出遅れサンタのプレゼント
「こんばんは、お嬢さん」
扉を開けたら、扉の前には大きな斧を持った獣人さんと、赤と白の帽子とベールをつけたチグハグな女の子と、黒い髪の女の人がいました。
彼らの後ろには『屋敷の使用人さん』が二人いて、此処まで案内されたんだと分かります。
一番前にいた獣人さんが笑顔でわたしに優しく微笑んでくれるので、思わず挨拶を返してしまいました。
「こ、こんばんは……」
「お名前を聞いても良いかい?」
「ベレッタ……、7さいです」
「うんうん、ベレッタちゃんって言うんだね。お部屋の中に入っても良いかい?」
「遊んでくれるの?」
「うーん、正確には何かするのはオレじゃないんだ」
「違うの?」
「そう。オレじゃなくて、こっちのお嬢さんがしてくれるんだ」
獣人のお兄さんはそう言って、後ろにいたベールの女の子の方を見ました。
ベールの女の子は顔を隠していたベールを上げます。
その子の目は、綺麗な黒い瞳でした。
そうして女の子は床に膝を付くと、静かに口を開いて言ったのです。
『ベレッタ・オロフソン、貴方にサンタさんからのプレゼントを持ってきました』
「……あの子、なんで誰もいない方向を見てるの?」
「ゴメンね、お嬢さんは目が良くないみたいなんだよ」
##### #####
また、侵入者が現れたようだ。
最近はなくなったと思ったが、まだこの屋敷の中へ入る不届き者がいたようだ。
大広間にいる妻の怨念が、この書斎まで響いてくる。
嗚呼、何故彼らは我々を放ってくれないのだ?
これ以上、妻を傷つけないでくれ。
そんな事を書斎で祈って事が終わるのを待っていると、突然息子のアンヘルがやって来た。
「父上! 大変です!」
「アンヘルか……。どうしたのだ、騒々しい。」
「侵入者が、侵入者達が談話室に入っていきました!」
「なに? あそこにはベレッタがいたはずだろう。使用人達はどうしたのだ?」
「それが、妙に強い獣人が談話室の前に見張らせていた使用人を薙ぎ倒したようで……」
「使用人が全員殺られたのか?」
「はい。それで今、ベレッタが侵入者達といて、暫くするとベレッタの悲鳴が聞こえてきたんです。今ピーターが談話室に入って彼らの相手をしています」
「……すぐに、向かおう」
アンヘルの言葉を聞き、私は椅子から立ち上がった。
ベレッタは、私の家族の中でも一番幼い。
妻も昔は、ベレッタのことをとても可愛がっていた。
それなのに、侵入者達はまたベレッタに酷い事をするつもりなのか。
そんなことは、絶対に許さない。
なんとしても、その侵入者達を始末しなければならない。
書斎を出て談話室の方に向かっていると、談話室の前を守っていた使用人達が全員倒れていた。
しかし、どこか可笑しい。
倒れて動かなくなった使用人たちは皆道の横にずらされている。
さらに彼らの横には見たことのない白い花が一本ずつおかれていて、その横には紙製の四角いランプと小さな陶器の中に立てられた緑色の細長い棒がある。
緑色の細長い棒は今までに嗅いだことのないような不思議な匂いを出していて、暫く嗅いでいると何か満たされるような感覚を感じる。
あまりに不思議な光景に、私は首を傾げた。
「花に、紙製のランプに、匂いを出す棒? 妙に不思議な匂いがするが、これは一体……」
「どうも獣人が使用人たちを薙ぎ倒した後、侵入者の一人である黒髪の少女が全員の横に置いていったそうです。その後その場に座り、両手のひらを合わせて何か呟いていた、との報告を受けています」
「何かの儀式だろうか?」
「分かりません」
使用人達にどういう事かを聞きたかったが、床に倒れている使用人達は皆頭まで潰されている。
ただ紙製のランプの灯りに照らされ、動く様子はない。
使用人たちの事も気になるが、それよりもベレッタが心配だ。
私とアンヘルは談話室の扉の前まで向かう。
そして中に入ろうとしたその直前、ベレッタの悲鳴が聞こえてきた。
その声に私とアンヘルは最悪の事態を思い浮かべ、娘の名前を呼んで慌てて中に入った。
「ベレッタ!」
「すごい、すごいわ! 本当にフワァって飛んだ!」
『右手を押し出して、回転させるように手を離すのがコツですよ。やってみますか?』
「うん!」
「パ、パンが柔らかい!? それに美味しい……! これは本当にパン、なのか?」
「一応パンらしいぞ。美味しいよなぁ。1個か2個食べる分だったら普通に美味い。他にも辛くて美味しいのとか中に黒くて甘いのが入っているのとか色んなのがあるんだ」
「やけに詳しいね。実際に食べたの?」
「……ああ。さっき、嫌って程にね」
談話室の中に入ってすぐに見えた光景に、私とアンヘルは呆気に取られた。
私が想像していた最悪の事態とは全く違う事が起きていたからだ。
「サンタのお姉ちゃん! このおもちゃはどうやって遊ぶの?」
『ああ、ヨーヨーですか。それは利き手の中指にこの糸の輪っか部分を入れて、立った状態で腕と手首を捻って、こんな感じに……』
「きゃあ! 丸いのが動き出したわ!」
『慣れて来たら、色んな技を練習してみると面白いですよ。はい、犬の散歩』
「わあぁ、すごい! こんなの初めて見たわ! サンタのお姉ちゃん、もっと他のも見せて!」
ベレッタは赤と白の変わった帽子と黒いベールを付けた黒髪の少女と共に変わった物で遊んでいた。
あれは、おもちゃなのか? どれも見たことがない。
だが遊び盛りのベレッタにとっては興味深い物ばかりなのか、きゃあきゃあと楽しげな声を上げながら談話室の横に散らばった物で遊んでいる。
先程から聞こえていた悲鳴は興奮と喜びのあまりに出た声だったのか。
にしても、黒髪の少女の背後にいる女は魔物だろうか?
背後に何も言わずに立っているその女は、特に襲う様子もなくベレッタと黒髪の少女の様子を眺めている。
危害は見られないけれど、一体誰なのだろうか。
一方先に談話室の中に入ったピーターは、談話室のソファに座り、何かを頬張っている。
先程アンヘルの話に出てきた者と同一人物らしい獣人は、斧をソファの横に置いて朗らかな笑みを浮かべながらピーターと会話をしている。
とても使用人たちを薙ぎ倒してきた者には思えないが、彼の纏うオーラを視てアンヘルの話が正しい事を理解した。
その獣人はまるで何百回も死を経験して生き返ったような、死のオーラが纏わりついている。
偶に黒髪の少女の方を見て笑みを浮かべたりしているが、その瞳には一切の光を感じさせない。
“絶対に遭遇してはいけない”
直感的にそう感じさせる男だった。
よく見れば、他にも使用人が二人ほど談話室の中にいる。
だが、どうも様子がおかしい。
侵入者を倒す為だけに存在し、何の意志も持たないはずの彼らが、何故かピーターと一緒に机の上の食べ物を食べている。
目の前に侵入者がいるのにも関わらず、だ。
何か、自我を持つ切っ掛けでもあったのだろうか?
そんな、異質な光景に私もアンヘルも、呆気に取られるしかなかった。
こんな光景は、あの事が起きて以来全く見たことがない。
なんなんだ、これは。
この屋敷の静寂を荒そうとする侵入者じゃないのか?
ある意味静寂は破られてはいるが。
私は我に返ると、自身の存在を知らせる為に一つ咳払いをして何かを美味しそうに頬張るピーターに話しかけた。
「……何をしているのだ、ピーター」
「と、父様!? むぐっ……!」
「あぁ、そんな急に喋るから……。はい、お水」
「ゲホッ、ど、どうも……」
私達がいる事に気がついたピーターが此方に振り返り、よほど驚愕したのか噎せ込んだ。
それを見た獣人の男は机の上に置かれた水をピーターに差し出し、ピーターがそれを受け取った。
差し出された水は、透明の変わった容器に入っている。
一体何処で手に入れたものなんだろうか。
ピーターが水を飲んでいるのを眺めていると、獣人の方が私に話しかけてきた。
「えっと、この屋敷の公爵さんで合っているか?」
「そうだ。貴様は何者だ?」
「たまたまこの国にやって来た旅人……、って言えば良いのかな? 一応名前はあるんだが、今はそこで娘さんと遊んでいるお嬢さんにワンコパスって呼ばれてる」
「何をしにこの屋敷に来た」
「何も。お嬢さんと追いかけっこをして遊んでいたら偶然この屋敷にやって来てしまっただけさ」
「『追いかけっこ』、か」
ワンコパス、などとふざけた名前を名乗ったこの男が言う『追いかけっこ』がどういうものか分からないが、恐らく普通の意味ではないはずだ。
あの大斧にこびり付いた血の跡を見る限り、恐らく人殺しをしていたのだろう。
そしてこの屋敷に逃げ込んだ生き残りの娘を追いかけ、この屋敷に入って来た、という辺りだろう。
その後どうなってその娘と和解したのかは分からないが、どちらもこの屋敷にとって留まって欲しい存在ではない。
この男に交渉など通じないだろうし、かといって力ずくというのも手こずるだろう。
ならば狙うならベレッタの横で様々なおもちゃを披露している娘だろう。
私が黒髪の娘に近づこうとすると、獣人の男が制止した。
「ああ、あのお嬢さんに話しかけても無駄だぞ。どうもお嬢さんはこの土地の人間じゃないみたいでこの地の言葉もあまり通じないらしい。それに、お前達の姿も見えないそうなんだ。」
「見えない?」
「お嬢さん曰く『れーかん』がないからだろう、って言ってたけれど、本当に姿が見えないどころか声も聞こえないらしい。今娘さんと相手をしているのも、宙に浮いた物などから何を言っているかを推測して動いているからだ。」
獣人の男の言葉を聞いて見てみれば、確かに黒髪の娘はベレッタの方向を見ているようではない。
ベレッタ自身が黒髪の娘の視界に入るように玩具を持ち上げて見せているのだ。
偶に黒髪の娘は地面に置かれた紙……私の見知った文字と見たことのない文字の2種類が記された表を見て、彼女の背後にいる女が表の上のコインを動かして何かを伝えている。
実は姿が見えない、と言われればその通りのように見える。
「……その言葉に嘘はなさそうだな。」
「ああ、だから認識が出来ないそうなんだ。
お前達、ゴーストの存在が、ね」
獣人の男が目を細めて私達の方を見据える。
白金色のその瞳には、薄く透けた私とアンヘルの姿が良く写っていた。
獣人の男の言う通り、私達は既にその生命が潰えた身、ゴーストだ。
息子のアンヘルとピーターも、娘のベレッタも、今此処にいない妻も同じゴーストだ。
私達は30年前、この屋敷にやって来た襲撃者によって惨殺されたのだ。
##### #####
事件が起きたのは30年前の、私達にとっては特別な日。
その日は長女以外、全員が屋敷の中にいた。
私や妻を含め、全員が何らかの職についていて多忙だった私達家族の殆どが揃っていた理由、それはその日はベレッタの7歳の誕生日だったからだ。
長女は学園在住で、家に戻るということが難しかったので来られなかったが、それより前に学園で評判になっているという土産の品と共にベレッタへのプレゼントを贈ってくれていた。
だから使用人含め皆でベレッタの誕生日を祝いながら楽しく食事をしていたのだ。
『ベレッタ、お誕生日おめでとう』
『お母様! ありがとう!』
あの時の妻は、私が知る気品に溢れた女性だった。
ベレッタも、妻に良く懐いていた。
私達はとても幸せな家族だった、そう、当時の私は思っていた。
だが、それは起きてしまった。
祝いの夕餉の後、ベレッタはあまりにはしゃぎすぎたのかいつもより早く眠ってしまった。
主役だったベレッタが眠ってしまったので、私達もそれぞれの自室へと帰り、自分の事を終わらせるとそのまま眠りについた。
そしてその日の深夜、奴らはやって来たのだ。
最初に襲われたのは、長年この屋敷の執事長をしていた男だった。
夜間歩いていた彼は、偶然にも窓から侵入してきた不届き者達と遭遇してしまい、胸を剣で突き刺された。
執事長の死を引き金となり、屋敷内の使用人は次々と不届き者によって殺されていった。
その時の騒ぎによって私と妻、それにアンヘルとピーターは目を覚ました。
妻はベレッタの元へと向かっている間、私とアンヘルとピーターは剣を持って襲撃者達と応戦した。
私も息子二人も剣の腕はかなりの物で、本来なら十数人の襲撃者達など相手にならないはずだった。
しかし、この時は何故か身体が重く、上手く身体を動かすことが出来なかった。
何人も相手をしている内に次男のピーターが剣を落とし、そのまま襲撃者達に滅多刺しにされ、殺された。
ピーターが死んだことに動揺したアンヘルも、襲撃者に懐に入られてその首を斬られて殺された。
残された私は息子二人の死骸に嘆き悲しみながらも、慌てて妻と娘を探して走った。
妻と娘は、談話室にいた。
私は二人に駆け寄ると、窓から逃げるようにと告げた。
しかしその前に、私は背後までやって来ていた襲撃者達に背後を取られ、背中を斬られた。
崩れ落ちる私。悲鳴をあげる妻。そして大きな声で私の名を呼んで駆け寄ろうとするベレッタ。
『お父様! お父様!』
『駄目、だ、ベレッタ……! 此方に来ては、行けない……!』
私は慌ててベレッタを突き放そうとするが、一歩遅かった。
襲撃者の一人が私に近づいてきたベレッタの髪を掴み、ベレッタを捕まえたのだ。
襲撃者はベレッタを捕まえると、床にベレッタを押し倒し、私達の前でベレッタを痛ぶり始めたのだ。
『痛い、痛い、止めて! お母様、助けて! お父様、助けて!』
『止めてください! ベレッタに! ベレッタに酷い事をしないで!』
両腕を拘束され、必死に助けを乞う妻を嘲笑うように、襲撃者達はベレッタを痛ぶり続けた。
腕を斬られ、手に剣を突き刺され、頬を殴られ、足を折られ、目を抉られ……。
やがて妻と私を呼ぶベレッタの声が段々と消えてゆき、そして完全に消えた。
薄れゆく視界の中、ボロボロの姿に成り果てた娘の姿に私は涙を流した。
『いやあああああ、ベレッタああああああ!!!』
最愛の娘を亡くした妻の嘆きが、屋敷の中で響いた。
ベレッタの命が尽きると、次の標的にされたのは妻だった。
襲撃者達は妻にオークの油を大量に掛けると、生きたまま妻を焼き始めたのだ。
『きゃああああ“あ“あ”あ“あ“あ“!』
妻の声が聞こえた。
しかし、事切れる寸前の私にはもう剣を持って戦う力は残っていなかった。
生きながらに焼かれ、その熱さに身を焦がしながら暴れる妻の姿を最後に何も見えなくなり、私の人生はそこで終わった。
はず、だった。
『…………ぁい…………』
『……ぅさ、な、い……!』
『……ゆるさ、ない……!!』
『……許さ、ない……!!!!』
その声が聞こえてくる度、私の意識が浮上していく。
何かの縛りに解放され、すり抜ける感覚を感じた。
鳥の囀りのように美しかった妻の声が、段々と鮮明に、しかし怒りと怨念に満ちた声へと変貌していく。
『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!』
『許さない!!!!!!』
私が目を開けて見てみれば、そこにいたのはもう妻ではなかった。
炎に包まれながら宙を浮かび、次々と襲撃者達をその手で殺しながら恨み言を呟き続ける妻だったであろう怨霊の姿。
目からドス黒い血を垂れ流す妻の姿に、私は彼女が魔物へと変化してしまった事を悟った。
私は妻の名を呼んだ。
『メルタ!!!』
『許さない、許さない、許さない!!! 全員、殺してやる!!』
『ひいいいいい!』
逃げ惑う襲撃者達を追い、魔物と化してしまった妻は談話室から出ていった。
私は慌てて妻を追いかけようとしたが、足元にあるものを見て止まってしまった。
ふと下を見てみた際に見たのは、背中の斬撃により既に事切れた私の死体。
恐る恐る自分の両手を見てみれば、私の手は足元の骸が見えるほど透けていた。
そして。
『お、お父様……』
『ああ、ベレッタ……』
ベレッタの死体がある方向には、同じく青白く半透明の姿になったベレッタがいた。
私は彼女をそっと抱き締めた。
魔物に、ゴーストになったのはメルタだけではなかった。
メルタの魔物化に影響し、私とベレッタもゴーストへとなってしまったのだった。
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「へぇ、それで皆アンデッドになっちゃったって訳なのかぁ」
「メルタは屋敷の中にいた襲撃者達を全員殺すと、そのまま大広間の方へと閉じこもってしまった。私とベレッタ、アンヘルとピーターはこの通りのゴーストとなり、使用人や襲撃者達は皆スケルトンやゾンビといったアンデッドになってしまったというわけだ」
「家族の縁、というやつなのだろうね。人が自然にアンデッドになる時、死んだ直後の未練の強さやステータスによって種族が変わるけど、一定の条件次第では自分の血縁や伴侶も同じ種族になり得る時がある、と昔博識な友人から聞いた事があるよ」
獣人の男に当時の記憶を説明し終えると、彼は特に驚く訳でも、動じるわけでもなく、ニコニコと笑みを浮かべたままそんなことを述べた。
一切動じてない姿を見るに、この男は本当に何処か普通の獣人と一線違っている様子に見える。
獣人の男は透明な容器の水を飲みながら、私に尋ねてきた。
「その後に来た人達はどうなったんだ?」
「……君達より前に来た者達は全員死んだ。5割はメルタに殺され、3割はアンデッド達の手によって、2割は、私達の姿を見て討伐しようとした為私や息子達が反撃して、だ。屋敷の中で死んだ者達はまたメルタによってアンデッドとなり、使用人になるんだ」
「なるほど、道理でこの屋敷にはアンデッドが多いわけだ」
「魔物となった今能力は上がっているようだが、それでも生前のステータスの傾向を受けるようでね。ベレッタには万が一の事を考え、この談話室に留まってもらっている。まさか、談話室前の使用人達を全員薙ぎ倒して娘に玩具を与えている、とは思わなかったがね」
「それはお嬢さんが提案した事なんだよ。無闇に攻撃して敵視されるより、友好的に接する方が目的達成には都合が良い、ってね」
「目的?」
男の言葉に、横で聞いていたアンヘルが声を上げた。
獣人の男は、特に気分を害することなく、アンヘルの疑問に答えた。
「どうやらお嬢さんは、この屋敷に起きた襲撃事件の真相を暴くつもりらしいんだ。そうしないとこのダンジョンに出られそうにないから、ってね」
「襲撃事件の真相!?」
「それを暴くって言うことは、襲撃を依頼した黒幕を見つけるつもりなのか?」
「……そもそも、あの少女に出来るのか?」
「オレもそれが気になって、この部屋に来る前に彼女の推理を聞いてみたけど、結構事実としては成り立っているようには見えたよ。お嬢さん曰く、『状況証拠を元に思い浮かべた机上の空論でしかない』らしいけれどね」
その男の言葉に驚き、私はベレッタと遊ぶ黒髪の少女の方を見た。
表情が殆ど変わらないことと、髪と目が珍しい黒であること以外は普通に見える。
あの少女が、30年前の事件を解く?
とても信じられない。
そんな事を思っていると、ベレッタが私の視線に気がついて此方を向いた。
ベレッタは私を見ると目を輝かせ、紙で出来た鳥を手に持って此方に近づいてきた。
「御父様、アンヘル兄様! 見てみて、サンタのお姉ちゃんにおしえてもらってつくったの!」
「これを、ベレッタが?」
「凄いじゃないか。とても上手に出来ているよ」
「これ以外にもね、サンタのお姉ちゃんからいろんなおもちゃを沢山もらったの!『今までサンタさんがちゃんと届けられなかったからその分も含めてプレゼントする』って!」
「『サンタ』?」
ベレッタが見せてきた紙製の鳥も気になったが、先程からベレッタが言っている『サンタ』という言葉が気になる。
聞いている限りどうやら人名のようだが、聞いたことがない。
『サンタ』が誰なのかを考えていると、アンヘルがベレッタに尋ねた。
「ベレッタ、『サンタ』というのは誰なんだ?」
「サンタさんはね、真冬のある日に一年間いい子にしていた子供にプレゼントをくれるとってもやさしいおじいさんなんだって! サンタのお姉ちゃんは、そのサンタさんの知り合いなんだよ!」
「良い子にしていた子供に、プレゼントか。それは本当に優しいお爺さんだね」
「うん、サンタのお姉ちゃんがね、『ベレッタちゃんがずっと良い子にしていたことをサンタさんは分かっていたけれど、ベレッタちゃんが何処にいるか分からなくて渡せなかった』ってサンタのお姉ちゃんが教えてくれたの! それで今日やっとわたしがどこに住んでいるか分かったから、サンタのお姉ちゃんが30年分のプレゼントを一気に持ってきてくれたんだって!」
「そうなのかぁ。それは良かったね。あの子にありがとう、って言おうね」
「うん! あとねあとね、他にもサンタのお姉ちゃんからおもちゃをもらったんだよ!」
どうやら、『サンタ』というのは子供にプレゼントを渡す存在のようだ。
本当にそんな人物が実在するのかは分からないが、ベレッタが喜んでいるから良いだろう。
色んな玩具を持ってきて私とアンヘルに説明をするベレッタに相槌を打ちながら、微笑ましげに見る。
こんなにベレッタが喜んでいる姿を見るのは一体いつぶりからだろうか。
妻が怨霊となり、私達がゴーストになってからはずっと泣いているか怯えてばかりだった気がする。
ベレッタだけでない。アンヘルもピーターも、楽しそうなベレッタの姿を見れた事にとてもうれしそうな様子だ。
最後に『とらんぷ』というカードを見せた後、ベレッタはふと恥ずかしそうに言い始めたのだ
「あのね、お父様。わたしね、これからもずっといい子にできるよ」
「ベレッタ?」
「サンタのお姉ちゃんから一人でもあそべるおもちゃをもらったから一人ぼっちでもさびしくないし、てをあわせてもらってお花といい匂いのお香を供えてくれたからもう辛くないし、かなしくないわ」
ベレッタが顔をほころばせ、私達に笑顔を浮かべる。
ベレッタの後ろを見てみると、そこに見えたものに目を見張った。
30年の時を経て、とうの昔に骸骨になってしまった私とベレッタの骸。
死んでからずっとそのまま放置していたそれが、仲睦まじく隣に並べられている。
骸の横には廊下に倒れた使用人達と同じように花と紙製のランプ、それに不思議な匂いの棒がある。
そしてその骸に向かって、そっと両手を合わせて静かに黙祷する黒髪の娘。
その姿に、私は使用人にしていた謎の儀式について思い出した。
『……ご冥福をお祈りします』
そうか、彼女は弔ってくれていたのか。
無残に殺され、誰にも弔われずに残された私達の死体を。
黒髪の少女が弔ってくれている一方で、ベレッタは私達に言った。
「だからね、たまにでいいの。わたし、お父様とアンヘルお兄様とピーターお兄様、それにお母様といっしょにあそびたいの。サンタのお姉ちゃんからもらったおもちゃを、みんなであそんでみたい。むかしみたいに、みんなでなかよく過ごしたい」
「ベレッタ……」
嗚呼、何故今まで気が付かなかったのだろう。
今までベレッタが、どれだけ寂しい思いをしていたのか。
私はベレッタの側へと近づき、そっとベレッタを抱き締めた。
そしてその頭を優しく撫でながら、私はベレッタに言った。
「すまない……、今まで寂しい想いをさせてしまって……」
自分と父親の骸が残された部屋で、一人寂しく残される。
母であるメルタは大広間に篭もって怨念を募らせ、父である私は書斎にて自身の無力さを悔いてばかりいて、兄である息子たちも中々会いに来ることがない。
7歳の彼女にとって、それはとても悲しいことだ。
嘆き悲しみ、それを私や息子達に訴えても可笑しくないのにベレッタは何も言わなかった。
幼いながらに私達の心を汲み取り、ずっと我慢してくれていたのだ。
ベレッタは本当に良い子だ。
この30年間、家族のために自分の感情を我慢してずっと待っててくれた、良い子だ。
気がつけば、息子達も一緒にベレッタを抱き締め、涙を流していた。
ベレッタも笑顔を浮かべながら、涙を流して泣いていた。
私も、泣いた。
ふと気配を感じて顔を上げてみれば、黒髪の少女が此方にやってきていた。
彼女は本当に私達の姿は見えないようで、目の前にいるものの此方に視線が向かない。
私は少し惜しみながらベレッタと離れ、獣人の男に話しかける。
「ワンコパス、と呼ばれていたんだったな。この少女に伝言を頼む」
「うん? なんだい?」
「当時の事を全て詳細に説明しよう。他に聞きたい事があれば、それも話す。此方に出来ることは、全て協力する。と」
「! ああ、分かったよ」
獣人の男は少し驚きを見せるものの、笑みを浮かべて伝言を受け入れてくれた。
私は伝言を聞きながら相槌を打つ黒髪の少女の方を見ながら、私はこの場にいない最愛の妻のことを想った。
死んだことで全てが停滞してしまったこの屋敷。
悔いてばかりではいられない。
メルタ、私達もそろそろ、進み始めよう。




