」
『残念ながらそれは不正解ですぞ、レディ。わたくしめはそちらのお客様が仰っていた通り魔法道具。それがとある魔物によって蛇そっくりの玩具の器を持ち、意志を与えられただけのこと。つまり、わたくしめはまだ“物”と同じ括りなのですよ』
「「お、おもちゃ?!」」
ティアーゴの言葉を聞いたエルフとラミアは、ティアーゴの身体を良く見て、ある異常に気が付いた。
ティアーゴの胴体が破壊された際は気が付かなかったが、胴体を攻撃され粉々にされたティアーゴの身体からは血なんて一滴も出ていない。
地面に散らばっているのも肉片なんかではなく、彼らの見たことがない素材で出来た物の破片だった。
そこで2人はティアーゴの入っていた壺へと駆け寄り、恐る恐る壺の中を魔法で中を明るく照らす。
すると、そこにあったのはティアーゴの胴体の一部だったと思われる蛇の尻尾と、その蛇の尻尾に繋がれた小箱。
如何にも本物らしいティアーゴの胴体に対し、小箱と繋がったその尻尾は一見すればまるで本物のようだけどよく見ればどこか生物らしさがない事が分かった。
そんな彼女たちに対し、ティアーゴは笑いながら言った。
『此処には『びっくり箱』という玩具はないだろうとダンジョンの主様は仰っておりましたが、まさかこうも簡単に引っかかってしまうとは。ダンジョンの主様はコレを見たら「これは予想以上だった」と言うのでしょうか? それとも「実に予測通りだ」と言うのでしょうか?』
「び、びっくり箱、ですって!?」
「なんてフザケた真似を……!」
『シャシャシャッ! お客様方が悪いのですよ。己の主様が事前に魔法道具だと伝えていたにも関わらず、顔を出せば本物の大蛇だと勘違いして破壊行為を行ったお客様方が。見た目で騙されてはいけない、という言葉をご存知でしょうか? シャシャッ』
ケラケラと嘲笑うティアーゴの言葉に、顔を真っ赤にさせて怒りを見せるオークジェネラルの配下達。
しかし皆、ティアーゴに手を出せば自分が脱落することが分かっているから手を出すことが出来ない。
ティアーゴの頭を見下ろすオークジェネラルに対し、ティアーゴは言った。
『わたくしめからお伝えしたいルールは以上! どうぞ先へお進みください! ……と、言いたい所ですが、わたくし、少しばかり話したりませんのでもう一つ、ある事をお伝えしましょうか』
「なに?」
『ダンジョンの主様についてでございます』
オークジェネラルは少し眉を顰めながらも、ティアーゴの言葉に耳を傾ける。
ティアーゴはオークジェネラル達に見下されながら、話し始める。
『ダンジョンの主様はその姿から周囲に勘違いされやすい。本人も自分の能力がどれだけのものかを分かっていないからというのもありますが、ダンジョンの主様はお客様が思う程小心者でもないのですよ。それをゆめゆめお忘れなきことを』
「……お前がどう言おうと、このダンジョン戦争で勝つのはこの俺だ。あの小娘が出来ることは安全地帯で己の敗北を待つだけ、ただそれだけだ」
オークジェネラルはティアーゴにそう吐き捨てると、そのまま黒い扉を開けて先へと進んでいく。
オークジェネラルの配下が全員黒い扉の先へと入っていくと、ティアーゴは最初の間に一人取り残された。
ティアーゴは暫く黙っていたものの、再び口を開いた。
『いやはや。アイネス様の仰る通り、相手のダンジョンマスター様はかなりの堅物のようでぇすねぇ! ホーッホッホッホ!』
先程とは違う口調で喋りながら、笑い声を上げるティアーゴ。
ティアーゴは笑い声を上げ、そのまま独りで喋り続ける。
『アイネス様も考えまぁしたねぇ。本来ならワタクシのスキルでこの人形に仮初の命を吹き込む所を敢えてそれはせぇず、あくまでワタクシが遠隔で制御することでギリギリ物として保った状態で相手に破壊させぇるとは。確か『おーでぃおあにま』……なんとかと仰ってまぁしたかねぇ?』
『しかし、こんなに精巧に出来た人形を壊してしまうとは、本当に勿体ないでぇすねぇ。コレ程精巧なおもちゃなら、外に出せばきっと白金貨はくだらないでしょうに……』
バラバラになってしまったその玩具の身体を眺めながら、その声の主は言う。
頭だけになってしまったため動く事は出来ないが、それでも視覚の共有は出来ているようだ。
『さて、ワタクシもそろそろ次のお仕事の準備をいたしまぁしょうか! アイネス様がいない分、ワタクシ共も頑張らないといけまぁせんから!』
その後、ティアーゴは声の主の制御が解除されたのか、そのまま完全に動かなくなってしまった。
最初の間に残されたのは、ティアーゴだった物の残骸のみとなった。
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一方その頃、オークジェネラル側のダンジョンの第一層にて。
オークジェネラルのダンジョンを攻略するために入ったベリアル達が空を飛んで切り立った崖の上を渡っていた。
「ヒャッホーイ! マジたっけぇわ!! 落ちたらマジでやばたん!」
「それが分かっておるなら大人しくしていてくださいませんこと? はぁ……、何故わたくしがこんな事を……」
「ジャンケンの勝敗で決まったのだ。致し方あるまい」
「その通りだぞ。それにその言葉は俺様の目を見て言え。そちらはタクトなのだから比較的運ぶのは楽だろう」
「ブヒッ、重くてすみません、イグニレウスさん……」
「というか、アルファさんは自分で飛べるのでは? 何故手を借りているのですか?」
「アイネス様より、魔力は出来るだけ温存しておくよう指示を受けました。故に魔力を大量に消費する長期飛行は避けるべきと判断」
「なるほど、そういう事ですか」
「アイネス様、『カラダノ、グアイニ、イヘンハ、ナイ』?」
「はい。至##大丈夫###」




