誰か見たら悲鳴をあげそうだなぁ
中学生の修学旅行、私は肝試しに参加した事がある。
昔からあるホラースポットの一つでもある洞窟。
空襲から逃げようと洞窟の中に隠れた人々が、一夜にして謎の死を迎えたという曰く付きの場所だ。
まあ、私が推測するに、ただ洞窟の中で焚き火を起こして一酸化炭素が溜まって一酸化炭素中毒で死んだだけだと思うんだけどね。
その洞窟、中間地点に行けば行くほど下よりだったし。
そんな曰く付きのスポットで、私と同学年の生徒達は肝試しをすることとなった。
二人一組のペアで洞窟内を歩き、そしてもう一つの出口から出てゴールする、という肝試しだった。
私の順番は最後の最後。
当時私とペアになったのは同じクラスの名前も知らない女の子だったけれど、その子は前のペアの子達と3人で行きたいから、といい洞窟内で待ち合わせて3人で行ってしまった。
結果的に私は一人で洞窟内を歩く事となったのだ。
私的には肝試しを一人で歩くのは問題なかった。
肝試しなんてリア充のするようなイベント、私には興味がなかったのだ。
だから一人で洞窟内を歩いて、さっとゴールするのが私には都合が良かった。
なのでペアの片割れが前の友人達と行くのを放置していた訳だし。
結果的に行って、その肝試しはなんともつまらない結果に終わってしまった。
後ろから蒟蒻がくっつくわけでもなく、白い布を被った先生が脅かしに来るわけでもなく、おどろおどろしい悲鳴も聞こえてくるわけでもなく、本物の幽霊が現れるわけもなかった。
唯一驚いたのは、驚かし役だったであろう体育教師と理科の教師が青白い顔で蹲っているのを見つけたことだ。
丁度私が最後だったので、具合を悪そうにしている教師達に肩を貸し、ゴール地点までやって来た。
そしたら、ゴール前に待機している先生達がてんやわんやしているではないか。
なんでもゴール地点に到着した半数の生徒達が、体調を崩してしまったり幽霊を見たと証言したりしたそうなのだ。
体調を崩した生徒の中には私と別れて前のペアと行ってしまった生徒もいて、幽霊を見たと訴える生徒の中にはアヤカ達もいた。
体調を崩していない生徒達も、肩が重くなった気がすると囁いている。
謎の体調不良者達は翌朝には体調が戻ったのだが、修学旅行中にその肝試しの話に触れる者はいなかった。
何の体調不良も起こさず、幽霊も何も見なかったのは1割にも満たない生徒だけ。
その1割の中に、私はいた。
どうやら私は、霊感なし……どころか零感だったらしい。
私に、霊的なものは全くの管轄外だったのだ
***** *****
「まさか、修学旅行の時の記憶を此処に来て思い出すとは思いませんでした」
スマホに表示されている動画を見返しながら、私は呟く。
何度見返しても、私に見えるのは私の背後に存在する黒い物体。
決してキッチンに棲まう黒い悪魔ではない。
「動画のお陰で「何かいる」というのは分かるようになりましたけど、これじゃあ男か女かも分かりませんね。どうしましょうか?」
後ろを振り返り、幽霊らしき人物に話しかけてみるが、返事はない。
もしかすると返事をしているのかもしれないが、私には聞こえない。
言葉が通じない、話を聞かない、話が通じないの次は声が聞こえないとは、なんとも災難すぎる。
ないにないを重ねてないない尽くし。
もうこの世界で一体何重苦抱え込んでいるのかも分からない。
「だけど、困りましたね。声も聞こえない、姿も見えないんじゃコミュニケーションもまともに出来ません」
ポルターガイスト現象を発生出来るようなので最初にベリアル達とやり取りをしていた時のようにホワイトボードとペンでのやり取りが出来ないかと試したのだが、それは駄目だった。
どうやら私の背後にいる人物は文字が上手くなく、さらには絵も得意じゃなかったらしい。
「貴方は誰か?」という初歩的な質問をしてみた所、ミミズの這ったような文字が書かれて読めなかった。
姿が確認出来ないなら<鑑定>のしようもない。
一応此方が書いた文字は読めるらしいのだが、私が聞こえないのでは意味がない。
机を叩いてはいかいいえで答えてもらうにしても、あまり音を出しすぎてはワンコパスや他のアンデッド達にバレてしまう可能性がある。
何か良い方法はないだろうか。
「なんか幽霊の交信方法とか知りませんか?」
「ヴァ“……」
「ヴガ……」
「知らないですか……」
ゾンビA、Bに尋ねてみたが、どうやらそこまでの知識はないらしく、首を傾げられた。
幽霊の方も特に何もリアクションがないことから彼……彼女?も知らないようだ。
スマホが使い物にならない今、ネットで検索することも出来ないので、私は腕を組み、<アイテムボックス>の中身を思い出しながら考える。
そしてふと、<アイテムボックス>の中にある一つを思い出して、手をポンッと叩いた。
「あ、そうだ」
私は<アイテムボックス>から異世界言語習得用の教材の一つを取り出した。
それはタンザさん特製の『ひらがな表』ならぬ異世界文字表だった。
ただの言語表ではない。この世界で使われている文字の横に、タンザさんが一つ一つそれと同等と考えたひらがなが記された、一枚でひらがな表と異世界文字表の役割を持つ表なのだ。
更に私は白い紙を取り出し、それに此方の世界の文字ではい、いいえ、そして円を描き、表の上にくっつけた。
そしてケネーシア王国の銅貨を円の上に乗せて完成だ。
そう、出来上がったのは異世界専用の「こっくりさん」の表だ。
これで幽霊さんにコインを動かして操作してもらえば私とも会話が出来る。
私は実際にコインを動かして見せながら、背後にいるであろう幽霊に話しかける。
「今から私が質問しますので、表の上でコインを動かして答えてください。もしもこの方法で大丈夫なら『はい』、駄目なら『いいえ』へ。分からなければコインで円を描いてください」
私がそう告げると、一瞬の沈黙の後にコインがカタカタと震え始めた。
そしてゆっくりとコインが勝手に動き出す。
今、幽霊がコインを動かしている。
コインは、ある方向へとスライドすると、そのまま『はい』と書かれた文字の上で止まった。
怪奇現象である。私がビビリだったら悲鳴を上げていただろう。
しかし、どうやらこの交信方法で大丈夫なようだ。
このまま質問させてもらおう。
「では、早速質問していきます。貴方は幽霊……所謂ゴーストとかそういう存在ですか?」
『はい』
「性別は男性ですか?」
『いいえ』
「ていうことは女性の方ですね。お名前を聞いても良いですか?」
『な い』
「ない? それは、昔の名前は既に忘れたということでしょうか?」
『はい』
「ふーん、そうなんですか。……というか、結構な狂気的光景ですねこれ」
表情筋が死んでいる黒髪の女が、机の上で誰も触れてないにも関わらず一人でに動くコインを前に一人で会話をしている。
ラノベに出てきそうなワンシーンだ。
「取り敢えず、名前がないと呼ぶ時に面倒なので此方で呼び名を決めさせてもらっても良いですか?」
『はい』
「そうですね……じゃあ、『サユリ』さんはどうですか?私の住んでた故郷風の名前なんですが」
『はい』
幽霊っぽい名前を呼び名として上げてみれば、すぐに了承された。
彼女はそれで気に入ったようだ。
私はそのまま質問を続ける。
「サユリさん、貴方はこのお屋敷で生み出された魔物でしょうか?」
『いいえ』
「では、どこか別のダンジョンで召喚されたゴースト?」
『いいえ』
「じゃあ、何処出身でしょうか?」
『さ ん べ む ら』
「サンベ村? 聞いた事がないですね……何故貴方はこの屋敷にいるんですか?」
『さ ま よ っ た さ き に こ こ あ っ た』
質問は順調に進んでいき、幽霊……サユリさんの過去が大体明らかになってきた。
サユリさんは襲撃事件が始まるよりもずっと前――――大体100年以上前に生きていた人間だったらしい。
訳あって故郷のサンベ村から追い出され、別の村へ向かう途中で山賊に襲われて死亡し、ゴーストになってしまった。
ゴーストになったサユリさんはそのまま魔物として山賊を殺し、通りすがりの人を殺し、力を付けてきた。
そうしてケネーシア王国に到着し、オロフソン公爵家にやって来た。
そうして色々あり、サユリさんはオロフソン公爵家に留まることを決めた。
出来るだけ公爵家の人間に干渉はせず、オロフソン公爵家の敷地内でひっそりと棲んでいたら、30年前に起きた例の襲撃事件によって一家の者が全員殺され、公爵夫人が自分と同じゴースト……悪霊となってこの屋敷を非認定ダンジョンにしてしまった。
サユリさんが止める間もなかったそうだ。
サユリさんは公爵夫人よりも幽霊歴が長く、力も強いから屋敷に囚われる事はないけど、公爵夫人を祓うことも干渉することも出来なかった。
どうやら公爵夫人、怒りと怨念で頭がいっぱいになってしまっていてサユリさんの言葉は一切聞いてくれないらしい。
この30年間に屋敷の中に入ってきた者は何人もいたが、皆屋敷内のアンデッド達に殺されるか公爵夫人の悪霊に殺されて、ゾンビAとBのようなアンデッドへと変えられてしまったそうだ。
因みに滞在二日目に私周辺に風を巻き起こし、公爵家前まで連れてきたのもこのサユリさんだった。
「困っている様子だったから助けた」とのことらしい。
実際そのお陰で助かった訳だからサユリさんには感謝しかない。
「それで、先程から私がこの屋敷の謎を解明するのを手伝ってくれているようですが、その理由を聞いてもいいですか?」
『な ぞ と い て ほ し い か ら』
「謎、というと、襲撃事件のことですか?」
『こ れ い じ ょ う あ の こ に く る し ん で ほ し く な い』
『あの子』
それは、公爵家族の誰かだろうか?
サユリさんは、その中の誰かと交流があった。
だからあちこちを移動する浮遊霊だったサユリさんはこの屋敷に留まることを決めた。
しかし公爵夫人が悪霊となり、屋敷全体が非認定ダンジョンになったことでその人を含めた他の公爵家族もこの屋敷に囚われてしまっているのだろう。
それをどうにかしたいとサユリさんは考えていたから私に手を貸してくれているのだ。
サユリさん曰く、他の侵入者達は公爵夫人達を討伐することしか頭になかった。
そういう人達には手の貸しようがなかったが、私は最初から一定条件のクリアを試みていた。
だから当時のことが分かりそうな手記を落としたり、アンデッド達が接近してきたら服を引っ張って避けさせたりと手伝ってくれたようだ。
「要は利害の一致、ということですね。私はどうにか屋敷を出たい。貴方は屋敷の誰かを解放したい。でも、これ若干噛み合ってなくないですか? 仮に私が公爵夫人の納得する答えを持ってこれたとしても、それで公爵夫人が屋敷の人達を解放するとは言い切れませんよね?」
『は ん に ん が わ か れ ば う ら み の ほ こ さ き か わ る』
「なるほど、怨念の矛先を誰か分からない人物から知っている人物に特定することでダンジョンを保つための力を減らす、と」
『はい』
「そういう事なら分かりました。どの道この屋敷に出るためには襲撃事件について解明しないといけませんし、改めてよろしくさせてもらいたいです」
『はい』
私がそう言って頭を下げると、コインは『はい』の文字で静止した。
これは、本気で頭を働かせなければいけないだろう。
「じゃあサユリさん。参考がてら当時の様子を教えてもらっても良いですか?」
『はい』
当時の様子が分かれば、その分捜査が捗る。
公爵家族がどう殺されたか、どこで殺されたか、襲撃した者の特徴。
私にはそれらの情報があまりにも無さすぎる。
当事者に聞ければ手間は省けるが、当事者は死んでいて零感な私には彼らに聞き込み出来ない。
それに彼らが理性を失っている可能性だってある。
サユリさんに聞いた方が賢明だろう。
サユリさんはコインを動かし、当時の様子を説明しようとする。
その時、
『警告。右へ避けてください』
「!!」
<オペレーター>の警告が脳内に直接響き、私は右へ飛ぶ。
突然のことに上手く飛べなかったが、ゾンビAとゾンビBが引っ張ってくれたのでなんとか後ろから飛んできた斬撃は避けることが出来た。
扉の方を向いてみれば、そこにいたのは私が今最も会いたくなかった人物だった。
「**、*****(待たせたね)」
「ど、どうも、さっきぶりです。ワンコパスさん……」
白金の瞳が、薄暗い屋敷の中でキラリと光った。




